#4250 Sapiens (27th) : p.36 May 17, 2020 [44-3. 原書講読講座 Sapiens]
そろそろ文章を頭から読んで、英語の流れのまま理解するスラッシュリーディングに切り換えたいのだが、50ページまでは全文ノートにこなれた日本語で訳を書くトレーニングがしたいと主張して譲らぬ、なかなか頑固、まだ納得がいかないのだろう。
精読をみっちりやれば、音読併用の速度アップ訓練は短期間で成果が上がるのも事実だからよしとしよう。
遺伝子の変異による動物の進化速度は数百万年単位と気が遠くなるほど遅いが、サピエンスは認知能力の発達によって、言葉を使って虚構の世界を創り出す能力を身につけた。虚構の物語のもとに集団的行動能力を獲得し、同種の兄弟姉妹(siblings)たちを絶滅へ追いやり生態系の頂点への階段を駆け上がった。ハラリの言葉で言えば、遺伝子の変異という渋滞路を迂回する 高速道(the fast lane)を見つけたのである。それが言葉を使って産み出した「虚構fiction」という物語である。たとえば、大きなものでは宗教が虚構であるが、最大のものは百数十年前に創り出した虚構、法的な人格を付与された法人=永続する企業という概念である。いまや経済は社会体制や政治制度の違いを超えて法人を抜きには成立しえない。
20世紀末から現れた虚構がある、コンピュータゲームがその代表だろう。高精度のディスプレイは次第に現実感を増している。その虚構のゲームが戦争目的で現実とインターフェイスし始めている。ドローンにミサイルを積んで中東のいずれの国からか飛ばせば、その周辺の国の大統領を暗殺できる。ドローンの操縦者は米国のどこか長閑な地方にいて、ディスプレーに表示されたドローンを見ながら、標的の顔写真と現在地を確認して、中東の基地から発信させる。レーダーに捕捉されないように、低空飛行を続け目標に近づくと、ターゲットをロックオンしてミサイル発射スイッチを押す。画面にミサイルが爆発する瞬間が映し出される。ドローンを発信基地に帰還させると、ゲームは終了。電源を落としてコントロールルームを出て、家に帰り、妻や子どもたちと夕餉を囲む。どこにも戦争の匂いが感じられない、自分が攻撃される恐れはないからだ。
ゲームと実戦が区別のつかないVR(バーチャル・リアリティ)の時代がすでに来ている。ゲームに夢中になってスキルが上がる。たくさんの子どもたちが殺人ゲームや格闘ゲームに夢中して大人へ育っていく。VRの世界で操作に慣れた者は兵士としての資質も高く、実際の武器の操作に短期間で慣れてしまう。VR技術を駆使したゲームでスキルをアップさせた者たちは、いつでも優秀な一兵卒として戦争へ動員する準備ができている。バーチャルとリアリティの区別が消失してしまうあらたなゾーンへわたしたちサピエンスは突入してしまった。新技術はつねに開発者の意図するところとはまったく異なる使い方をされてしまうことに注意していても益のない話だ。戦争も虚構の物語の代表例の一つであり、「国家」という虚構が、それにもとづくシステムが、敵を見つけ殲滅目標を立てる。目標た立てられたら、数年、時に数十年をかけて戦略が実行される。米国の「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書」もそういう戦略の一つだ。
*https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E6%AC%A1%E6%94%B9%E9%9D%A9%E8%A6%81%E6%9C%9B%E6%9B%B8
VR技術は外科医の教育、技術トレーニングなどでも抜群の効果がある。技術というのはいつでももろ刃の剣だ。わたしたちサピエンスが強力な武器を手に入れれば入れるほど、精神的な面での進化が要求されるということは、だれでもわかっているのだが、現実の行動はまったく別だ。地球上でいまだかって戦争が絶えたことはない。そして戦場には常に新しく開発された武器が投入されている。実践に投入することで新製品の欠陥が露になり、すぐに技術の改善がなされる。そうした武器を開発・生産・配備・使用することがGDPの重要な一角を占めている。それは経済に影響するのみならず外交を含む政治にもおおきな影響を与えている。1960年代終わりに出てきたあたらしい用語である産軍複合体という言葉すらなくなるほど、経済と軍事とデジタル技術の融合はあたりまえのものになっている。米国には傭兵会社まであり急成長している。戦争は合法的に民間企業に外注され出し、傭兵なしには戦争が遂行できないほどかかわりが強くなっている。軍隊よりも傭兵会社の軍事プロが戦争を担っている。日産元会長のカルロス・ゴーン海外逃亡劇に手を貸したのもそういう類の会社。
さて、今日紹介する箇所は、生徒が単に思い込んだだけ、とくに難しいところではなかった。「なあ~んだ、そうか、気がつかなかった」で終わり。思い込みというのはよくあるが、それをクリアするのは高等テクニックに属する。瞑想で意識を集中するのは簡単だが、それを開放するのはとってもむずかしい。それをどうやるかヒントぐらいはつかまえられるかもしれない。
Speeding down this fast lane、この句は受験英語でお馴染みの分詞構文という奴だが、滅多に文頭では出てこない、めずらしいタイプだ。「スピードダウン」と日本語に引っ張られて読んでしまうと意味が分からなくなる。文脈からそういう意味ではつながらないからすぐにわかる。
認知革命を経てサピエンスは変化の必要が生じると自らの行動を見直し改める能力を身につけた。そのことが遺伝子の進化という渋滞路を迂回して、文化を進化させる高速道路への道を拓いた。
だから、高速道fast lane でスピードダウンというのは渋滞路から高速道へ乗り換えたわけだから、文脈上おかしい。そこに気づいただけで十分だ。
あとは対処の方法を身につけたらいい。わたしは生徒が入塾したときに名刺を渡している。その裏に勉強の仕方の原則が三つ書かれているあ、机の前にでもどこでもいいから、困ったときに見えるところに張っておくように伝えてある。その2番目は「迷ったときには原理原則に還る」である。このケースでは、元のシンプルセンテンスに書き換えたらいいのだけ。主節に主語があるのでそれとasを補うと、
ロードバイクに乗っていると、ダウンヒルとクライムヒルがある、それと同じ。down this fast lane だから追い越し車線を下るから加速がつく、speedは動詞でspeed down で「速度を上げる⇒疾走する」という意味。そこまで見当つけてから、辞書が引けたらなお素晴らしい。
基本に還ってシンプルセンテンスに書き直してみたら思い込みが消せる、簡単でしょ。
「認知革命以降、ホモ・サピエンスは必要性の変化に応じて迅速に振る舞いを改めることが可能になった。これにより、文化の進化に追い越し車線ができ、遺伝子進化の交通渋滞を迂回する道が開けた。ホモ・サピエンスは、この追い越し車線をひた走り、協力するという能力に関して、他のあらゆる人類種や動物種を大きく引き離した。」 柴田裕之訳『サピエンス全史』p.50
*デカルト『方法序説』より「科学の方法、4つの規則の第二より」
<余談-2:減らない商品の登場>
デジタル商品は消費されても減ることはない。開発すればあとは生産すら不要になる。ネット上からダウンロードすることで購入できるからだ。デジタル商品の割合は急速に増大しつつある。こうした商品はかつて存在しなかった。その経済への影響の大きさが次第に明らかになるだろう。いままでの物やサービスという商品概念とはまったく異なる。いくら消費しても減らないのである。物とサービスとデジタル商品、経済は三本の柱で支えられることになったのだ。経済社会がさらに大きく変質する。
#4249 北方領土占領は米ソの共同作戦だった May 16, 2020 [21. 北方領土]
スターリンの北海道占領計画は留萌と釧路を結ぶ直線で分割占領しようというものだったが、この案の提示を受けたトルーマン米国大統領ははねつけている。根室市は釧路市とともにロシア領だったかもしれない、紙一重だったのである。
弊ブログ本欄左側にあるカテゴリー欄の「21.北方領土」をクリックすると、面白い記事がたくさん出てきます。この記事が83本目です。
*https://www.hokkaido-np.co.jp/article/380726
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ソ連四島占領 米が援助 艦船貸与、兵訓練…極秘合同作戦 45年2~9月 根室振興局調査で判明
根室振興局が米国とロシアの専門家による研究成果などを突き合わせ、明らかにした。米国はソ連の対日参戦に備え、大量の艦船の提供だけでなく、ソ連兵の訓練も行っており、米国の強力な軍事援助が四島占領の背景にあったことが浮かび上がった。
振興局の調査結果によると、樺太南部の返還と千島列島の引き渡しと引き換えに、ソ連の対日参戦が決まった45年2月のヤルタ会談の直後、ともに連合国だった米ソは「プロジェクト・フラ」と呼ばれる合同の極秘作戦をスタートさせた。
米国は45年5~9月に掃海艇55隻、上陸用舟艇30隻、護衛艦28隻など計145隻の艦船をソ連に無償貸与。4~8月にはソ連兵約1万2千人を米アラスカ州コールドベイの基地に集め、艦船やレーダーの習熟訓練を行った。コールドベイには常時1500人の米軍スタッフが詰め、ソ連兵の指導に当たったという。
訓練を受けたソ連兵と貸与艦船は樺太南部や千島列島の作戦に投入された。8月28日からの択捉、国後、色丹、歯舞の四島占領作戦には、米の貸与艦船10隻を含む17隻が参加。ソ連軍は各島で日本兵の武装解除を行い、四島の占領は9月5日までに完了した。
こうした史実が判明したのは、根室振興局が2015年度から取り組む北方領土遺産発掘・継承事業がきっかけ。各国の資料を集める中で、ソ連が樺太南部と千島列島での作戦に投入した全艦船を調べ上げたイーゴリ・サマリン氏(現ロシア・サハリン州戦勝記念館科学部長)の論文「1945年8月のサハリンとクリール諸島上陸作戦に参加した軍艦と補助船舶の注釈付きリスト」(2011年3月)を入手した。
...以下、北海道新聞電子版当該記事へアクセスしてください。
-------------------------------------根室振興局、いい調査研究してます。
*ブログ「晴耕雨読」がこの記事をとりあげているので、そちらも紹介しておきます。
https://blog.goo.ne.jp/goo6613/e/29e24acbc17932ebc89cc05a6c6b351e
ブログ「晴耕雨読」の管理人さんは釧路市出身の方です。
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#4248 緊急事態宣言は「壮大な空振り」:池田信夫 May 16, 2020 [35.1 COVID-19]
北海道では2月下旬から小中高の学校の休校措置が続いている。高校は来週からようやく分散登校になる。その結果、いま、教育に新型コロナ氷河期世代が生まれようとしている。緊急事態宣言で未曽有の学力低下作用が働いてしまった。次の時代を担う子どもたちの壮大な学力低下はどうしたら歯止めがかけられるのだろう、教育関係者は知恵を絞り、効果的な策を実行しなければならない。2か月の逸失は教え方と夏・冬の長期休暇期間の取り方次第でいくらでも対処可能だ。私塾で年間カリキュラムを消化できないなんて言うところはほとんどないだろう。
新型コロナ感染症は経済界にも甚大な影響を及ぼしてしまっている。トヨタ自動車の豊田章男社長は「リーマンショック以上」と形容した。日本航空や全日空など航空会社は3・4・5月の売上激減、飲食業界も倒産の瀬戸際の事業主が激増している。ピント外れの緊急事態制限であることがはっきりしたのだから、大きく方向転換すべきだろう。
ここで反省である。ピント外れの提言をする専門家が巷にあふれている。結果から見ると未必の故意や詐欺にも等しい「ご意見」は適切な質問を数回繰り返すことでチェックできる場合がある。西浦モデルとその提言に関して言えば、「シミュレーション・モデルの前提条件は何か?」ということだった。彼を顧問にした東京都知事の小池氏も政府もマスコミも肝心の質問をしなかった。彼は言をあいまいにして、いまだに説明していない。そんなはずはないと思いながらも、変数が多くて複雑なモデルで計算した結果の筈が、6月中に東京都の人口を超えてしまうような簡単な曲線回帰分析の結果と変わらないようにみえる結論でした。
*「緊急事態宣言は「壮大な空振り」だった」
https://www.msn.com/ja-jp/news/coronavirus/緊急事態宣言は「壮大な空振り」だった/ar-BB146lp8
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(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)
政府は5月14日、新型コロナウイルスについての緊急事態宣言を一部解除する方針を決めた。ここに来てはっきりしたのは、日本の新型コロナ死亡率が世界的に見てきわめて少ないばかりでなく、絶対数でもインフルエンザより少ないことだ。
死者はアメリカの8万5000人、イギリスの3万3000人に対して、日本は668人。昨シーズンのインフルエンザ死者3325人の20%である。国を挙げて大騒ぎした新型コロナ対策は、壮大な空振りだったといわざるをえない。
感染が減った原因は緊急事態宣言ではない
マスコミでは「4月7日の緊急事態宣言で感染が減った」といわれているが、これは誤りである。新型コロナの感染確認者数のピークは4月11日の714人だが、感染からその確認までは約2週間かかる。発症のピークは、その2週間前の3月末だった。
これは「8割削減」を提唱した西浦博氏(北海道大学教授)も認めており、図のように彼の調査でも3月27日が新規感染者数のピークである。
JBpress 提供 新型コロナの推定新規感染者数(棒グラフ・人)と実効再生産数(折れ線・右軸)(西浦博氏の図に加筆)発症日ベースでは4月初めには新規感染者数は減少に転じていたが、緊急事態宣言は4月7日に発令された。しかし上の図でもわかるように、緊急事態宣言の前後で新規感染者数の減少率は変化していない。つまり緊急事態宣言の8割削減には感染を減らす効果はなかったのだ。
....(以下は記事本文をお読みください)--------------------------------------------
*「宿題渡してあとはよろしく」休校中の学校に高まる保護者の悲鳴
https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/20200512-00178141/?fbclid=IwAR3orqWhMpkgJ2y_-0JvCeie0exvmIcwa7xg7ANz21OMNRp7E9Xt45gUfIw
別の仮説・研究
*「新型コロナ、日本人の低死亡率に新仮説…すでに“集団免疫”が確立されている!? 識者「入国制限の遅れが結果的に奏功か」」
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/200509/dom2005090005-n1.html?fbclid=IwAR3K3i90uGZTc4WXrIOWZ2hxrQGOiCqh2NBIIdAJFVRqDN9ytlOeV4OkbU4
**#4232 全道一律休校というのはいかがなものか:100%の休業補償あり April 23, 2020
https://nimuorojyuku.blog.ss-blog.jp/2020-04-22-1
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#4247 ライン配信による「英作文千本ノック」 May 11, 2020 [49-4 英作文トレーニング]
さまざまな種類のノックを千本トレーニングしたら、ゴロでもフライでもたいがいのボールは拾えるようになります。質より量、いえ、質もちゃんと考慮してマッセ!(笑)
読解トレーニング用にはハラリの”Sapiens”を使っている。ようやく35頁消化。精読ができるようにスキルアップしたので、音声データを使ってリスニングと音読とスラッシュリーディングのトレーニングをそろそろ始めたい。生徒は400語/3分を目標にしたいと言っていた。目標設定は好きにしたらいい。
英作文問題とその解説で、1題A4版1枚の分量、百回で106頁になっている、1頁1300語。四六判が800語/頁だから、すでに172頁。200日分だと350頁ほどになるだろう。千本ノックが終わるころには英作文の問題・解説参考書が一冊書きあがることになるだろう。
「千本ノック」で「NHKラジオ英会話」のテキストレベルの英文が書けるようになることが目標である。
a1:日本語の語順が五文型に容易に並び替えられるもの
b2:重文・複文
b5:論理的な文章が書ける
次の700題はそういうことを意識したトレーニング問題になりそうだ。1200題を通過する10月ころから、現在の2年生に同じ問題を使いまわししようと思うが、aとbの視点から見直すので、削除や加筆、さらに分類記号をつけるつもりなので、別ものになりそうだ。たとえば、基礎トレーニング用としてa1レベルの英作文問題集を作ってみるとか、b3レベルのものを集めたトレーニング問題集というように。
やってみてわかることがいるいそあるが、もうひとつ、わかったことがある、国語力の問題である。問題の日本語の文章の読み方は一通りではない、たいてい複数の読みが可能だ。会話文ならどういうシーンでの発話か、シーンの設定次第で意味合いが違ってくるのである。当然、英作文も読み=場面の設定に応じて違ってくる。国語力のない生徒は複数の読み方ができなかったり、具体的なシーンが思い浮かばない。高校生までに文庫本50冊、新書版の本10冊くらいは読んでおくべきだ。日本語の作文ができない日本人に英作文は無理。英語力を下支えしているのは母語としての日本語の運用能力である。
2月下旬から、高校は休校になっているので、普段から新しいことを試していると、こういう非常時に役にたつ。
3か月くらいは続くかなと思って始めたが、問題文と解説作りが面白くて、終わりが見えぬ。やればやるほどいくらでも工夫の余地が見えてくる。これを泥沼にはまり込み始めたと思うか、螺旋階段を昇り始めたと考えるかでやる気と智慧の出方がまるで違ってくる。作問とその解説を通して生徒と会話しているようなものだ。大西泰斗先生のNHKラジオ英会話の解説はとっても勉強になる。そういう視点満載だから、いままでにない英作文トレーニングになっている。高校時代の英作文は実につまらなかった、なんだか暗記するだけのように思えた。知的好奇心の対象外だった。ところが指導の仕方次第で、生徒の知的好奇心を満足できることがわかった。自分が高校生ならやってほしい英作文トレーニングを思い描いて、そこへ向かってまっしぐら。愉しいね、とっても。(笑)
生きているってこういう充実感を日々感じることなんだ。ロードバイクで60km/hのときも、ゴーっという音とともに身体を吹き抜ける風、アスファルトの罅割れから身体に伝わってくる振動が、生を実感させてくれます。そして、家の周辺をのんびりラルゴ(幅広く緩やかに)で散歩しているときも。
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林望先生が、作文添削の実例を紙上公開。英作文とは関係ありませんが、日本語でスキのない作文を書ける人は、英作文も上達が速いとは言えそうです。
#4246 極東の町根室の桜開花宣言あり May 10, 2020 [87.根室の話題]
今日は一日中雨が降ってます。
①庭の桜
②近所のお庭の桜
しっかり泳いでました。この写真のみ撮影日が5/5です。
#4245 Zoomで対処可能!:新型コロナによる休塾時の対応 May, 9, 2020 [35. 感染症および自己免疫疾患]
高3の受験生が6人いるからなにか対策が必要だと考えていた。英作文授業はすでに2コース、1/14からライン配信をしている。
FB友の化学物理学の教授からZoomでのセミナー参加にご招待いただいたので、昨夜Zoomについて調べてみた。
概要を調べてみたが導入に特に問題はなさそうだ。ソフトをインストールすればいいだけ。パソコンにカメラもついているからとりあえずなんとかなりそうだ。
生徒たちのネット環境を確認しておく必要がある。オンライン授業で使えるパソコンとタブレット端末の有無を調べておこうと思う。やれるところからやればいい。
実際に導入してみた人のブログが参考になる。個人でやるには導入作業はとってもたいへんそうだが、やっているうちにすぐにスキルは必要十分なレベルに上がるもの。
*「zoomを活用するためのチェックリスト」
http://office-aosaka.com/2020/05/06/【ict活用】zoomを活用するためのチェックリスト/?unapproved=207&moderation-hash=d3a8e785edaa8e8d10ef4a620d03f7f2#comment-207
個別指導がオンラインで同時に何人相手にできるかはやってみなければわからないが、臨機応変に対応すればいいだけ、やればわかる。(笑)
便利な世の中になった。
<ラインで配信でやっている英作文トレーニング>
1/14から、大西泰斗先生のNHKラジオ英会話の英文をベースに英作文問題・解説をつくって、ライン配信して高校生たちに週4日計最低20題やらせている。毎回5-10題の問題量である。先週56日目が終わった。そしていま100日目の500題目(多分、600題以上)を作り終わった。3か月弱のストックができた。
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#4244 ビリヤードのタップの調整の技と世界最高のチョーク、そして勉強法 May 8, 2020 [A9. ゆらゆらゆ~らり]
わたしはビリヤード屋の息子、小学校へ入学する前からビリヤード台の上で遊んでいました。小学生の低学年からお客さんたちとビリヤードして遊んでもらいました。じきに店番を手伝うようになり、中学生のころは独りでもお客さんたちをさばけるようになっていました。小学生のときには床に就いても頭の中にビリヤード台が浮かんで、そこで球を撞いています。「エアー」でというか「バーチャル空間」でビリヤードできるようになっていました。それで球の配置を変えてトレーニングできるんです。中学生の時にその技が学習に使えることに気がつきました。集中して授業を聞いていると、授業を聴いた後に黒板の文字と先生の説明の言葉が脳内に再現できることに気がつきました。それからは勉強が楽になりました。授業の合間の数分間に目をつむり、頭の中に黒板に書かれた文字を再現すればいいだけ。成績は勝手に伸びていきました。店番の合間に、目をつむって思い出すだけで、数分で復習できました。お店で夢中になって遊ぶことで、ユニークな学習方法を自然に身につけてしまっていました。だから、さまざまな概念を頭の中に思い浮かべて関係を探ることが大好きです。経済学の研究も自然にそちらの方へ向かいました。だいぶ遅れましたが数学も。20歳代の半ばころにユークリッド『原論』とマルクス資本論体系の相同性に気がついたのです。
高校卒業するまでずっとお店の手伝いをしてましたから、門前の小僧習わぬ経を読むの類でして、ビリヤードの腕前はいつのまにかセミプロクラス。高校卒業して古里の根室を離れて東京生活が始まると、都内の有名ビリヤード店をいくつか訪れました。そしてプロのトレーニングメニューを知ることになったのです。一流のプロの中には、親切にトレーニングメニューを教えてくれる人がいました。ノートに50ページほどトレーニング図面を書き溜めてあります。セミプロからプロになるためのトレーニングメニューです。こんなノートは世の中にあまりないでしょう。プロは公開したがりません。スリークッション世界チャンピオンの小林伸明先生はNHKのビリヤード講座を担当したときに教本を書いていますが、高度な技は書かれた本がないのです。理由をお聴きしたことがあります。「半端な腕前の者が半端な理解でこうはならないとクレームを言う、面倒くさいことになる、だから書かないんです」とおっしゃりながら、そのレベルの技をわたしには丁寧に教えてくれました。「面授」なら人を選んで教えられるので、小林先生は教えてくれました。誤解するような人の質問には答えないでしょうね。
「毎日来なさい教えてやるから」と言ってくれたのは、八王子市にあるチャンピオンというお店のオーナーの町田さんでした。そこには息子さん用の鉄製のキューがありました。プロのプレイヤーにするのに素振り用に鉄製のキューをつくったと言ってました。それを見て『巨人の星』の「大リーガー養成ギブス」を思い出しました。うちのオヤジなら、考え付いても息子が可愛くてそんなことやらせっこありません。遊びでいいんです。次男の正さんがアーティステックビリヤード世界2位です。長男も同じ鉄製のキューで素振りしたはずと思って、聞いてみました。腕はよかったそうですが、まだプロのビリヤード選手で飯が食える時代ではなかった、それで板前にしたと。次男のときにはプロのプレーヤーで飯が食えるかもしれないと思ったそうです。正さんはボークラインゲームでは全日本チャンピオン。皇族がビリヤードのコーチを受ける霞会館で現在の天皇のコーチだったようです。小林先生が自分の後は彼になったとおっしゃっていました。小林先生の推薦だったのでしょう。
そういうわけでプロのトレーニングメニューのすごさを知ってます。一流のプロの指導技術や指導メニューは効果抜群です。
時は小学生のころ、昭和30年代初めころにさかのぼります。昭和天皇のビリヤードコーチだった吉岡先生は毎年根室に来られて、ラシャの張替えをして、そのあと根室でナンバーワンの腕前の人を相手にアメリカンセリの技を見せてくれました。短クッションで往復するセリです。角に来て、方向転換するときがむずかしいのです。図面上で検討して理屈は呑み込めても、何度もパターントレーニングをしないと身につかない技です。短クッションのセリは吉岡先生以外には見たことがありません。白髪のとっても品の好い方でした。
スリークッション世界チャンピオンの小林先生にはボールの配置した図面を描いてもって行き、質問をしたことがあります。丁寧に教えてくれます。マッセのキューの構え方を教えてもらいました。吉岡先生とは違った構えで、クビにキュー当たります。吉岡先生の方式はこめかみの上のあたりにキューが当たります。小林先生の構えの方が撞点がよく見えるんです。
シルクハットというマッセの大技のもち主である町田正さんのマッセの構えは記憶にありません。あの大技は世界で町田正さんだけの技です。台の端から端までL字を描いて玉が走ります。キューの重量は23オンス以上(私が普段使っていたのは14.5オンス)でしょうね、うんと重くないとやれない技。あんな勢いで球を撞くことができたとしても止められません、ラシャを撞いて破いてしまいます。それがちゃんと止まっているのですから驚きです。あの技をテレビで見たときはどういうトレーニングでああなったのかまるでわかりませんでした。お父さんのお店に素振り用の鉄のキューがありました。あれで素振りを繰り返さないと身につかない技です。マッセトレーニング専用の1辺が50㎝くらいの正方形の台がありました。スレート(石)をカットし、枠木を誂える、そしてクッションもゴムを切って貼り付ける、とっても手間をかけて造ったもの。お父さんが息子にマッセの練習させるために特別につくったものです。世界一にするためには何でもやる、父親の執念を感じました。町田正さんはキューの切れがものすごくいい、そして柔らかい。才能もありますが、道具とトレーニングもなければ絶対に身につけられない技、それが「シルクハット」です。トレーニングの仕方がどれほど重要かわかります。おそらく小林先生でも真似できません。そういう特別なトレーニングをしていないからです。
アーティステック・ビリヤードで世界2位の町田正さんのお父さんのお店へ出入りするようになって、数回目の時、「プロだから、コーチ料をとるのだが、ebisuさんにはタダで教えてあげる」と言われました。わたしは自分の筋がよかったからと思いたいのですが、もっていたキューがある名人の作だったからでしょうね。タップも世界最高クラスのメーカの逸品がつけてありました。「いまもうないよこのタップ、十数年前に見たのが最後、鑢(やすり)を当てさせてくれないだろうか?」と申し入れがあり、OKしました。タップをいとおしむようにやすりを充てて削った後に、タップの調整の仕方を教えてくれました。角を落として半球状に仕上げます。台の上に置いた球と目からキュー先のタップのカーブがちょうどかぶさるような位置から見て、同じになるように調整します。そのほうが球の端の撞点をついたときにミスショットが少なくなります。いや、そうではない、だいじなのはいままで狙えなかった外側の下の撞点を撞き抜くことができるようになった、軽い弱いショットでドロー・ショット(引き)ができるようになりました。大きさの異なる円と円が打突でぶつかります。タップの角に当たるとミスショットが出やすいのですが、半球状に調整すると角がないのでミスショットになりにくいのです。吉岡先生のタップの調整の仕方は半球の上面、そうですね半径で割ると1/4くらいのところでカットしたような穏やかなもの、だから角が立ってます。そういうやり方がスタンダードでした。町田先生のタップの調整法はわたしにはまったく異例だった。理屈がわかったのでそれから、町田先生方式のタップの調整をしています。どうぞ、セミプロ以上の腕前の方は、真似してください。安物のタップや腕が悪ければどんなに素晴らしいタップの調整ができてもおそらく効果は小さい。(笑)
小林先生は平成のときの天皇のビリヤードコーチ、常連会で準優勝したときに世界最高のチョークをワンケース(12個)を賞品としていただきました。アマチュア全日本チャンピオンのK柴さんに決勝で負けました。一回目は撞き切り(自分の持ち点をノーミスでクリアすること)ましたが、その裏をK柴さんも撞き切り、延長の2戦目はK柴さんが先、2回続けて撞き切りました。試合で撞き切りなんて滅多にあることではないのです。それが3回続きました。初回にわたしに撞き切られたので、あいつ本気モードになった。(笑) さすが元全日本アマチャンピオン本気出すと半端なく強い。ゲームの種類はキャロムゲームの三つ玉です。
見ている人たちが手に汗握る白熱の試合、準優勝でしたが、観客に大いに楽しんでもらえました。メーカーがとっくに潰れて、小林先生が世界大会用にしか使わないチョークを準優勝商品にいただいたのです。半分は残っています。ダイヤモンドを砂にしたようなきらきらしたものが青色のチョークに混ざってます。思いっきり端を撞いても、ミスショットにならない。こんなチョークは初めてでした。
町田正さんは今の天皇のビリヤードコーチでした。ボークラインゲームを3回お相手願いました。このゲームの全日本チャンピオンですからね。わたしはお相手していただいただけで感謝感激でした。トレーニングメニューは正さんのお父さんの方に教えていただきました。ノートが50ページほどあります。
そういうコーチに巡り合うのは、ほんとうに稀。自分の方から出かけないとお会いできません。熱意があれば、叩くと案外と門は開くものです。どんなに偉そうに見えても、実績があっても、相手もやはり人間なのです。熱意にはいつか応えてくれます。(笑))
駿台予備校の荒木重蔵さん(数学)が小林先生のお店の常連会で一緒でした、プロクラスの腕前です。三菱銀行のN川さんもお上手だった。システム関係の担当だと言っていたような気がします。常連会には日本野鳥の会の方が2名いました。1986年から1992年ころまでの話です。町田先生のビリヤードは八王子、小林先生のお店は新大久保から徒歩2分のビルの2階、仕事が忙しくて、なかなかいけませんでした。
小林先生のお店にはベルギー製のスリークッションの台が4台ほどあったかな。ラシャが綾織りでなくて平織りだった。掌を当てて前後に動かしてもラシャがほとんどずれません。人間の力では無理そうなのでどうやってラシャを張るのか訊いてみました。ラシャを引く専用の道具があるんだそうです。それで引っ張りながら隙間をつめながら鋲を打つそうです。台にはヒータがついてました。日本は梅雨があるので湿度が高くなるからです。湿度が高くなると、角度が小さく出てしまいます。ベルギー製の台のラシャ張替え一度だけでいいから手伝ってみたかった。吉岡先生のラシャ張替えを小さい時から何度も見ていたし、中学生ころからはオヤジを手伝ってラシャの張替えやったことがありました。いまできるかな?あやしい!自分一人で全部をやったことはなかったけど、作業の段取りは記憶にあります。お手伝いくらいしかできないでしょうね。あれ、結構楽しいのです。張り替えたあと、まっさらなラシャの上で玉を走らせてみる。なつかしい。
小林先生もビリヤード店の息子です。わたしは「小林さん」と言ったことがありません。どういうわけか出遭ったときから「小林先生」でした。ネットで調べたら小林先生は7歳年上、誕生日が3日違いであることを知りました。あれ、忘年会のときに聞いたかもしれません。誕生日が近くて肩組んで写真撮りましたね。聞いた、聞きました。忘れてました。
昨年11月に77歳で亡くなられています。お世話になりました、ご冥福をお祈り申し上げます
*ビリヤードスリークッション世界チャンピオン小林伸明
7https://ja.wikipedia.org/wiki/小林伸明
**町田正
http://champion.wp.xdomain.jp/
町田先生のこのお店はお父さんが経営していたもの、とってもなつかしい。SRL八王子ラボ勤務のときに20回ほどしか行けませんでした。正さんは京王八王子駅前のビルの2階でご自分の店をやっていました。お父さんが亡くなって移られたのでしょう。
<余談:小寺さんと友人K藤>
小寺さんがバドミントンが学力をアップするのにとっても役に立つと彼のブログで繰り返し述べておられます。市民バドサークルを三十数年間奥様と主宰して来られた。息子さんや娘さんもそのサークルの一員です。小寺さんは東大現役合格、そのまま大学院へ進学し、マスターを終えたあと富士通へ。野球が大好きで、東大野球部のメンバーだったそうです。野球のことは技術的なことをよく知っていますから、大学時代は勉強には熱が入らなかった方かもしれませんね。東大の人は頭で野球する。(笑)
都内随一の進学校である開成高校に「たまたま合格」(小寺さんの弁)した息子さんは開成でもバドクラブに所属、いまは東工大教授で量子コンピュータを教えています。娘さんもバドの名手だそうです。バドの名門高校関東第一高校の教頭先生のようです。国語が専門。
小寺さんのブログの愛読者の一人ですから、いつのまにかプライベートなことをよく知っています。
東大安田講堂の事件があったときに大学院の1年生だったというので、私よりいくつか年上です。1969年1月の東大安田講堂事件では根室幼稚園の幼馴染が立てこもった一人だったので記憶しています。SRLで東証Ⅱ部上場準備要員として私より2か月先に採用されたK藤がその年の受験でした。東大の受験はその年はなかった。「あればわたしは東大法学部卒だった、浪人できないので仕方なく中大法学部へ行った」とK藤。41歳の時に会社を辞めて独立起業、2年後に事業が軌道に乗り始めたときに胸部に進行性癌ができて、半年で逝きました。癖があるけどとってもいい奴でした。事業が軌道に乗り始めたら、一緒に事業をやらないかと誘ってくれました。最初は副社長、断ると社長のポストではどうだろうと。臨床検査業界最大手のSRLでなければやれない仕事がいくつもあるので、それも断ると、事業を分割して営業譲渡、その直後の発病でした。奥さんは東大理三卒、ある有名海外メーカの化粧品部門の開発部長でした。
小寺さんはバドミントンが学力アップに効果があると繰り返し述べていますが、わたしの場合はビリヤードです。無心に遊ぶ時間をもつことがどんなに脳を活性化するかよくわかります。
子どもの学力アップに興味のある方は、小寺さんのバドミントンのブログをお読みください。
**バドミントンが拓くあなたの未来
https://blog.goo.ne.jp/badmintonmusume/e/e446278865d
#3066 C中学校バドミントン部:首都圏の技術指導チャンネルを開く Jun. 24, 2015
https://nimuorojyuku.blog.ss-blog.jp/2015-06-24
<余談-2:バーチャル空間で無心に遊べ>
ビリヤード台を頭の中に浮かべて、ゲームを楽しむ技が小学生の時にに身についていたことはすでに述べた。さまざまな問題を脳内の引き出しにしまっておいて、いつでも取り出してそれをいじくることができたから、ルーチンの仕事のほかにプロジェクトをいくつ抱えても負荷にはならなかった。多い時にはルーチンのほかに5つのプロジェクトを2年間抱えていたことがある、このときの5つのプロジェクトはメンバーが役員と部長が2人、課長が3人、実際にプロジェクトの作業をするのはわたし一人、産業用エレクトロニクス輸入商社で愉快な仕事だった。財務委員会、長期計画委員会、収益見通し分析委員会、為替対策委員会、電算化推進委員会、あとで6つ目の利益重点営業委員会の方もシステム化案件を含んでいたので、東京営業所長(課長職)のE藤さんから円定価システムを頼まれて一緒に実務の検討からやった。移動平均値で円定価に使う為替レートの計算式を決め、平均的な納期で仕入レートを決定、推定仕入額を計算して、バルクで為替予約をした。それで、為替差損の発生が消滅、日米金利差で、仕入額の2%ほどつねに円高差益がでるという利益構造に変えた。E藤さんはわたしが付き合った営業マンの中ではナンバーワン。
(昨日、フランスからPCR検査機械の製造で感謝状をいただいたPSS社長の田島さんが営業マンとしてはE藤さんの次かな。1986年ころはアドバンティック東洋という会社の営業マン、SRLの業務部の自動分注機開発のメーカ側の担当者だった。自由に開発をやりたかったのだろう、SRLをがっちりつかんで、会社に見切りをつけ数年で独立している。購買担当で、八王子ラボの検査機器に限らず、固定資産購入はわたし一人でやっていたから、かれのところへの購入協議書の審査を何件もしたし、発注書も何枚も書いた。独立した当初も同じ。わたし一人で年間20億円以上買っていたし、製薬メーカとの検査試薬の価格交渉はもっと金額が大きかった。だから、よほどしっかりしていないと危うい。お誘いに呑み込まれたり、自分の方から接待を要求する、そういう人が絶えなかったのである。程よい距離を保つのが好い。
田島さんには一度だけ八王子の居酒屋で酒をご馳走になったことがあった。その居酒屋の店主の趣味が全国の酒造巡り。で全国の造り酒屋を回って自分が飲んでおいしいと思った酒だけ買ってくる。といっても十本単位だから、あとで送ってもらっていたのだろう。取材がはいって有名になるともう行かないと言っていた。特別に仕入れた銘酒が地下蔵にたくさんしまってあった。メニューや壁に名前が張ってある銘柄を選んで注文して飲んでいると、「こちら飲んでみてください」とおもむろにガラス製のグイ呑みを三つ並べた。二つは美味しかった、無名の地方メーカーだった。一つだけまずいと感じたので、苦労して仕入れた酒をまずいと言っては失礼だから、「この盃の酒は悪いけど僕の口には合わない」と言ったら、満面の笑み。田島さんと酒談義しながらカウンターで飲んでいたので試されたのだ。そのあとで、とびっきりの酒を出してくれた。こんな味の日本酒があるのかと思うような逸品、驚きました。「すごいお酒を集めてますね」と言うと、医療関係でお金をたくさんお持ちの客が酔って、「一番いい酒をだせって言われるんですが、この酒は出しません、もったいない、味のわかる人にだけ」、酒の選び方も目利きだったが、お追従も上手なオヤジだった。お陰で気分良く酔えました。田島さんとは好い酒呑みました。
それから何年かして営業本部の関係会社管理部に異動して三鷹の居酒屋で飲んでいた時に、田島さんが八王子ラボの管理職と連れ立って入ってきて、カウンターの隅で飲んでいた。しばらくすると、そのお店で一番高い日本酒が二つまわってきた。卒のない人だ、ちゃんとわたしがいることに気がついていたのだ。わたしがいつ購買部長で八王子ラボに戻ってくるかわからないとでも考えていたのかな、心配なかった。会社はもうそんな部署ではもう使ってくれない。購買システムを作り直すときに、経営管理課長と社長室、購買部の兼務辞令が出たが、一週間でクライアントサーバーシステムでの作り直しの仕様書を書いて担当者に渡した。システム部門でもめたいた。病理医のシステム部長は管理系統合システムのことをご存じない、知識ゼロだった。元々の購買管理システムは担当プロジェクトチームの三人が困ったいたので、外部設計書を半分書いてあげたし、試薬の価格交渉で購買課へ異動になったときに、不具合を全部直してあった。担当システムハウスが管理系統合システムを富士通の当時最大の汎用大型機で稼働させることに決めた合ったので、汎用大型機でEASY-TRIEVEでプログラミングされて動いていた。いい機会だからNTサーバーに載せ替える仕様書を書いて渡したのである。購買在庫管理システムはわたしが書いた仕様書通り、汎用大型機からNTサーバーへ移された。NCDさんの宇田さんが汎用大型機で統合管理システムの運用メンテナンスチーム10人ほどの責任者をしていたので、システム部門から彼にわたしが書いた仕様書を渡すだけで仕事は終わったはず。2年ほどしてそのシステム部長と本社で会社全体の何か催しごとがあったときに、「あの折は大変失礼しました、何も知りませんで」と挨拶があった。ラボ時代に病理医のその人とは何度も話したことがあった。購買の機器担当だったり、学術開発本部スタッフとしてのわたししか知らないから、システム開発の専門家で、会社の統合システム全体の設計を担当していたことを知らなかっただけ。入社した年の1984年にわたしが仕様書を書いて開発した「投資・固定資産管理システム」も購買部に移管されていた。
試薬の問屋三社と取引していたが、各社年に一度だけ、居酒屋でご馳走になった。付き合ってあげないと、三社とも取引金額が年間数十億円と大きいので担当営業が困るのだ。試薬問屋の担当役員と会うのは年に一度の飲み会だけ。価格交渉は全部、製薬メーカの部長と役員がラボに来て交渉するように切り替えたから交渉事はない。卸の業者相手に価格交渉をしても10%ほどしかマージンがないので、徒労。20%カットが目標だった。入社して2年目の11月、予算編成の責任者のわたしが16億円の試薬カットを提言したことから、専務がプロジェクトを作るから、言い出しっぺのお前が行ってやってみろということになった。購買課長ができっこないと言ったのだろう。迷惑な話だった。卸問屋とちょこちょこ交渉するからやれない。製薬メーカ相手に交渉すればいいだけ。予定を超えた。製薬メーカーには卸問屋のマージンは現状を維持するように約束を取り付けておいた。卸問屋いじめはしない。それから毎年、消費量の増えた試薬の価格交渉が恒例となった。情実が絡む余地は小さくなった。親会社のレビオからは少しだけだったが、レビオの子会社の東レ富士バイオは1984年に導入したCA-19-9が超大型案件だったから、検査試薬の仕入額が大きかった。会社上場で客観的な取引価格を決めないといけないので、入社した3か月目くらいに経理部長のI本さんの指示で、東レ富士バイオの役員と「取引価格の決め方」を決めた。当時は平社員、I本さん自分の担当だったが、富士銀行からの出向部長でどうやったらいいのかわからなかったのだろう。「ebisuお前がやってこい、東レ富士バイオ役員の〇〇さんには電話入れておくので、明日1時に練馬のラボの会議室だ」。20分ほどで紙に書いていった方法で納得頂いた。ドル建ての輸入価格に過去3か月間の為替レートTTBの移動平均値を使うと決めたはず。予定量は計算できるから、毎月先物為替予約をしておけば東レ富士バイオさんの方で為替差損の発生はないよと伝えたら、喜んでいた。為替変動による為替差損発生が向こう側には頭の痛い問題だったのである。お会いする前にそこのところの問題の大きさがわかっていたから交渉は簡単だった。36年もたっているのにいまでもこの癌マーカは使われている。わたしも何度もこの癌マーカのお世話になった。手術前は数値が1000を超えていた。それ以来、基準値を超えたことがない、お世話になりたくない検査項目だ(笑)
膵癌マーカ検査は1990年ころ学術開発本部で仕事していた時に、開発部の仕事を理解し、各担当がそれぞれ独自のやり方でやっていた業務の標準化をするためにDPC社Ⅳ型コラーゲン検査試薬と塩野義製薬膵癌マーカ検査薬の共同開発を担当した。こちらの腫瘍マーカのお世話にはなっていない。当時は「死のマーカ」と言われた。検査で陽性に出たときには手遅れだった。膵臓は胃の裏側にあるので見つけにくい。最大手の臨床検査会社にいると、いろんな部門で面白い仕事にありつけます。その都度、異動した部門で、その部門特有のスキルを身につけます。その前から、好奇心に任せて必要な勉強はあらかた終わっていることが多い。だから、異動してから実務でスキルを磨くことになります。いい仕事しないとスキルは磨けませんから。)
中途入社すると産業用エレクトロニクスの輸入商社でもSRLでも、すぐに予算編成と予算管理の仕事をルーチン業務として任されたが、数十ある費目(中項目レベルで数十項目、SRLでは細目レベルだと百を超えていました)を、時間がぽっと空いたときに三ケタで数項目を動かして頭の中で計算を繰り返していた。だから、どの費目あるいは部門の費用や売上や粗利に異常がでれば全体への影響が三ケタの概数で頭の中で計算できた。珠算で暗算が得意だったからだろう。長期経営計画もそうだった、脳内でのシミュレーションの賜物。暇を見つけると引き出しから取り出していつもやっていたから、具体的な実行計画がデザインでき、それを紙に落とす、そして年度予算編成にもって行けばいいだけだった。
赤字の会社の経営を任されたときにも、新規事業にかかる経費や必要人員や増加する費用や増加する売上、減少する分野の売上、会社の現状の業務の流れ、そしてシステム化したまったく別の実務でたえず頭の中でシミレーションしていた。思いついたアイデアを組み込んで、数年間の損益シミュレーーションや財務構造への影響が判断できた。だから、業種を変えても現場で数か月仕事をすれば、何が問題で、どこをどのようにいじれば黒字になるのかわかったし、すぐに実行できた。シミュレーションの裏付けがあるので、あとは紙に書いて稟議決裁をもらえばいいだけ、簡単な話だった。で、失敗したことがない。
「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」
#4243 バドミントン May 7, 2020 [73.ブカツ]
北海道の人口の少ない市町村でバド部に属しているあなた、バドが大好きなあなた、小寺さんのブログにトップレベルの選手のトレーニング観察記録がありますから、どうぞ参考にしてください。バド部を指導している先生たちもどうぞご覧ください。
啓雲中で実際にやって見せてくれたトレーニング方法7つは弊ブログ#3066に書いてあります。最後のところにURLを張り付けてあるので、根室管内の中学生と高校生でバド部の生徒たちは見てください。関東第一高校のトレーニング風景のビデオのURLもその中に貼ってあるはず。
*バドミントンが拓くあなたの未来
https://blog.goo.ne.jp/badmintonmusume/e/e446278865d35aac5a2bbc34c62dc34d
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バドミントンシングルスの日本女子選手は皆さん真面目。地道なプレイが多く、スタミナ勝負です。世界ランキングはトップレベルですが、オリンピックでは優勝できない気が私はしています。
東南アジアにフェイントが上手い選手が多いのは明るい国民性のせい、子供の時の環境故と思い、誰もがフェイントできると思っていませんでした。でも最近、練習できると思いました。
翔治さんの動きは速く、プレイに余裕があり、意識しなくても静止時間が他人以上に長くなり、ミスが減り、相手の足は止まります。まず藤田君をまねてフットワーク練習すれば良いでしょう。
翔治さんの試合を始めて見たのは短大生の時、翔さんがペアの時。その後NTTに入社し松野監督が指導。ミスが少ない選手になり、シングルスで1度、ダブルスで2度五輪に出場。私が面談したのは翔治さんがコーチの時でした。
元顧問のノック練習を翔治さんにしているのを見ていません。でも後輩への色々なノックを見て解説を聞きました。上手い選手はリズムがあり、体勢立て直しと一歩目が速いと言いました。1,2,3で打つようです。
彼はYONEX選手の女子選手を指導し、私が同行した時は中学生を指導していました。体育館は8面ほど。YONEX選手はコート外周を力を抜き外に大きく腿上げし戻しジョギングのアップを長くし、怪我を予防していました。
翔さんは世界8位の中国選手と毎日練習試合。中国流に強くなり、オリンピックに2度出場。ロンドンでリンダンに善戦しました。暑い夏の昼間も体育館のドアが締められ、練習を見た人は少ないと思います。
藤田君へのノックを見てびっくり。翔治さんにもしていたそう。利一君はデンマークのアントンセン、アクセルセンのように前を拾うのが大変でした。桃田選手と全日本決勝でヘアピン勝負しなかったのは賢い戦術でした。
翔さんがしていた1対2、1対3のフリーがとても良い練習と思いました。藤原君が高階君と組んだダブルスのフリーの指導が面白く思いました。元顧問が特に凄いと思ったのは、東大スポ愛の大集団への指導でした。
初心者の女子と駒場の男子がぎりぎり打てる所に早い球出のノック。初心者はすぐ上手くなりました。動ける男性に真央ちゃんと同程度の3分2本のノックで顔が青ざめ日陰で休憩。彼は人生感が変わったと言いました。
元顧問は私のクラブに毎年来て、県大会出場の高校生や3部の大学のキャプテンに激しいノック、オジサンや中学生に初心者用ローテーションノック、小学生や園児が楽しいノックをしてくれました。打ち合いは無しで。
最近、プロのビデオを見ていてフェイントの練習法があると思いました。素人ですので実証できていませんが、前回の指導法がまず最初。フットワークを磨けば次第に上手くなるでしょう。
ラケットをさらに高くあげ、素早くラケットをはっきりと落とし、ラケット面の位置までシャトルが落ちて来るまで静止し待ち、打てるところにシャトルが落ちて打つ。上手い選手の返球はライン際。貴方が見送ったと思い、相手の足が止まります。
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#3066 C中学校バドミントン部:首都圏の技術指導チャンネルを開く Jun. 24, 2015
https://nimuorojyuku.blog.ss-blog.jp/2015-06-24
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#4242 漸近線についての質問 May 6, 2020 [62-1 個別指導の実際]
根室市内で新型コロナ感染者が出だしたら、1か月でも2か月でも休塾しなければならない事態に陥るかかのうせいがあります。だから、やれるうちにやっておきたい。休塾してからやれるのは、LINE配信している英作文(基礎と応用に2コース)トレーニングだけです。
学校の先生たちの中にも、少なからず授業をやるべきだと思っている人がいるでしょうね。根室市内の中学生の学力は釧路根室管内18校で最低レベル*です。昨年9月の学力テスト総合Aの五科目合計点は市街化地域の3校共に110点付近(柏陵108.8、啓雲111.5、別海中央142.6、300点満点)、学力格差を何としても縮めたい、そう感じている賛成たちは少なからずいらっしゃる。でも、道教育庁から自粛要請が出ているので、校長の意に逆らってまではやれない。校長だって同じことです。わたしは小さな私塾だから、自分の判断で思った通りにやれるのでしょう。
*https://nimuorojyuku.blog.ss-blog.jp/2019-10-11
昨日は青チャート数Ⅲをやっている高3の生徒が漸近線の章がわからないとめずらしく弱音、おそらく初めてのことです、一貫して独力の予習方式で勉強して7年目です。すっかりこのスタイルになれちゃってます。
漸近線は無限級数と他の分野の複合分野。計算の方から理解しようとして森の中をさまよったようだから、グラフから説明をしてみました。
概念を整理して捉えないと計算の意味が分からないのでtanΘと指数関数と対数関数のグラフを書いて、漸近線を引いて見せます。ただ、座標に描かれた曲線に漸近線を引くだけのことですから、視覚的にすぐに理解できます。ここまでが第一段階でした。
さらに詳しくグラフを見ます。tanΘの漸近線の位置は2か所。一つはΘ=π/2、そのときyは+∞に発散、Θ=3π/2のとき-∞に発散することがわかります。指数関数はX軸が漸近線になることはグラフで明らか、xが-∞になるときにyの値はゼロに無限に近づきます。xが正の方向へ無限大になれば、yの値も無限大、ゆえに収束する値なし、漸近線は引けません。xを-∞にとり無限級数で極限値を計算するとyの極限値はゼロ。自然対数も同様にy軸が漸近線になることはグラフで明らか。xがゼロに近づくとyの値が-∞。
それから±∞や極限値の話をして類別すればいいだけ。それから計算と結びつけます。グラフと漸近線の意味と計算式の関係を解説終了です。
「そういうことだったんですか、わかりました」
そんなにむずかしくないのです、むずかしくないというのが心の底から納得いくことが大切、この生徒への指導の要点はそこにあります。
「もう一度、例題の計算過程を見たら、なぜそういう計算をしているのか納得いくと思うよ」
理解が速いので、こんな程度でこの生徒には十分です。余計なことは言わない。わたしと新型コロナの雑談しながら問題解いてました。めずらしいタイプ、マルチタスクが得意なんです。
他の生徒にはそれぞれの学力に応じてもっと丁寧な説明しています。必要な範囲でやめます、生徒が考える糊代をつねに想定して教えているからです。ここらあたりも個別指導の匙加減、いや醍醐味かもしれませんね。(笑)
(高1の生徒の質問に応えて、黒板で計算しているときに計算ミスが3か所出たので、あわててブドウ糖を舐めました。計算ミスの頻発は低血糖症状のサインなのです。そうしたら、別の高1の生徒が「あたし、小さいころ低血糖症状がひどくて入退院を繰り返してました」というのでびっくり。「それはたいへんだったね、いまはずいぶん丈夫になって元気のカタマリみたいなもの、たいしたもんだ、すごいね」って言ったら、にっこり。いい顔してます。)
無限概念が数列で出てくるのが数Ⅲ、要するに漸近線の章は無限級数と既習分野の複合問題です。無限級数と複素関数と三角関数が重なるとオイラーの公式「e^iΘ=cosΘ+isinΘ」、両辺のΘをπに書き換えると、ネイピア数のeと円周率のπと虚数単位の i と-1がイコールで結ばれます。eもπも超越数で、無限級数で表せます。「e^iπ=-1」、とっても美しいでしょう?数学の世界がグーンと広がりますが、それは高校数学の範囲を超えてます。
他の5人の高3の生徒たちもそれぞれ違う問題集をやっていました。数学飽きたら英語、10分も考えてわからなければ、その都度生徒たちから質問が飛んできます。英語長文問題の終わりの方の文の意味が分からないなんてことも結構あります。ここって言われても、その前もさっと読まないといけません。(笑)
7人までの個別指導でも、一人の質問に応えていると、待ってもらうこともありです。そういうときは、学力の高い生徒が下級生や同級生の面倒みてくれていることがあります。それもコミュニケーションのトレーニングになっているのかな。生きるために必要な技の一つでしょう。教える方も教えられる方もです。
高校3年間てあっという間に終わります。国立大医学部受験、共通試験の合計810点を目指してチャレンジしている生徒の勉強のやり方はシビアですよ。弱点と感じている分野は片っ端から具体的な戦略を練って、次々に実行に移してます。まるで企業経営の戦略策定と実行計画みたいなもの。わたしはときどき報告を聞いて頷いているだけです。独立心の強い人間に育ちました、小5の1月4日スタートで7年目。長かったのか、あっという間でもありました。
休みの間に、学校から渡された長文問題18題、目標時間15分でトライしてました。16題目で質問が一つだけありました。この辺りから英文の内容がむずかしくなったと言ってました。あと2題、多分もう終わっているでしょう。明日はハラリのSapiens原書講読授業です。ハラリの授業前に、15分ほど今夜送信してある英作文問題5題の答え合わせと解説をします。偉いものです、1/14に始めて270題が終わっていますが、一度もやってこないということがありませんでした。そうとうユニークな英作文解説ですから面白いのだろうと思います。すでに400題作ってありますが、500題で終われそうもありません。わたしも愉しいからです。500題の英作文問題&解説書がまもなく一冊出来上がります。
自分が高校生だったら通いたいと思う塾が理想でした。だいぶ近づいてきているような、まだまだ遠いような、へんてこりんな気分です。でも愉しんでます。
新型コロナに罹ると、喉は金串を刺したような痛み、呼吸するたびにガラスが肺の中に刺さるような痛みというのは勘弁願いたい。身体は苦しんでも、あるところから意識は別だという体験をしてるのでなんとかなりそうです。スキルス胃癌と巨大胃癌の併発で6時間の全摘手術のあと、集中治療室でそういう奇妙な体験をしました。あれが錯覚でなければいいのですが…体が低体温症で体温を取り戻すためにベッドでエビのように跳ねてました。意識は別でした、なんにも痛くないし、苦しくない。上から自分を見つめていただけ。なんだ、死ぬって穏やかだなと感じながら見ていたのです。看護師さんがもってきてくれた電気毛布で体が温まり始めると、痙攣が止まりました。意識はスーと体へ戻っていきました。
40日の入院期間のお陰で、ドクターや看護師さん、毎日掃除をしてくれている方たちのありがたみと、病気の人の気持ちがわかるようになりました。ありがたいこと。
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#4241 COVID-19検査拡大へ方針転換:保険点数は500点でいい May 5, 2020 [35. 感染症および自己免疫疾患]
* https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%ef%bd%90%ef%bd%83%ef%bd%92検査数「他国より明らかに少ない」…政府の専門家会議、センター増設求める/ar-BB13zRTy?ocid=spartandhp#image=1
保険点数の公表は3/5である。同日付で最大手臨床検査センターSRLは同日付で処理能力が1100テスト/dayであることを公表している。47都道府県の衛生研究所全部を合わせた実際の処理件数が3000-6000テスト程度である。
*道立衛生研究所
http://www.iph.pref.hokkaido.jp/profile/about.html
公表されたCOVID-19PCR検査の保険点数は1350点だから13500円、臨床検査名称はSARS-CoV-2PCR検査となったようだ。これは臨床検査学会が名称を管理し、SRLが事務局をしている日本標準臨床検査項目コードに付された正式名称なのだろう。すぐにネット配信されただろうから、全国の病院やクリニックのシステムはこのコードで動いている。準備は2か月も前に整っている。必要なプライマーの自家製造も2月初旬に体制を整えている。
<1350点の保険点数は異例、500点に切り下げるべき>
ところで1350点というのは異例に高い点数になっている。衛生研究所の原価ベースに厚生労働省が設定したのだろう。従来の保険点数の価格帯からは500点くらいが「相場」である。大手民間検査センター3社はこの点数で十分に採算がとれる。老人を除き患者負担は3割だから1500円で検査できることになる。
13500円のものがなぜ大手民間検査センターならどうして4割になるのかは簡単な話だ。1日当たり10テストと100テスト、1000テストではコストがまるで違う。
実際にそういうシミュレーションをして、新規導入項目の受託価格を決めていたことがある。研究部や特殊検査部の検査担当者がそれぞれ計算して、それをオーソライズするようないい加減な体制だった。研究部や特殊検査部の課長さんたちの相談に乗っていたことがある。会社の利益に大きな影響があるので、原価計算システムや予算システムと連動させた、新規導入項目や既存項目の販売価格決めのために利益シミュレーションシステムを1988年ころに構想していた。そんなシステムをもっている会社はいまでもないだろう。
変動費は検査試薬代のみ。固定費はPCR検査機器の減価償却費そして人件費である。テスト数の桁が上がるにつれて、固定費負担は急減する。生産性が悪く、国内基準での精度管理体制である衛生研究所の検査コストは高くついて当然である。道立衛生研究所の感染症部のウィルス・グループは数人だろう。だから、検査数増大には耐えられない。実務上検査を制限せざるを得ないのである。各地の保健所とのやり取りが目に見えるようだ。まことに気の毒である。
<大手臨床検査センターの規模はケタ違い>
大手臨床検査センターのSRLを例に挙げると、八王子ラボには800人前後の臨床検査技師がいるのではないか。1994年ころに調剤薬局事業をスタートさせるために調べたら70人を超える薬剤師がいた。PCR検査の導入は1988年ころにさかのぼる。製薬メーカー・ロッシュとPCR検査に関わるロイヤルティ契約をしたのは1990年ころのことである。わたしは学術開発本部スタッフで製薬メーカとの試薬の共同開発案件2個とPERT法による共同開発業務の標準化、学術情報部のラボ見学案内のうち海外メーカからの部分と異動する前から学術情報部長のKさんと臨床検査項目コードの産学協同プロジェクトにかかわっていた、私の提案で大手6社と臨床病理学会の産学協同プロジェクトとして始まった仕事だったからだ。忘れてた、沖縄米軍からの依頼で出生前診断検査の導入調整、慶応大学病院との出生前診断検査MoM値の日本標準値決定のための産学協同プロジェクトもこの時期にやってしまった。SRL側のマネジメントを担当していた。精度保証部のほうはCAPライセンス査察へ向けての準備作業の応援くらいなもの。大きな仕事はなかった。ああ、学術開発本部内の3部の業務3割カットなんてプロジェクトもわたしの担当だった。各人の業務の棚卸をして、優先順位付けした3割カットしました。特別忙しいという感じはなかった。多い時にはプロジェクトを5つ抱えていたこともあったから。毎週行われていた開発部の会議で担当者から報告があったのでロッシュのPCR検査ロイヤルティの話は記憶にある。ロッシュと契約する前にPCR検査が導入されており、その時には購買課で検査試薬の価格交渉とSRLの固定資産購入全部を担当していたので、最初のPCR検査機器はわたしが購入している。SRLにはかれこれ30年を超えるPCR検査の実績がある。研究部と特殊検査部への導入が早かった。わたしが八王子ラボの機器購入を担当したのは2年余だったが、それからあとでウィルス検査部でもPCR検査導入がされただろう。量が増えれば特殊検査部から、ウィルス部へ検査が移管される。だから、PCR検査経験者は少なくない。
<保険点数は半分以下に下げるべき>
医療費はそれでなくても年々増大の一途をだどっており、減らすためにこの20年間で療養型病床数を20万ベッド減らしている。さらに採算の悪い地方の病院の統廃合によって20万ベッド減らす計画が持ち上がっている。
患者負担は小さい方がいい、検査拡大に伴って、保険点数は500点に引き下げられるべきだと思う。心配なら、厚労省は大手3社に問い合わせてみたらいい。下げれば都道府県の衛生研究所は採算割れするから、やればやるほど赤字になり、都道府県の一般会計から繰入金を増やさざるを得なくなるだろう。生産性が悪いのだからやめたらいいのである。官から民へである。各地の衛生緩急所はパンディミックの初期だけ対応できたらいい。
<処理能力アップの必要日数>
例えば、1000テスト/日から10000テスト/日への処理能力のアップには、SRLなら3週間程度かかる。PCR検査室増設用のスペース検討に2日、BSEL-3へ改造するのに発注から工事完了まで10日間、その間に必要な人数の人事異動発令とトレーニングをしたらいい。トレーニングには標準作業手順書を使えばいいだけ。RNAウィルスだから前処理に手間がかかる。異動で来る人たちはみなさん日ごろからルーチン検査をしていて検体の取り扱いには慣れているプロの職人であるから、およそ3日間のトレーニングでやれます。RNAウィルスPCR検査のベテランがすぐそばにいるのですから、問題が生じても対応できるでしょう。
<世界最高レベルの精度保証:CAPライセンスラボ>
SRLは1988年ころ世界で一番厳しい精度管理基準CAPライセンスを取得している。国内基準ではなくて、一番厳しいCAPライセンスを基準としてやっている。2年ごとの更新・査察を受け入れているので、標準作業手順書は新規導入検査や既存項目の手順変更のさいには必ず提出されている。日本語と英文で精度管理部門が厳格に管理している。他の大手2社もあとから続いてCAPライセンスを取得しているので精度管理体制は同じだ。だから、国内基準の都道府県の衛生研究所よりもかなりレベルの高い精度管理体制になっている。
<検査を担当する人材確保も専用機器も制限なし>
もちろん、機器の増設も必要だから、発注したらいい。PCR検査装置は単に温度を上げたり下げたりして増幅するだけの装置だからそれほど高額ではない。検査結果データを読み取るところがコンピュータ処理になっているだけ。
大手臨床検査センター3社には検査要員に関する制限や機器の制限はない。
<余談:生徒たちがめんこい>
それぞれの病院で感染症患者を受け入れたときに、体調に異変を感じたら、すぐに新型コロナPCR検査を受けられるようにしてあげたい。
大手民間検査センターはニーズが大きくなってもいくらでも処理能力を拡張できる。わたしは、知りうることをここに記して、大人の責任の一端を担いたい。そして状況が改善できるように祈る。
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PCR検査数「他国より明らかに少ない」…
政府の専門家会議、センター増設求める
専門家会議は、日本の人口10万人当たりの検査数が187・8件で、イタリア(3159件)、米国(1752・3件)、韓国(1198件)など他国と比べると「明らかに少ない」と指摘。検査の陽性率は5・8%で他国と比べて低いことから、「潜在的な感染者を捕捉できていないわけではない」としつつも、都市部を中心に「検査待ち」が多く報告されたことなどに注目した。
検査が進まなかった理由としては、▽発熱などの症状を訴える人からの相談を受け付ける保健所が業務過多である▽検査を担う地方衛生研究所の体制が十分でない――ことなどを挙げた。感染者の中には急激に重症化する人もいることから、検査を拡充し、早期診断と適切な治療につなげることが必要だと訴えた。
その上で専門家会議は、医師が必要と考える患者を迅速に検査できるよう、保健所を介さずに検査ができる「地域外来・検査センター」の増設や、防護具の確実な調達、検体採取をする人へのトレーニングなどを求めた。
厚生労働省によると、国内のPCR検査の実施可能件数は現在、1日約1万6000件。政府が目標に掲げる「1日2万件」には達しておらず、実施件数も1日最大で9000件程度にとどまっている。
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*新型コロナウイルス「最前線の医師」が語った本音
デイリー新潮2020年05月02日06時32分
https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/dailyshincho/nation/dailyshincho-625938
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新型コロナウイルス関連の報道では、数多くの医師がメディアに登場して、自身の知見を述べている。しかし、最前線で感染者たちと接している医師の話をじっくりと聞く機会は意外と少ない。実際にはその患者を診たことがない「専門家」(中には医師ではない者もいる)のオピニオンのほうが多く流布されている。現場からの声として紹介される多くは、治療現場の苦境といったところに限定されているようにもある。
そこで今回、ある総合病院で新型コロナウイルスを実際に診察し、また現場の統括もしているベテラン医師に匿名を条件で本音を語ってもらった。匿名にした理由は「特におかしなことを言ったつもりはありません。同じように考えている医師も多いと思います。でも、ただでさえ忙しいのに、病院あてに抗議などが来るとたまらないから勘弁してください」というものである。
――お勤めの病院はどんな感じですか?
現状をお話しする前に、平時の病院、医療がどうだったかを少しご説明させてください。 もともと日本は国民皆保険ですし、東京は医療へのアクセスが極めてイージーになっていました。中学生までは医療費ゼロですし、救急車を呼んでもお金は請求されません。欧米なら数万円は確実に取られます。それゆえ、子供を昼間病院に連れて来られないというだけの理由で、救急外来を夜間に普段使いするような親までいたのです。
だからいつも病院が混雑していることが問題になっていました。一方で、開業医の先生を含めて医療機関側もそれで儲けていた、という面もあったことは否定できません。「どんどん来てください」とやって、医療費は国に負担してもらえばいいのですから。 ただ、新型コロナウイルスの影響で、普段は安易に病院に来ていた方が減ったので、全体としての患者数は減っています。 感染症や救急を担当していない病棟や医師はむしろ時間に余裕ができているようです。不要不急の手術も延期にしていますから。 1、2月に比べて3月の病院全体の収入は3割減というところでしょうか。病床の稼働率も10%ほど下がっています。 おそらくこれは開業医などでも同様でしょう。「売り上げ」が落ちて困っているところもあるだろうと思います。
一方で、私たち新型コロナの担当医たちだけは忙しくなっています。うちの病院では新型コロナの診察を救急医が受け持つようにしています。その担当医らの仕事は、大雑把にいって1.5倍になっているという感じです。ただでさえ忙しかったところに、仕事が急増しました。
私が若い頃は救急を専門とする医師は月15日くらい当直というのが当たり前でしたが、さすがに今はそうはいかないので、当直は月6〜8日くらい。週休2日は確保できるようにして、休日出勤の際には代休も取るように、という方針でした。
これがさっき言ったように仕事量が増えているため、「当分、代休は取れません」という感じになっていて、実感としてかなりキツい日々が続いているのは事実です。
私自身は現場の診療の他に、病院全体の感染症対策等々の仕事が増えました。省力化できたことといえば、テレビ会議が増えたので結果として会議の時短などが進んだことでしょうか。
――新型コロナに関しては、膨大な情報量が発信されています。この状況をどう見ますか?
SNSで誰もが発信できるようになったことで、不安をかきたてる情報が溢れすぎている、という印象はあります。
また地上波のテレビ、ワイドショーがセンセーショナルに伝える傾向があるのは良くないと思っています。たしかに政府の言う通りのことを流すのでは政府広報になってしまうので、良いことだとは言えません。 しかし、恐怖を煽って,今の対応が危険だと強調しすぎているように思います。
現政権が嫌いなのかもしれませんが、それと医学の問題は別です。
現在の政府方針、専門家委員会の方針は、専門的な知見のある人たちが議論して打ち出したものであり、相応の合理的な判断だと現場の医師から見ても思います。
ですから煽られておかしな行動をとるのではなく、とにかく今の対策を守ってもらわないと,収束できるものもできなくなると思います.
にわか専門家のコメントが全部間違っているとは言いませんが、大事なことをうまく伝えられていないと感じます。自称専門家はもちろん、芸能人の方などの不用意な発言でも、視聴者は扇動されます。
外国の例を簡単に紹介するのも問題です。「海外ではこうだ」というのですが、それぞれの国によって医療レベル、保険制度、国民性、文化など異なる背景があります。だから安易に「あそこがいい」「ここがいい」という話ではありません。
「アフリカの〇〇ではこうだ」と言われても、その国は常に様々な感染症の脅威が存在する国かもしれません。その国の政策を参考にする、といっても無理があるのではないでしょうか。
――「何もしないと42万人が死ぬ」というシミュレーションも恐怖を煽っていたのではないでしょうか?
あれはあくまでも「何も対策を講じなければ」という前提で、最悪の事態を示したのですから、「ステイホーム」を訴えるという点では良いのではないでしょうか。
「エアロゾル」感染といった言葉が独り歩きしたせいで、ちょっと勘違いがあるように思うのですが、基本的には空気感染ではなく接触・飛沫感染です。だからちょっと話をした程度であれば、問題はない。
空気感染だと思うと「じゃあ空気がいいところなら大丈夫」という勘違いが生まれます。ここが心配です。
たとえば「空気がいい」ゴルフ場に行く、公園でジョギングをする、というのは問題ないように思っている方もいるでしょう。
たしかにゴルフ場でプレーするだけなら感染はしないでしょう。しかし、その前後に外食をしないでしょうか。ジョギングの最中に無意識にガードレールを触って、その手で顔を触り……となっていないでしょうか。
そういうリスクがあるからこそ、「ステイホーム」と呼び掛けているわけです。あくまでも個人的な、そしていささか楽観的な見方ですが、きちんと自粛をしていれば、あと1、2カ月のうちには良い状態が来るのではないか、と思っています。
――そうした報道に煽られて、検査や診察を求める患者さんが殺到していて、かえって病院が困っているとも聞きますが、どうなんでしょう?
確かに、必要とは思えない患者さんが検査を求めてくる事例はあります。直接こちらの病院には来なくても、かかりつけ医から紹介状をもらってきて、検査を求めるケースです。そういう人の中で検査を断られた人が、SNSやテレビで「検査も受けられない」と主張することもあるのでしょう。
ただ、この間、数多くの新型コロナウイルス感染者を診てきた者として言えるのは、「この人は陽性だな」と思う人は検査に回さなくても、ほぼわかる、ということです。あくまでもその診断を確定させるために回すのです。病歴を聞き、問診をして、CTを撮り……といった診察の過程でかなりの確率でわかります。
ところが、そうした経験のないお医者さんが、患者さんに強く言われたとか、あるいは患者さんサービスの一環で検査を求めるとどうなるか。結果として、本当に早く確定して欲しい人の検査スピードが遅くなります。
これが問題です。
――テレビに出ている「専門家」の強い主張の一つが、「とにかくPCR検査を増やすべき」というものでした。これはどうなのでしょう?
これは絶対に間違いです。少しでも専門知識がある人は、全くこれを望んでいません。
他国と日本が違うのはこの点で,本当に医師が疑った例にのみ検査をやっている点で感染の広がりをコントロールできていることは確実です。
とはいえ確かに検査のスピードは遅かったから、そこは今改善を進めています。 ただし、誰彼構わず検査をオーダーできるような状況を作らなかったことは100%正しかったと考えています。
日本のように国民皆保険の国で、なおかつ感染症に詳しくない町のクリニックのようなところまでもが、自由にPCR検査をできるような環境を作っていたら、間違いなく院内感染が多発していたでしょう。おそらくニューヨークやイタリアの比でない状況になったと思います。
「かかりつけ医」に相談することは否定しません。しかし、そこに多くの人が押し寄せたら結局クラスターを発生させかねません。そういう状況を作らなかった点では、当初、検査を絞ったことは決して批判されるようなことではないのです。
現在報告されている院内感染にしても、慣れてない人が普段使わないような感染防御具を適切でない使用をしたがために他の人や患者に感染させる例があとを絶ちません。
ドライブスルーでのPCR検査を増やせ、という意見についても、乱暴に思います。病院外での検査体制は進めたほうがいいでしょうが、やり方を間違えるとかえって感染者を増やすことにもなりかねません。
別の観点から補足させてください。
毎年のインフルエンザの流行の仕組みをご存じでしょうか。
PCR検査が注目されることで「偽陽性」「偽陰性」といった言葉もよく目にされるようになったと思います。前者は「本当は陰性なのに陽性と出ること」で後者は「本当は陽性なのに陰性と出ること」ですね。
実はインフルエンザの検査でも「偽陽性」「偽陰性」は一定の確率で発生します。日本では「インフルエンザかな?」となったらまず病院に行って、検査をしてもらって、タミフルを飲んで、ということが当たり前に思われている方が多いかと思います。
でも実は、こんなことをしている国はそんなに多くありません。一つには先ほどから言っているように、医療費が高い国では、そのたびに大変な料金が発生するので、いちいち検査しない、という人が多いのです。また、タミフルは病気を治す薬というよりは、よくなるまでの期間を短くする(7日が5日半になる)という性質のものです。
アメリカならば、この検査とタミフルだけで下手をすると500ドルはかかるでしょう。だから多くの人は「家で寝て回復を待つ」のです。私もそうしています。
ところが日本は医療費が安いことに加えて、「休むなら証明書を出せ」という習わしが学校や企業にあるので、こぞって病院に来て検査を求めるわけです。
問題は、インフルエンザの簡易キットの感度は7割から8割なので、2〜3割の人は本当は陽性なのに「陰性」という結果になります。
その人たちは、病院のお墨付きをもらったということで、自由に動き回りますから、コミュニティの中で感染を広げます。実は、これが毎年のインフルエンザの流行の大きな原因なのです。今回のことを教訓に、「インフルの証明書がないと休めない」といったおかしな慣習はなくしてほしいものです。何にせよ具合の悪い人は休むべきです。結果としてそのほうが学校や職場のためにもなります。
そして、今年、インフルエンザがあまり流行していないのは、多くの人が手洗い、うがいをして、なおかつちょっとでも具合が悪ければ、自ら行動を抑えるようにしたからです。その結果、「実はインフル」の人が感染を広めなかったわけです。
話をPCR検査に戻せば、検査の無闇な拡充に反対している人たちが怖れているのは、インフル同様に、「お墨付きを得た、でも本当は陽性です」という人が感染を広めることにつながりかねないからです。
よく韓国やイタリアのほうが日本よりも検査数が多い、といって日本を批判する人がいるのですが、これは話がまったく逆です。韓国やイタリアは最初に検査数を増やし過ぎたために、感染を広めてしまったのです。
「医療資源が無限にあり」「偽陽性の人でも全員どこかにちゃんと収容できて」「(偽)陰性の人が行動を慎んで他人にうつさないようにする」という前提がすべてそろっていれば、検査数をどんどん増やすのもいいでしょう。
しかし、そもそも検査はそんなに簡単なものではありません。検査というのは少なくとも検体を取る人と、検体を検査する人の両者がいてはじめて検査ができるのです。仮に医師会の先生たちが頑張って検体をたくさん出しても、検査する人が増えなければ結果が出るのがより遅くなってしまいます。本当に必要な検査が滞るのです。
もしも「やる気になればできる」と言い張る方がいるのなら、ぜひそういう人材がどこにまだ眠っているのかを教えていただきたいものです。
検査の技術の習得は一朝一夕にはできません。だから長期的な観点では、もっと日本はこういう検査もスピーディにできるようになればいい、と言われれば「その通りです」と答えます。
しかし、今まさに感染爆発を防ごうとしている時期に実現不可能なことを言っても仕方がありません。
テレビに出ている中でも、自称「専門家」ではなくて、本物の専門家の先生方もいらっしゃいます。そうした方に、「日本のPCR検査数は少ないのでは」とか「より検査体制を充実させられるといいのでは」と問えば、「そうですね」と答えるでしょう。それ以外の答えをしようがありません。
しかし、それで「それみろ、やっぱりPCR検査が足りないんだ」と言い張るのはやめてください。
繰り返しますが、現場で本当にこの病気を診ている医者で、もっと検査数を増やせ、などと言っている人はいないはずです。
――ではなぜお医者さんの中で「PCR検査を増やせ」という声が根強いのでしょうか?
例年、この時期はインフルエンザの患者さんで病院、特に開業医さんは混み合うのです。経営のことを考えると患者さんがたくさん来るのは悪いことではないと考える先生もいるでしょう。今年はインフルエンザ自体が流行していませんし、万が一新型コロナウィルスに感染している患者に検査をすれば、感染のリスクがあるためほとんど行われていません。現在、新型コロナの診察はあまりやっていないでしょうが、一部の人にとっては「検査は怖いから検査センターにお願いするとして、診察は引き受けたい」といったモチベーションがあるかもしれません。
そういう人にとっては、かりに「PCR検査センター」のようなものが出来れば、都合が良いかも……というのは穿った見方でしょうか。
――「WHO」の関係者と名乗る方、ノーベル賞受賞者の方もPCR検査を増やすように主張していますが。
海外にいて、どのくらい日本の事情をご存じなのかわかりません。また、たとえノーベル賞を受賞された素晴らしい先生方であっても、必ずしも感染症やこの病気の専門家ではないので、仰ることがすべて正しいとはいえないと思っています。
医学はそれぞれの科や専攻の専門性が高い分野なので、たとえノーベル賞受賞者であっても、専門外のことには確証を持って発言していないのではと感じることもあります。
なお、「検査、検査、検査」というWHOの事務局長の発言もいまだに曲解されている方がいます。あれはあくまでも発展途上国などで検査を軽視している国に対してのメッセージであって、日本などを念頭に置いているわけではありません。
――ただ、検査をまったくしないと不安だという気持ちもよくわかります。「37.5度が4日間続くまで様子を見る」と言われても、その間に急激に悪化したら……と不安になるのでは。
気持ちはよくわかるのですが、熱だけが兆候とは限りませんし、本当に具合が悪くなったら救急車を呼ぶほうがいいと思います。新型コロナ以外でも、いろいろな病気がありえるのですから、本当に具合が悪い時はそうするべきでしょう。...
続きはURLをクリックしてお読みください。これもご意見の一つではあると思います。現場で診療している医師や看護師さんたちにもいろいろな意見があると思います。
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<ebisuの感想>投稿欄の内容に少しつけ足しました
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通りがかりさん
現場で新型コロナ感染症治療にあたっている医師の方のご意見ですね。ありがとうございます。
本文へ追記転載しました。
わたしにはうなずけるところもあるし、そうではないところもあります。
全体を通してみると、話に飛躍がありすぎます。当たり前のことですが、お医者さんにも視野の広い方と狭い方がいらっしゃるというだけ。
次の点は、私の書いたものをお読みいただけたら、納得頂けるでしょう。診療現場の医師とは言ってもすべてをご存じなわけではないのです。
以下は、PCR検査について言及してある部分を抜粋しました。大きな事実誤認です。
PCR検査をやる人材がどこに眠っているかについてですが、大手民間臨床検査センターにニーズに応えられるだけ十分な人材がいます。
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もしも「やる気になればできる」と言い張る方がいるのなら、ぜひそういう人材がどこにまだ眠っているのかを教えていただきたいものです。
検査の技術の習得は一朝一夕にはできません。だから長期的な観点では、もっと日本はこういう検査もスピーディにできるようになればいい、と言われれば「その通りです」と答えます。
しかし、今まさに感染爆発を防ごうとしている時期に実現不可能なことを言っても仕方がありません。
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自分が知らないということすらご存じないご意見です。実現不可能な話ではありません、大手臨床検査センター3社にはPCR検査がどれほど増えようとも、それに対応できるだけの人材がいます。現実にとっくに用意されているという話です。診療に当たられている感染症の一専門医の方が知らないのはしかたがないでしょう。しかし、専門家会議の面々はずっとこんなことも知らずに、2か月以上も時間を浪費してしまったのです。
ものごとは複雑、だからいろいろな人が意見を言うことが大事なのです。北大の西浦さんのシミュレーションについても言うべきことはあります。データを独占していることと、シミュレーションの前提条件が概要すら説明されていません。変わり目の実績データを20個ほどからy=a×1.115^xという計算式が導けます。途中までの計算値は西浦さんの複雑なモデルとそう違わないはずですが、90日を入れたら、東京都の人口をオーバーしてしまいます。だから、せいぜい30日か40日程度しか蓋然性がなさそうにみえます。モデル計算なんて前提条件の塊ででき上がっています。国内に感染症数値モデルの専門家は彼だけではないでしょう。追試できるような体制が好ましい。データの独占ではなくて公開が必要です。ネットの時代ですから、オープンな議論をしたらいい。
そしてもっと大きな問題があります。ことは感染症にとどまらない。1929年の世界大恐慌以来の「大恐慌」が始まっている可能性が大きいのです。とっくに医療人だけで議論できる問題ではないというのがわたしの意見です。グローバリズムの行き過ぎに対する反動であり、リカードの比較生産費説による国際分業体制の破綻です。経済の枠組みが、ポスト・コロナでは大きく変わります。外側に向かっていたベクトルが、一斉に内側に向かって収縮し始めます。
現場で感染症の治療に当たっておられる医師や看護師、そのほかさまざまな医療スタッフが働いています。そういう皆さんには敬意を表します。だからと言って、感染症の医師以外はこの問題を取り上げるなという意見には賛成しかねます。看護師さんも現在の過酷な臨床現場の状況を告発して医療がすでに崩壊していることを具体的に発信している方もおられます。
新しい事態に直面すれば誰だって間違えることはあります。専門家委員会だって判断を何度も間違えているのです。「37.5度、4日間の発熱が続いた場合」という条件を、批判をずっと浴び続けて、ようやく5/6から外すことになったようです。
感染症と言えば大きなトピックスは1988年ころのエイズ(HIV)騒ぎです。あのときも「エイズサーベイランス委員会」を当時の厚生省が組織しました。委員は感染症の専門家でした。医師からの報告書だけで感染数を把握してましたが。当初の数年間は全国で陽性者は100人未満。1988年かその翌年だったと思いますが、SRLではHIV陽性が毎日1-2件出てました。年間およそ500件です。他にも検査している用の多い検査センターがありました。当時は江東微研の検査数が多いという噂を聞いてました。陽性検体はウェスタンブロット法での確認検査をしてました。厚生労働省はSRLに問い合わせすら行っていません。エイズサーベイランス委員会が把握していたのは、実際の感染者の1/10以下でした。その数字をもとに判断して対策が遅れ、先進国で唯一日本だけがHIVが感染拡大するという情けない事態を招いたのです。専門家会議は32年前の大失敗に学んでいません。検査数を制限することでパンディミックを後押ししてしまったとわたしは見ています。
HIVのときはネット環境も今とは違うし、現職だったから声もあげにくかった。いまは外側から知りうることを発言できます。新型コロナは経済にも甚大な影響を及ぼしつつある。1929年の世界大恐慌を上回る景気後退が進行しているかもしれないのです。感染症専門医という小さな村の中の議論だけではとっくに対処できない現実があります。
いろんな方の意見があっていい、読んだ方の判断にゆだねます。
この問題に関しては独断と偏見は避けたいのですよ。現場の医師の発言でも、ダメなものはダメ、事実誤認があれば指摘します。国民の健康と安全、そして経済がだいじですから。
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2月下旬だったかな、感染症研究所OBの根路銘国昭という方への取材記事を読んだ記憶があります。「3月にも新型コロナのパンディミックが続いているなんてことを主張する人がいるが、ばかげた話だ。消えてなくなっている」と断言しておられた。新型であるにもかかわらず、内容を検討もせずに季節性インフルエンザと同じだと思っていたのでしょう。軽率な発言でした。この方、国際的にも著名な感染症学者だそうです。どんな専門家も、専門家だからこその間違いがでることがあるのです。それが小さなものなら無視していいが、被害を拡大させるような誤謬は見過ごせないのです。2/14のインタビュー記事です。わからないものを分からないとは専門家ほど言いにくいのではないでしょうか。
*https://ja.wikipedia.org/wiki/根路銘国昭
**「コロナウイルス感染拡大は「3月までに終結」と大御所が断言する理由」
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70375?media=bb
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