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#3656 永世七冠の頭脳と心: 『対局する言葉』を読む Dec. 9, 2017 [45. 羽生善治と柳瀬尚紀]

<更新情報>
12/9 朝10時 もろもろ追記

 12月5日、羽生善治さんが竜王となり、史上初の永世七冠を達成した。
*https://www.shogi.or.jp/news/2017/12/post_1622.html

  前人未踏の領域だ。数か月前に、SRL元社長のK藤さんから羽生善治と柳瀬尚紀著『対談する言葉』が送られてきた。柳瀬尚紀氏が根室高校の6年先輩であり、一度弊ブログへコメントをいただいたことをご存じだったので、「面白いから読んだら?」ということ。「羽生善治と柳瀬尚紀」という名称でカテゴリーを新設して、紹介方々、面白いと思った発言、論点をわたしなりに分析してみたい。本の順序に従って、今回は頭脳の働きと心の問題を取り上げる。

 アイルトン・セナが時速300kmの世界で神を見たということを話題に挙げて、将棋の世界でもそういう瞬間があるかと柳瀬が問うと、あると羽生が応えた。
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H: 将棋を例にとると、プロになってもう500局以上指していますけど、本当に自分の力を使いきって将棋を指したと感じるときって、ないんですよ。ほとんどいままで。もちろん、かなりギリギリのところまで自分を追いつめて戦っているつもりなんですけれども、それでもやっぱりどこか無意識のなかに躊躇する、例えば車でいうとアクセルを踏み込むのを躊躇している部分があるんじゃないか、と思っているんですよね。だから、まだそういう意味では、これはもう本当に文句なく、後世まで残せると自信をもって言えるような棋譜というのは、自分では指したことはないんです。
Y: そうですか。恐ろしい人だな。
H: あと、能力みたいなものがどんどん高く高く上がっていくと、心がついていかないって、ありますよね。柳瀬先生が訳した『フィネガンズ・ウェイク』を読んだわけではないですけれど、解説した本をちょっと読ませてもらったら、周りの人がこの人はなにをやっているかわからないくておかしいんじゃないかと思うって、あるじゃないですか。あの話を読んでちょっと思ったんですけれど、やっぱり、だんだん自分を追いつめて、どんどん高い世界に登りつめていけばいくほど、こころがついていかなくて、いわゆる狂気の世界に近づいていくということがあると思うんです。一度そういう世界に行ってしまったら、もう戻ってくることはできないじゃないですか。入り口はあるけど出口がないということがあるんです。そういうことに対してやっぱり多少、抵抗感というのがあるのかな、と思ってますけどね。
Y:心というのは、それはすごいなあ。それだけでもすごいテーマだと思うので、、いま急にはうまくいえないですけれども... ぼくなんか単純に、頭脳の能力が強ければ、脳が強靭であれば、脳には破綻が生じないという風に考えていたんです。でも、いま心という問題で教えられるようなきがしましたね。というのはジョイスはね、...
 p.28(単行本)
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 羽生はアクセルを全開して将棋を指すことに漠然とした不安を感じているように受け取れる。柳瀬さんには類似の体験がなかったようだ。

  わたしは高校2年生の時に公認会計士2次試験の参考書を読み、答案練習をしたり、近代経済学の本とマルクス『資本論』を同時に読んでいたときに、類似の体験をした。毎日8‐13時間勉強を続け、それが2週間くらいになると、脳が暴走を始める。寝る時間になって横になっても、頭のなかを昼間インプットした情報が走り続け、専門用語や句そして疑問に思ったことが次々に浮かび概念相互の関係づけの整理がはじまる、始まってしまうととめられない、脳が疲れきるまで眠れない。疲れ切ると自然に眠りに落ちた。こういう時は3日ほどクールダウンする。勉強を中止する、ビリヤード三昧で経済学のことは考えない。疑問が生じても、その解決には迂回が必要な場合がある。たとえば、『資本論』の体系構成はユークリッド『原論』の体系に興味と関心がいかないと、その類似性である演繹的構造に気がつかないから、『資本論』だけを相手にひと月の間脳をフルパワーで使っても解決のつかない問題なのだ。知識の拡大や疑問の深化熟成を俟たなければいけない。俟てなければ脳は空転を続け、限度を振り切って、狂気のゾーンへ突っ込んでしまうだろう。
  3週間そういう状態を続けたら、脳の暴走がとめられなくなる、自分の脳なのに制御不能という不安がこころに生ずる。羽生はこう言っている。

能力みたいなものがどんどん高く高く上がっていくと、心がついていかないって、ありますよね。

 「ありますよね」と念を押しているのである。かれは柳瀬先生にもそういうことがあるのではないかと同意を求めているように読める。自分で経験したから、他の人も同じ経験をしたのではないかと類推したのだ。だが、柳瀬の答えは違っていた。
  羽生の言っていることと、わたしの体験が同じだとは言わないが、似ている。脳の暴走に危険を感じたこころが、アラームを発してブレーキをかける、それ以上アクセルを踏み込めば狂人の領域へ突入して、「もどれないがいいのか?」、とべつの心の声が聞こえる。

  わたしがこころの不安を感じた体験はもうひとつある。瞑想しているときに意識を体から離脱させた際にそれがおきた。面白い体験だったので、少しの間楽しんでいたら意識が体からどんどん離れていく、これ以上やったら体に意識を戻せないのではないかと、怖くなってあわてて体に意識を戻した。瞑想時に長い時間意識を体から離脱させたら、どうなってしまうのだろう?よく知っている人に訊いてみないと対処の仕方がわからない。自意識が戻らなければ痴呆のような状態になるような気が、その時は強くしたのである。こころがアラームを発した。瞑想している自分と警告を発する別の自分があった。こころは重層的な構造をもっているのかもしれない。より深層構造(深くなるほど本能に近くなる)にある意識があるいはこころが警告を発したと考えると、あのときの状況がよくわかる。
  心に生じたこれら二つの不安は場面が違うがその感触が似ている、というより、わたしの意識には同じものに映ったのである。

  スキルス胃癌と巨大胃癌を併発し、胃と胆嚢の全摘手術&癌が浸潤していた大腸一部切除手術をしてからは体力が著しく落ちたから、数日考え続けるなんてことができない。3時間も考え続けたら、脳のスタミナが枯渇するから、考え続けられなくなる。癌を患って脳の働きが体力に左右されることがよくわかった。
  ここまで書いて、もうひとつ思い出した。癌の手術の直後に起きたことだ。癌が進行していたので「開けてみたら手遅れ」(外科医の後藤先生)、手が止まったが、それを察知したベテラン外科医のA院長の続行指示で、そのままやってくれた。6時間の手術(出血700cc)で低体温症になり集中治療室へ移動してから体がエビのようにはねた。長くなったので術後に麻酔をかけた。麻酔で意識はないはずだが、ベッドでエビのように全身が跳ねる自分を見ていた。鮮度の良いエビがはねるようにベッドで全身が跳ねて落ちそうなので看護師さん数人が体を押さえた、だれかが「電気毛布持ってきて!」と叫んだ。しばらくすると体の震えが止まり、心地よくなったら、安心すると同時に意識がすっと身体とひとつになった。「ああ、助かった、(後藤先生、術場の看護師さんたち)ありがとう」そうこころがつぶやくのを感じた。

  羽生さんと柳瀬さんの対話を横に座って聴いているような気持ちで読み終わった。話の随所に興味深いことがでてくる。しばらくお付き合いいただきたい。
  次回のテーマは時間の感覚の揺れと「なにも考えない」とはどういう状態なのかをとりあげるつもりです。

*#3498 see, look, watch (1) : 『英語基本動詞辞典』より  Feb. 5, 2017 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-02-05-1

 #3385 柳瀬尚紀さんの訃報  Aug. 3, 2016
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-08-03-1

 #1243 英語基本動詞辞典 Oct. 16, 2010
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-10-16





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  わたしの手元にあるのは、出版社も出版年月も貼り付けた本と一致しているが、表紙は文庫本のほうのものと同じである。



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