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#4092 分屯地周回コース最速:平均23.6km/h Sep. 29, 2019 [85.サイクリング]

 4時の気温18.0度、南南西の風5.2m/s、湿度89%

 航空自衛隊根室分屯地を1周、雨が降りそうな天気だった。昨日、牧の内オホーツク海コース18㎞走ってきたので、今日はサイクリングお休みのつもりだったが、4時ころになってから気が向いた。昨年は土日と続けて走るのがなんともなかったが、今年はなんとなく億劫なのである。体力が落ちるている。

 でも平均時速23.6㎞はいままで最速、ちょいと嬉しい。ときどきケツをあげて立ち漕ぎして速度アップした。折り返しまでは平均時速24.7㎞、スタミナ切れして後半はどうしても落ちる。平地走行では最大瞬間時速37.2㎞、これが限界だった。

 昨日は晴天のなかを18㎞走ったから、汗びっしょり。気温は18.1度、南東の風5.2m/s、湿度82%、なるほど汗をかくわけだ。平均時速は21.1km/h、最大瞬間時速47.5㎞。牧の内からオホーツク海へ抜ける最後の下り坂で、中学生が2人ロードバイクで走っていたので、立ち漕ぎして一気に追い抜いた。後ろを走っていたのが速度アップしたが、この下り坂は走り慣れているので、時速55㎞までは安全だ、さーっと追い抜いた、ちょっと大人げない。(笑)
 このコースで、地元の中学生二人にあったのは初めて。ロードバイクを楽しむ中学生がいるんだ。

 RB 累計走行距離5266km
 MTBで72㎞走っているので、今年は550km走った。600㎞を越せたらうれしい。昨年はRBだけで809㎞走っている。


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#4084 根室高校スポーツ大会 Sep. 18, 2019 [85.サイクリング]

 曇り空、9時の気温17.3度、東南東の風4.3m/s、湿度65%
 根室高校はいまスポーツ大会期間中である。今日(水曜日)は英語短期特訓の日だが、スポーツ大会の練習があるので、繰り延べしてもらえないかと生徒が言うので休みにした。
 9時45分に根室高校グラウンド横をロードバイクで走り抜けたとき、男子サッカーと女子サッカーをやっていた。グラウンドが広いから、同時に2試合で切る。応援の声が周囲に響いている。ボールを勢いよく蹴って追いかけ楽しそうだ。サッカーをやっている向こう側の野球場でもなにかやっていた。他にテニスコートが4面ある、生徒数500人とちょっとだからずいぶんと広い。

 前方に草刈り用の自動車が見えてくる。アームを路肩の外側の溝の部分30度くらいの傾斜の面を1m幅くらいで刈り取っていく。電信柱や標識があると横に出していたアームを引っ込めて、2mほど前進し、また左側に出した。きれいに刈り取っていく。路肩の部分1mを刈り取った後に、斜めになった部分をさらに刈っていく。フキの若い葉がみな刈り取られていた。

 今日の走行距離13㎞、RB累計走行距離5235㎞

<余談:さんま祭り>
 秋刀魚が不漁だ。毎年やっていた「つかみ取り」を中止するという。送りもモノが確保できないから、獲れ次第送るということで予約を受け付けるだけ。大きくて、脂がのっていて、近場で獲れた秋刀魚を食べたい。3週間ほど前に食べたのはほっそりして脂のない鮮度の悪い秋刀魚だった。公海上で獲った秋刀魚は、港に水揚げされるまでに日数がかかっているから、鮮度が悪くておいしくない。ああ、おいしい秋刀魚が食べたい。

<千葉県台風大災害>
 9月9日に千葉に台風が上陸して停電してから9日間、今朝の時点で49100戸がまだ停電中だという。屋根が破損している家が多い。そこへ雨の追い打ち。畳も壁もアウトだ。雨水が壁を伝うと、湿気でカビが生えている。全壊してなくてもあれでは壊さざるを得ない家が多そうだ。修理したくても大工さんたちは手が回らない。2年先だと言われた人もいる。寝る部屋もなくて、ほんとうにお気の毒に思う。

 根室は昨年9月6日の胆振東部地震で2日と18時間停電した。それだけでもとってもたいへんだった。冷凍庫のものは溶けかかったし、コンビニも営業できなかった。ガソリンスタンドには長い行列。根室市長選挙のまっただかかだった。
 灯りのない街並みから視線を上に移すと、夜空に星がとっても美しかった。台風、地震、火山噴火、日本列島はいつとこで災害が起きるかわからない。準備はゆめゆめおこたってはならない。

 そう考えると、東京オリンピックなんて如何にも馬鹿げた話だ。7月の酷暑の中で開催、それだけでも常識を外れてる。首都圏で直下型地震や台風被害があるやもしれにというのに…数か月間は電気・ガス・道路・水道…あらゆるものが麻痺状態になる。災害復旧の応援部隊、復旧に必要なあらゆる種類の技術をもった者たちをどうやって呼び集め、配置していくのか。仕事は段取り八分というではないか、事前の検討なしに災害が起きたら、しばらくは手の打ちようがない。首都圏の住民は命と財産に大損害を混むり、弱い者から多数命を落とす。災害時の実行可能なプランが必要なのである。それがないために福島第一原発事故の際には、住民が避難できずに放射能の高い場所にとどまり続けて被爆している。ロシアはチェルノブイリ原発事故のときに、3日間でバス数千台で周辺住民の避難を完了したという。事前に実行可能なレベルの避難計画があったからだ。
  組閣だオリンピックだと災害に対する備えはまるで念頭にない。
 台風15号で被災した千葉県民は高齢者が多い。そういう人たちをしり目に、被災復興計画も練らず、世は東京オリンピックに浮かれている。明日は我が身と知らずに。
*「政府初動対応に批判=内閣改造で「空白」-台風15号
https://www.msn.com/ja-jp/news/politics/政府初動対応に批判%ef%bc%9d内閣改造で「空白」%ef%bc%8d台風%ef%bc%91%ef%bc%95号/ar-AAHruID?ocid=spartanntp#page=2


…しかし、この間の動きを検証すると、対応が十分だったか疑問が残る。千葉市付近への台風上陸は9日午前5時前。最初の災害対策会議は33時間余り後の10日午後2時半だ。中国地方を縦断した8月の台風10号接近の際、官邸は関係閣僚会議を上陸の前と後に計2回招集したが、今回は1回も開いていない。
 安倍晋三首相は予定通り11日に内閣改造を行った。この日は皇居での認証式や新閣僚の記者会見など関連の日程に終日追われたためか、2回目の災害対策会議は翌12日まで開かれなかった。防災担当相、経済産業相ら関係閣僚が初めて千葉県入りしたのは12日になってからだ。
 台風15号をめぐっては、東京電力の停電復旧の見通しが二転三転し、千葉県による被害確認も遅れたとの批判が広がっており、菅長官は会見で「復旧見通しが正確でなかった」と東電を批判した。だが、政府内では「後手に回ったのは政府も同じ」(高官)との声が漏れる。

*「胆振東部地震」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E8%83%86%E6%8C%AF%E6%9D%B1%E9%83%A8%E5%9C%B0%E9%9C%87

*#3817 根室もようやく電気がつきました:満天の星、きれいだった Sep. 7, 2018
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2018-09-07





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#4083 路肩に繁茂する新旧のフキと画期的な経営管理システム Sep. 14, 2019 [85.サイクリング]

 曇り空。
 11時の気温は19.5度、南風6.6m/s、湿度67%
 10時46分にロードバイクで家を出た。
 高校前の一直線の道路は強い南風がときおり自転車を50㎝ほど左に押してしまう。二度目に来たときには風を感じて右に倒してバランスをとる。
 オホーツク海へ左折してから快調だ。空気圧が6.5barに下がっていたので9barに上げてきた。向かい風でなければペダルは軽い。空気圧が高いと速度が出る。下り坂では50km/sを超えた。

 海岸沿いを走っていくとラブホが海岸寄りにある。カーサという名前だが、千葉に同じ名前のファミレスがあった。SRLの子会社の千葉ラボへ新システムを導入した1991年に本社関係会社管理部から応援に3か月ほど通った。関係会社管理部でシステム開発技術と損益シミュレーション等の経営管理技術をもっていたのはわたし一人だけだったからだ。親会社から1億円ほど融資を受けて新システム導入を考えていたから、稟議書作成のために新システム稼働によって損益がどうなるか、精度の高いシミュレーションをする必要があった。生産性を3倍にして、赤字経営が続いていたのを一気に黒字へ、それも5年間で盤石の財務安定性を築くことを目標にした。予定通りに稼働して、ラボの生産性はすぐに2倍を超えた。
 自分の仕事は簡単に終わったが、現場仕事はたくさんあるから、付き合った。昼飯を一緒に食べることも、夜食を共にすることも、コミュニケーションには不可欠なのだ。そういう中で昼飯を食べに行った店の一つがCASAだった。「屯田」というファミレスもあった。茶巾ずしのおいしい店もあった。徹夜作業が何度もあったので、夜食の買い出しにも付き合った。3年たってから、練馬のラボと千葉のラボを統合した会社へ出向することになったのだから、運命は面白い。とんでもないことを考えていた。ラボを移転して、150mの平面ラインでの検体処理を考えていた。検定の受付処理・分注から検査まで、ワンフロアでやるつもりだった。東京ラボのM輪社長と構想を具体的に練り始めたところで、親会社から「呼び出しがかかって、帝人との臨床治験検査及びデータ管理の合弁会社の経営を担当することになってしまった。それがなければ、具体案をつめてから、八王子ラボを棄てて、グループ全体のより大きなラボを創るつもりだった。老朽化して耐震性が脆弱だった練馬ラボの建て替えではなくて、練馬の子会社を拠点としてSRLグループ全体の「核ラボ」建設を考えていた。SRL八王子ラボに4年いただろうか、購買課で機器担当をして、そのご学術開発本部スタッフとして開発部と学術情報部と精度保証部の仕事を兼務して、ラボ内は知り尽くしていた。最初にできた「八王子ラボ」は八王子市と日野市の境界線をまたいでつくられていた。そのご受付業務とシステム部専用の建物、3ラボ、遺伝子ラボが離れたところに建設された。増設増設で4か所に離れた八王子ラボは不便この上なしだったが、SRLは一部上場企業だから、おいそれと八王子ラボ群を棄てることはできない。慥かな段取りと損益シミュレーションが必要だった。それができるのはSRLで一人だけ。SRLであとやるとしたら、これだけ、自分にしかやれないワクワクする仕事と思っていた。あと3か月あれば、親会社のK藤社長へ具体案をもって相談に行くつもりだった。K藤さんは厚生省からSRLへ来たときには調査役だった。かれの分析と政策提案書を当時読んでいた。面白い人が来たと思った。慶応大学医学部出の切れ者だったから、具体案をもっていけば説得できると踏んでいた。運命は分からぬものだ、子会社のSRL東京ラボで社長のM輪さんからお呼びがかかったので、社長室へいくと俯いて、親会社社長のK藤さんからebisuを帝人との合弁会社に投入するむね言われた、「親会社・社長K藤さん直接の指示だから断れない」、これも運命かと受け入れた。ラボの自動化は平面のほうがずっとやりやすい。垂直方向への搬送があると運ぶのは液体だから、ジャムったらえらいことになる。病気を患っている人たちの大事な検体だから、万が一にも検体をダメにすることは許されない。その後30年間日本一のラボであり続ける、巨大臨床監査ラボの構想にチャレンジしてみたかった。実務フローと仕様書を描けばいい。検査室ごとのサブシステムはすでにあったから、それほど難易度が高い仕事ではなかった。実は原価計算システムの大幅な改造を予定していた。新規導入項目の数量の伸びと伸びに応じた項目別原価シミュレーション・システムを開発して、年次損益シミュレーション・システムにつなげて、統合的な利益管理システムを構築しようとしていた。SRLに転職した翌年(1985年)に、大まかなところはデザインしてあった。25本のゲージをもつ5ディメンションの目標管理用業績評価システムへとつながる、経営状態を総合偏差値であらわすものだった。進研模試に例えたら、25科目の総合偏差値と言えばわかるだろう。これら25科目はそれぞれ収益性・財務安定性・成長性・生産性・活動性の5群にまとめられていた。
 統合システムを立ち上げた後、暇だったから、遊びでそんなことをして、いつかチャンスが来たらやってみようと思っていた。そういう統合シミュレーション・システムは、日本にはまだない。世界中を探してもまだないだろう。80年代半ばに出来上がっていたから30年ほど先を見ていたことになる。25本の経営指標群による目標管理と総合偏差値による業績評価システムは、関係会社管理部に在籍していた時に、子会社と関係会社の業績評価に一度だけ使用した。1992年だったかな、こちらは完成品だったから。これに匹敵するシステムもまだ日本にはない。財務データや人員データをベースにしたシミュレーション・システムだから、文系と理系の両方のクロスオーバした領域だった。80年代半ばは汎用大型コンピュータの時代、そして財務統合システムは文系分野のソフト技術者、シミュレーションシステムは数値計算プログラミングだから、利用する言語やマシンに違いがあった。時代は90年代に大きく変わり、パソコンやUNIXサーバーで両方処理できるようになった。SRLへ転職した84年に、SRLの子会社「東京ラボ」にDECのミニコンがあった。受付処理システムの開発に失敗して2台が使われないまま放置されていたので、経理部長へ使いたい旨申し出たが、システム部門の所有なので手が出せなかった。1978年からHP社のプログラマブル・キャリュキュレータで数値計算プログラミングをしていたのでミニコンで数値プログラミングの経験を積みたかった。当時DECのミニコンは3000万円ほどしていた。たまたま統合システム開発のほかに固定資産および投資管理システム開発も同時並行でしていたので、種類別に分類するために、全資産を実地棚卸して自分の目でみて回った。その時に使いきれなかったDECミニコン2台を見つけたのである、もったいなかった。それまでコンピュータ言語は3言語マスターしていたので、さらに数値処理に強いC言語に習熟したかった。自分の手でプログラミングしてみたら、仕様書の書き方が違う。外部仕様書でもプログラミングを考慮した、的確でコンパクトな仕様書が書けるようになる。システム開発の試行錯誤やプログラミング工数を1/3半分以下に短縮可能である。外部仕様書はそのままプログラミング仕様書になってる。ユーザー部門でそういう仕事の仕方を1980年から5年間していた。

 海岸通りから右折して、再び原野に戻る道路は急勾配の登り坂である。いつもは18km/hくらいで駆け抜けることができるのに、10-14km/hほどしかでない。南の向かい風がキツイ。あはは。
 道端に視線をやると、路肩ギリギリのところにフキの若葉が咲き誇り、その奥に黄色く変色し、穴だらけになったフキの枯れ葉が無残なさまを見せていた。奥のほうが我、手前の若葉は塾生たちか。
「マネジメント・フライト・シミュレーター」
 今日の走行距離18km、瞬間最大速度50.6km/h、累計走行距離5221km

 風を切って、いい走りだった。オホーツクへ向かう道で追い風のときだけ。風の神様と下り坂の神様が応援してくれた。(笑)
 
「マネジメント・フライト・シミュレーター」
 千葉大名誉教授の物理学者N先生とFB上で対話していたら、取り上げていたトピックスに関連のある本『システム思考』を読んでいるという。アマゾンの著者紹介の箇所を見た。
スターマン,ジョン・D.
MITスローン・ビジネス・スクール教授/システム・ダイナミクス・グループ・ディレクター。システム思考、組織学習、企業戦略のコンピューター・シミュレーション、非線形ダイナミクス理論を研究するシステム・ダイナミクスの第一人者。複雑なシステムにおける意思決定の改善を目指し、企業及び経済システムの「マネジメント・フライト・シミュレーター」分野を開拓した。今日の組織が直面するさまざまな課題と機会について多くの文献を手がけ、IBM教授賞、アクセンチュア・ベスト論文賞など数多くの表彰を受ける
 
 原著John D. Sterman『Business Dynamics: Systems Thinking and Modeling for a Complex Worldは2000年に出版されている。

 
わたしが70年代終わりから80年代中頃までやっていた仕事も同じ「マネジメント・フライト。シミュレータ」の一つである。ネーミングがうまい。(笑)
 この分野で、ようやく若いフキが繁茂し始めたようでうれしい。

システム思考―複雑な問題の解決技法 (BEST SOLUTION)

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  • 作者: ジョン・D・スターマン
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2009/09/11
  • メディア: 単行本



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#4080 分屯地周回平均時速24.1㎞! Sep.8, 2019 [85.サイクリング]

 航空自衛隊根室分屯地周回コース4.3㎞で、平均時速24.1㎞を達成、いままでで最高速だった。
   正午の気温25.6度、南西の風5.8m/s、湿度84%

 日曜日だから、日曜ドライバーには要注意だ。進路をふさがれる可能性があるので、角々では30mほど手前からしっかり確認。ペダルが軽かった。
 koderaさんから、昨日届いた松戸の新高梨をいただく。ほどよい甘さと水気がたっぷりあっておいしい。

SSCN3133.JPG

 程よく汗をかき、シャワー、そして梨、さわやかな一日だ。
 累計走行距離5203km


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#4078 野に咲く季節の花 Sep. 7, 2019 [85.サイクリング]

 台風15号が父島の東260㎞にある。中心気圧970hPa、最大風速35m/s。ゆっくりと関東沿岸へ近づいてくる。明日午後遅く関東へ上陸しそうだ。東京は数時間激しい雨に見舞われる。35年間住んだ東京は第二のふる里、洪水にならなければいいが。
 根室は曇り空、天気予報では根室の午前中は横殴りの雨だったが、空振り。
 14時、気温20.9度、南南東の風2.0m/s、湿度87%
 曇り空、風がないので、絶好のサイクリング日和だ。
 14時ころ家を出た。牧の内T字路までの直線往復コースである。

①うっすらと国後島最高峰爺々岳1822mを望む
 この時期はめったに見えることがない、いま気に曇り空なのに、見えた。国後島は北国賛歌の作詞者田塚源太郎さんのふる里である。昭和43年に作曲者の飯田三郎氏と一緒に作詞したようだ。わたしは昭和42年に高校卒業とともに東京へ、それ以来35年間東京で暮らして、根室へ戻った。ふだんは「田塚先生」とお呼びしていた。背が高くて、品のよい人だった。小学生のころ、ビリヤードで遊んで相手してくれた。考古学者で文学博士の北構保男氏とは根室商業の同級生である。北構先生はご健在だ。
SSCN3127.JPG 

②薄紫のぼんぼりの花と、白い花
 名前がわからない。路肩に咲いていた
SSCN3126.JPG

③黄色い野の花
 この黄色い花は、ぱらぱらとあちこちに咲いていた。
SSCN3125.JPG

 鳥も虫も鳴いていない静かな原野を車輪が滑るように走る。往きは路肩に罅(ひび)われが少ないから、快適に走れる。風がないのでとっても楽だ。
 往復して戻ってきて、根室高校のグラウンドが視界に入ると、ずっと眺めてしまった。路肩の白線よりも外側を走っていたので、ハンドルがちょっと左にブレたとたんに25㎝の高さの縁石に前輪をぶつけ転倒してしまった。
 リムが変形したかと焦ったが、なんでもなかった。厚手のサイクルパンツをはき、腕にサポータをしていたので、けがなし。転び方が上手になったかな。(笑)
 縁石にぶつけて転倒したのはこれで2度目。のんびりと景色を見ながら走っているときが危ない。
 航空自衛隊根室分屯地にヘリが舞い降り、プロペラを回したまま待機しているのを見ながら走ったときに縁石んぶつけたことがあった。あの時は脚と左腕をちょっと擦りむいたから、痛かった。ペダルに器具が取り付けてあり、つま先がペダルの器具から抜けないまま転倒したから、縁石の角に脚をぶつけ、腕が路面に当たってしまった。路肩を走るときは長いことよそ見をしない。あたりまえか。痛い思いをしながら、時々勉強している。
 今週は25㎞走った。

 本日の走行距離12㎞、平均時速20.1㎞、最大瞬間速度37.4㎞/h
 累計走行距離5199km 今年の累計走行距離377㎞

*ブログ・根室音楽事情
https://blogs.yahoo.co.jp/honda_nem/1577379.html
 北国賛歌作曲作詞のことが書かれている。たぶん、トロンボーンの本田さんのブログ。
根室市の開基100年を記念し、昭和43年に田塚源太郎・飯田三郎作詞、飯田三郎作曲により作られた曲です。 第1楽章「序曲」第2楽章「集い」第3楽章「霧によせるハミング」第4楽章「テシロップ」第5楽章「讃歌」からなる交響曲で、毎年秋に市民によって演奏、歌われ続けています。
全国的には毎年ベートーベンの第九でその年の音楽を締めくくりますが、根室では、それが「北国讃歌」です。
このブログでは、北国讃歌を中心に根室の音楽事情を書いてみたいと思ってます。

<COOLPIX6900>
  2014年にでたコンデジである。買ったのはいつだったか忘れた。2万円弱で購入した。
 軽くて小さいから、サイクリングには便利がいい。ロードバイクの小さなバッグにガラケイの携帯と一緒に入るので、気軽に持ち歩ける。さきほどマニュアルを調べたら、マクロ撮影機能のあることが分かった。試してみたら、5㎝でもピントが合う。先日、アカスジコマチ蜘蛛を撮影したときにこの機能を使えばよかった。知らなかった。大事な機能の一つを使いこなせていない。
 光学倍率は10倍ほどだろうか。①の写真は光学倍率の最大のところで撮ったものだ。カメラが小さく軽いので手振れしてしまう。③の写真は少し距離があったので、光学倍率半分くらいの位置で撮影した。
 ほしいカメラが二つあるのだが、使うシーンを考えたら、そのカメラの優れた機能のほとんどが使わないもの。カメラの性能はすばらしが、使うシーンがない。そろそろ終活しなくっちゃ、なるべくモノを増やさない、買ってしまえば10年ほどでゴミになる。


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#4073 いまを生きる:加齢と圧迫骨折に注意:上村著『頚損挽歌』 Sep. 1, 2019 [85.サイクリング]

<最終更新日時>
9/2午後2時半

 午後2時、気温21.5度、北北東の風3.3m、湿度83%、サイクリング日和だ。
 オホーツク海コースを走ってきた。原野では草叢の虫たちがようやく鳴き始めている。海上は水分が多く、国後島はまったく見えない。
 原野中央部からオホーツク海沿いの道路への接続部はほとんどUターンにちかいきついカーブになっている。その200m手前までは下り坂で、速度が大きくなる。今日は向かい風ではなかったので時速50㎞を超えていた。下り切ったらペダルをこぐのはやめて減速しながらU字カーブへ突っ込んでいく。見晴らしがいいので左右から車が来ないことが確認できたら、ノーブレーキでそのまま曲がる。たぶん時速30㎞ほどで大きく回ったはずだが、ぎりぎり斜め右側に倒して体を左側にもっていってもあわや縁石に激突するところだった。ざわっとした。速度計を見てもうすこし減速すべきだった。あれ以上倒したらタイヤが滑って転倒だろう。縁石にぶつけたらリムが変形してしまうから交換必死、あぶないあぶない。もし縁石に激突なら、勢いに逆らわず、ぶつかった瞬間にすっ飛んだ方がけがの程度が少ないだろうな。受け身に自信があっても、大きめの石が転がっていたらアウトだ。畳の上でいくら練習しても、石や岩があれば命がない。市街地でT字路を右折してきた車に進路をふさがれて急ブレーキ、くるっと一回転して頭をかばいながら受け身はしたのだが、あいにくと25㎝の高さの縁石に大腿部をしたたかにうち、みるみる腫れて来たことがあった。一瞬骨折を疑ったが、大丈夫だった。直角のカーブを斜めに曲がって進路をふさがないでもらいたい。時速20㎞でもとっても危険だ。市街地を普通の速度で走行する方が、よほど危険が大きい
 Bコースは縁石がないが、道路わきの草の中には何が隠れているかわからない。でもね、たまにはロードバイクでギリギリのあたりを攻めてみる、そうでなくてはサイクリングは面白くない。冒険してみたくなるのは性癖。
 ebisuは車の運転はとってもおとなしい。車は重くて危険だから、「法定速度+10㎞」程度で走っていることが多い。釧路へ行くときは、たくさんの車に追い抜かれる。後ろから高速で車が近づいてきたら、張り合わずに左側によって、お先にどうぞ。道路が空いているし見通しがいいから、じつにゆったり走れる。

 速度計に電池交換時期を知らせるマークがつきはじめたので取り替えた。電池はCR2032である。まだ170㎞しか走っていないのにどういうわけか消耗が早い。積算㎞の入力がうまくいかないので、この次から5174㎞を足さなければならない。まあ、いっか。(笑)
 どなたか、CATEYE MICRO Wireless cyclocomputer CC-MC200W の積算距離入力のしかたを知ってたら教えてください。m(_ _)m
  9/1夜9時33分、セットできました。ネットでキャッツアイのホームページからマニュアルをダウンロードして、やったらOKでした。

 今日の走行距離18.8km 累計走行距離5174㎞
 瞬間最高速度51.3km/h、平均速度18.9㎞
 平均時速が20㎞を割っている、このコースで19㎞/hを切ったのは初めてだ。昨年も、そして先月までは、このコースは平均時速21-22㎞/hくらいで走っていた。脚力の衰えはロードバイクに乗れば、どの程度かすぐに知れる。
 昨年は8月末まで553㎞走っているが、今年は397㎞、前年比71.7%である。

 7/31に市立根室病院で大谷先生に左目の白内障の手術をしてもらったので、路面の割れ目や穴凹の確認がしやすく、そしてサイドミラーに写る車が小さくてもよく見えるので、後方確認しながら安全に走れる。これはとってもありがたい。信号が一つもなく、車の通行量も少ない、こんなにいいコースが根室にはある。道路の罅割れが昨年よりは大きくなった。路肩付近を走らずに車線の中央部を走っている。後方から車が来たら路肩へ戻る。あの罅割れを埋める安くて便利な充填剤が開発されないだろうか?

 ロードバイクは空気圧が8.5barと高いので、路面のガタツキがそのままお尻へ伝わってしまう。MTBは4.5barでタイヤ幅も倍くらいあるので、1㎝程度の幅の罅割れが蜘蛛の巣のように走っていてもちっとも気にならない。比較のために挙げると、わたしの乗っている車の空気圧は前輪が2.3barである。減っているように見えるときには自転車の空気入れで、規程圧まで調整している。ゼロから入れるのは無理だが、足しますくらいなら、自転車の空気入れで十分だ。


①写真
 原生花園方向の風車は2基だったが、いつのまにか3基に増えている。左側の背の高いものが新しい風車だ。手前側にあるのか、それとも本当に大きいのか、そのうちに行って確認したい。気になる。(笑)
SSCN3103.JPG

②牧の内ダムの水面
 根室の上水道の水源である。写した場所から200mほど離れている。
SSCN3105.JPG

③望遠機能を使わなければこう写る
 奥の水面が牧の内ダム
SSCN3106.JPG

④野に咲く花
 薄紫のぼんぼりのような花がたくさん咲いてます。フキは茶色く変色して枯れはじめました。草花の季節が動いています。暖かくなって草叢ではようやく虫が鳴いている。今年は虫が鳴かないのかと心配してました。
SSCN3107.JPG


⑤ロードバイクに乗ったおっさんと『頚損挽歌』の著者

SSCN3104.JPG

  暖かかったので半袖Tシャッツ。前腕部から肘までは転倒時の黒の保護サポータ。手首には赤い毛糸のサポータ。転倒時のケガのリスクを小さくするために生地の厚いサイクルパンツを着用している。
 身長は2.6㎝縮まって171.9㎝、体重61㎏。東京時代からは8kg、高校のときより3㎏痩せてます。軽い運動して、筋肉量を維持するには、愉しくなくっちゃいけません。風を切って走ると、耳にゴォーという音が響くんです。今年の走行距離はは昨年の7割程度です。体力見合いで愉しめたら、それで十分、ほどほどがいい。無理をしたら、身体のどこかに故障が起きそう。
  「もういい加減な歳なんだから、昔のように逆療法なんて絶対やるなよ」と言っていたのに、妹は、背中が痛いからと痛みを我慢してスクワットをすれば治ると信じて繰り返し、次第に痛みが増して立てなくなった。整形医の診断では腰椎2か所の圧迫骨折。たぶん、脊椎のほかの部分も圧迫骨折に近いものがいくつかあるはず。腰椎2か所だけで、あんなに身長が縮まるわけがないのですから。いくつになってもめんこい妹は数か月間車椅子のお世話になった。いまは家の中と近所のコンビニまでは何とか歩けます。163㎝あった身長が155㎝程度に縮まって一気に老けました。運動能力が高かったので、高校1年生の時に女子のマラソンで、折り返し地点までの5000m15分台の記録をもっています。トラックではなく、登り坂下り坂ありの10㎞コースですから、当時は驚異的な記録でした。新しい靴を履いて前日にコース確認のために走って、踵の皮が擦り剝けた状態、翌日同じコースを走って出した記録でした。記録は根室新聞に載ってました。現在のトラック競技、女子5000mの日本記録は福士加代子15'05"07
 体力には自信がある、だから、どこかが痛いと、逆療法だと無茶するんです、性格ですね。そろそろ危ないと、心配していました。忍者まがいの訓練に明け暮れた落下傘部隊員のオヤジがそうでした。
 60歳を過ぎて身長が3㎝以上低くなっていたら、脊椎(頸椎、胸椎、腰椎)いずれかの圧迫骨折を疑ってレントゲン検査を薦めます。水産加工場で長年働いた60歳すぎのおばちゃんたちは、家の柱で身長を測って、チェックしてみたらいい。身長が若いころに比べて3㎝以上低くなっていたら、脊椎の圧迫骨折予備軍ですから、重い者をもつのは厳禁です。いったん壊れてしまうと元には戻らないから、他人ごとではありません。

<上村数洋『頚損挽歌』を読む>
 数日前から、上村数洋さんの『頚損挽歌』を読み始めています。1981年に自動車事故で頸椎を損傷されて、以来四肢麻痺、口でタイピングして執筆活動やNPO法人を運営されています。年齢が近いなとずっと思っていました、本に載っている写真をみたので、距離が以前よりも近くなった気がします。ebisuよりも2歳年長です。弊ブログ投稿欄へなんどかコメントいただいてます。miopapaさんのハンドルネームで、もう5年以上のお付き合いになります。胃と胆嚢と大腸の一部切除ですから、わたしは四肢が動きます。どんな人も、病を抱え体のどこかを失えば、それぞれ不自由さはありますが、覚悟を決めたら残った機能で人生を豊かにすることはできます。amazonでは出てきませんが、書店で注文すれば1週間くらいで手に入ります。
 発行所:株式会社シービーアール ISBN 978-4-908083-22-8 C3047
*miopapaブログ
https://kids-dream.blog.so-net.ne.jp/



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#4062 CAN-AM 三輪バイク Aug. 12, 2019 [85.サイクリング]

 庭を掃いていたら、東根室駅方向からロードバイクが上がってきた。短パンに茶色のリュックサック、ツーリングのようだが、キャンパーではない。テントはリュックに入るが、マットは入らないから、上に括りつける。それがなかった。朝9時過ぎだったから、ホテルか民宿に泊まったのだろう。夏休みはツーリング客が多い。


 めずらしい三輪バイクが通り過ぎたと思ったら、停止、Uターンした。バックはできないだろうから曲がり切れないと厄介なことになるが、しっかりUターンした。案外小回り利くようで、日本最東端の駅、東根室駅へ下りて行った。
 ネットで調べたら、バックできるし、オートマ限定免許で乗れる、試乗ビデオにバックするところが写ってる。
*https://www.youtube.com/watch?v=QsISATk1PbE

 名古屋ナンバーのバイクで、BRP社(カナダ)のCAN-AN(キャンナム)。乗っていた人に訊いたら200台くらいしか輸入されていないという。前輪が2輪になっているので、「自動2輪」区分ではなくて、乗用車扱いだ。だからヘルメットの着用の義務はないが、安全のためにフルフェイスのヘルメットをしていた。
 写真を撮ってもいいかと訊くと、OKしてくれた。めずらしいので、行ったところで声を掛けられることが多いという。写真を数枚撮らしてもらって、これからどちらへと訊くと、「花咲の車石」を見に行くという。円形の柱状節理は日本であそこだけ。地質学的に貴重なもの、もちろん天然記念物に指定されている。
 いってらっしゃい!

<写真①>
 四輪のオープンカーと似たような感覚で時速百キロくらいでゆったり走れる。2輪だとアクセル全開にしたくなるが、三輪バイクは制限速度で景色を見ながらゆったりツーリングするのに向いていそうだ。
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<写真②>
 車幅は普通車と変わらないように見えるね。縁石から白線まで155㎝ある。
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<写真③>
 姿勢が楽だ、前傾でも、背筋をピンと伸ばしてもいい。長い時間乗るには姿勢が変えられるというのはメリットだ。ロードバイクのドロップハンドルも、持つ位置を変えることで、姿勢を変えられる、そういう乗りやすさがありそうだ。停車中も足を地べたにおかなくていい。アクセルはハンドルで操作し、ブレーキは足でかける。ABSもついている。
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<写真④>
 ハンドルの間にスマホをセットして、ナビとして使っていた。
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<写真⑤>
 アメリカンスタイル。足置きは前後に移動できる。前傾姿勢のときは後ろへずらせばいい。簡単にセットできる。さっそうと花咲港の車石へ向かった。安全な旅を楽しんでください。
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*キャンナム・ホームページ
https://jp.brp.com/spyder/


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#4056 サイクリング日和:気温24.3度 Aug. 5, 2019 [85.サイクリング]

 月曜日だが仕事は休み、金刀比羅神社のお祭りが終わるまでニムオロ塾は夏休みだ。
 2時の気温は24.3度、南南西の風4.3m/s、湿度84%
 1時50分に牧の内Bコース(オホーツク海周り)を走ってきた。昆布干しの香だろうか、磯の匂いが原野の中まで風の加減で漂ってくる。鳥がジーと急に大きく啼いた。虫の音はまだない。
 海は空気中の水蒸気量が増えて、国後島はまったく見えない、その向こう側に貼るはずの知床半島の山嶺も見えない。7月下旬から8月に夏に納沙布岬へきても、国後島はほとんど見える日がない。湿度が下がって空気が澄む秋が一番いい。カニ祭りもさんま祭りもある。

 8㎞地点までの平均時速は27.0㎞だった。空気圧が高かったから走りやすかった。昨日走ったときにスピードが乗らないので、空気圧を調べたら、5barだった。タイヤの規定値は7.0-10.5barである。8.5barに調整してから、走った。ペダルが軽くて、平地走行でしばらくは時速30㎞で楽に走れる。
 ロードバイク用のサングラスは顔にフィットするから目に風が当たらなくてとっても具合がいい。

 今日の走行距離18.5㎞、平均時速22.0km、累計走行距離 5131km


<写真①>
 根室高校前から8500m地点。風力発電所が小さく写っている。肉眼ではもっと明るい緑色だった。どうも青みがかって写る。
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<写真②>
 緑色の線は左下から斜め上に向かって伸びているが、始点が根室高校生徒玄関前。青線との接点を左折して、オホーツク海へ向かう。この左折点までは2600m。オホーツク海にでて右折するところまでが、4800m、そしてオホーツク海沿いを走って、原野中央部へ右折するところが7000m地点である。青と緑と赤の交わる地点までが10800m地点、原野中央部をまっすぐ根室高校まで走るとちょうど16000mある。赤のラインは太平洋シーサイド・コース。
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<写真③>
 すぐれもの。ロードバイク用サングラス
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<余談:北方領土返還運動>
 昨日、北方領土返還運動の集会が野外会場で行われた。メドベージェフ・ロシア首相が国後島を訪問したことへの抗議集会だったのではないかと思う。テレビニュースで見たが、道新には載っていなかった。柏原栄先生が鉢巻をして壇上から叫んでいた。先生、数年前にお見かけしたときに比べて、急に老け込まれたご様子。健康を害されているのでなければよいが…、とってもおしゃれな先生である。花咲小学校⇒光洋中学校⇒根室高校と団塊世代とともに小学校から高校まで転任して歩んでこられた。わたしは中2のときに1年間だけ日本史をならったことがある。授業はとっても上手だった。中高6年間で社会科の先生ではナンバーワンでした。
 昨年来、「返せ!北方領土!」の言葉が封印されていたが、ロシアに全然返す気がないので業を煮やしたのだろう、今回の集会では旗も鉢巻もあった。柏原先生は水晶島出身である。
 柏原先生と岩田先生は花咲小学校時代の同僚だった。岩田先生には一度も習ったことがなかったが、近所にお住まいだったのでよく知っている。「話に来い」と言ってくれてたのに、つい先延ばしているうちに、さっと逝ってしまわれた。ニホロで山本昭平(『セルツェ』という本になっている)さんの講演会があった折に、五十数年ぶりでお会いした。「貞子お姉さんの長男」と叔母が紹介してくれた時、すぐに思い出したようだった。先生のお宅へ線香をあげに行ったときに、岩田先生の奥さんと話していて、親戚のてっちゃんが同級生だと知った。お転婆だった千歳の叔母と岩田先生が択捉島蘂取村で幼馴染、よく遊んだようだ。愉しい話を叔母からたくさん聞いた。千歳の友子叔母はよく笑う人だった。



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#4055 サングラスとサイクリング Aug. 4, 2019 [85.サイクリング]

 14時に気温20.0°南南東の風3.6m/sになったので、牧の内へサイクリングに出かけた。左目の白内障手術をしたので、眼鏡矯正だと1.5の視力なので、十数メートル先の路面の罅割れや亀裂がよく見える。
 メガネにクリップ付きのサングラスをつけた(写真①)
 セブンイレブン前を過ぎたら、道路にユンケル瓶の破片が落ちていた。円筒形になっていて上1/3あたりがかけており、ギザギザにとがっているのが見えたので、よけて走る。すぐに平たくつぶれた缶コーヒーがあった。これも踏まずに通り抜けた。よく見える。
 少し走っていたら、メガネは視界全部を覆っておらず、メガネのわきから入る強い日差しがまぶしい。視線を動かすと、メガネの周辺から入ってくる強い日差しの部分とサングラスを通して見る部分がコントラストが極端で疲れる。速度が上がると風も巻き込んできて、目に当たる。これは嫌な感じだ。あとで白内障の手術をした方の目が就寝直前までゴロゴロした感じがした。

 サイクリングはロードバイク用のサングラスの方が断然よい。顔にピッタリしているので、風が入り込まないのがいいし、視野全部がサングラスで覆われるので、目が疲れない。

 牧の内Aコース 13㎞、平均時速20.5㎞
 ロードバイク累計走行距離 5112㎞


<写真①>
 眼鏡に装着した状態。サングラス部分が顔から距離があるために、顔との間に隙間があって、目に風が当たるし、サングラスの外側が視野に入って見づらい。
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<写真②>
 クリップ付きのサングラスと近眼用の眼鏡。眼鏡の真ん中の部分にサングラスをクリップで止める。
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<写真③>
 赤いミラーグラスのロードバイク用サングラス。3000円を切っている。グラスは簡単に取り換えることができて、4枚くらいついていた。透明なもの、濃い色のもの、薄いブルーのもの。このサングラスは頬に密着するので、下から風を巻き込まない。ドライアイにはとっても重宝なサングラスである。
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#4054 白内障手術後のサイクリング Aug. 3, 2019 [85.サイクリング]

 暑い、22時の気温は22度、今日の最高気温は11時34分の31.2度である。
  暑気払いに、緑色の缶のエビスビール<ザ・ホップ>を呑みながらブログをタイピング。ツマミは女房殿のお土産、函館カールレイモンのサラミ。酒やビールを置いてある地下蔵の室温は今日も15度。

 夕方6時少し前に、涼しくなったので、4.3㎞走っった。ロードバイクのサイドミラーがくっきり見える。遠くから車が近づいてくるのが余裕でわかる。小さく写っていてもはっきり見える。
 夕方6時の気温は23度だった。平均時速23.0㎞、これは市街地を走る平均底度としてはちょっと危険な速度だ。カーブでは車が来てないことを確認してから曲がる。時速33㎞で90度を曲がったら、タイヤが滑りそうでちょっと危なかった。(笑)

 昨日も12㎞走った。3時に21.7度まで気温が下がったので、走る気になった。道路の穴凹や亀裂がよく見えて走りやすい。昨日は海は霧の中でまったく見えなかったが、今日は友知の浜も向かい側にある2つの無人島もよく見えた。
 眼鏡の度数がぴったりなので、明日は眼鏡使用で走ってみたい。

 ロードバイク 累計走行距離5100km


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