SSブログ

#5178 東京証券取引所上場株の時価総額はドルベースでは下がっている! Mar. 3, 2024  [8. 時事評論]

 2/20のNHKニュースによれば、上海証券取引所へ上場している企業の1月末日の株式時価総額6.04兆ドルが東京証券取引所上場株の時価総額6.34兆ドルを下回りました。
 先週は日経平均が39,000円を超えています。じきに、40,000円を超えるのでしょう。

 1月末日の為替レートは146.54円/$ですから、円換算すると「6.34兆ドル×146.54円/$=929.1兆円」となります。
 アベノミクスで悪名高い、安倍政権が発足した当時は東証の上場株時価総額は600兆円と言われていましたから、発足時の12月末の為替レート80円/ドルで計算すると、おおよそ7.5兆ドルでした。
 「7.5兆ドルー6.34兆ドル=1.16兆ドル」
 これが第2次安倍政権発足(2012年12月)以来、12年間で日本が失った経済的価値の指標のひとつです。ドルベースで見たら、この12年間日本経済は著しく衰退しています。サラリーーマンの年収だって実質賃金が低下しています。ドルベースではほぼ半額に低下してしまいました。凄い変化です、これだけ経済を衰退させた歴代首相はいませんよ、安倍晋三氏は経済衰退を加速させたチャンピオンでした
 このように尺度を円からドルに変えると現実がまるで別の様相を呈していることに気がつきます。
 12年間でこれほど円安が進むというのは円の信認が崩れてしまったと見たほうがよろしいようです。日銀保有の国債残高が昨年3月末時点で576兆円で、国債発行残高1080兆円の53.3%になっています。円への信認が崩れるのは当然でしょう。それが、150円/$という円安の正体です。長期金利が2%にアップするようなことが起きたら、日銀も政府財政も破綻します。
 首都圏特化型地震、富士山噴火、東南海連動型巨大地震、都市型巨大災害が起きれば、国債の新規発行額が200兆円規模になります。金利を上げずには新規発行ができないし、金利を2%に上げたら、日銀保有国債に数十兆円規模の実質評価損が発生して経営破綻。日銀引き受けでしのげば為替相場は200円/$に近づくことになります。そうなれば、物価が急騰すると同時にドルベースで見たサラリーマンの所得はさらに大幅に低下します。

 もとより安倍政権やマクロ経済学に基づいた「アベノミクス三本の矢」という経済政策だけのせいでもありません。日本の経営者が無能であったということ。いままでの経営スタイルではもう長期衰退あるのみということです。低賃金では若い人を雇うことすらできなくなります。


 難関大学出身者が上場企業の経営者になるというスタイル自体がもう時代に合いません。たかが「受験エリート」です。答えのある問題を速く解けるだけの能力ですよ。実社会では正解のない問題と格闘することになるので、受験勉強はほとんど役に立たないのです。とはいっても、国語と数学と英語の学力は必要です。最低これだけはそろっていないと、複合分野が関わる現実の問題に解決策を見つけることは著しく困難ですから。

 有能な社員はとっくに会社を見放して転職してます。この20年ほどは、高校生ですら日本の大学ではなく海外のエリート校を目指して進学する人が増えています。もちろん、年収が3~5倍もあるような海外企業へそのまま就職していますよ。
 学卒の時代ではありません。海外の有力企業のエリート社員や取締役は博士学位保持者が多いから、学卒ではその輪の中にはなかなか入っていけません。日本だけが国際基準から大きく外れた人事採用、人事システムを採っています。超のつくような優秀な若者が、海外の大学へ進学し、そのまま海外企業へ勤務する例が増えています。企業の成長を牽引するのはそういう人たちです
 こんな構造が20年、30年と続いたら、日本企業の体力が根こそぎになるのはモノの道理です。

(狭い経験の範囲で具体例をひとつを挙げてみます。1978年9月からわたしが5年半勤務した産業用エレクトロニクスの専門輸入商社は初代がHP社創業者の二人と同期のスタンフォード大学卒、2代目が慶応大学大学院経済学研究科、三代目が東大卒でした。わたしが中途入社した時には初代はとっくになくなっており、当時四十代半ばであった二代目の時代でした。三代目が経営を引き継いで十数年、2010年に経営不振で上場廃止、他社へ吸収合併されましたが、その時三代目はやはり四十代だったでしょう。わたしは経営統合システム開発に関してオーナー社長(二代目)と意見が合わず、しかたがないので1984年にその輸入商社を辞めて、臨床検査業界最大手のSRLへ転職してます。入社1か月後には10倍規模の予算で経営統合システム開発を担当しました。辞表を出した時には転職活動はしてませんでした、先のことは考えずに、「やるだけはやった、これまで」と未練がなくなり、ある件で直接社長に確認しなければいかなかったので、情報に間違いがないことを電話で確認し、「そういうことなら、もうこの経営情報系システム開発の担当はできません、辞表は上司に出しておきます、お世話になりました」と告げました。電算機室係長ということで一人だけでシステム開発してました。上司は営業第2部長のO川さんで、コンピュータシステム開発については知識のない人でした。統合システムを開発するために創られた新しい部署で、専門知識や経験のある部長職がだれもいなかったので、仮の上司でしたね。半年間ほどのお付き合いでしたが、すっかりシステム開発の職人になりきっていたわたしは仕事の指示を受けたことも仕事の評価も聞いたことがありませんでした。それまで三菱のオフコンをやめて、NECの小型汎用機で統合システム開発を社長が決定。オービックのS沢SEとは5年間の付き合いでした。彼は数年後にオービックの開発担当役員になっています。
 日本電気情報サービスのナンバーワンSEのT島さんと挙動作業、わたしは外部設計と実務デザインを担当してました。T島さんは内部設計担当。仕事の分担がはっきりしていました。だから仕事に就いては社内のしがらみがなくなっていたので辞めやすかったのでしょう。最初の上司のN村取締役だったら、辞める前に相談はしたでしょう。義理と人情がありますから。入社一週間後に立ち揚げられた電算化推進委員会の委員長だった、営業担当常務のK藤さんが脳出血で倒れてなかったら、話は違っていたかもしれません。どういうレベルの仕事をしているのか理解してくれてました。
 SRLでは16年間愉しく仕事させてもらいました。関商事(上場時の社名はセキテクノトロン)は20年間はやっていけるような経営上の改革をいくつもやりましたその後、20年間経営改革や新規事業分野の開拓をせずに寝ていたのでしょうかね。東京営業所長のE藤さんと、為替変動の影響を受けないシステムを開発して強固な経営基盤をつくったし、仕事のやり方を変えて、営業の生産性を1.5倍にして、さらに営業利益率をコントロールするシステムを開発し、27%だった粗利益率を42%にまでアップしました。利益の1/3はボーナスで社員へ配分、1/3は内部留保で、自己資本率をアップさせ、経営基盤を安定させました。そのご株式上場を果たしています。
 それなのに、わずか25年で経営不振で上場廃止、そして吸収合併されました。中小企業は人材がなによりの財産です。営業担当常務のK藤さんがポルトガルの国際会議で脳出血で倒れたことも大きな痛手でした。社長にモノが言えたわたしの最初の上司だったN村さんもわたしが辞めてから数年で、会社を退職しています。キーとなっている人の使い方を何人か誤ると、中小企業はもろいものです。)

 でもまだ日本企業の多くは戦えますよ。
 「売り手よし、買い手よし、従業員よし、世間よしの四方よし」
 こういう企業経営をしたらいいだけ。日本人が作るものは品質が高いのです。精巧で丈夫で長持ちすることもその大きな特徴です。オーナー経営者や取締役がエゴを引っ込めて、謙虚にやったらいいのです。
 不安要素があります。その中のひとつは技術の継承が途切れてしまうケースが増えているということ。技術をもったベテランが20年も前から退職し始めて、若い世代へ技術伝承できなかった分野が増えています。帝人とSRLが臨床治験の合弁会社をやったときに、帝人側の古い社員の人が言っていました。
「帝人は海外でしか工場をつくっていない、国内には工場を建設の経験のある技術者がもういません」
 繊維工場建設を経験した社員がゼロになってしまったのです。1998年頃の話です。

 伊勢神宮の式年遷宮は20年ごとに行われます。60代で棟梁、実際の作業は40代の中堅どころが担い、20代の見習いが手伝って、先輩たちの采配と手仕事をしっかり見て学ぶ。そういうふうにして世代から世代へ技術を引き継ぐことが可能になります。仕事がなければ技術を引き継ぐことができないのです。日本企業と日本経済がいま、大きな節目のなかにあることは誰にでもわかることです。

 日本企業はこの30年間、配当を増やし、内部留保を取り崩して自社株買いを行うことで、株価を操作してきました。すべて株主と取締役のためです。非正規雇用を増やし、弱い立場の非正規雇用の従業員の給料を社員の半分以下に抑えることで実質賃金を切り下げ、取締役と株主のエゴのカタマリの経営にひた走ってきただけ。従業員よしにも世間よしにもなっていません。「お受験エリート」は技術の継承に関心が薄いのがその特徴です。そこを担っているのは「たたき上げの職人たち」ですから、毛色が違うのでコミュニケーションできないのです。本社エリートは文系出身者がほとんどで生産現場を知らない。取締役になっても生産現場へ足を運ばないし、生産現場の腕の良い職人たちと話もしない。いや、そちらの専門知識がないので、相手の話を聞いて理解できません。理解できるのは複数の専門分野をもったごく一部の人材だけ。つまり、本社エリートのほとんどがじつはマネジメントできないということ。

 東京証券取引所への上場株の時価総額は、ドルベースではこの12年間で15.5%も下落しました。
 それでも、まだ復活の芽はあります。まともな経営をしたらいいだけです。
 都市型巨大災害が発生したら、上場企業は内部留保を取り崩して、1年間給料を保障すりゃいいんです。とりあえず、全国のほかの地域でのんびりやってもらって、それから考え、行動したらいい。日本企業には分厚い内部留保があります。自社株買いなんてやめなさい、来るべき時に備えて内部留保をさらに厚くすべきです。日本列島は地震・津波・火山噴火・台・集中豪雨の災害列島でもあります。
 民間企業は具体的な災害対策を公表すればいい。働いてくれる人を大事にする経営を計画し・公表し・いざというときには誠実に実行する。そうやって若い人を集めたらいい。

 無能な経営者は社員や非正規雇用の給料をアップできません。人件費を削ることで利益を増大させてきただけですから。まずは人事システムを変えることです。数億円あるいは数十億円と、いくら成果を上げても給料が上がらないのでは、その内嫌になります。お金だけなら、転職しても同じ程度の年収なら稼げますから。とっくにそういう時代です。民間企業の取締役の90%は報酬に見合った仕事なんてしてませんよ。何をどのようにやって、会社の利益にいくら貢献したのか毎年社員へ公表してみたらよろしい。

 40代には「都内の公立中学校⇒有名私立大付属高校⇒米国の大学⇒ゴールドマンサックス」なんてコース選択をした、女子が現れるような時代です。
 公立中学のトップクラスがそういう進路を選択できる時代に30年も前からなっているということ。これからますます増えますよ。日本で受験勉強を一生懸命にやって難関大卒しても、戦えませんよ。リーダーシップや正解のない問題に取り組み、答えを見つけていくなんてトレーニングを積んでいませんから。高校卒までにやってないことは案外できないのです。

<余談:GDP推移>
 2012年が日本のGDPのピークでした、6272億ドルです。第二次安倍政権が12月に発足するとそこから坂道を転がるように日本のGDPは縮小し始めます。2023年は4230億ドルです。11年間でドルベースでは日本のGDPは32.6%も下落したのです。次の10年後、2034年には日本のGDPが3000億ドルになることを想定して、さまざまな政策や計画を立てる必要がありそうです。
 たとえば、電力需要が3割減少したら、原子力発電の必要がなくなりそうですね。現在の50基の原子力発電所で稼働しているのは、11基のみです。原発の稼働は小さな事故が多くて50あるうち11しか動いていません。40基は不要だったということです。原発建設は1基につき1兆円かかると言われています。廃炉や使用済み核燃料の始末にも同じくらいかかるのでしょう。誰のために、そして何のためにこんなにたくさんの原子力発電所を造ったんでしょうね。
 同じところの2022年の資料では稼働中の原発は4基となっていました。

*「名目GDP(US$)の推移」

<余談-2:日米株価ポイント逆転>3/4追記
 「日経平均<米国ダウ」という不等式がずっと成り立ってきました。「米国ダウー日経平均=8000」なんて時期もありましたが、はじめて「米国ダウ<日経平均」という事態が先週月曜日(2/26)から生まれています。先週の米国ダウ終値は39,087.38$、日経平均は¥39,910.82でした。



nice!(0)  コメント(2) 

nice! 0

コメント 2

tsuguo-kodera

 祖の通りと思います。でも私はアホな経営者や政治屋が増えたのは教育のせいと思います。戦後、70年以上、ろくな教育ではありません。私が子供の時、父は日本の教育は劣化した。教育委員会と教職員組合が話にならないと後の理科大理事長と話していたのをよく覚えています。
 でも終戦直後を思い出したら、私はどうにかなると思い始めました。教育がダメになるところまで来ました。復活するかも。墓場で見ています。
by tsuguo-kodera (2024-03-09 16:38) 

ebisu

koderaさん

団塊世代のわたしは戦後の民主主義教育のすばらしさのなかで育ちました。でも、それは大事な伝統的価値観を棄てることでもあったのです。20代の終わりころにようやく気がつきました。数学者の岡潔先生の教育論に関する著作で戦前の教育が何であったのかを知ったからだったかもしれません。
道かな存在である、数学教師のお父さんが、戦後教育が切り捨てたものをしっかり見据えていたのですね。戦前戦中戦後と教育の職にあった人たちは、その流れを自分の目で見てますが、流れの外側に立って、眺めた人は少ないと思います。

リベラルな教育一辺倒で、バランスを失い、そしてその反省の上に、またなにかに一辺倒の教育が始まるのかもしれません。
揺れを繰り返しながら、伝統的な価値観をしっかり受け継ぎながら、だんだん真ん中へ回帰していくのでしょう。
何世代もかかりそうですが、それでいいのでしょうね。

いったんは墓場の中へ、そして数世代が過ぎ、また私たちが生まれ変わって何かにチャレンジできたら楽しい。

いや、ただ消滅するのみかもしれません。
それもまた愉しからずや。
by ebisu (2024-03-09 20:36) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。