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#4250 Sapiens (27th) : p.36 May 17, 2020 [44-3. 原書講読講座 Sapiens]

<更新情報>5/18朝8時半

 そろそろ文章を頭から読んで、英語の流れのまま理解するスラッシュリーディングに切り換えたいのだが、50ページまでは全文ノートにこなれた日本語で訳を書くトレーニングがしたいと主張して譲らぬ、なかなか頑固、まだ納得がいかないのだろう。
 精読をみっちりやれば、音読併用の速度アップ訓練は短期間で成果が上がるのも事実だからよしとしよう。

 最近は、ハラリの文体に使われる修辞法や語彙に慣れてきたので、内容を議論することが多くなりつつある。
 遺伝子の変異による動物の進化速度は数百万年単位と気が遠くなるほど遅いが、サピエンスは認知能力の発達によって、言葉を使って虚構の世界を創り出す能力を身につけた。虚構の物語のもとに集団的行動能力を獲得し、同種の兄弟姉妹(siblings)たちを絶滅へ追いやり生態系の頂点への階段を駆け上がった。ハラリの言葉で言えば、遺伝子の変異という渋滞路を迂回する 高速道(the fast lane)を見つけたのである。それが言葉を使って産み出した「虚構fiction」という物語である。たとえば、大きなものでは宗教が虚構であるが、最大のものは百数十年前に創り出した虚構、法的な人格を付与された法人=永続する企業という概念である。いまや経済は社会体制や政治制度の違いを超えて法人を抜きには成立しえない。
 20世紀末から現れた虚構がある、コンピュータゲームがその代表だろう。高精度のディスプレイは次第に現実感を増している。その虚構のゲームが戦争目的で現実とインターフェイスし始めている。ドローンにミサイルを積んで中東のいずれの国からか飛ばせば、その周辺の国の大統領を暗殺できる。ドローンの操縦者は米国のどこか長閑な地方にいて、ディスプレーに表示されたドローンを見ながら、標的の顔写真と現在地を確認して、中東の基地から発信させる。レーダーに捕捉されないように、低空飛行を続け目標に近づくと、ターゲットをロックオンしてミサイル発射スイッチを押す。画面にミサイルが爆発する瞬間が映し出される。ドローンを発信基地に帰還させると、ゲームは終了。電源を落としてコントロールルームを出て、家に帰り、妻や子どもたちと夕餉を囲む。どこにも戦争の匂いが感じられない、自分が攻撃される恐れはないからだ。
 ゲームと実戦が区別のつかないVR(バーチャル・リアリティ)の時代がすでに来ている。ゲームに夢中になってスキルが上がる。たくさんの子どもたちが殺人ゲームや格闘ゲームに夢中して大人へ育っていく。VRの世界で操作に慣れた者は兵士としての資質も高く、実際の武器の操作に短期間で慣れてしまう。VR技術を駆使したゲームでスキルをアップさせた者たちは、いつでも優秀な一兵卒として戦争へ動員する準備ができている。バーチャルとリアリティの区別が消失してしまうあらたなゾーンへわたしたちサピエンスは突入してしまった。新技術はつねに開発者の意図するところとはまったく異なる使い方をされてしまうことに注意していても益のない話だ。戦争も虚構の物語の代表例の一つであり、「国家」という虚構が、それにもとづくシステムが、敵を見つけ殲滅目標を立てる。目標た立てられたら、数年、時に数十年をかけて戦略が実行される。米国の日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書もそういう戦略の一つだ。
*https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E6%AC%A1%E6%94%B9%E9%9D%A9%E8%A6%81%E6%9C%9B%E6%9B%B8

 VR技術は外科医の教育、技術トレーニングなどでも抜群の効果がある。技術というのはいつでももろ刃の剣だ。わたしたちサピエンスが強力な武器を手に入れれば入れるほど、精神的な面での進化が要求されるということは、だれでもわかっているのだが、現実の行動はまったく別だ。地球上でいまだかって戦争が絶えたことはない。そして戦場には常に新しく開発された武器が投入されている。実践に投入することで新製品の欠陥が露になり、すぐに技術の改善がなされる。そうした武器を開発・生産・配備・使用することがGDPの重要な一角を占めている。それは経済に影響するのみならず外交を含む政治にもおおきな影響を与えている。1960年代終わりに出てきたあたらしい用語である産軍複合体という言葉すらなくなるほど、経済と軍事とデジタル技術の融合はあたりまえのものになっている。米国には傭兵会社まであり急成長している。戦争は合法的に民間企業に外注され出し、傭兵なしには戦争が遂行できないほどかかわりが強くなっている。軍隊よりも傭兵会社の軍事プロが戦争を担っている。日産元会長のカルロス・ゴーン海外逃亡劇に手を貸したのもそういう類の会社。

 ここまではわたしの意見だが、生徒は生徒の意見があるので、耳を傾ける。本を読むだけではない、それは著者の思索の跡をたどり自分の考えを付け加えること、あるいは批判的に吟味して自分の思考を練り上げることでもある。ハラリという巨人の思考過程を丹念に追跡すること自体が、それを読む者の思考に飛躍をもたらすことになる高校生の時に、智の巨人とまみえることはとても重要だ。わたしは高校生の時に智の巨人であるマルクスと『資本論』を通してまみえた。そして20年ほど前にようやく彼を超えた。30年の民間企業で働いた経験とたゆまぬ思索の結果『資本論』の公理に気がついたのだ。だから、公理を書き換えることでちがう経済学モデルの成立の余地を理論的に明らかにするところまではできた。あたらしい経済社会を建設するのはいまの若い世代である。

 さて、今日紹介する箇所は、生徒が単に思い込んだだけ、とくに難しいところではなかった。「なあ~んだ、そうか、気がつかなかった」で終わり。思い込みというのはよくあるが、それをクリアするのは高等テクニックに属する。瞑想で意識を集中するのは簡単だが、それを開放するのはとってもむずかしい。それをどうやるかヒントぐらいはつかまえられるかもしれない。


<35.2>  Consequently, ever since the Cognitive Revolution Homo sapiens has been able to revise its behaviour rapidly in adccordance with changing needs. This opened a fast lane of cultural evolution, by passing the traffic jams of genetic evolution. Speeding down this fast lane, Homo sapiens soon far outstripped all other human and animal species in its ability to cooperate.

  Speeding down this fast lane、この句は受験英語でお馴染みの分詞構文という奴だが、滅多に文頭では出てこない、めずらしいタイプだ。「スピードダウン」と日本語に引っ張られて読んでしまうと意味が分からなくなる。文脈からそういう意味ではつながらないからすぐにわかる。
 認知革命を経てサピエンスは変化の必要が生じると自らの行動を見直し改める能力を身につけた。そのことが遺伝子の進化という渋滞路を迂回して、文化を進化させる高速道路への道を拓いた。
 だから、高速道fast lane でスピードダウンというのは渋滞路から高速道へ乗り換えたわけだから、文脈上おかしい。そこに気づいただけで十分だ。
 あとは対処の方法を身につけたらいい。わたしは生徒が入塾したときに名刺を渡している。その裏に勉強の仕方の原則が三つ書かれているあ、机の前にでもどこでもいいから、困ったときに見えるところに張っておくように伝えてある。その2番目は「迷ったときには原理原則に還る」である。このケースでは、元のシンプルセンテンスに書き換えたらいいのだけ。主節に主語があるのでそれとasを補うと、


  As Homo sapiens speeded down this first lane,

 ロードバイクに乗っていると、ダウンヒルとクライムヒルがある、それと同じ。down this fast lane だから追い越し車線を下るから加速がつく、speedは動詞でspeed down で「速度を上げる⇒疾走する」という意味。そこまで見当つけてから、辞書が引けたらなお素晴らしい。
 基本に還ってシンプルセンテンスに書き直してみたら思い込みが消せる、簡単でしょ。

認知革命以降、ホモ・サピエンスは必要性の変化に応じて迅速に振る舞いを改めることが可能になった。これにより、文化の進化に追い越し車線ができ、遺伝子進化の交通渋滞を迂回する道が開けた。ホモ・サピエンスは、この追い越し車線をひた走り、協力するという能力に関して、他のあらゆる人類種や動物種を大きく引き離した。」 柴田裕之訳『サピエンス全史』p.50


<余談:名刺の裏に記載してあるebisu勉強法三原則>

 ☆ 覚えるよりも考える

 ☆ 迷ったときは原理原則に還る

 ☆ 複雑な問題に遭遇したら、「必要なだけの小部分に分割すること」*

*デカルト『方法序説』より「科学の方法、4つの規則の第二より」

<余談-2:減らない商品の登場>
 デジタル商品は消費されても減ることはない。開発すればあとは生産すら不要になる。ネット上からダウンロードすることで購入できるからだ。デジタル商品の割合は急速に増大しつつある。こうした商品はかつて存在しなかった。その経済への影響の大きさが次第に明らかになるだろう。いままでの物やサービスという商品概念とはまったく異なる。いくら消費しても減らないのである。物とサービスとデジタル商品、経済は三本の柱で支えられることになったのだ。経済社会がさらに大きく変質する。
   


 

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