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88.金刀比羅神社のお祭り ブログトップ
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#3389 金刀比羅神社例大祭8/10: 神輿が神社を出発 Aug. 10, 2016  [88.金刀比羅神社のお祭り]

 今年も金刀比羅神社へ神輿の出発を見物に行った。写真を7枚アップするのでふるさとへ帰省できない人たちに懐かしんでもらいたい。
 10年前は、スキルス胃癌と巨大胃癌の摘出手術を受けて、3週間後にこのお祭りを見ていました。お祭りの1週間前、術後2週間で退院、その日にある方の葬儀に参列していました。数人の友人が「大丈夫か?」と心配してくれる中、同級生のK(仲間内では'ヒロシ'です)が、「ebisu、顔色悪い、長いことないな」、心底心配してそう言ってくれました、40日の入院で12kg体重が減り、歩く姿もふらふらしていましたから。(笑)
 執刀外科医はMRI検査結果を診て、肝臓に転移している可能性が高いので、手術の際に肝臓を触診してみると予告していました。癌なら指で触れて診ればわかります。開腹してみたら、すでに大腸に浸潤しており、リンパ節への転移があり、肝臓触診の結果、肝転移の確信があったのだろうと思います。「1ヵ月後に肝臓の一部摘出手術の可能性があります」と執刀医がわたしに告げました。そう聞いても不思議なことにわたしには不安がわいてこなかったのです。
 結果として肝転移はありませんでした。オヤジが大腸癌の手術の2年後に再発、肝転移があり、全身へ癌が転移してしまいました。2度目の手術は「アケトジ」でした。術後4ヶ月で逝きました。お腹に触れると、皮膚を通して肝臓が板のように硬くなっているのが医者ではないわたしにすらはっきりわかりました。
 肝臓触診で外科医の判断が正しくないはずがありませんから、肝転移は消えてしまったとも考えられます。人間の身体は不思議に満ちています。外科医と消火器内科医のドクター(主治医)、そして親切な看護師さんたちのお陰でしぶとく生きています。(笑)
 昨日は2泊3日の道内旅行も術後初めてできました。こうして術後10回目の金刀比羅神社のお祭りを見れることに感謝です。

 50年前に、高校生だったわたしもこのお神輿を担ぎました。いま高校生は担げないのですね、担ぎたい人がたくさんいるでしょうに、気の毒です。班をもうひとつ増やしても、「高校生のカツギタイ」は編成できませんかね。毎年50人の高校生が神輿を担ぎ、それからふるさとを離れていってほしいのです。とっても大事なことだと思っています。
 金棒をみていると、50年前とは型が崩れてきています。腕力の違いがあるのでしょうがないのですが、本物の金棒演技を見たことがないからでしょう。
 腕力のある若い男工さんたちの金棒は、音が完全にひとつになる瞬間がありました。10人でもよいから、高校生男子グループが昔の金棒演技を復活してほしいと思います。「復活!ザ・カナボウ隊」、10人集めていずれかの祭典区へ登録する高校生が出ることを期待します。根室高校の同好会登録してください。1年間活動すれば、翌年からクラブに昇格できます。伝統はつないだり、復活することが大事です。


<出発直前の神社の境内で-1>
 まぶしい!団塊世代のわたしが担いだ神輿はこんなにまぶしくなかった、ご利益が増したのでしょう。四本の組み木の内、長いほうが重いんです。二人でようやく持ち上がります。
 綱の結び方が違うって、数年前に見ていた人が言ってました。神輿の綱の結び方に詳しい人でした。話を聞いてみましたが、他の地方の方でした。結び方はたくさん種類があります。
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<出発直前の神社の境内で-2>
 中央の二本、右と左で結び方が違って見えませんか?来年は左右同じ結び方で美しく飾ってほしいと思います、見る人は見ていますからご油断めさるな。

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<この鳥居を神輿が通ります>
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<神輿が鳥居を出るところです>
 肩当がついているでしょう、こういう装束での神輿担ぎは全国的には珍しいのです。町神輿はハッピ姿で担ぎます。衣装は担ぎ手グループが揃えます。
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<ピンクの飾りがきれいですね>
 神輿が大きく写っているピンクの飾りに隠れてしまいました
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<神輿が車道に出ました>
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<西部祭典区の山車です>
 うれしそうな顔して元気いっぱい太鼓を叩いていました。たぶん、毎年太鼓を叩いている子たちです。お祭り最高!
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 誰も言いませんが、祭りに参加して「日当」がでるなんてお祭りは珍しいのです。どういう経緯でそうなったのかは知りませんが、子どもたちは「アルバイト」として割り切っている者あり、祭りが大好きで参加する者ありと、二つに分かれるようです。
 小中学生の数がピーク時の1/5に減少していますが、24年後にはさらに現在の半分になりますから、そろそろお祭りのやり方について再考すべきときに来ている気がします。
 金棒ひとつをとってみても、昭和30年代には男工さんのグループと女工さんのグループがありました。金棒は大人のほうが多かったのです。根室の水産業の衰退とともに、若い男工さんや女工さんたちが根室の町からいなくなり、お祭りも変わってしまったのです。どう変わったかというと、若い大人が減り、子どもたちの比率が増えました。今度はその子どもたちがいま激減しています。祭典区によっては根室外の子どもの参加を募るところもあるようです。若いころお祭りに参加していたが、地方へお嫁に行って、自分の子どもに根室のお祭りに参加させたい、そういう希望者が増えつつあります。
 伝統の維持は一筋縄ではいかないのです、時代に合わせて変わらなければいけないこともあります。
 でも、根室市政がそうであるように、祭りの在り様を一部の者たちだけで決めてはいけませんよ、金刀比羅神社のお祭りは根室っ子みんなのものです。
 

<余談:団塊世代の高校同期会>
 神輿の先導役を毎年やっているK浦と神社境内で立ち話した。9月3日の高校同期会は参加55名、東京から16名ほど来るという。懐かしい顔に会えそうだ。同期は7クラス350名だったから、1/7が集まる。地元に残っている者は半数の参加だそうだから2割強の80名くらいがいるのだろう。高校を卒業してから、8割がふるさとを離れたということ。そういうことが今も続いているのですから、根室の人口が減るわけです。




*#3390 金刀比羅神社例大祭8/11: 金棒 Aug. 11, 2016
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-08-11


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#3102 金刀比羅神社のお祭り:神輿の Aug. 11, 2015 [88.金刀比羅神社のお祭り]

 11日は祭りの最終日、昨夜の雷雨が嘘のような真っ青な空、いい天気になった。最高気温は11時の23.6度。

 4時少し前に、神輿を担いだ航空自衛隊根室分頓地のメンバーが輸送用のトラックとマイクロバスに乗って戻ってきた。衣装は基地に戻ってから着替えて返すのだろう。
 団塊世代が高校生のときは、「担ぎ隊」は高校生が1グループの半分くらいを占めていました。高校生グループの「神輿担ぎ隊」(「神輿かつぎたい!」)はできないものだろうか。

DSC00583.JPG

 ひまわり弁護士会の初代の駐在弁護士柴田さんがうれしそうな顔をして神輿を担いでいた、あれから11年か。北海道新聞根室支局の栗田さんもニコニコ顔で担いでいたっけ、かれはいまサハリン駐在だ。ウォッカを飲みながら、ロシアの夏祭りを楽しんでいるだろう。
  学校の先生にもお祭りに参加する人が増えてきました、数人いるようです。地域社会に開かれた学校づくりには、先生自身がこうした地域の行事に参加することも含まれているのでしょう。好きな人は転勤した先々でお祭りに参加してみたらいい。

 それほど暑くないので、神社の獅子担当グループはあまりばてていないようす。神輿の前のほうの獅子担当グループの休憩中の姿を撮りました。

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 下の写真は画面の左側が露出オーバで右側が陰になっていてアンダーだ。あと3m近づけば、ちょうど良いくらいの露出が得られるのだろう。どうやら携帯で撮るときは、撮りたい被写体にぐんと近づいたほうが塩梅がよさそうです。逆光ですから一眼レフならフラッシュをたきたいところです。この一枚のテーマは「怖い顔の獅子頭とメンコイ顔の女の子のコントラスト」ですから、3m近づくべきでした。マニュアルの一眼レフなら狙いのはっきりした写真になりますが、携帯のカメラでは狙いのわからないあいまいな写真になりがちです。
 周りの景色の説明もしておきます。この子は緑町2丁目交差点の真ん中に立っています。後ろに写っているのは小酒井酒店さんと旧札幌銀行建物。札幌銀行建物は市議の工藤さんのパソコン教室になっています。向かい側は日専連と皆さんおなじみの「甘太郎」さんです、もう60年近く営業している緑町の老舗。表通りでは阿部薬局と並んで根室人にはなじみのあるお店。
 昔あったお店を緑町3丁目から順に挙げていくと、阿部精肉店、関川書店、紫屋染物店、おもちゃ屋さん(名前を忘れました)、スズキ時計店、川原商店、小林商店、伊沢書店、ヤチダ靴店、反対側に移って、やすやすや、五十嵐金物店、覚えているのはこんなところです。毎日数千人の人が緑町商店街で買い物をしていたのではないでしょうか。角にあった川原商店は歩道上に山のように商品を積んでいましたが、暗くなるころには全部売れてしまうほどにぎわっていました。山一の向かい側に山田豆腐店がありました。人を数人使っていて、大きな豆腐屋さんでした。豆腐もがんもどきも油揚げも美味しかった。焼き豆腐やできたてのがんもどきは絶品でした。

 獅子舞が近づいて、パクッと頭を動かすと子どもたちが泣き叫んでいました。小さい子達はみんな獅子舞が苦手なようです。上手になると肉食獣のような動きができるようになりますが、なかなか迫力あるんです。体が柔らかいほうが動きがしなやかです。この獅子は散々ちびっ子を脅かしたあと、メンコイ顔を見せていました。獅子頭を上げた途端に子どもが泣き出すなんて怖い顔の人はいませんね。獅子舞はけっこう体力がいるんです。獅子舞のみなさんブルーのアイスを食べていました。

 第三祭典区の先太鼓の笛のグループに、芸術的なヘアーカットの少年がいました。妙に気合が入っていましたね、とんがっているところがいい。


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#3101 雷と豪雨の1時間 :金刀比羅神社例大祭本宮の夜 Aug.10, 2015 [88.金刀比羅神社のお祭り]

 8/10は金刀比羅神社例大祭の本宮である。神輿が神社を出発する15分ほど前から雨が降り始めた。途中から小降りになった。
 18時から先太鼓の競演の予定、光洋町方面はジリがひどかった。太鼓はぬれるとやっかいだから、どうしただろう。光洋町はジリでも、緑町は案外大丈夫だ。⇒緑町は夜晴れていた、先太鼓競演は予定通り行われた。
 根室に戻ってきてから13年目だが、神社を出発する神輿を拝まなかったのは初めてだ。先太鼓の競演を見なかったのも初めて。

 19時ころから瞬間停電が3度ほどあった。遠くで雷が鳴っているが音が聞こえない。21時20分から「雷と豪雨の派手な祭典」が始まった。家の前の道路は70mほど深いところは30cmの冠水、道路の縁石が完全に水没していた。
 東側の窓から通る車を見ていたら、センターラインをまたいで通るコースがいい。両方向から来るとそれぞれセンターラインを少し離れて通るのでタイヤは半分水没してしまう。

 光洋中学校前の道路が冠水しているときは、光洋郵便局の角を曲がって、一本下の道路を通ればいい。春先も雪解け水が25cmほどたまることがある。

 東根室駅への分岐道路の入り口のところが高くなっているのでこういうことが起きる。3mほど25cm削れば水はスムーズに流れて道路にはたまらない。
 道路の勾配の設計計算をきちんとしてあればこんなことにはならないのだろう。工事をやるときにだって気がついて当然のように思えるが、そのあたりが昔はいい加減だったのかもしれない。

 お祭りの屋台が緑町の道路の両側に並んでいるが、あそこは豪雨が1時間も続くと暗渠になっている川が満杯になり冠水する。せっかく来ていただいて祭りを盛り上げてくれているのだから、被害が小さければいいが、心配だ。
 でも峠は越えたようだ、家の前の道路はすっかり水が引いて、センターラインが見えている。
 雷は止まったが、22時55分になってもまだ雨は降り続いている。

(やみそうになったのに、23時5分にまた雷がなり始めた)

*#2915 高潮被害(根室・緑町)  Dec. 19, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-12-19

<8/10 0時20分追記>
 雨はまだ降っているし、雷も頻繁になっています。ときどき瞬間停電もありです。先ほどのニュースによれば、根室は130年の観測史上最高の1時間雨量53.5mmを記録したそうです。ずいぶんと古くから気象観測記録がとられています。国境の重要拠点だったのでしょう、130年前というと観測記録をつけ始めたのは1885年ということになります。わが母校花咲小学校(1876年開校)ができた9年あとです。

 気象庁「根室の気温」のページでは
http://www.jma.go.jp/jp/amedas_h/today-18273.html?groupCode=15&areaCode=000
 21時 0.0mm
 22時 49.0mm
 23時 20.0mm
 24時 18.0mm 

 降り始めたのは21時20分でした。ニュース映像では緑町1丁目交差点付近が深いところで30cmくらいの洪水でした。雨はまだやみません、雷も相変わらず鳴っています。11日はお祭り最終日、露店が心配です。

降水量データ
 1時 31.5mm
 2時 24.5mm
 3時  4.0mm
累計 147.0mm/6時間

  雨は午前2時過ぎにやんだ。ラジオニュースでは、道路の冠水は深いところで膝上くらい。昨年12月の冬の爆弾低気圧のときの洪水は緑町1丁目交差点付近で1.5mだったから、それに比べると1/3程度、周りの商店も浸水後の店内清掃に追われているのだろう。130年の気象観測史上最大の雷雨と水害で記憶に残るお祭りとなったが、それを吹き飛ばす元気で祭りを締めくくってもらいたい。  
(朝8時追記)

*緑町水害のTBSニュース映像がみられます
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2560643.html


<余談>
 メドベージェフ首相の北方領土視察が公表され、外務省は大慌て、岸田外務大臣の訪ロ予定はキャンセルせざるを得なくなった模様。ロシアは北方領土を返すつもりはない。クリミア半島、ウクライナ、グルジアをみればロシアの領土拡大は本能のようなもの。
 日本は別の策を採るしかない、それは弊ブログで公表しているMIRV(多核弾道ミサイル)開発・組み立て・解体ショーを全世界に見せてやることだ。国連安全保障常任理事会がロシア説得に動かざるを得なくなる。日本外務省は強い交渉材料をもつことになるだろう。


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 *#195「すこし過激な北方領土返還論」MIRV(多核弾道ミサイル)開発・組み立て・解体ショー
ロシアをぎゃふんといわせ北方領土を返還させるための具体論
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2008-06-07

 #465「"Japan sent uranium to U.S. in secret"は北方領土返還運動の好機か?」
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2008-12-30

  #1401「ロシアがフランスから新型軍艦を購入し北方領土へ配備、対抗措置はあるか」
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-03-1

 #1892 映画「マーガレット・サッチャー」と北方領土 Apr. 6, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-04-06

 #1965 ビザなし交流=通過型観光旅行? June 8, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-06-08

 #1969 北方領土問題コメント(欄)対話(1): ビザなし交流の虚実  June 11, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-06-11

 #1973 ビザなし交流in択捉島 住民交流会:もちつもたれつ  June 14, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-06-14

 #1976 北方領土問題コメント(欄)対話(3) : ビザなし交流の変遷とその実情 June 16, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-06-16

 #2003 "ロシアの動きは逆効果" :メドベージェフの国後島訪問 July 8, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-07-08 

 #2050 竹島と北方領土 :韓国大統領の竹島上陸にどう対抗する?  Aug. 10, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-08-10-2

 #2053 マーガレット・サッチャーと領土問題: 北方領土・竹島・尖閣列島 Aug. 14, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-08-14



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#2771 金刀比羅神社例大祭 part 4 Aug. 11, 2014 [88.金刀比羅神社のお祭り]

  台風11号崩れの雨は都合のよいことに午前9時頃やんだ。お神輿が御旅所から出る12時半にはすっかり道路は乾いていた。曇り空で少し暖かい、気温は19.8度。
 剣道の達人の先輩と御旅所の所で雑談しながらお神輿が出発するのを見送った。向かい側には市長候補鴨志田リエ氏がオレンジ色のヨットパーカを着て見物していた。
 行列は三吉神社を回り、1時間ほどで緑町に戻ってきた。緑町二丁目交差点でお神輿を出迎えた。神社の獅子舞にはY香、Kリ、それからもう一人Yトが出ていた。ひとりは地元に残り、二人は根室から巣立っていく。各祭典区の行列を全部見送ってから3時近くに家に戻った。

 それにしても、うまい具合に雨空が曇り空にかわった、金刀比羅神社の神様のご利益だろうか。

<余談>
 HTBで根室空襲を取り上げていた。1945年7月14日と15日。市街地の8割、2300戸が焼失、211人が死んだ。
 他に根室港を出たばかりの輸送船が飛行機からの魚雷攻撃で沈んだ、択捉島へ行く船だった。100人余が亡くなっている。ジャパンタイムズがとりあげたことがある。船に乗っていた択捉島蕊取村の山本さんの証言だ。この人のおじいさんの兄弟は黒田清隆の副官だった。
 根室空襲の時には21歳だったお袋は着の身着のままで逃げた。環状に焼夷弾を落として逃げ場を塞ぎ、真ん中に大量の焼夷弾を落とした。外側に逃げなかったものが焼死した。お袋はホロムシリの方へ逃げて助かった。食べるものはもちろん、何も持ち出せなかったからパンツの替えもなくて困ったと言っていた。死体の処理ができずに、リアカーに載せて海へ運んで流すのを手伝ったという。ebisuが小学校の頃は花咲小学校下の砂浜にも、弥生町の砂浜にも、砂に人間の骨らしきものが混じっていた。
 この空襲の後で北の勝の碓氷商店は酒造用米を炊き出しに供出した。ひもじい思いをしのいだ人がたくさんあったのではないだろうか。
 市役所の辺りから芭蕉湾を眺めたら、海との間は焼け野原が広がっていた。空襲の後、何にもないところからスタートした人が多かった。空襲の修羅場を潜り抜けてきたおふくろ、旭川の部隊から満州へ行って落下傘部隊に転じたオヤジの世代は精神的に強かった。戦後の困難も命がなくなるわけではないから、どうってことはなかった。
 豊かになりすぎると精神のほうは弱くなるものらしい。かくいう私もお袋世代に比べたらまぎれもない軟弱者だ。修羅場をくぐっていない若い人たちが、これから修羅場を生きぬかなくてはならない。貿易収支は赤字、経常収支も今年から赤字になりそうだ。それは構造的な変化のはじまりだ。経常収支赤字、人口減と少子高齢化がトリプルパンチとなって日本経済を襲う、たいへんだな。しかし、そうした修羅場を経験することで屍を乗り越えて生き残る者たちはまた強くなっているだろう。20代、30代が根室の未来を切り開く。まっすぐな心根と基礎学力が未来を切り開く武器となる。学べ、ひたすら学べ、自分とふるさとのために。


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#2769 金刀比羅神社お祭り part 3 Aug. 10, 1014 [88.金刀比羅神社のお祭り]

 曇り空でお祭り行列には幸いな天気だった。天気がよすぎても日焼けであとでいたい思いをするし、ばてる。風はほとんどない。

<お神輿追っかけ:沿道に同級生アリ、53年ぶりの再会>
 12時少し前にMTBで金刀比羅神社前に駆けつけた。神社の前には東部祭典区の山車のお太鼓でにぎわっていた。先太鼓も金棒もいた。
 12時20分くらいに、お神輿が下りてきた。お神輿の先導役なのか露払いなのか、毎年お神輿の前を歩いている同級生のK浦も白装束に袴をつけた格好で下りて来た。少し話しをして暇をつぶすうちに出発の12時半になった。宮司の奥方が後ろの方を走っていったのがみえた、高校で1学年下の購買部だったから同期で知らないものはいないだろう。東京目黒から市長選挙に来ているかのご婦人は薄紫の着物にオレンジ色のソックスをはいて行列の後を追いかけていた、根室は寒いからな、一人で追いかけていたのはえらい。
 神社の獅子舞はYがやっていた、姿勢を低くしてなかなか獅子頭の扱いが上手だ、身体が柔軟だから低い姿勢に無理がないし動きもよい。何をやらしても器用なやつなのだが、勉強を含めてぐ~んと抜きん出るところまでやらないのが玉に瑕、お祭り終わったらそろそろ勉強本気でやったら?1448ページもあるGone with the windがまっているぞ。はやく新訳でないかな、新訳は『アトランタの風に吹かれて』というタイトルになりそうだ、全編のストーリーから考えるとそういう訳が的を得ている。
 'K'も神社の獅子舞担当だ、気がつかずに横を通り過ぎていったが、面構えが男らしくなった。1年半前はまるで子どもだったのだが、高校生になると女も男も成長いちじるしい。みんな磨けば光る玉だ。だれかが磨いてくれるのを期待せずにそろそろ自分でしっかり磨け。
 道路沿いに一番後ろの祭典区についていったら、道路わきにTがミニスカート姿でいた。いつも笑顔で照れくさそうな表情を浮かべる。脚が長いのでミニが似合っている、そのまま銀座を歩いても違和感がないどころかスタイルがいいからかなり目立ちそうだ。都会的な雰囲気の小顔の高校生と評しておく。3月に卒業したA乃は都会的で清楚な雰囲気にがらりと変わった、戻ってきたのだろうか。保育士になるんだったが、あんなふうに変身するとは予想外だった。

 MTBで行列の先回りをして、商工会館前で神輿を見ていたら、K浦と精肉店に嫁にいった同級生が交差点で話していたので混ざった。小学校のときの同級生だ。一目でA木(旧姓)さんだとわかった。
「わかる?」
「A木、顔の輪郭が小学校のままだよ、変わんないな」
 話しをしているうちに、妹の次女と彼女の三男が同級生だとわかった。
「よく遊んでもらったから・・・あはは」
田舎はいいな、誰かがどこかでつながっている。それがあるから根室人はまっとうなことが言いずらくなる、アハハ・・・
 K浦が
「男の平均寿命は80歳、あと15年しかない」
「いいや、健康寿命は-9して71歳だ、それ以降は誰かに介護してもらわないと生きていけない、あと6年だぞ」
と応ずる。
「ebisuは16日の同窓会、仕事でこれないんだよな」
「悪い、仕事最優先だから、また欠席だ」

 三人で話していたら、そのうちに気のあった同士で集まろうという、日曜日なら私は参加できる。同期会は今回が最後でもうない。小学校、中学校、高校とそれぞれ同級生や同期がいるが、同期会をやていたのは中学校と高校のみ。あちこちでいろんな人と同級生になったから、中学校とか高校という枠組みを外して旧交を温めたいという思いをもつ者は少なくないだろう。5~10人くらいで気軽に声を掛け合って旧交を温めたらいい。そういう輪がたくさんできたら愉快だ。

 北海道銀行の交差点付近で神輿を待っていた。交差点をすぎて銀行前で神輿が休憩に入った。昔、梅ヶ枝町三丁目に家があったところだ。家の前で神輿を眺めたことを思い出した。お袋が「二回から神輿を見下ろしてはいけませんよ、下に降りてきなさい」、そう言ってた。角のお菓子屋の父さん、家のオヤジやお袋、向かいのトコヤの「兄さん」と奥さん、乳癌で亡くなった幼馴染のヤッコもみんな出てきそうだった。ミドリのお菓子店も根室で一番古い奥田時計店も今は跡形もない。過去は夢でもあり幻でもある、在るのはいまだけ。

 開法寺の前の交差点で神輿と山車を見送った。MTBで警察の坂を上がって、合同庁舎前の温度表示板を見たら17.1度だった、時刻は2時40分ころ。根室の夏は日本一涼しい。

<金棒と先太鼓の競演>
 夜7時に車で町へ下りていった。緑町に駐車場があるから便利だ。緑町1丁目交差点の会場まで歩く途中で浴衣姿のA音とすれちがった。白地に赤い小さな模様がはいっている、清楚に見えた。普段と来ているものが違うと気がつかないことが多いのだが、それ違う前に「あっ!」という表情を浮かべてくれたから、わかった。細くて子どもっぽかったが雰囲気が大人に変わった。大きい方ではない、細っこいのに水泳では全道大会でずいぶんといい成績を残した。後半年で卒業、根室に何人戻ってきてくれるのだろう。

 会場に着くと金棒の演技をやっていた。一生懸命にやっているのだろうが、55年前の缶詰工場の男工さんたちの金棒が脳裏にはっきりあるので物足りない。若い男工さん50人くらいで金棒をやると、音が一つになる瞬間がある。腕力と気力がなければああはいかぬ。根室のお祭りで一番ユニークなものは金棒ではないだろうか。中学生が主体では腕力も気力も昔の男工さんには遠くおよばぬ。そういう若者が根室の町にいなくなって50年以上たったということ。
 指導する者たちは若いから、そういう一つになる瞬間の音の記憶がないのだろう、あれはすごい、名人芸だった。金棒のパフォーマンスは飛び上がったり「乱れ打ち」はするが、肝心の基本技がまるでなっていない。なにごとも基本が大切、そのうえで型破りはいいが、基本がデタラメではさまにはならぬ。金棒の伝統はすっかり絶えてしまったようだ。
 だが、太鼓の技術は昔の比べると段違いだ。7時半ころから、各祭典区の太鼓演奏が始まった。東部祭典区は太鼓が7つだったかな、第三祭典区と西部祭典区が11個と12個だった。アスファルトの地面からも振動が伝わってくる。直径50cmくらいの太鼓を太いベルトで肩から提げてやる曲打ちはやっている方も見ている方も楽しい。最後は第一祭典区だった。太鼓の数は7個で少なかったが、獅子舞が2組じゃれあっている演技や5人ほどの着物姿の女性が笠をクルクル回して太鼓に合わせて踊っていたのは変化があってとってもよかった。

<緑町二丁目交差点での恒例行事>
 8時頃にお開きになってから、緑町2丁目交差点で第一祭典区と第三祭典区の山車が向かい合わせて太鼓を叩き始めた。例年のことなので交差点は人だかりができていた。第一祭典区が引き上げた後、第三祭典区の太鼓演奏が始まった。高3のSヤがはりきって叩いていた、いい顔してやがる。演奏の途中から雨が降り始めた。

<感慨>
 根室はいいな、お祭りが来るたびにそう思う。高校3年の夏に神輿を担いだ。あの当時は神社の鳥居をくぐって下ろしてから、枠木に固定していた。いまは手順が違う。神社の境内で枠木に固定してから下ろしている。神輿の重さは1.5トン、それに枠木の重さが加わるから1.7トンくらいあるのではないだろうか。担ぎ手1組50人で、二組。昔は高校生が20~30人混ざっていた。
 高校を卒業したら、都会へ進学し、そのまま就職して根室に戻らないものが多いが、最後の夏ぐらい神輿を担いだらどうだ?いい思い出になるぞ。
 K浦に聞いてみたら、自衛隊など担ぎ手が決まっていて高校生が入る余地はないそうだ。なんだか札幌の雪祭りのようで、寂しい気がする。北海道三大祭なんていつの時代の話か知らないが、肝心の立派な神輿の担ぎ手すら、とっくの昔に「外部委託」せざるを得なくなっている。地元でお祭りを支えきれなくなっている、それがいま手古舞にも広がりつつあるのかもしれない。

<根室のお祭りの未来>
 各祭典区は金棒、旗持ち、獅子舞、太鼓、笛、手古舞など、子どもを集めるのに苦労をしている。大人の神輿はすでに「外人部隊」が主力だ。手古舞も地方に散った根室人の子どもを試験的にお祭りにだしてみるという努力をし始めているそうだ。人口減、特に子どもの人口減がはげしいから、ここを何とかしないと、伝統を受け継ぐ区とがむずかしくなる。
 12年前には中学生は1学年400人いたが、いまは250人前後、約6割だ。同じ比率で減少すると12年後の2026年には150人だ。根室市の総人口の減少率よりも、子どもたちの減少率がはるかに大きい。理由は簡単だ、若い人に地元に働く場所がないからだ。

<大人たちはいま何をなすべきか?>
 頭が固くなったオヤジが威張っているような中小企業には先がない。決算情報を従業員へ公開し、退職金規程や経理規程を作ってきちんとそれを守る、オープン経営に舵を切るべきだ。40代半ばをすぎたら感覚がもうだめだと思ったほうがいい。若い従業員の柔軟な発想を経営に生かせなければジリ貧になる。2040年には根室の人口はいまより1万人減少して1.8万人を割る、地元企業の半数は経営破綻しているだろう。
 地元に優良な企業が増えなければ根室の町のお祭りは担い手を失い、いまの形を続けられなくなる、伝統を次の世代へ引き渡せなくなる。
 中小企業同友会の全国協議会は「中小企業労使による経営民主化」を推進し始めている。根室にも中小企業家同友会支部があるだろう。全国に先駆けて決算情報を公開して経営民主化をやってみたらいい。陽は一番東の根室から昇る、中小企業改革の陽も烽火も根室から上がっていい。


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#2768 金刀比羅神社のお祭り part 2 :宵宮 Aug. 9, 2014 [88.金刀比羅神社のお祭り]

 5半頃出かけた。途中でアウディに乗っている塾生を見かけた。もちろん、車は車でも、自転車である。

 夜店を歩き始めたら、胸をトンと突いてきた中学生がいた、C中学校の生徒だった。
「先生、おれだよ!」
 トモダチと連れ立って楽しそうだ。

 それからすぐに浴衣姿の高校生に呼び止められた。
「せんせい!」
 笑顔がめんこい。祭りに穂はみんな笑顔だ。
 山吹色の浴衣と群青色の浴衣だった。いつもはこの二人背が高くて目立つので100m先にいてもすぐにわかるのだが、今日は分からなかった、突然目の前にいた。一人は100m先から見てもはっきりそれとわかるくらい足が長いのである。しかし、浴衣では脚が見えぬ。

 夜店をぶらぶらしているうちに東部の山車が夜店の並んだ通りに入ってくると、他の祭典区の山車も集まり始めた。
 北西の空は夕焼けで薄いピンク色にそまり、南の空には大きな満月が上り始めた。月は霞がかかったようににじんでいた。山車と手古舞の競演は6時半から行われた。

 東部の手古舞は珍しいことに全員男だった。最後の方で飛び上がるのだが、一番端の男の子がすいぶん高く飛んだ。いままでにない趣向の踊りだった。指導は花柳流の人。小さい女の子が4人混じっている手古舞と小さい子ばかりの手古舞もあった。周りの人たちが「かわいい!」と叫んでいた。ちっちゃな女の子が手古舞を踊る姿はそれはめんこい。

 第一祭典区の山車は360度くるくる回せるように、計算しつくされた形に仕上がっていた。つくりもかなり頑丈そうで、すっきりしていた。第三祭典区は雨対策が施され、透明のビニールシートで覆われていた。人形が3体載っていたのは東部祭典区だったかな。馬に乗った武者姿は西部祭典区だ。

 8時少し前に山車と手古舞の競演が終わった。少しぶらついてから帰ろうとしたら、5時半頃自転車に乗っていた小学生にでくわした。元気がいい。挨拶して通り過ぎて歩いていったと思ったら、Uターンして人ごみの中を小走りで駆け抜けていった。いや、速かったな、かなりジグザグに人を避けながら走っているのにぶつからない、あんなにすばしっこいとは思わなかった。

 満月の夜の気温は17.3度だった。根室としては暖かい夜だった。平年だと13度くらい、今日は浴衣姿の人も寒くはなかっただろう。日本一涼しい夏の根室。


 明日は午後から雨の予報だ。なんとか空が3時頃までもってくれたらいい。数年前に、神輿が御旅所に着いた途端に土砂降りになったことがあった。神輿は濡れなかったが、後ろの行列はずぶぬれだった。
 天気のことは天に任せて、せっかく張り切って太鼓を叩いたり、笛を吹いたり、獅子舞をやったり、金棒突きをしたり、それぞれの役をやってみさてくれるのだから、出かけてみてあげよう。たったの三日間しかない、たくさんいた方が祭りは楽しい。祭りはやる人と見る人の両方でつくるものだ。

<余談>
 「名前」と「衆議院議員」という文字を染め抜いたハッピを着ている人がいた。プロだな、ハッピまで用意している。祭りに顔を出して知人や応援者に挨拶して回るのは大事な活動だろう。元釧路市長だから釧路が地盤なのだが、根室にけっこう来ている。選挙に強いわけだ。


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<山車競演 華やかに>10日北海道新聞根室地域版より
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・・・
 山車はそれぞれ趣向を凝らした人形などで装飾。第1祭典区は大河ドラマの主人公黒田官兵衛、東部祭典区がアニメ「ワンピース」のキャラクター、第3祭典区が歌舞伎の演目の一つ義経千本桜から「狐忠信」、西部祭典区は戦国時代の武将前田慶次を本物差ながらに表現した。
 各山車は午後6時半ごろ、露店が並ぶ御旅所(市内緑町)前の交差点に終結し、四方から向かい合い、それぞれ威勢のよい掛け声を掛け合いながら、太鼓や笛の音を響かせた。・・・
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#2767 金刀比羅神社のお祭り(宵宮) Aug.9, 2014 [88.金刀比羅神社のお祭り]

 午前中雨という天気予報が外れて曇り空、今日(8月9日)から金刀比羅神社のお祭りがはじまる。各祭典区が回ってきた。第三祭典区が最初に回ってきて、次は東部祭典区、そして第一祭典区、トリは西部祭典区で1時過ぎだった。裏側の道に10分ほど停車して山車の太鼓がにぎやかだった。楽しませてもらったよ、どうもありがとう。

 お祭りに戻ってくる若者が多い。今年の春から専門学校や大学へ進学した生徒たちもお祭り目がけて戻って来ている。先週、二人来た。お祭りが終わってから来ると連絡してきた生徒が一人いる。

 例年のことだが、もっと高校時代に勉強しておけばよかったと半数くらいの生徒が言う。そういうときは、いま一生懸命に勉強して、社会人になったときにもっと勉強しておけばよかったと言わないですむ人間になれと伝えることにしている。
 若い者は成長する、驚くほど変わる。お祭りが終わったら、しっかり働ける社会人に自分を鍛え上げろ。

 帰省してきて顔を出してくれるのはうれしいものだ。そんなことはどこの塾でも一緒、先生たちはうれしいのだよ。


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#2371 平成25年金刀比羅神社例大祭(4):感度のよいセンサーと選択について  Aug. 13, 2013 [88.金刀比羅神社のお祭り]

 北海道医療大学と小樽商大の3年生が来た。3年生になるとすっかり大人だ。お祭りの話しをしていたら、
「山車のフィギュアが小さくなりましたね」
そんなことを言うので、
「なぜ?」
と聞くと、
「だって(T字型の)棒で電線をもちあげてなかったでしょう?」

 なるほど、そう言われてみるといなかったね、棒で電線を持ち上げる係りの人がどの山にも乗っていなかった。フィギュアが小さくなれば電線に引っ掛からない、よく見ているものだ。観察眼が鋭いのはアンテナの感覚がいいからだろう。ebisuは同じものを見ているのに言われるまでさっぱり気がつかなかった。生徒の成長をなんとなく感じてしまう、こういうときがうれしい。
 昔(昭和30年代)は青森ねぶたを小さくしたようなつくりだった。根室では雨対策でプラスチック材料が使われるようになったのだろう。便利な材料にシフトすると、昔の風格や懐かしさがなくなりオモチャっぽくなるのはしかたがない。そのときは目先の便利さを選びなんとなくやったことが、何を選んだかで十年二十年後の姿がまるで違ってしまうことになる。日々の選択をおろそかにしてはいけないということだろう。
 十年二十年後に思いをいたさずに安易な選択をすると二十年後の未来をまるで違ったモノにしてしまう。明治公園整備事業と称する開発計画が進行中だがたいへんな選択のミスだからやってはいけないよ。明治公園はあのまま次の世代へ渡せばいい。
 市立根室病院も療養型病床が一つもない、これも選択ミスの一つだ。十年二十年後に根室の住民(老人とその家族や友人)はこの選択ミスで悩み・苦しみの中にいるだろう。じつにおろかな選択だった**。
 簡単なことだ、生まれ育ったふるさとで最後を迎えられない老人が多くなるのだよ。ほかの町にある療養型病床の病院へ入院せざるを得ない老人が増える。家族や友人に看取られずに死んで行くしかない。
 家族や友人に看取られて苦しまずに逝くことができれ最高の幸せだろうが、そのためには根室に療養病棟のあることが必要条件である。
 まことに残念なことではあるが、そんなことすら理解できない者たちが市政を運営している。療養病床を欠くという、ニーズに合わない病院が70億円をかけて出来上がってしまった。市議会は市側の案をそのまま通してチェック機能を果たせなかった。わたしは町を牛耳っている者たちの基礎学力レベルと心根の在り様を疑わざるを得ない。長いものには巻かれろでは町の未来はますます暗くなる。大人が子供たちに範を示さずにどうする?一つ一つの選択や決断をおろそかにしてはいけない。ならぬことはならぬのだ。

 私はねぶた祭りを2度見ているが、山車の大きさと張りぼての内側からの照明効果に度肝を抜かれた、風格と懐かしさを感じるのだ。太鼓の皮が2mもある「じょっぱり太鼓」、そんなに大きくしては音が低すぎてどうしようもないが祭りにかける青森人の意気込みは伝わってくる。

 話しは源氏物語や枕草子にも飛んだ。古典文学の世界では日本人は平安時代はじつに熱心に恋愛をしている。
 恋愛に対する一生懸命さがいまよりずっと濃密だ。付き合う異性はよく選ばないと危ないよ、もてる女ほど男がらみのトラブルが多くなる。変な奴と付き合うとやっかいなことになる、悪くするとストーカーから「にんじょうざた」になる、と言ってから、成績下位三分の一の中3に「にんじょうざた」と言ったらどういう意味に理解するだろうという話になった。
 そんな日本語簡単だよと言いそうだ。「にんじょう」+「ざた」に分解して、前者は「人情」、人の情けだよと得意げに言いそうだ。

(ちなみに、「沙汰」を大辞林で引くと「〔「沙」は砂、「汰」は選び分ける意」〕 ①事の是非・善悪などを論じ定めること、またそれによって処理すること」とある。「地獄の沙汰も金次第」という常套句で知っている中学生が2割りはいるだろう。)

 「刃傷」という字が思い浮かばなければアウトだ、日本語が通じないことになる。刃物の「刃」と殺傷の「傷」という漢字を見たら意味がわかるが、話し言葉は音が伝わるだけだから、適切な漢字に置き換えられなければ意味は伝わらない。
 成績下位三分の一の中学3年生の日本語語彙力は小学4年生以下ケースが多い。標準的な中学校の授業で使われる日本語語彙の理解に大きな支障が出てしまう
 そうして考えると、日本語語彙が貧弱だから、その結果として授業が理解できずに成績が振るわないという低学力の深層構造が見えてくる。
 簡単に言うと、貧弱な日本語語彙をそのままにしておいたら成績が上がるはずがないのである


 日本語語彙力を上げるには日本語で書かれた文章をたくさん読むしかない。それには基本的には本をたくさん読むことだスピードが遅ければ次の段落に行った時に前々段落の内容を忘れてしまっているので、段落単位のロジックの組み立てが読み取れなくなる。
 ある程度のスピードがなければ、読んでいる本の内容が理解できない。高速で音読できれば黙読でも速く読めるし、文意や論旨が的確につかめる


 小学校低学年でお母さん達が子供の音読トレーニングにつきあってやる、そして興味のある本を買ってやり、わからない言葉を辞書で引かせる習慣をつける、そういうことがその後の学力の伸びの大半を決めてしまうことに気がついてほしい。ゲーム機に子育てを任せたらあなたの負けだ。
 一番大事なのは日本語=国語能力である。それは年齢に応じた適切な躾けやトレーニングでいくらでもよくなる


 大学三年生ともなると、もう年頃だから、好きな人がいても不思議ではないし、結婚を考えている場合だってある。二十歳をすぎたら女の子達はいつお母さんになっても不思議ではない。今度は自分が勉強するのではなくて、子供を躾ける側に回るわけだ。小学校低学年での子育ての仕方、家庭学習習慣の躾け方如何で、子供の勉強への関心や熱中度のおおよそが決まってしまう。

 お母さん達は自分の子供を小学校低学年でしっかり躾けなければならない
 そのためには、これからお母さんとなる20代前半の若い子達に子育ての仕方、年齢に応じた躾けの仕方の大筋を伝えておかねばならない。やっかいなことに子育てはやりなおしがきかないし、簡単なようでとてもむずかしいのである。あなたはどういう子育てを選択する?
 今日来た二人の女子大生はいつの日か親となってしっかり自分の子どもを躾けるだろう。根室の子ども達の低学力問題はこういうところからもメスを入れないといけない。
  学力(知識と考える力)はどんな職業に就こうと生き抜くための強力な武器になる。

 町を牛耳っている愚かな年寄りどもはまもなく療養型病床もない中で家族にも友人にも看取られずに次々と消えていくから、しっかりした基礎学力とまっすぐな心根を兼ね備えた若い人たちがふるさとの未来を担ってくれることを期待している。

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*小樽商大の生徒は高校生になってから苦手の数学をなんとかしたくてニムオロ塾に来た生徒だ。国立大学進学希望だったから数学が苦手のままではいけないと思ったのだろう。結局学校推薦で合格した。小樽商大は学校推薦にセンター試験で得意科目での80%超の得点を要求しているが、これがクリアできない生徒が多い。この生徒は小さいときから「本の虫」(幼馴染の評)だったから、ヒマさえあれば本を読み、高校卒業までに大量の本を読破している。日本語語彙力で他の生徒に圧倒的に勝っていたのだろう、ベネッセの全国模試で国語の成績は半分くらい根高ナンバーワンだった生徒である。
 社会人になってから必ず数学が必要になるから高校数学から線型代数まで数学能力をブラッシュアップしておけと伝えた。国語の能力の高い者は本格的に勉強を始めると英語の能力も飛躍的に伸びる。国語の能力が低ければ外国語はいくらやっても頭打ちになる。国語と数学、この両方があることは「鬼に金棒」(金刀比羅神社のお祭りの金棒と鬼の金棒は字は同じでもか形状が違うよ)。国語と数学、この二つの能力が秀でていたら、ほとんどの分野の専門書を読み理解することができる。
 あとは考える力と読解力を一段アップするために哲学関係の本を読め、できたら履修していなくても哲学の授業にこっそり出席して学べ。
 一つのことを一時間、一日、一週間、一ヶ月間、一年間考え続ける力こそが真の力となる。そういうパワーをもった人間には赤字の会社を黒字のしかも高収益の会社にできる。学者になるのもいい。

  同じ学年で男子で何度か国語ナンバーワンをとった生徒がいた、N君であるがこちらは北海道教育大札幌分校へ進学した。成績のよい生徒は男女を問わず国語の能力が高いと言えるかも知れない。まれに数学はできるが国語はいくら勉強してもダメという人がいるが、聞いてみると大して本を読んでいない。日本語語彙力が貧弱なままではいくら国語受験問題集を解いても効果は小さいということだろう。付け焼刃にしかならぬ。昨年卒業したはずだが、釧路湖陵高校に進学した別のN君は中学時代は学力テストで国語90点以下を取ったことのない特異な生徒だった。出題者の意図を的確に読めたのだろうが、あまりに的確すぎて心配になった。読解力が出題者レベルでとどまっていては困る、そこを抜けたところに別の世界が広がっているのが見えなくなってしまう。知らず知らずのうちに思考に鋳型ができてしまう、それが強固なモノになればなるほど、後でそれを壊すのが困難になるのだ。小さく粒のそろったきれいな字が高速で書ける生徒だった。おそらく字を書く速さときれいさでは私の教えた生徒ではかれが一番だ。初心貫徹、医者になるのだろうか、それともほかの分野へ興味が湧いて進路が変わるのだろうか、若い人たちの可能性は限りない。
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**わたしは縁があって首都圏の300ベッド弱の老人病院を療養型病床の病院へ建て替えを常務理事としてやったことがあるので、療養型病院の老人のケアの仕方を実際に観察している。「縛らない介護」に総婦長が熱心に取り組んでくれたお陰で、いいケアができるようになっていた。理事長の方針もよかった。「痛くない、苦しくない、怖くない」、積極的な延命治療はしないほうが苦しませずに自然死に近い終わりを迎えさせてやれる。「他人を介護しているのではない、自分の親を介護するつもりで患者に接しろ」、よくそう言っていた。
 この病院はベッド稼働率は98%、民間経営の黒字病院だった。療養病床は赤字になるという人がいるが、それは経営の仕方を知らぬ者の戯言だ。ようするに病院経営は経営の仕方しだいで赤字にも黒字にもなるということ。経営者の能力が低ければ赤字拡大は当然の結果だ。市立根室病院はこの7年間赤字が拡大し続けている。前市長である藤原市政時代はおおむね8億円の赤字だったが、前年度ついに16億円を超えてしまった。赤字拡大は止まる気配がない。今年度は20億円を超すだろう。
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【徒弟制度】
 職人の仕事は親方や名人のやる仕事を見て盗んで覚える。なぜそうやるのか、身体を使って真似を繰り返して、その奥にある何かがつかめなければ一流の職人にはなれない。だから職人を育てる徒弟制度には「教える⇒学ぶ」ということがない。「見て盗む」ことができるくらいの素質や能力がなければ一流にはなれぬ。一流の仕事人を育てるためには教えてはならないのである。徒弟制度はすぐれた人材育成方法である。
 私塾ではそういう素質をもった生徒にはあるところから教えるのをやめ、とことん自力で考えさせる。そういう対応が必要な生徒は滅多にいないが、生徒の知的レベルに合う本は何冊か選んであげられる。
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【刃傷沙汰】(大辞林より)
刃物をもって争うこと。刃物で他人を傷つけること。
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#2370 平成25年金刀比羅神社例大祭(3):雨上がり  Aug. 11, 2013 [88.金刀比羅神社のお祭り]

 昨は一日中小雨が降り続き、6時からの先太鼓の競演が中止になったが、今日は運よく雨が上がり道路は午前中に乾き始めた。黒いアスファルトが灰色に変わっていく。

 12時に御旅所前までロードバイクで出かけた。昼なのだが・・・「夜店」表側の歩道側を避けて裏側の緑町道路中央部を下っていくと脚の長い見たことのある人が歩いてくる。背丈と顔かたちが姪っ子に似ているので、そうかなと思ったが、すれ違うときに元塾生の高校生だと気がついた。小中高生おしなべてお祭り好きが多く、三日間は町全体が盛り上がる。

 陽射しを受けて金色に輝くお神輿は花火の合図とともに12時半に御旅所を後にした。第三祭典区がそれに続き、そして西部祭典区、第一祭典区、今年のしんがりは東部祭典区。
 第三祭典区に生徒のSがいた。笑顔で小太鼓を叩いていたが、あれは4年間ほどOが叩いていた太鼓だ。野球に明け暮れた中学生の時には小柄だったのに、高校生になってからバスケット部に入ると20センチも背が伸びて180センチを越す「大きな少年」になっていた。調理学校を卒業して札幌で働いているはず。

 御旅所前で高校の同級生のヒロシが見物していたので声をかけた、歌舞伎役者のような顔立ちで野球部だったから女の子によくもてた。いまは少しメタボになったが、人柄のいい奴だ。
 同じ場所で先輩にもあった。中学時代の親友のお兄さんで、根高の柔剣道場でebisuが受身の稽古をしている横で気合のこもった打ち込みをしていた。花咲小学校長や柏陵中学校長、光洋中学校長を歴任して退職した。地元に残った数少ない高学力層人材の一人である。地元出身でこれだけの経歴の人材なら退職後は(他の町なら)教育長のポストが待っている。「なぜ?」、ご本人へそんな質問は失礼だからしたことがない。35年たってふるさとの町に戻って来たが、根室の町が衰退し続けているのはそれなりの理由がある。根室の子どもたちの学力低下はこうした教育行政のトップ人事のまずさにも原因がある。
 先輩との話しは根室の子どもたちの学力問題へ及ぶ。具体的な数値を現職から聞いたのだろう、この数年間加速している根室の子どもたちの学力低下を心配していた。20年前と比較したらびっくりするほど中学生の学力が低下している。「一つの学校だけで300点満点の学力テストで250点超が4~5人いた」という。市街化地域3校の学力テスト総合Cの結果を階層別一覧表を弊ブログで紹介したことがあるので、そちらを見てもらえば学力の低下は一目瞭然。現在は市街化地域の3校全部で250点を越える生徒は0~3人だろう。五科目500点満点の学力テストで見ると400点超の高学力層が十年前のおおよそ十分の一になり、低学力層が肥大化しているのである。
 同じ学区域のC中学校とA小学校が連携して動き出しているが、これが校長が転任しても継続されるような体制になってくれたら、変わるかも知れぬ、私たちは現職に期待している。

 各学校の校長先生たちがお祭り見物をしてくれたらうれしい。自分の学校の生徒達が金刀比羅神社のお祭りにどういう役回りで参加しているのかよく見てもらいたい。
 地域の伝統を守るために学校外でそれぞれトレーニングを積み、役割分担しているのである。地域の文化や伝統とのかかわりは学校教育でも重視あるいは注視すべきだ。地域社会とのコミュニケーションの一手段としてフリー授業参観が行われているが、学校の校長先生たちが地域社会へ関心をもたなければフリー授業参観もその効果が半減するだろう。学校外のことがわからなければ、地域の企業や住民が学校に何を求めているのかが理解できるだろうか?根室のお祭りを見て回るのは地域社会のニーズをつかむいいきっかけになる。お祭りの三日間は地域社会に根ざした学校教育がどうあるべきかを考える契機になりうる*。すこし敷衍してみたが、大筋は先輩のご意見だ。見ているところが違うとあなたも感じただろう。
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*文部科学省が中学校の学習指導要領の「道徳」の「第3章」で次のように書いている。
「(5) 郷土の伝統と文化を大切にし,郷土を愛する心をもつ。」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/dou.htm
 各中学校の校長先生たち、金刀比羅神社のお祭りを見てほしい。子供たちが地域の行事にどのようにかかわり、地域の文化と伝統の担い手になっているのかを祭りの準備段階から自分の目でみてほしい。
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 社会教育ばかりを主張し、学力低下に目を向けなかった前々教育長、8年間もの長期にわたって根室の教育をダメにして退職後はさっさと根室から消えた。歴代の根室市長は教育行政を担う人材を見る目がない。

 いったん、家へ戻り着替えてから車で緑町に再来。歩いてお神輿の追っかけをやって、神社までついていった。神社へ500mくらい手前で、毎年お神輿の先導をしている同期のKが歩道~見物しているebisuを見つけて、「今年はいないからどうしたのかと心配していた」、友達というのはありがたい、親身になって心配してくれている。全部終わった後で、「これで今年も一年が終わった、責任を果たした気がする」と言い残して手を振りながら神社裏から帰っていった。

 話しは変わるが、お神輿を神社境内に上げるときの手順が昔と違うように思う。高校生のときに神輿を担いだことがあるが、神社の鳥居の前の道路で枠木を外したように記憶しているのだが、記憶違いだろうか、今日は本殿前で枠木を外していたし、2年前のクラブナビさんのブログでも、本殿前の境内で枠木組をする様子が書いてあった。

 御魂を神輿から下ろすときには白い布の幕を棹につけて囲んでおごそかなうなり声を2度響かせて移した。幕を前のほうに移動させて閉じ、本殿へと神主が導いた。伊勢神宮の遷宮式のときにも大きな白幕でたくさんの神主が囲って祭神の御魂を移していた。

 緑町へ戻ったら、第三祭典区が御旅所前で先太鼓を出して打ち始めた。獅子と少年の踊りを披露した。西部祭典区が緑町三丁目方向から下ってくると、交差点を空けた。それぞれ責任者が挨拶してから頭を下げて通る、こうした儀礼をしっかり守ることが大切だ。

 第三祭典区に中学校の先生が一人参加していた。数年前に低学力の生徒達を集めて1年余補習してくれた先生だ。
 根室に赴任して3年経ったらお祭りへ参加してもらいたい。各祭典区も学校の先生たちが参加しやすいような役回りを提供してはくれないだろうか。コミュニケーションの機会を双方がつくりだすことで地域も学校教育もいい方向へ変わるのではないだろうか。
 話しは飛ぶが、ひまわり弁護士会の初代のSさんは2年目のときに神輿を担いだ。とってもうれしそうに話していたのを思い出す。
 昨年は北海道新聞根室支局のクリリンことKさんが神輿を担いだ。サリーさんが「クリリンが・・・」と言いながら、走ってお神輿を追い越して写真を撮っていた。いいカメラを買ったばかりだったから練習を兼ねていたのだろう。あのときの一連のお祭り写真はサリーさんのブログに掲載されていた。敏腕記者だったクリリンは東京へ転任になった。歯舞前浜の取材シリーズ記事が秀逸だった。どういう偶然か卒業して家業のコンプ漁師になりたての元塾生二人を紹介してくれた。ずっと隣同士でコンブ漁氏としての腕も競い合う、若い熱気が伝わってくる記事だった。35度の暑さに耐えながら、涼しかった根室の夏とお神輿を思い出しているだろう。
 三時過ぎには気温が下がり、見渡すと半袖姿はほとんどいない(、夜九時にさらに下がり15度。今夜も根室は日本一涼しい)。

 第三祭典区和太鼓の13台の演奏がはじまった。昨日の各祭典区の「競演」でやる予定だった演目である。これをやらずに終われますかといわんばかりの気合のこもった演奏に交差点を取り囲んだ主婦数人から黄色い声が飛び交った。こういうやり取りがあるからライブ演奏は楽しい。
 どの祭典区も肩からベルトで提げた大太鼓を使うが、第三祭典区は4台そろえていた。男女それぞれ二人ずつである。両手を使って両方の皮を叩きながら、左手だけは左を叩いた反動を利用して右側の皮も叩くという曲芸のような技がある。ちょっとかっこいいからどの祭典区でもやって見せる。しかし目の前2mくらいのところで4台そろって息のあった「乱れ撃ち」はド迫力があった。
 和太鼓は力を抜いてきれいに打つと音の迫力ががくんと失われるからあまりゴマカシがきかないようだ。女性の一人は女とは思えないほど迫力の音を出していた。いや、けっしてニューハーフではなかった。(笑)

 5時半頃第三祭典区が引き上げると、祭りの終わった交差点は熱気を残しながらもの寂しくなった。
 5時半なのに「夜店」はそのまま営業を続けており、歩く人も多かった。例年はもっと早く店仕舞いをしていたはずだが、今年は少し様子が違った。祭りの賑わいの余韻を楽しむ人が増えたようだ。
 看護学校へ進学予定の高校三年生二人が友人達と楽しそうに歩いていた。進路を変えたHともすれ違った。中3の男子生徒が高校見学をしたときに素敵なお姉さんがいたと騒いでいたから人気上昇中だ。(笑)
 1月に結婚したばかりの元塾生がご亭主と歩いていた。笑顔で「あら、先生お久しぶりです」と大きな声で挨拶、好きな数学だけはしっかり勉強して驚くほど点数を上げたメンコイ生徒だったが、ますます美人になった。

 たのしいお祭りが終わった、トレーニングを積み、見物の私たちを楽しませてくれた皆さんに感謝。お祭りに参加している人たちも大いに楽しんだのだろう、皆さんの笑顔がすてきでした。


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#1627 金比羅さんのお祭りと人口減少 :根室の伝統文化の伝承 Aug.12, 2011 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-08-12

#2048 金比羅さんのお祭り : 台風12号直撃の恐れあり Aug. 10, 2012 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-08-10

#2051 金比羅さんのお祭り(2):ふるさとへの思い   Aug. 11, 2012
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-08-11

#2368 平成25年金刀比羅神社例大祭宵宮 Aug. 9, 2013
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-08-09-1

#2369 平成25年金刀比羅神社例大祭(2):小雨の空模様 Aug.10, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-08-10




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#2369 平成25年金刀比羅神社例大祭(2):小雨の空模様 Aug.10, 2013 [88.金刀比羅神社のお祭り]

 東京は35度、全国6箇所で40度越え。根室は小雨が降って寒かった。朝6時の気温は道内最低で17.8度、小雨が降る中、金色に輝く神輿は予定通りお昼に神社を出発した。
 山車も行列も透明な雨具で完全防備で予定通りのコースを練り歩いた。雨具を着ずに平然と歩いている人もいて、それはそれで粋だった。わたしは2箇所で行列を眺めた。最初は止めた車の中から、そして車から降りて。一緒にぬれるのも乙なもの。

 夜になって7時半ころ町へ出た。緑町に着いたら雨はあがった。先太鼓の競演は中止の立て看板が御旅所のところに出ていた。第一祭典区が御旅所前で和太鼓の演奏を始めた。それから緑町2丁目交差点へ移動し、第一祭典区と第三祭典区の山車が向かい合わせで長い競演があり、先導がそれぞれ赤い警告灯でを交差させると演奏がやみ第一祭典区の山車が左折し 梅ヶ枝町方面へ去った。そのあと交差点では第三祭典区の和太鼓演奏があった。テンポの速い音にあわせて獅子が2頭舞踊る。三人一組の獅子舞はまるで生きているかのように敏捷な動きを見せていた。9時少し前にそれも終わった。

 西部祭典区の和太鼓の演奏を見たかったな。
 演奏するほうにも見物するほうにも欲求不満を残しながら御旅所付近での金刀比羅さんの神に捧げる演奏が終わった。

 金刀比羅神社に祀られている神は金比羅大権現だが、これはよくわからない神様である。元々の主祭神は大物主の神だが仏教の金比羅と習合して金比羅大権現となったとウィキペディアに説明があった。明治の廃仏毀釈で祭神は大物主と決まった。
 オオモノヌシミカタマノミコトは蛇神で水神としての性格をもち、大国主命の和魂(ニギミタマ)であるという。大国主命は出雲神社の神様である。大和以前の古層の神がいま御旅所に鎮座している。
 真っ暗な空を見上げながら心は古事記の世界へ一気に飛翔した。4日ほど前に『古事記 不思議な1300年史』を読んだせいだろうか。
 古事記の訓読についてはよくわからないところが多い。漢字で書かれたものを、もとの大和言葉に置き換えるのは容易なことではない。天武天皇が稗田阿礼に語った古伝承を太安万侶が漢訳して『古事記』にまとめたが、漢字は表意文字であるから大和言葉の音を写したものではなく意味を漢字で表したにすぎぬ、さてどうやってもとの大和言葉を復元すべきか、諸説があって当然である。
 先週東京へ行ったときに岩波文庫から出されている『古事記伝』(本居宣長著)を見つけて買ってきた。4冊本になっておりかなり手ごわい。高校時代の古典の勉強が基礎の基礎だが、興味がでて古い時代の本を読むときには高校の古典文法は最低限の知識である。
 知的興味を失わぬ限り数学も物理も科学も生物も古典も英語もどんな勉強もけっして無駄にはならぬ。高校時代の勉強がすべての基礎だから、そこをクリアできれば専門書が読め、自分の足で歩いて回れる世界が広がる。

 伊勢神宮と出雲神社、そしてこの本にはとりあげられていないが宇佐神社、わたしたちは神々にまつわる日本古代史について知るところが少ない。「国際人」を育成するために小学生から英語の授業をするようになったが、自国の神々や国の成り立ちについてほとんど知識をもたない「国際人」なんてありうるのだろうか?

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 記紀神話の元になっている『ほつまつたゑ』(上下巻 渓声社 1998年刊)という本がある。神代文字と漢字かな混じり文での対訳が載っている珍しい本だ。この中には万葉集で意味のわからない大和古語の漢訳が載っているから、意味を知ることができる。
 この書は五七調の1万行の詩からなっている。この書に載っている数の数え方「ひふみよいむなやこともちろ」はイチ・ニ・サンという数え方よりも古い。「いろはにほへと」と同じように一文字も重複しない天地歌(あわのうた)があるが、これは漢字への翻訳がなく神代文字をカタカナにしてあるだけだ。
 アカハマナ イキヒニミウク
 フヌムエケ ヘネメヲコホノ
 モトロソヨ オテレセヱツル
 スユンチリ シヰタラサヤワ
         『ほつまつたゑ<上>』11ページより
 この本は上下2巻がセットになって販売されていたのだが、絶版である。出版されたばかりのころ、たまたま新宿紀伊国屋書店(旧店舗)で半日を費やし片っ端から立ち読みしているときに見つけて購入した。「ほつまつたゑ」があることは解説本を複数読んでいたので知っていたが、出版されるとは思わなかったからうれしかった。定価9600円だったが絶版になってから値段は2倍になってしまった。たくさんの人に読んでほしい本なのに値段が高すぎる。
 朗誦すると気持ちのよいテクストである。五七調というのは二千年の伝統的なリズムなのだろう。小中学生と一緒に2年間毎日朗誦してみたい。すばらしいテクストだ。
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 寒いと思って合同庁舎前の温度表示を確認したら15.1度だった。東京は夜になっても室内は35度、エアコンつけっぱなしで29度に下げないと眠られぬ。東京とはまるで別世界の根室は涼しいを通り越して寒い、祭りがはねて家に戻ってから床暖房をつけた。今日も根室が日本で一番涼しい。10時頃からまた雨が降りはじめた。

 日中もずぶぬれになっていた人たちは寒かっただろう。金刀比羅神社のお祭りは晴れが多い特異日だったと記憶するが、近年のお祭りは半分くらい雨に見舞われている。
 道東沖ではクロマグロがたくさん獲れ、温暖な海水域が出現している。こんなことは初めてだ。いろんなことが少しずつ、そして案外急速に変化しつつあるようだ。そういう変化に対応しながらいつのまにかわたしたちの生活や伝統も変わっていくのだろう。


*#2368 平成25年金刀比羅神社例大祭宵宮 Aug. 9, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-08-09-1

#2370 平成25年金刀比羅神社例大祭(3):雨上がり  Aug. 11, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-08-11


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古事記 不思議な1300年史

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古事記伝 1 (岩波文庫 黄 219-6)

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ほつまつたゑ

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