SSブログ

#2029 市倉宏祐先生の思い出 July 28, 2012 [A8. つれづれなるままに…]

 市倉宏祐先生が24日にお亡くなりになった。学部時代に履修したゼミの指導教授だった。先生はオヤジと同じ大正10年生まれ。
 原価計算の小沢ゼミをとるつもりだったが、たまたま用事があり帰省したときゼミの募集日とぶつかりとれなかった。小沢先生には講義が終わった後で向ヶ丘遊園駅前の喫茶店で原価計算に興味のある数人の学生とともに珈琲を奢ってもらったことが何度かあった。なぜ、応募してこないのかと思われたかも知れぬ。よんどころない事情でそうなってしまったのだが、ゼミを取りそこなって落ち込んだ。しかし天は別のコースを用意してくれたいた。偶然目にした一般教養ゼミ募集の紙、面白そうだと、すぐに原稿用紙何枚かに応募動機を書いて提出した。
 高校生のときに公認会計士受験をするために勉強していた科目の中に経済学があった。近代経済学の理論はわかりやすかった。ところが、マルクス『資本論』を百ページほど読み匙を投げた。当時の学力ではまるで歯が立たなかったのである。学の体系に関する研究には経済学者ではなく哲学者のほうが適している。小沢ゼミをとれなくなるような事情が偶然生じたのは天の采配かもしれぬ、人生どんなときでもケセラセラ・・・心配することはない。

 先生は文学部哲学科の本ゼミではサルトルの『弁証法的理性批判』をテクストに教えておられた。
 私たちは「一般教養ゼミ」に学部を超えて集った。哲学科の教授が、マルクス『資本論』全巻(『資本論』が終わるとそのころ出版され始めた『経済学批判要綱』)をテクストにしたゼミをやっていた。4年次になると大学院へ進学した先輩二人がゼミに参加してくれて議論のレベルが上がった、ありがたかった。哲学科の本ゼミのほうから一般教養ゼミに押しかけてきた学生が一人だけいたが、それはいま母校の哲学科の教授をしている同期の伊吹君だ。われわれも数人哲学科の本ゼミを体験させてもらった。当時と違っていまはたいへん偉そうに見えるから不思議だ。(笑い)
 先生はあのころイポリットノ『ヘーゲル精神現象学の生成と構造』を翻訳しておられた。朝まで翻訳作業をしてなんどか午後のゼミのときに眠そうなことがあった。上下二巻本で岩波書店から出版されている。ドウールズ・ガタリ『アンチ・オイデプス』はだいぶ後の翻訳だが毎日出版文化賞を受賞している。この本は哲学と経済学のハイブリッドである。先生は「呪文の哲学」というタイトルで本を書きたいと言っておられた。

 団塊世代の私が2年のときに学生運動でゼミ生からも退学処分者をだした。退学処分は四十名を超えていた。先生は一貫して学生の味方だったから、理事者側と対立して苦しいお立場だっただろう。あの当時は自民党副総裁だった川島正二郎が学長か理事長をやっていた。理事者側はかなり強硬だった。
 神田校舎で学校側の説明会があったときに、体育会系の学生が動員されて、刃物をちらつかせて脅しているものもいた、そういう時代だった。

 学者はたいへんだよとあるとき話してくれた。ようやく食えるようになったのが40歳くらいとおっしゃっていた。覚悟しろということだったのだろう。
 数年の腰掛のつもりで専修大学で教鞭をとることになったがどういうわけか東大へ戻らずそのままずっと専修大学にいらした。専修大学へ来るときに数年で東大へもどる話しがあったようだ。学部長にもならず淡々としていた。専修大学からもらうものよりも講師でバイトしていた某大学のほうの支払のほうが多かったことがあったと笑っておられた。わたしたちが卒業した後で倫理学会長を引き受けていた。12代図書館長が専修大学での最後の仕事。わが母校は先生の処遇を間違えたが、先生はそんなことには関心がない人だった。それにはある理由があった。 
 80年代にはフランス生まれのprologueという言語を使ってプログラミングをしてパソコンで遊んでいらっしゃった。統合システム開発をしている頃だったので、先生の好奇心の強さと受容能力の大きさに驚いた。先生の姿を見て、60歳を過ぎても新しいことができるのだと安心した。先輩が先生に会う用事があって誘われて一緒に生田の先生のお宅へお邪魔した折の話である。

 その先輩から昨夜先生の訃報をメールで受け取った。「先生が亡くなった、新聞に出ていた、知っているか?」と書いてあった。ネットで調べたら24日に多臓器不全で亡くなった。数年前から寝たきりになっているという話しは人づてに知っていた。わたしも体調がすぐれず、今年2度東京へ行ったが訪ねることができなかった、だから、元気なときのお姿のみが記憶にある。
 卒業してから1度元ゼミ生が集まって高尾山で飲み会をしたことがあった。山頂から数人でふもとまで息を切らせて駆け下りた。箱根の蕎麦屋初花は先生に連れて行ってもらった。あの当時は旧店舗で江戸時代からのままの造りだった。箱根や白浜に学校の寮があり、夏の数日間、毎年合宿を繰り返した。最後は酒を呑み五高寮歌を合唱するのがならわしだった。「われれは海の子♪~」。

 大学院経済学研究科の学内試験(10月頃)を受験したときに、院長の内田義彦先生から市倉先生に電話があった、異例なことだと喜んでくれたのだが、ある"トラブル"がおきていた。前年度、一般教養ゼミから商学部の学生が二人、大学院経済学研究科へ進学していたから市倉ゼミは何をしていると注目されていたようだ。商学部の学生が理論経済学で経済学研究科を受験すること自体が異例である。当時の経済学研究科は毎年3~4人しかとらなかった。
 教授陣が30人ほど並んだ口頭試問で指導教授になるNo.2と行きがかり上論争になってしまった。悪いことに先進的な若い学者たちなら必ず読んでいる『経済学批判要綱』をその先生は読んでいなかったのか、読んでも目を通す程度の読みだったのだろうと勝手に推測する。筆記試験で貨幣の規定について書けという設問があった、貨幣としての貨幣の規定というのが貨幣の第三規定にあるからいくつか規定について説明した最後にそのまま書いた。
 口頭試問で指導教授になる人が「君は経済学を知らない」と言い切ったので、「答案を見て仰っているのでしょうからどこでしょうか、お教えください」、そう訊いたら、「貨幣としての貨幣の規定とはなんだ」と薄笑いなさった。カチンと来たのでマルクスは『経済学批判要綱』の流通過程分析のところで貨幣の第三規定として書いていますと申し上げたとたんに、一緒に笑っていた他の教授たちの顔色が変った。シーンと静まりかえってしまったのである。
 その教授の顔はすぐに真っ赤になった。商学部会計学科の学生と経済学の基礎概念の論戦をすることになり完敗したのである。気の毒だとは思ったが、行きがかりで仕方なかった。
 内田教授が市倉先生経由で励ましの電話をくれたのはありがたかった。いくつか具体的なことがあったが、すでに遠い昔話であり忘れた。学内試験は不合格。2月に行われた試験でも不合格。この年は合格者なしとなった。案外あの教授はケツノ穴が小さい奴だった。世の中にはいろんな人がいるから、こういう事故に見舞われることもある。
 4月に新聞で就職を探し、すぐにある会社に勤めた。遣り残していたテーマがあったので、片をつけたく、3年してから別の大学の大学院へ進学した。メールをくれた先輩が数ヶ月間原書を一冊読むのに付き合ってくれた。ブラッシュアップになった。浅草生まれ、江戸っ子のやさしいいい先輩だ、いま青森大学の経営学部長である。

 市倉先生は戦時中はゼロ戦のパイロットで教官でもあった。終戦間近に少年兵を数人訓練して特攻として戦場に送ったことを話してくれた。辛そうだった。ebisuのオヤジは落下傘部隊で降下訓練中に右手複雑骨折、南方へ派遣された自分の部隊を九州で見送っている。先生とオヤジは生まれ年も同じだが、どこか似たところがあった。

 大変お世話になった。
 不肖の弟子からご冥福をお祈り申し上げる。…m(_ _)m


*#2030 Marx『資本論』を超える経済学への道程 July 28, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-07-28-1

 #2035 友人からのメール:哀悼 市倉先生! Aug. 2, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-08-02

にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 根室情報へ
にほんブログ村

 

 

 


nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 2

伊吹克己

こういうことをこういう場所で書くのもどうか、と思われましたが、ざっと見て判断がつかないので、書いてみます。市倉宏祐先生の最後の著書が出版されます。複雑な事情があり、私家版で出版することになりました。この8月5日に専修大学生田校舎で出版記念会が行われます。できればなんとかしてこのブログの著者と連絡を取りたいと考えて、一筆した次第。伊吹克己
by 伊吹克己 (2018-06-21 14:22) 

ebisu

伊吹さんお久しぶりです。
一度だけ、本ゼミのほうにお邪魔したことがありました。テクストはサルトル『弁証法的理性批判』でした。逆のパターンで本ゼミのほうからあなただけが一般教養ゼミに参加されたことがあった。わたしは長髪だったあなたをよく覚えています。

このブログ専用の公開アドレスがあるので、こちらへメールしていただけたらありがたい。
このブログ専用公開アドレス:
 ebisu_12@yahoo.co.jp

by ebisu (2018-06-21 15:24) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0