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#1567 日本的情緒と価値判断 July 2, 2011 [A8. つれづれなるままに…]

 主治医一家が笑いを振りまいて帰った後、マンゴーとパッションフルーツのアイスを携えて魔女が一人箒(ホウキ)に乗ってご入場。ebisuと隣に座っていた独身のとある経営者はマンゴー・アイスをいただく。これがまるでマンゴー丸かじりのような味。赤ワインの味がまるでわからなくなった。白の甘いワインで試したらビンゴー。包装紙を見ながらオーストラリア産のアイスだと隣のアラフォーの御仁がつぶやく。
 サイズは4×15センチの長方形、厚みは1センチぐらい。棒はついていないのでもつところはないので、包装紙をむきながら食べた。魔女が
「ebisuさん大丈夫かな?」
と胃のないわたしを心配してくれる。この魔女は他人に優しいのだ。箒(ホウキ)に乗って口から火を吐くことがあったようだが、その怒りがこのやさしさと表裏をなしていることに気がつけばとっても付き合いやすい人なのである。
「これくらいなら大丈夫、マンゴー大好きだから。銀座で仕事をしていたころ昼飯を食べた後で2丁目のデパ地下で飲むフルーツジュースが美味しかった、パパイヤとマンゴージュースをよく飲んだ、あの味がする、ご馳走様」
 こういう気遣いの中でワインを飲みながら会話を楽しみ、そして共に笑い転げる、やさしい時間の訪れを感じる。

 しばらくして誰かがスズメの話しをしだした。スズメがカラスに突っつかれている、助けようかと思ったが、「自然の摂理だから」という言葉が頭に浮かび、固まってしまったという。
 たとえば、ライオンの子供が親がいなくなって餌を食べられずに衰弱していく姿をカメラマンが撮影しているとしよう。衰弱して死んでいく姿を撮り続け、助けないというのが欧米流の考え方である。弱肉強食・自然の摂理というのが彼らの考え方である。
 日本人はどうか?ためらわずに助けるのである。こういう判断に躊躇がなかったのが団塊世代までだろう。それ以降の世代は躊躇があり、さらに世代が離れると日本人でも"自然の摂理"派が増えるのだろう。従来の日本人とは異なる価値観に生きる日本人だ。
 次郎長三国志や木枯らし紋次郎という任侠物の映画やテレビ番組シリーズが流行ったのは昭和40年代までだったろうか。「強きを挫き弱きを助ける」という日本人共通の価値観があったが、いまではそれは共通の価値観ではないようだ。
 「強気を挫き弱きを援ける」と私は書きたい。そうしないのは卑怯な行為で、卑怯というのは人間として最も恥ずかしい行為を言い、それをやったらもう人間と呼ぶに値しないということだ。
 江戸時代の借金証書に、もし返済できなかったら「どうぞお笑いください」と書いたものがあるそうで、それは「人に笑われるようなことは断じてしません」ということなのだ。人に笑われるのは恥ずかしいことで、命を絶たれるよりもきついことだったのである。

 わたしは時代小説が好きで読むのだが、乙川優三郎の書く日本的情緒が好きだ。武士の生き様、町人の生き様が色濃い江戸(時代の)情緒をもって描かれることが多い。最近山本周五郎の作品をいくつか読んだが、この先達の描く江戸情緒や職人の姿は乙川優三郎とは色合いがすこし異なる。さらに一歩踏み込んだ感じがするのである。古典落語の世界に近い作品に『江戸の土圭師』という作品がある。時計職人の話だ。山本周五郎(1903-1967)は戦時中から小説を書いているが、乙川優三郎(1953-)は団塊世代のあとの作家である。

*山本周五郎(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E5%91%A8%E4%BA%94%E9%83%8E

 乙川優三郎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%99%E5%B7%9D%E5%84%AA%E4%B8%89%E9%83%8E


 どうもこういう日本的情緒が団塊世代を境に急激に薄くなって消え去っていくように見える。弱い者いじめは卑怯な行いである。卑怯なことをしてはいけないという感覚は団塊世代にはある。強きを挫き弱きを援けるという感覚も。

 カラスにつつかれているスズメを助けなかったことを気に病んでいた。どうすべきだったのかと言いながら、カラスに石を投げて追っ払わなかったことを悔やんでいるのである。断っておくがこれはその魔女が夢で見た話である。
 40前後の日本人は強きを挫き弱きを助けないともんもんとするような情緒をもっているようだ。心は日本的情緒に染まっていながら、頭は欧米の価値観である「自然の摂理」という知識にしばられる。その狭間で金縛り状態になる。

 テレビ番組を見てもかつてみんなが映画館で見たあるいは茶の間で一家揃ってみた、「強気を挫き弱きを助ける」ストーリーのものがほとんどなくなっている。テレビは日々私たちを洗脳しているのだ。チャンネルが増えお笑い芸人がどのチャンネルにも多数出演している。命がけで演技のスキルを磨いて渋い芝居を見せる俳優もほとんどいなくなりつつある。団塊世代が小学6年生のころ根室で見れたのはNHKのみ、"ちろりん村とくるみの木"という子供向け人形劇の番組があった。モノクロで粒子が粗く映りの悪いテレビにかじりついてみた。その後民放が見られるようになり、テレビはカラー化されテレビ局も増えた、いまではハイビジョン衛星放送ですら見られる。

 さて、話しがまた飛んでしまうがお付き合いいただきたい。今朝、8時5分からNHKラジオで小説の朗読を聞いていた。沢木耕太郎(1947-)『白い鳩』である。イジメに巻き込まれ加害者にされてしまった主人公はその理不尽さに悩む。そんなときに真っ白い鳩にカラスが群がって突いているのをバスの中から目撃する。バスの運転手に忘れ物をしたので間に合わないからどうしても今止めて欲しいと頼みバスを降りてカラスを追い払い血まみれの鳩を弁当箱のバッグに入れて持ち帰る。どうしていいかしばらく考えた後で、川へ流すことに決め川まで数キロ歩いていく。かわらに捨てられていたダンボールに入れて流すが、そこへ一羽のカラスが来て端の欄干に止まってダンボールの流れていくのを見つめている。主人公は石を拾ってカラスと流れていくダンボールの間に立ち、カラスをにらみつける。カラスはじっとして何もできない。主人公の少年は「ああ、そういうことだったのか」という言葉を口にして小説は終わる。
 含みと余韻のあるいい短編である。「弱い者いじめ」看過した自分がそもそもいけなかった、敢然と弱い者を守るべきだったことに気がついたのだろう。イジメに火をつけ煽った友人のせいにばかりしていたが、優柔不断だった自分の問題であったことに気がついたのだ。

*沢木幸太郎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%A2%E6%9C%A8%E8%80%95%E5%A4%AA%E9%83%8E


 強きを挫き弱きを助ける、卑怯な振る舞いはしない、職人はプロとしての矜持をもち仕事の手は一切抜かず技倆の向上に日々研鑽を怠らない、武士は一人になってもその矜持をかけて敢然と闘い平然と死ぬことができる等々という一途さ、日本的情緒はカタチをかえながらこの三人の作家の作品に共通しているようだ。
 イジメは卑怯者のすること、決してしてはいけないこと。小中学校の先生は毎朝、会津の什の掟*の三・四・五を生徒と一緒に朗誦して欲しい。

 さて、三十年後の作家たちはこうした日本的情緒や価値観を受け継いでいるのだろうか、それとも断絶があるのだろうか。
 グローバリズムが勝てば自然の摂理派が大部分を占め、日本的情緒を色濃く漂わせた作品群は読まれなくなり、古典落語や人形浄瑠璃は一部の好事家だけが愛でるものになるのだろうか。日本的情緒に共感をもてない日本人が日本中に溢れる未来。
 それとも、縄文以来連綿と引き継がれ洗練されてきた日本的情緒はすこしも揺るがず滔々と流れているのだろうか。大きなリスクがあることだけは確かなようだが、三十年後わたしは幸いなことに生きてはおらぬ。 
 若者たちよ、せめて本をたくさん読んでくれ。1960年代以前の本をたくさん読め。昭和初期、大正、明治の文豪たちの著作を読め、江戸期の文学を読み日本的情緒に浸れ。平安時代の古典をいくつか通して読め、古事記も日本書紀も万葉集も読め・・・それらはまだ手の届くところにある。

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*会津の什の掟

  • 一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
  • 二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
  • 三、虚言をいふ事はなりませぬ
  • 四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
  • 五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
  • 六、戸外で物を食べてはなりませぬ
  • 七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ

ならぬことはならぬものです

  (七を除いて)授業の前に毎日学校で先生が生徒と共に大きな声で読み上げればイジメは半減するのでは?



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コメント 4

店主

私は、飼っていたインコをノラ猫に食べられてしまった経験があるので、この場合、自然の摂理など考える余裕もなく、スズメを助けると思います。さらに、カラスに制裁を加えるかもしれません。 団塊世代ではないんですが。(笑)
会津の什の掟の三と四と五は、どこそこのトップたちにこそ読み上げてもらいたいものです。

魔女のアイス、本当においしかったですね。♪

by 店主 (2011-07-03 00:30) 

ebisu

店主様へ

>団塊世代ではないんですが。(笑)

いえいえ、迷わずスズメを助けカラスを制裁するあたり、心情的には団塊世代以前でしょう。平成の与謝野晶子かもしれません。(笑い)

飼っているインコを食べられた、悲惨な経験をお持ちなんですね。猫は普通はじゃれるだけで食べないで飼い主に見せるものと思っていましたが、野良猫の悲しさ、見せるべき飼い主がおらず、お腹もすいていて思わず食べたのでしょう。
"貧すれば貪す"、わたしたち人間も似たような存在かもしれません。くわばらくわばら。

あれは"魔女のアイス"というのですか(ネーミングが巧いですね、座布団3枚!)。
いつも楽しい集いの場をありがとう。
新しいボトルを開けてテスティングするときは真剣な顔ですが、あとは全身で笑い転げていましたね。
美味しいワインと楽しい話題、本文には書かなかった女性二人のお客さんも、"ミスター金曜日"も、みなさん笑顔で素敵でした。

by ebisu (2011-07-03 09:08) 

katu

そうか、カラスとすずめの話も
こんなに膨らむんですね。

いつもの私なら、迷わないでカラスに突進していたのに

その日はカウンセラー講座の面接実習で人の話を傾聴する訓練が終わり、ビルから出たところでした。
ちょっといつもより、職業モードに走っていたのか?
何か違っていたのかもしれませんね・・
by katu (2011-07-04 01:04) 

ebisu

ははは、私の場合は風呂敷を広げすぎて牽強付会のような気もしますが・・・(笑い)

何があったのかまったく知りませんが、たまには素直に自分を出していいのではないでしょうか?
"魔女の素顔"は案外メンコイ!
もちろん笑い転げる顔もね。
by ebisu (2011-07-04 11:01) 

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