#1560 "明石の鯛"の意味するもの : 『日本はなぜ世界で一番人気があるのか』 Jun. 24, 2011 [17. ちょっといい話]
先ほど(11時半)までBSハイビジョン番組を見ていた。京都の老舗料亭の跡継ぎ育成を扱ったものである。京都料理組合長の高橋栄一さんの経営する瓢亭という老舗が舞台になっていた。
自身はお父さんが急逝して20代後半で跡を継がなければならなかったが、先輩格の年齢の同業者がサポートしてくれた。その同業者の息子を今度は自分がサポートする。
同業者には板場を自由に覗かせ、質問にも答える。秘密はほとんどなく、職人同士、技術はオープンである。それには暗黙のルールがある、そのまま使ってはいけないということだ。自分の工夫をいれて使うということ。丸ごとのコピーは御法度に触れる。そういうことをしたら狭い京都のことだからすぐにバレル。したがって、ズルをするなどという非生産的なことに智慧を使う必要がない。
ひたすら正直に誠実に仕事をすれば周りがその人の仕事を認め信用の厚みが増していく。それが百年あるいは時に400年以上続く老舗の信用というものである。浮利を追わず、ひたすら正直・誠実に仕事をし、その道を極める、これこそが日本文化の根っこのところにあるヤマト魂だで、1万年を超える歴史をもっている。
嘘やごまかしのない老舗同士のお付き合いや板場を相互に覗いてつまみ食いまで許し相互に質問をし答える姿に感銘を受けた。
京都の老舗はこうして地域ごとの同業者が跡継ぎ育成に相互に協力し合うことで代々受け継がれて、技術の粋を極めながら伝承されていく。日本料理が世界一なのはこういう仕組みと伝統のなせる業だ。
さて、瓢亭では料理に季節感を盛り込むことを大切にしているが"向付"だけは明石の鯛を1年を通じて使っている。1.8~2.5㌔/匹のものを取引先の魚屋が納入する。瓢亭側は注文を出さないのだが、業者の方が客の板場にぶら下がっている予約票を見てそれにあわせて活け締めして納める。年間を通じて瓢亭の規格通りのものを納めるには、船主や同業者などのネットワークがしっかりしていなければできない。
14代目の瓢亭の主は代を受け継いだ後で、ダシを変えた。昆布と鰹から昆布とマグロ節に変えたのだ。取引している乾物屋にマグロ節を作るように依頼し、血合いを抜いて本枯れ節をつくると削ったマグロ節は透明に輝いていた。ダシをとったら味は上品だった。それ以来、ダシ汁には昆布とマグロ節を使っている。
老舗の味は主とスタッフの技倆だけでなくこうした納入業者に支えられている。日本料理の懐が深くなるわけである。こういう仕組みは世界中を探してもない。トヨタの看板方式を見ても日本人はこうした取引先のネットワークを作ることに長けている。伝統のすごいところはお金だけのつながりではないというところにある。お互いにプロの職人として相手の仕事に絶対の信頼をおいている。瓢亭の主は明石の鯛を納めてくれる業者にその都度値段の交渉などしたことがないのだろう。
さて、話はちょっと飛んでしまう。『日本はなぜ世界で一番人気があるのか』竹田恒泰著(PHP新書705)を紹介したい。
「星付の店の数は2008年版東京が150軒で、同年版ぱりの74件の2倍以上に上り、総星数でも東京が他を圧倒した・・・東京は世界一の美食と資としての地位を確立したことになる」p.33
51㌻に「なぜ天皇の昼食は毎日鯛だったのか」という章がある。
「なぜ天皇の昼御膳は毎日鯛だったのか。それは決して贅沢のためではない。鯛が「めでたい魚」だからである。鯛を他別ことがすでに吉事と考えられていた。つまり、天皇の周辺は常にお正月状態であることが強制されていたのであって、天皇には毎日鯛をお召し上がりいただくことが義務付けられていたことになる。古来、日本人は毎日天皇の御膳に鯛を供することで、日本全体に幸せが行き渡る、と本気で信じていた。
そして、宮中に限らず家庭でも縁起の良い日に縁起のよいものを食べると幸せになると信じられていた。このように、料理方法や食材に意味を持たせることで、おのずと日本料理は豊かなものになった。」P.52
こうしてみると、老舗料亭の瓢亭が向付に一年を通じて明石の鯛を出すというのはまことに意義深いモノがあることになる。縁起のよい魚を向付に出すことで、それを食する客の幸せを願っているのだ。縄文以来"食は神事"であるという、日本の食文化の伝統の根っこに係わる部分がごく自然に老舗のメニューとなって受け継がれていることに驚く。
京都という地域が丸ごと老舗の代替わりと技倆の練磨を保障するようなシステム(横糸)を作り上げてしまっている。老舗と取引業者のネットワークが世界に例を見ない様々な職種の職人のネットワーク(縦糸)として存在し、この二つのネットワークが輻輳し壮大なネットワークを構成している。
そしてそれらのすべてが縄文以来の伝統、神事につながっているのだ。日本の食文化はまことに奥が深い。そのルーツは1万7千年前の土器での煮炊きにまで遡るという。日本の料理が群を抜いて世界最高水準の高みにあるのは当然のことなのかも知れぬ。
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この本の著者の竹田恒泰は明治天皇の玄孫である。テレビに出ることがあるのでご存知の方が多いだろう。
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自身はお父さんが急逝して20代後半で跡を継がなければならなかったが、先輩格の年齢の同業者がサポートしてくれた。その同業者の息子を今度は自分がサポートする。
同業者には板場を自由に覗かせ、質問にも答える。秘密はほとんどなく、職人同士、技術はオープンである。それには暗黙のルールがある、そのまま使ってはいけないということだ。自分の工夫をいれて使うということ。丸ごとのコピーは御法度に触れる。そういうことをしたら狭い京都のことだからすぐにバレル。したがって、ズルをするなどという非生産的なことに智慧を使う必要がない。
ひたすら正直に誠実に仕事をすれば周りがその人の仕事を認め信用の厚みが増していく。それが百年あるいは時に400年以上続く老舗の信用というものである。浮利を追わず、ひたすら正直・誠実に仕事をし、その道を極める、これこそが日本文化の根っこのところにあるヤマト魂だで、1万年を超える歴史をもっている。
嘘やごまかしのない老舗同士のお付き合いや板場を相互に覗いてつまみ食いまで許し相互に質問をし答える姿に感銘を受けた。
京都の老舗はこうして地域ごとの同業者が跡継ぎ育成に相互に協力し合うことで代々受け継がれて、技術の粋を極めながら伝承されていく。日本料理が世界一なのはこういう仕組みと伝統のなせる業だ。
さて、瓢亭では料理に季節感を盛り込むことを大切にしているが"向付"だけは明石の鯛を1年を通じて使っている。1.8~2.5㌔/匹のものを取引先の魚屋が納入する。瓢亭側は注文を出さないのだが、業者の方が客の板場にぶら下がっている予約票を見てそれにあわせて活け締めして納める。年間を通じて瓢亭の規格通りのものを納めるには、船主や同業者などのネットワークがしっかりしていなければできない。
14代目の瓢亭の主は代を受け継いだ後で、ダシを変えた。昆布と鰹から昆布とマグロ節に変えたのだ。取引している乾物屋にマグロ節を作るように依頼し、血合いを抜いて本枯れ節をつくると削ったマグロ節は透明に輝いていた。ダシをとったら味は上品だった。それ以来、ダシ汁には昆布とマグロ節を使っている。
老舗の味は主とスタッフの技倆だけでなくこうした納入業者に支えられている。日本料理の懐が深くなるわけである。こういう仕組みは世界中を探してもない。トヨタの看板方式を見ても日本人はこうした取引先のネットワークを作ることに長けている。伝統のすごいところはお金だけのつながりではないというところにある。お互いにプロの職人として相手の仕事に絶対の信頼をおいている。瓢亭の主は明石の鯛を納めてくれる業者にその都度値段の交渉などしたことがないのだろう。
さて、話はちょっと飛んでしまう。『日本はなぜ世界で一番人気があるのか』竹田恒泰著(PHP新書705)を紹介したい。
「星付の店の数は2008年版東京が150軒で、同年版ぱりの74件の2倍以上に上り、総星数でも東京が他を圧倒した・・・東京は世界一の美食と資としての地位を確立したことになる」p.33
51㌻に「なぜ天皇の昼食は毎日鯛だったのか」という章がある。
「なぜ天皇の昼御膳は毎日鯛だったのか。それは決して贅沢のためではない。鯛が「めでたい魚」だからである。鯛を他別ことがすでに吉事と考えられていた。つまり、天皇の周辺は常にお正月状態であることが強制されていたのであって、天皇には毎日鯛をお召し上がりいただくことが義務付けられていたことになる。古来、日本人は毎日天皇の御膳に鯛を供することで、日本全体に幸せが行き渡る、と本気で信じていた。
そして、宮中に限らず家庭でも縁起の良い日に縁起のよいものを食べると幸せになると信じられていた。このように、料理方法や食材に意味を持たせることで、おのずと日本料理は豊かなものになった。」P.52
こうしてみると、老舗料亭の瓢亭が向付に一年を通じて明石の鯛を出すというのはまことに意義深いモノがあることになる。縁起のよい魚を向付に出すことで、それを食する客の幸せを願っているのだ。縄文以来"食は神事"であるという、日本の食文化の伝統の根っこに係わる部分がごく自然に老舗のメニューとなって受け継がれていることに驚く。
京都という地域が丸ごと老舗の代替わりと技倆の練磨を保障するようなシステム(横糸)を作り上げてしまっている。老舗と取引業者のネットワークが世界に例を見ない様々な職種の職人のネットワーク(縦糸)として存在し、この二つのネットワークが輻輳し壮大なネットワークを構成している。
そしてそれらのすべてが縄文以来の伝統、神事につながっているのだ。日本の食文化はまことに奥が深い。そのルーツは1万7千年前の土器での煮炊きにまで遡るという。日本の料理が群を抜いて世界最高水準の高みにあるのは当然のことなのかも知れぬ。
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この本の著者の竹田恒泰は明治天皇の玄孫である。テレビに出ることがあるのでご存知の方が多いだろう。
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2011-06-24 12:25
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