SSブログ

#4517 教育政策におけるグローバリズムとリージョナリズム考 Mar. 26, 2021  [55. さまざまな視点から教育を考える]

<更新年月日>3/27午前10:21 大きな問題は目指すべき国家観や目指すべき具体的な経済社会のビジョンがないこと&「糸の切れた凧」について

 地域主義(regionalism)という考えが世に現れたのは1970年代である。グローバリズムや中央集権に対立する概念として提示された。
 玉野井芳郎『地域主義』学陽書房(1978年刊)の第一章に増田四郎先生(西洋経済史・元一橋大学学長)の「1.地域主義の展開」p.21-39が載っている。この前年に院生3人で相談して大学院の特別講義を増田先生にお願いしたが、その時に先生が選んだテクストがリスト『経済学の国民的体系』だった。ドイツがどのように国民国家を形成したのか、その国民国家成立過程を分析した書である。増田先生はこの本をリージョナリズムという文脈で読んでいたのだと思う。雑談のときにリージョナリズムがなんどか話題に出てはいた。増田さんから本の出ることは聞いていた、だから、玉野井さんが編集したこの本が出たときにすぐに買ったのだ。


 面白いと思ったのは、アーサー・ケストラーの『ホロン革命』である。ホロン(全体子)という概念の提示である。人体にたとえると「人体という全体を構成する要素(部分)である細胞も、各々全体としての構造、機能をもっており、ホロンであると言える」ということ。部分も全体の構造をもつのだ。これを視覚的に表現したのがマンデルブロ集合(Mandelbrot set)である。



Mandelbrot_sets_by_FractScope.jpg


 他にもいくつか載っているのでご覧いただきたい。これは複素数列の漸化式で表せる。
--------------------------------------

次の漸化式

で定義される複素数列 {zn}nN∪{0} が n → ∞ の極限無限大発散しないという条件を満たす複素数 c 全体が作る集合がマンデルブロ集合である[1]

--------------------------------------


 わたしがこの図に興味をもったのはJames Gleick"CHAOS" (1987年) p.114-115を手にしたときである。じつにわかりやすい図だなと感じた。譬喩にも利用できる。
 私の提唱する「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」&「職人を中心とした経済社会」の視覚化イメージとして使いたい。言葉だけで説明するのは経済学者に対してすらとってもむずかしい。(笑)
 しかし、この集合はだれにでも理解できる。 この図のどこを拡大しても次々に無限に同じパターンの図が現れる。微小な中に元の全体が無限に繰り返されているから漸化式で表せるのである。

 日本が目指すべきは、世界規模での中央集権=グローバリズムではなく、地域分権を可能ならしめる地域主義である。それは、工場労働=苦役という公理に基づく演繹体系であるマルクス『資本論』へのアンチテーゼでもある。職人仕事を体系の公理に据えると、まったく別の経済学と経済社会が展望できる。
(経済学体系の演繹的構造に関する分析はとっくに済ませてあるから、公理の変更によって新しい経済学を建設可能なことが証明されている。経済学体系の演繹的構造について論究した経済学者は世界中を見渡しても他にはいない。自然数の演繹モデルなんて言ってもなんのことかちんぷんかんぷんの経済学者ばかりだ。30年後を考えても無理だろうね、経済学者に数理論理学の素養をもった人材やユークリッド『原論』の研究者がいないからだ。微分積分や線形代数しかやっていないようでは理論経済学の土俵には上がれない。)

 グローバリズムはGAFAのような超巨大企業があらゆる産業をその支配下に置き、経済格差を拡大していく。
 グローバリズムのアンチテーゼは、分権主義、地域主義である。「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」と職人仕事を中心に据えた経済社会を創り上げることで、グローバリズムは阻止できる。日本は21世紀を経済社会の転換点ととらえるときに、大きな役割が果たせる位置にいる。数百年間「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」という倫理でビジネスをやってきた企業がたくさんある。創業200年を超える会社の65%が日本に集中している。1340社あるが、浮利を追わず信用を第一に商売をしてきたからだ。寺社建設の企業である株式会社金剛組が世界最古の企業である。創業578年だから今年1443周年を迎える。

 何が問題かというと、どのような経済社会を目指すのかというビジョンがないことだ。教育政策はそうしたビジョンを実現するための長期的戦略に基づいて立案されるべきものだからである。めざす経済社会という具体的なビジョンを欠いて教育政策を立案すれば、結果はどこへ飛んでいくのかわからぬということになる。これは文科省というよりも政治の責任だろう。国会でどのような経済社会を目指すのか、議論すべきなのだが、そうした議論がまったくない。ここまで書くと、日銀のゼロ金利政策を勧めた浜田宏一内閣参与や私的利益のために経済政策を利用した竹中平蔵なんて経済学者がいかにダメか、ダメな理由がわかるだろう。竹中平蔵と菅義偉総理は同じ穴の狢といえよう。両方ともに国家観がなく、私的利益しか眼中にない点で共通している。優秀な文部官僚にはお気の毒だが、国家観や目標とすべき経済社会のビジョンを欠いた教育政策は糸の切れた凧のようなもの。
 そのビジョンを欠いた教育政策の飛んでいく先について思うところを書いておく。

 いま、日本の文教行政はグローバリズムに舵を切りつつある。小学校では英語が正規の科目となるし、中学校の英語は小学校の英語教育の変更を受けてレベルがアップするようだ。韓国に比べてTOEICなどのスコアが低いので、追いつき追い越せということなのだろう。滑稽だ。GAFAのような巨大企業へ就職することが理想となる。それはGAFAを人材面で強化することになりかねない。
 現実を見ると、国語の能力が著しく落ちた。スマホの普及で子どもたちの読書習慣は絶滅の危機にある。語彙能力が落ちれば、細かいニュアンスが日本語で伝えられなくなる。小学校で英語が教科として組み入れられる。国語能力はますます落ちていくだろう、それは国力衰退の素だ。
 国際的なビジネスの場で通用する英語能力は英検なら1級、TOEICなら900点超である。それですら5年以上もトレーニングを積まないと、日本語で表現するようなニュアンスのコミュニケーションはできない。そして英語だけの単機能人間の活躍する場はとっても小さい。
 そんなことが(マルチ能力=専門能力+語学力)可能になる人材はどれほどいるのか?必要なのは人口の1%未満である。いまそのような人材は人口の0.1%もいないだろう。


 仮に国際的な場でビジネスをしたり外交交渉のできる人間が人口の1%必要だとしよう。1億2300万人の1%は1230万人、根室市なら250人も英検1級以上の人材が居ることになる。生徒数10000人の大学なら100人そういうレベルの生徒が学んでいることになる。偏差値60の大学に限ってもそんな要件を満たせる大学がいまいくつあります?偏差値50以下の大学ではゼロでしょう。
 そのような人材を育成するのに、小学校で教科に英語の導入が本当に必要だろうか?中学1年生から基本動詞の過去分詞形の学習が必要だろうか?
 全員が高度な英語運用能力を身につける必要もないし、人間の能力という点からみても幻想です、肝心の足元が見えてない議論です。みんなが英語が得意になるわけがない、ハードルを上げてしまうのでこの制度変更で英語が嫌いになる生徒が確実に増えます。必要なのは1%以下ですから、一部の生徒だけでいいのです。だから、義務教育でこんなに英語に力を入れる必要はありません。大学入試で選抜するためなら、英検2級で十分でしょ。英語で自在にコミュニケーションできる人材を育てたいなら、英検準1級取得を課したコースを国公立大につくったらよろしい。そういう生徒には授業はオールイングリッシュとすればいい。旧帝大と偏差値の高い私大へそういう選択コースを設けるだけで十分目的が果たせます。採算が合うなら(つまり集団授業ができるほど生徒が集められるなら)私大でもそういうコースを設置する大学が続々と出てきます。ほとんどの学生は英語はほどほど、専門分野の知識をしっかり培ったらいい。国力の礎はそちらの方です。

 実は大きな問題がもう一つあります国際的なビジネスの場で必要なのは英語でのコミュニケーションよりもビジネスの能力そのものです。つまり、その人の持つ専門能力が問われます「英検1級合格してます英語が喋れます」でGAFAは雇いませんよ。笑われますよ。文科省は大きな勘違いをしていませんか?インド工科大学へGAFAの求人が殺到しています、それは厳しい競争を勝ち抜いて、大学でさらに専門分野を極めた学生が多いから、つまり専門能力に秀でている学生が世界一多いからです。外交の場なら、英語でのコミュニケーションよりは外交問題の分析能力と対応策の立案能力、そしてそれを実現する胆力と論理的な反駁能力が重視されるでしょう。わたしは産業エレクトロニクス専門輸入商社や業界ナンバーワンの臨床検査会社に勤務してきましたが、英語ができるだけの人はいいように使われるだけ、出世コースには乗れませんし仕事の専門能力やマネジメント能力の面で弱点を抱えている人が多かった。民間企業ではマルチ能力の人材がもう40年も前から求められています3~5分野を自在に歩けるような仕事人は希少人材です絶対的に不足しているのはそういう人材です。現行の教育制度がそういう人材を育てるのに適していないからですよ理系だ文系だなんて区分はビジネスの尖端分野ではとっくに垣根が消滅しています。「教育村」の中だけで議論していると、こういう社会のニーズ変化に気がつかないことはありませんか?

 根室の市街化地域の中学校で考えると半数は英語で落ちこぼれています。「落ちこぼれ」をどう定義するかにもよりますが、実際には6-9割の生徒が落ちこぼれています。市街化地域にある根室市立啓雲中学校の2月3日の学力テストで、1年生の英語のテストを「得点通知票」で見ると、英語が81点以上は27人中3人だけです。簡単な問題のテストですから60点以下の18人(66.6%)はすでに落ちこぼれていると判断していいでしょう。
 それよりもっと大きな問題は国語の平均点が41.0点であること。半数の生徒が知的な大人と会話が成り立たない、あるいは先生が授業で使う語彙を頭の中で適切な漢字に変換できない、つまり授業が理解できない語彙力レベルです。国語はすべての科目の土台をなしています。今どの科目に深刻な問題が生じているかはこの学力テストデータだけでもわかるし、国立情報学研究所の新井紀子氏の研究でも同じ問題が指摘されています。
 大半の生徒が小学校で英語アレルギーとなり中高で苦労することになります。小学校時代に英語の塾へ通った者生徒たちの中で、モノにできたのは1-2割くらいなものすっかりアレルギーになった子どもたちのなんと多いことだろう。それを元に戻すにはたいへんな努力がいるのが現実。
 ニムオロ塾で今春卒業した高3の生徒8人の内、英語が得意だった生徒は国立旭川医大に現役合格した1人のみ。男子4人と女子一人はすっかりアレルギー症状を起こしてました。残りの女子3名にも英語が得意な生徒はいませんでした。小学校時代に英語塾へ通ったことのあるのは5名いました。アレルギーの生徒たち5名には2年生のときと3年生の秋に、2時間合計16回ほど長文読解トレーニングをしてようやく受験に間に合わせています。12月になって「先生、簡単な長文ならだいぶ解るようになりました」と過去問解いている生徒から反応があってほっとしました。
 今般の小中学校のカリキュラム変更と大学入試制度変更(6教科30科目からプログラミングを加えて7教科21科目へ)後は、もっと厳しい現実が待っています。
 地方の低学力層は切り捨てになるでしょう。
 学力格差が広がり、低学力層が肥大化します。その低学力層を受け入れる企業はあまり国内に残っていません。工場の多くはもう40年以上も前から海外移転してます。低学力層が増えるのに、それを受け入れる企業が国内にはほとんどありません。社会不安を助長します。健全な経済社会や安定した社会に寄与するのは教育政策の重要な目標の一つです。

 日本の教育政策が目標とすべきは、グローバリズムを後押しすることではなく、分権と地域主義と「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」の両立が可能な経済社会の建設のために必要な人材を創り出すことにあります。あらゆる産業が揃っている日本しか、そういうことがやれる国はなさそうに見えます。
 日本は新しいタイプの経済社会の見本を創って見せることで、21世紀の人類に大きな貢献ができます。少し遠くまで見つめて考えませんか?

*4516 学力テストの五科目合計平均点167.4点/500点満点

*#2386『学力危機 教育で地域を守れ北海道』:本の紹介 Aug.29, 2013


にほんブログ村
 

地域主義―新しい思潮への理論と実践の試み (1978年)

地域主義―新しい思潮への理論と実践の試み (1978年)

  • 作者: 玉野井 芳郎
  • 出版社/メーカー: 学陽書房
  • 発売日: 2021/03/26
  • メディア: -
政治経済学の国民的体系―国際貿易・貿易政策およびドイツ関税同盟 (1965年)

政治経済学の国民的体系―国際貿易・貿易政策およびドイツ関税同盟 (1965年)

  • 出版社/メーカー: 勁草書房
  • 発売日: 2021/03/26
  • メディア: -
Chaos: Making a New Science

Chaos: Making a New Science

  • 作者: Gleick, James
  • 出版社/メーカー: Penguin Books
  • 発売日: 2008/08/26
  • メディア: ペーパーバック
ホロン革命

ホロン革命

  • 出版社/メーカー: 工作舎
  • 発売日: 1983/03/01
  • メディア: 単行本
機械の中の幽霊

機械の中の幽霊

  • 出版社/メーカー: ぺりかん社
  • 発売日: 2021/03/26
  • メディア: 単行本
学力危機 北海道 教育で地域を守れ

学力危機 北海道 教育で地域を守れ

  • 出版社/メーカー: 中西出版
  • 発売日: 2013/08/30
  • メディア: Kindle版
 3/28朝のNHKラジを番組を聴いていたら、中村敦彦『日本が壊れる前に』を材料に著者本人へインタビューをしていた。
 いまや普通の主婦や女子大生が風俗で働いているという。そしてコロナ禍でその1/3が仕事がないそうだ。なぜ、女子大生が昼は学校へ行き、夜は風俗で仕事しているのか、お金がないからだ。
 非正規雇用で平均賃金をもらっている人ですら、風俗やらないと食べていけない状況だと著者の中村氏は述べていた。こんな経済社会でいいはずがない。「コロナ禍で貧困が可視化」したという。
 貸付金方式の奨学金や大学の乱立、そして進学率のアップも関係があるだろう。機会があったら、この本を採り上げてみたい。

日本が壊れる前に――「貧困」の現場から見えるネオリベの構造

日本が壊れる前に――「貧困」の現場から見えるネオリベの構造

  • 出版社/メーカー: 亜紀書房
  • 発売日: 2020/12/04
  • メディア: Kindle版

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。