SSブログ

#1148 馬場宏二 過剰富裕化論 Aug. 5, 2010 [A4. 経済学ノート]

 学部のゼミの先輩から昨日論集が届いた。タイトルは『社会科学を語る(続)』、青森大学学術研究会・研究紀要33巻-第1号(2010年7月)。
 久しぶりに経済学関係の本を読むことになった。
 語り手は馬場宏二氏、聞き手は戸塚茂雄氏である。以下、敬称を省略する。

【宇野学派での位置づけ】
 馬場宏二は「過剰富裕化論」の提唱者である。
 マルクス経済学には東大に宇野弘蔵を頂点とする大きな学派がある。宇野には弟子がたくさんいたが、その中で大内力の弟子の一人が馬場宏二である。大内は宇野派の中で農業経済論研究の第一人者といってよいだろう。
 宇野理論には経済学原理論と段階論と現状分析という三つのフェーズがある。資本主義の発展段階は宇野派内部では説が分かれる。現実経済の状況変化を反映して、主張が異なるのはむしろ当然だろう。宇野弘蔵自身は1921年に大原社会問題研究所入所後ドイツ留学を経て1924年に東北帝国大学助教授に就任している。戦前・戦中・戦後と活躍したマルクス経済学の大御所である。

【過剰富裕化論と学派内部での評価】
 資本主義の発展段階の最終段階として馬場は「過剰富裕化」を提唱し「過剰商品化、過剰効率、過剰富裕の三位一体」論を展開した。生産力が地球環境に対して過剰に発展することで、資本主義は限界を迎えるという主張である。
 門外漢にとっては当たり前に見える主張だが、どういうわけか学派内部では人気がない。
 『新資本主義論』を出版してたくさんばら撒いたがほとんど反応がなかった。無視である。馬場は

「山口さん自身はちゃんと礼状をくれた。山口ゼミの連中がかなりたくさんいて、僕が東大にいたころ、博士論文の審査委員を何人もしてやったことがある顔見知りのつもりだから贈ってやった。一切寄越さないんだ。もらいましたもない。山口ゼミと東大経済学部、大内ゼミのちょっと若いの、誰一人コメントどころか礼状を寄越さないんだ。」

 当時を思い起こしてこのように慨嘆している。そして過剰富裕化論を理解した経済学者を4名挙げている。

「そういう中でどうもこいつはわかったらしいというのが経済学者で3人いて、、一人が戸塚茂雄さん、一人が三和良一、一人が中山弘正。・・・あとは九大の論集に載った田中史郎(宮城女子学院)」

 国連で地球環境問題が世界中から専門家や国の関連機関を総動員して議論されるような時代に、どうして過剰富裕化論が広まらないのかは、この論集で学派内部の過剰富裕化論に対する反応の事実だけが馬場自身によって語られている。宇野学派の反応は冷ややかそのもの、献呈を受けた旧知の面々は人間としての基本的な何かを欠落させてしまったかのような印象を受けた。渾身の力で書いた本、馬場はショックだっただろう。

【「アダム・スミスの犯罪」への言及と市民社会派への批判】
 学派内部の人間模様もこの論集の面白いところだが、もちろんそれだけではない。従来無視されてきたことについて、いくつか馬場は重要な指摘している。その一つはA.スミスとW.ぺティの関係である。労働価値説を最初に提唱したのはぺティであり、それゆえ経済学の創始者の名誉はぺティにあると馬場は語っている。A.スミスはそれを知っていながら、『諸国民の富』で一切触れなかった。創始者としての名誉がほしかったのだろうと馬場は語っている。A.スミスはぺティの孫の家庭教師をしたりしている。書簡も残っているというのだ。労働価値説をぺティが先行して主張していたのだから、A.スミスは学説継承の点からも『諸国民の富』で触れるべきだったと言い、「アダム・スミスの犯罪」という言葉で断じている。そういえば蒸気機関のワットも同じようなことをやった。
 市民社会派への批判も容赦がない。内田義彦がA.スミスへの社会契約論のルソーの影響を指摘しているが、アダム・スミス全集を見てもルソーの影響はまったくないと断じている。ルソーとアダム・スミスをくっつけないと、市民社会論は成り立たないとばっさりだ。馬場は豪腕の持主のようだ。
  これは私見だが、カール・マルクスも似たようなことをやっている。プルードンの「系列の弁証法」の痕跡は『資本論』に明らかなのに『資本論』各版はもとより、『経済学批判』『経済学批判要綱』と遡ってみてもプルードン「系列の弁証法」への言及がまったくない。マルクスもまた肝心要のところで方方法論の継承について沈黙したのである。この点ではW.ぺティからの労働価値説の継承に口をつぐんだアダムスミスとまったく同じ態度だ。ワット、スミス、マルクスと続いているところを見ると、かの英国には連綿としてこういうことがあるのではないのかと疑わしくなる。英国文化あるいは国民性の一部なのかもしれない。
 なぜこういうことを言うのかというと、ビリヤードゲームでスヌーカーというのがあるが、相手のプレーをひたすら邪魔するだけのつまらないゲームで、性格の悪さを磨くようなゲームであり、日本ではまったくはやらなかったからである。日本人の国民性に会わないゲームだった。スリークッションのような計算と腕の技術を競う神業のようなゲームが日本人にはあっている。スヌーカー専門のビリヤード店ができたがほどなく聞かなくなった。英国ではこのゲームが大流行りである。権謀術数の国の彼らには面白いのだ、あのゲームは英国の風土や国民性の一面を現しているように私は感じてしまう。

【過剰富裕化問題は「職人主義経済」なら解決できる】
 馬場宏二は宇野三段階論をベースにしているから、あくまでも資本主義の発展段階として、過剰富裕化の問題を提起しているが、生産力が地球環境の許容量を越えてしまうこと自身は資本主義に固有の問題ではない。社会主義のロシア*も共産主義中国*も同じ問題を共有している。むしろこれらの国のほうが環境破壊はより大きいのが現実ではないか。13億人の人間が米国と同じ生活様式で暮らせば、地球環境は人類の生存を危うくするほど激変するだろう。
 「人類が滅ぶか、資本主義がつぶれて人類が生き残る」という問題ではない、資本主義もロシア社会主義も中国共産主義もこの問題では一蓮托生である。
 これらの経済社会が職人主義経済社会に変らなければ人類は滅ぶとわたしは言いたい。

*ロシアと中国に関して馬場は次のように明快に述べている。[8月8日追加記入]
要するに1991年にソ連が崩壊しまして、国家社会主義体制っていうのが世界的になくなちゃったわけですね。中国がなんだかんだ、社会主義市場経済なんていっていますけれど、実は共産党主導の資本主義の原始的蓄積過程なんです。間違っちゃいけない。日本の経済学者でそこがわかる奴は滅多にいない。」(2008年9月29日青森大学創立40周年・青森大学経営学部創設40周年記念講演会より)



【おわりに】
 索引込みで78頁の論集だが、話しが縦横に飛ぶのでついていくのがたいへんだった。しかし、面白くて、届いたその日に仕事が終わって遅い晩御飯を食べた後で読み切ってしまった。
 読後感を、メールで朝送ったら、この論集の中に名前の出てくる一人が私の大学院での後輩で似たようなテーマを研究していたことを知らせてくれた。まったく面識はないが、ネット上に論文があったので、そちらもあわせて読んだ。紀要を送ってくれたのは二十歳のときから学恩のある先輩である。感謝。


-------------------------------------------

 どうやら、馬場宏二『新資本主義論』は読むべき本のようだ。

新資本主義論―視角転換の経済学

新資本主義論―視角転換の経済学

  • 作者: 馬場 宏二
  • 出版社/メーカー: 名古屋大学出版会
  • 発売日: 1997/06
  • メディア: ハードカバー


------------------------------------------

『過剰富裕化と過剰労働時間(第2版)』
 戸塚茂雄著
 2009年4月1日、開成出版株式会社
 ISBN978-4-87603-409-3
  C3033 ¥2200E

-------------------------------------------

**#1158 「過剰富裕化論(2):過剰富裕化とは何か」 Aug. 12, 2010
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-12

 #1162 「過剰富裕化論(3): 経済学部を目指す高校生へ」 Aug. 16, 2010 
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-16

 #1164 「過剰富裕化論(4):人類史上最短労働時間の社会への道」 Aug. 18, 2010 
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-18

  #1165 「過剰富裕化論(5):節度ある明るい未来」 Aug. 19, 2010
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-19 

 #1182 民主党代表選挙と国家財政の現状:過剰富裕化論  Sunday, Aug. 29, 2010 
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-29

 #1185 日銀金融緩和策公表も効果なし:資金の過剰富裕化は何をもたらすのか  Sep. 1, 2010

 #1254 経済成長論の終焉 Oct.24, 2010 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-10-24-1

  #1689 経済格差解消の先にあるもの:馬場宏二先生と過剰富裕化論 Oct. 16, 2011 
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-10-16

  #2237   過剰富裕化論提唱者の福島原発事故処理構想:遺稿    Mar. 4, 2013
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-03-04

 #2436 経済学と人間の幸せ Oct. 5, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-10-05

 #2437 経済学と人間の幸せ(2): 中野孝次と馬場宏二の説をめぐって  Oct. 6, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-10-06

 
======================
#2784 百年後のコンピュータの性能と人類への脅威 Aug. 22, 2014 ">


*カテゴリー「資本論と21世紀の経済学第2版」へジャンプ
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/archive/c2305649185-1

 
 
#3097 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版) <目次>  Aug. 2, 2015

 
#3121 既成経済理論での経済政策論議の限界 Sep. 1, 2015  

 
#3148 日本の安全保障と経済学  Oct. 1, 2015  

 
#3162 絵空事の介護離職ゼロ:健全な保守主義はどこへ? Oct, 24, 2015    

 
#3213 グローバリズムを生物多様性の世界からながめる(Aさんの問い) Dec.28, 2015 

  #3216 諸悪莫作(しょあくまくさ)  Jan. 3, 2016

 #3217 日本の商道徳と原始仏教経典 

  #3215 ライフワークに手をつけた2015年を振り返る:『資本論』を超えて  Dec. 31, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-12-31
======================


 
      70%       20%      
 
日本経済 人気ブログランキング IN順 - 経済ブログ村教育ブログランキング - 教育ブログ村


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0