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#4641『 Cutting Edge』 長文問題No.18:2通りの読みかた Oct. 29, 2021 [62. 授業風景]

  数日前に高3の生徒が標記問題集の一番最後の問題No.18の全文和訳をやっていた。宿題なのだそうだ。
 ざっと全体に目を通したら段落のアンダーラインの部分の訳が意外にむずかしいことに気がついた。
 この文だけを切り離して読むなら、2通りに読めるのだが、生徒はどう読んだのだろう。気になって、生徒がノートに書いた訳文を読んでもらった。

There is a paradox at the heart of our lives. Most people want more income and work hard for it. Yet, as Western societies have got richer, their people have become no happier. This is no old wives' tale. It is a fact proven by many pieces of scientific research. As I'll show, we have good ways to measure how happy people are, and all evidence says that on average poeple are no happier today than people were fifty years ago. At the same time, however, average incomes have doubled. This paradox is equally true for the United States, Britain and Japan.

 これが冒頭の段落です。生徒の訳は次のようになっていました。
「わたしたちの人生の中心に逆説がある」
 何だか哲学問答のように聞こえます。ありていに言うと、何言っているか意味わかんないということです。
 livesを「人生」と訳したのだが、livesには他の「生活」という訳語があります。どっちなのでしょう?
 heartを「中心」と訳したようです、これも「心臓—体の中心部、心—感情の中心部、中心」などの多くの訳語があります。

 辞書によって並べ方は違いますが、だいたい同じです。問題は言葉の定義の内、あなたがどれを選択するかです。選択したときに、なぜそれを選択したのかを考えましょう。
 life:①命、生命 ②一生、生涯 ③人生 ④生活...(ジーニアス4版)

 life:①生命、命 ②一生、寿命 ③生物、生き物 ④人生:実生活、現実 ⑤生活(スーパーアンカー)

 heart:①心臓 ②心 ③中心・核心 (ジーニアス4版)
 heart:①心臓 ②心・気持ち ③気力 ④中心 (スーパーアンカー)

 paradoxには「逆説」と訳注がついています。この日本語をどう理解したのでしょう?
 辞書によって定義が異なるので、手元にある辞書3冊から引用しますので、どれがいいか見比べてください。

 「表現の上では一見真理に反するように見えていて、実は真理を言い得ている言葉」(角川『必携国語辞典』)
 「通常の把握に反する形で事の真相を表そうとする言説 ②〔論〕相互に矛盾する命題が共に帰結しうること。また、その命題」(『大辞林』第三版

 「衆人の予測に反して一般に真理と認められるものに反する説。また、真理に反対しているようであるが、よく吟味すれば真理である説」(『広辞苑第2版』1976年)
 わたしには一番古い辞書の広辞苑の定義がしっくりきます。

 英英辞典はどうでしょう?
 paradox:  a situation or statement which seems impossible or is difficult to understand because it contains two opposite facts or characteristics. (Cambridge Advanced Learner's Dictionary)
(二つの正反対の事実や特徴を含むために理解するのが困難な、または不可能と思われる状況や陳述)

 paradox: 1. a person, thing, or situation that is strange because they have features or qualities that do not normally exist together.(通常は両立しない特徴や特性をもつという理由で奇妙に感じられる人・物・状況)
  2. a statement consisting of two parts that seem to mean the opposite of each other, or the use of this kind of statement in writing.  (相反するような2つの部分からなる陳述、または文章でそういう矛盾するような表現)(Macmillian English Dictionary)

  paradox: a situation or statement with two or more parts that seem strange or impossible together. (Oxford Wordpower Dictinary)
(どこかヘンで両立しない2個あるいはそれ以上の部分をもった状況あるいは陳述)

 3番目に引用したOWDは学生向けのコンパクトな英英辞典です。ふだんはCALDとOWDを使っていますが、それでもピンとこないときはMEDを引きます。 

 話を元へ戻しましょう。こういう時はどんどん読み進めばわかるようになっています。問題提起して、それを具体的に後段で展開するというのは、ごく普通の論理展開ですから、二通りに読める場合に先を読み進めば、どちらが正解なのかわかります。だから、どんどん先を読んで、論理的な整合性をチェックすればいいのです。

 そこで後に続く部分を読んでいくと、平均して現在の人たちは50年前の人たちよりも収入は2倍なのに幸福ではないと書いてあります。収入が2倍になったら、より幸福に感じてあたりまえですが、現在のわたしたちはそうは思っていないというのがパラドックスなのです。incomeは「所得」であって「収入」ではないのですが、これは軽々額に関する記事ではないので、「収入」の訳語を充てました。「所得」は専門用語の匂いがしますから。
 後段部分との論理的な整合性から判断すると、livesは「生活」、heartは「キモチ」と訳すべきでしょうね。
 「わたしたちの生活実感には逆説がある」
 日本語としてはこれぐらいがいいでしょう。
 この問題には解答集に全訳が載っています。そこを書き抜いておきます。
 「わたしたちの人生の中心には1つの逆説がある。」
 何の話かわかりますか?50年前に比べて収入は2倍なのに、幸福に感じる人が少ないと後段に説明がありますが、これでは論理的な整合性はありません。
 大学の「比較的良質」のゼミでは、テクストを読むときには論理的整合性をチェックしながら読みます。日本語の文章も英語の文章も、論理的な整合性を追いながら段落ごとの意味を把握するのは普通のことです。そういう読み方を普段からやってください。中学生でももちろん可能です。
(わたしは小学生高学年の頃にはそうした読み方をしていました。北海道新聞の社説を読むのが毎日の習慣になったのが4年生の時でしたので。あの1年間が一番国語辞書を引きました。なにしろ知らない用語がたくさん載っていたので。でも半年もしたら、ほとんど辞書は必要がなくなりました。新聞の政治経済欄を読むくらいの語彙が蓄積されたからです。新聞を定期講読してなければ、小4であれほどの語彙拡大は無理だったでしょう。いま新聞を定期購読しない家庭が増えています。当時(1959年頃)の北海道新聞にはルビがふってありました。だから、漢和辞典の必要はありませんでした、国語辞典だけでOK。たまたまいい時代に育ったといえます。)

 本文に即して、日本の事情をチェックしてみます。団塊世代のわたしたちが大学を卒業したのが50年前で、当時の大卒の初任給は4.6万円ですが、現在は21万円だから、4.6倍です。物価の上昇を考慮する(購買力平価だ)と、4割り増しくらでしょうね。

 モノは次いで、「主要先進国の実質賃金指数の推移」という面白い統計を紹介します。最近20年間の賃金成長率を高い順に並べると、
 韓国   167%
 米国   82%
 フランス 69%
 ドイツ  59%
 日本   -8%

 にわかには信じられないような数字が並んでいます。韓国はwestern societiesには属しませんが、米国・フランス・ドイツは代表的な西欧社会に属する国です。
 この20年間で主要先進国で実質賃金が低下したのは日本だけなのです。本文の段落の最後の部分に「この逆説は米英日にとっては真実である」と記してあります。

 日本では大企業の経営者たちの経営能力が劣っているから、人件費を抑えることでかろうじて利益を出しているのです。にもかかわらず、この30年間で日本の大企業の取締役の報酬は2-3倍に上がっています。いままで節度のあった日本の経営者たちがこの20年間でひどく強欲になったということのようですね。「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」は日本人が受け継いできた大切なビジネス倫理ですが、それが最近20年間で消えかかっているようです。日本人が受け継いできた経営倫理を大学でしっかり教えないといけませんね。そういう視点で見たら、トヨタの「かんばん方式」や下請けいじめなどは最低の経営政策です。

 だから、この問題文にあるように、西欧社会は50年間で実質賃金が2倍以上になっているというのはたしかなことのようです。日本経済が最近20年間でひどく劣化したのがこの実質賃金指数からわかります。

 まとめです。
 livesやheartにはそれぞれいくつか訳語があるので、複数の読み方ができます。だから、読みを一つに絞らないでください。複数に読める可能性を残しておいて、あとに続く文を読んで論理的な整合性を考えて、何が適訳か判断しましょう。

<余談>
 この問題集の解答は生徒には渡されていません。しかし、ネットで手に入るようですね。誰かが入手したら、必要な友達へスマホで簡単に配信されます。このレベルの問題を独力でなんとかに理解できる生徒は、10人いないでしょうね。
 でも解答は後から見ないと、見ながらやっていたら学力はアップしませんよ。
 自分のためですから、単独で無理なら数人で議論しながら楽しく全訳してみてください。英吾を理解する力がしっかりつきます。
 頑張れ、根室高校生!
 応援してます。...54年前の卒業生より(笑)



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