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#2356 『百%の真善美 ソクラテス裁判をめぐって』を読む(1)  July 14, 2013 [44. 本を読む]

 友人の遠藤さんが3月に世に出した本である。数回に分けて感想を書き綴ってみたい。

 『百%の真善美』
 『明治廿五年九月のほととぎす』
 『漫言翁 福沢諭吉』

 こうして彼の著書3冊を並べてみるとタイトルのつけ方に共通の感覚があるようにみえる。

 著者はソクラテスの裁判をめぐる同時代人の三冊の本を比較検討し、それぞれの心の在り様で異なる像を結んだ三人三様のソクラテス像の向こうに、一気に現代にひきつけて新たな像を描いてみせる。あいつらしい豪腕、問題意識の大胆さと思考の切れ味を読者は見ることになる。

 俎上にのせられた三冊の本は、

プラトン       『弁明』
アリストファネス  『雲』
クセノフォン    『ソクラテスの思い出』

 弟子プラトンのソクラテス像はほかの二人に比べると、比較にならぬほど神格化されているのに対し、この裁判の黒幕ともくされるアリストファネスのソクラテス像は、この裁判で有罪は当然だという観点から描かれているし、軍人であるクセノフォンはプラトンとともに死刑を不当として著作を書いた。
 すぐれた哲学者のソクラテス像と、そうではないアリストファネスとクセノフォンにはソクラテスがどのように見えたのかという視点からこの本を読んでみるのも一興である。
 プラトンの著作を除いて絶版になっている。岩波書店はクセノフォンの『ソクラテスの思い出』を絶版にしているが、そんなに売れないのだろうか?すぐれた著作の翻訳が手に入らなくなるのは文化的な損失である。著者(遠藤)はそういう危機を感じて、これら先人の格調高い翻訳からふんだんに引用して次の世代に遺すことを考えた。
(プラトン『弁明』岩波文庫はたったの504円だから、本屋で注文して二読三読、じっくり読むべし)

 話はすこしだけ横道にそれる。ギリシアの神々はひどく人間的で、なんでもありだ。クロノスは自分の息子が王座を奪うという予言を気にして、妻レイアが生んだ子ども5人を次々と呑み込む。その子のゼウスは兄姉たちを味方につけ、クロノスが指揮を執るティタン神族と戦い勝利する。ギリシアの神々は心のありようがひどく人間的で頻繁に間違いを犯すから、完全無欠な存在ではない。

*『ギリシャ・ローマの神話がよくわかる本』島崎晋著 総合法令出版株式会社

 そういう神々を信仰する人々の住む古代都市国家アテナイでソクラテスは百%の真善美を主張するのである。
 オリンポスの神々とソクラテスのいう神格=ダイモニオンはまったく異なる。古代都市国家アテナイの認める神々を否定したことになる。現代でいえば国家反逆罪に当たると著者はいう。
 優秀な軍人としての実績があり、哲学者でもあったソクラテスは逃亡の道を選ばなかった。真実を貫くことで己の生をまっとうする道を選び、一歩も引かない覚悟を決めた。

 6月にはじまったスノーデン事件、スノーデン氏は米国NSAがPRISMというシステムを使って国民全体の通信を盗聴している事実を公表した。それが百%の真実であるからこそ、彼は米国から犯罪者として訴追され、国際指名手配中である。
 百%真実を語る者は国家権力やその恩恵に浴しているエスタブリッシュメントにとっては危険きわまりない存在である。古代ポリス国家のアテナイで危険であったように、現代の米国でも危険な存在として国家によって訴追され、捕まれば終身刑あるいは死刑になる。
 こうしてみると、著者の問題意識は時代を超えた普遍的なものであると言って差し支えないだろう。そして、ソクラテスと比べると逃亡中であるスノーデンが歴史の波間に消えていく運命にあることは疑いえない。
 内部告発という勇気のある行動ではあったが、ソクラテスには比ぶべくもない。ロシアに亡命するために交換要件である反米活動の停止を受け入れようとしていると報じられている。祖国から脱出せずに、裁判で堂々と正論を展開して粛々と判決に服したなら、現代史に燦然と輝く人物の一人となっただろう。ソクラテスの大きさが途方もないことを2400年後のいまスノーデンが教えてくれている。

*#2348 アングロサクソンの世界支配:データマイニング・プログラム July 6, 2013
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-07-06


 ソクラテスの何が問題で訴えられ、それに対してどのような弁明をしたのか、280人の裁判官のうち有罪の票を投じたのはいくつか、裁判制度はどのようなものだったのかなど読者の興味は尽きないだろう、著者とともに問を発しながら答えを見つけていくという読み方もできるので案外楽しい本でもある。

 5回くらいのシリーズに分けて紹介したい。たった149ページの本ではあるがナカミは濃い。哲学論議がどのようなものであるのか、ソクラテスの弁明を聴いてみたらその一端を垣間見ることができる。わたしには「人であるソフィストの危うさ」も見える、高校生や大学生にぜひ読んでもらいたい。

 日本の高校には哲学という科目がないので、難易度の高い本が読めない者が多い。高校生になったら哲学関係の著作を読むべきだ。わたしは高校2年のときから哲学書や経済学の本を読み、しばしば短いセンテンスにつまづき、考え込むことがあった。それが解決すると今度はいくつかの段落の関係が気になり、それがある程度理解できると今度は体系全体の構造が気になるというように、次々と疑問の輪が広がっていった。こういう過程を積み重ねることで、自然に日本語読解力が上がり、論理的思考が身についた。学校のテストの点数では測れない学力が飛躍的な伸びを見せた時期だった。教えている生徒の中にもそういう生徒がたまに出てくる、若さって素晴らしい。

 著者の大学院での専攻は哲学だからベースはしっかりしている(だから哲学という異質の分野の人材が書いた福澤諭吉論『漫言王 福澤諭吉』は視点が斬新で趣のあるものになっている)。本体価格1800円、値打ちのある本だから、高校生は身銭を切って買い、むさぼるように読め。

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*#2006 Eさんの新刊書『漫言翁 福沢諭吉 時事新報コラムに見る明治』 July 10, 2012
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-07-10

 #2044 『漫言翁 福沢諭吉 時事新報コラムに見る明治』 (2)  Aug. 8, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-08-08

 #2254 『漫言翁 福沢諭吉・・・』 (3) Apr. 2, 2013
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-04-02

*#1025 『明治廿 五年九月の ほととぎす 子規見参』 遠藤利國著 May 10, 2010 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-05-10

  #1030 『nationalism とpatriotism』 May 17, 2010
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-05-17


  #1362  『「漢委奴国王」金印誕生時空論』を読む:パイオニア 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-01-30-2

  #1366 『「漢委奴国王」金印誕生時空論』を読む (2) : 学問の楽しさ Feb. 2, 2011 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-02-02

  #1368 『「漢委奴国王」金印誕生時空論』を読む (3) : 学問の楽しさ Feb. 3, 2011 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-02-03-1

 #1823 激烈な競争から這い上がれ:団塊世代の友人からの手紙 Jan. 31, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-01-31


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百%の真善美―ソクラテス裁判をめぐって

百%の真善美―ソクラテス裁判をめぐって

  • 作者: 遠藤 利國
  • 出版社/メーカー: 未知谷
  • 発売日: 2013/02
  • メディア: 単行本
明治廿五年九月のほととぎす―子規見参

明治廿五年九月のほととぎす―子規見参

  • 作者: 遠藤 利國
  • 出版社/メーカー: 未知谷
  • 発売日: 2010/03
  • メディア: 単行本
漫言翁 福沢諭吉―時事新報コラムに見る明治

漫言翁 福沢諭吉―時事新報コラムに見る明治

  • 作者: 遠藤 利國
  • 出版社/メーカー: 未知谷
  • 発売日: 2012/07
  • メディア: 単行本
帝国主義―現代語訳

帝国主義―現代語訳

  • 作者: 幸徳 秋水
  • 出版社/メーカー: 未知谷
  • 発売日: 2010/05
  • メディア: 単行本
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ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

  • 作者: プラトン
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1964
  • メディア: 文庫
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