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#2101 誤報道はなぜ起きたか: 「IPS細胞を使った世界初の心筋移植手術」 Oct. 17, 2012 [A.6 仕事]

 IPS細胞から心筋細胞を培養して移植手術をしたと第一報がテレビで流れたときに、「あれ、おかしいな」とおもった医療関係者が多かっただろう。
 前臨床試験(動物試験)もやっていないのに、米国の著名な病院の倫理委員会がゴーサインを出すはずがないから、取材担当記者としてはあとは病院へ確認をとって、記事を没にするだけ。
 こういう発言をした時点で、医者ではないのではないかという疑問があって当然だが、民放テレビ局も新聞社も森口尚史(48)の発表をそのまま垂れ流した。仕事のプロはいないのか?

 科学文化部のあるNHKは数日報道を控えていた。福島第一原発事故では「ただちに健康に害があるとは言えない」と連日原発推進派の立場から一方的な報道を繰り返した悪名高き科学文化部ではあるが、今回は慎重で的確な判断をした。部のどなたかがおかしいことに気づいてストップをかけたのだろう。医療分野の専門部員がいるだろうから、気がついて当然なのである。

 担当記者やディレクターが「前臨床試験⇒臨床試験」という基本的なフローに関する知識がなかったのだろうと想像する。新聞記者は文系出身者がほとんどのようだから、このような医療関係の常識的な知識すらもちあわせていなかったのだろう。
 大学を卒業してから、広い分野の知識を渉猟して、教養のレベルを高めておかないとこういうプロとしてあるまじきミスを生じる。取材担当記者だけの問題ではない、その上にいる管理者たちがチェックできなかったのだから、それこそが問題なのだろう。今回の誤報道は一部の大新聞社やテレビ局にプロの仕事のできる管理職がいないことを証明してしまった。

 いま、震災復興予算の流用が国会の小委員会で問題になっているが、これは担当大臣や副大臣や政務次官が揃いも揃って自分のところの予算内容について審査能力がないことを証明した。
 私は常々、民主党幹部たちが、30歳代で仕事をしてこなかったことに危惧を表明してきた。民間企業で働く多くの国民はこの時期にある程度の責任を任されて、渾身の力で大きな仕事に取り組み、そのスキルを磨いている。そういうベースがあればこそ、40歳代、50歳代できちんとした仕事ができるのだから、大事な時期を、市民運動や街頭演説に費やしてきた彼らに大きな仕事を任せたらできないことは用意に想像がつく、そしてその通りの無残な結果になっている。

 国中のいたるところ、あらゆる分野で「プロといえる仕事人」が急速にその数を減じつつあるのではないか?
 その一方で日本人が縄文時代から1万2千年の長きにわたって育んできた職人文化がそう簡単に壊れるものではないという確信もある。明治以来、歴史的な必然性があって西洋文化に傾いていたが、その弊害が大きくなったことに日本人自身が気づき始めている。だからまもなく文化的な揺り戻しがくる、それは経済社会も変える。大きくみれば波のようなものだ。



*森口尚史氏をウィキペディアで検索したら次の情報が載っている。あの良心の科学者、児玉龍彦教授が森口氏の博士論文審査をやっていた。なんという巡り会わせか。

2007年9月 - 東京大学大学院より、博士号(学術)取得
 博士論文題目は「ファーマコゲノミクス利用の難治性C型慢性肝炎治療の最適化」、主査は児玉龍彦東京大学先端科学技術研究センター教授
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E5%8F%A3%E5%B0%9A%E5%8F%B2


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補足

今回は時事通信、読売新聞の誤報でしたが、「大新聞」の名誉のために少し補足すると、NHKだけではなく、日経新聞と朝日新聞も裏付けがないことから記事掲載は見送りしていました。

日経は後日、記事掲載を見送った経緯について掲載していましたが、論文発表等の裏が取れていない場合には記事掲載は慎重のようです(日経は産業新聞や工業新聞も発刊していることから、産業新聞などでこれまでに掲載した森口氏の記事の検証も行ったそうです)。
by 補足 (2012-10-18 02:10) 

ebisu

補足情報ありがとうございます。
日経は傘下に日経産業新聞があるのでこの分野に明るい専門の論説委員がいるでしょうから、当然チェックできますね。
さて、日刊工業新聞と日本工業新聞の2紙があったように記憶しますが、日経系列はどちらのほうだったか、記憶が定かでありません。それと電波新聞というのがあって、産業用エレクトロニクス輸入商社に勤務していた5年間は、朝8時頃に会社へ行ってそれら全部に眼を通し、必要な記事を切り抜いていました。同じ話題が載るのでそれほどたいへんではありません。サラリーマンは好奇心があるかないかで十年後に大きな差が生じます。

>論文発表等の裏が取れていない場合には記事掲載は慎重のようです

論文発表の裏とは、今回の場合はMGHの倫理委員会が手術を承認したかどうかや医師資格があるかどうかでしょうね。当然ですね。
でも、そんなことをしなくても、常識的に考えて通常の手続きではいきなり臨床試験なんて倫理委員会が許可するはずがないことは明らか。そういう判断にたって、念のために病院へ確認するというのが、一人前の記者の取材のあり方tおいうのがebisuの意見です。その程度の専門知識もない者がこのような分野の取材を担当してはいけません。プロの仕事としては恥ずべきものです。

今回はマイナーな学会のようでしたが、学会発表されるというニュースだったので飛びついたのでしょうね。学会発表されるということに目くらましを喰らったのでしょう。基本を知らない記者だけがだまされます。専門知識のある記者をこの程度の嘘でだますことはできません。

こういう補足はたいへんありがたい、感謝申し上げます。
本分に"一部の"と修正を入れておきました。
by ebisu (2012-10-18 08:37) 

Hirosuke

「IPS細胞にノーベル賞」というニュースを目にした時、
そもそも時期尚早と感じていました。

ほんの基礎レベルに過ぎなく、
臨床試験(動物試験)も未実施で、
倫理的な検証もされていない。

大いなる可能性がある事は感じますが、
癌の元凶となっている遺伝子操作トウモロコシと比べて、
さほど変わらないレベルの研究という思いもあります。
by Hirosuke (2012-10-18 09:09) 

ebisu

1990前後の頃だったと思いますが、免疫抑制剤シクロスポリンの検査が増えました。移植のあとの免疫反応を抑えるためにシクロスポリンを投与して、その血中濃度をコントロールするための検査でした。
免疫抑制剤は基本的には毒物です、「毒」によって自己免疫を抑えてしまいますから、感染症にかかったり悪性新生物(癌)ができた場合に、それらを抑止する機構(自己免疫)の働きが非常に弱くなり、危険です。
さまざまなイニシエータを体の中に日常的に取り込んでしまいますから、癌は毎日からだの中にできています。免疫がこれらの悪性新生物を次々に退治してバランスを保っています。だから免疫機構がレベルダウンするという状態が長く続くと非常にリスクが高くなります。

患者の体細胞から作成したIPS細胞で移植に必要なターゲット組織を培養できれば、それは「自己」ですから、移植しても拒絶反応が起きず、免疫抑制剤の必要がありません。

もっとも、IPS細胞から分化させた細胞でも免疫反応が起きるという研究もあるようで、臨床応用へはまだまだクリアすべき課題が多いようです。
万能なものはないのですから、山中方式のIPS細胞は前臨床試験や臨床試験でその応用の限界も徐々に明らかになるのでしょう。
楽しみです。

ノーベル賞はさまざまな臨床応用研究へ道を拓くこうした基礎研究にこそ贈られるべきものではないでしょうか?

最近、数学界の難問のひとつ「ABC予想」を解いた望月新一京大教授の仕事も、ノーベル賞ものでしょう。数学の分野はノーベル賞がないですが、フィールズ賞というのがあるので、今回の研究論文に瑕疵のないことが確認されれば受賞することになるのでしょう。
おそらく、現実の問題への応用は数百年間なにもないと思われますが、数学に新しい分野を拓くことになるので、仕事としてはとてつもなく大きなものなのでしょう。

日本も日本人も面白い、とっても面白く楽しい。(笑)
by ebisu (2012-10-18 10:46) 

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