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#1689 経済格差解消の先にあるもの:馬場宏二先生と過剰富裕化論 Oct. 16, 2011 [A4. 経済学ノート]

  馬場宏二氏は過剰富裕化論の中で「経済的平等」について触れている。発展途上国が経済格差解消を求めてそれが実現できたと假定してみれば、その非現実性が理解できるというのだ。
  発展途上国の国民が米国並みの生活水準を維持するためには、世界経済が現状の数倍という途方もない規模にならなければならず、有限な地球環境はそのような負荷に耐えられない。
  マルサスの人口論の焼き直しのような単純な説だが、彼は学者だから宇野シューレの一人として原理論を踏まえて段階論として位置づけるにはそれなりの体系化への苦労があった。
 ところが幼児のごとき素直さで事実(現象)を見れば宇野三段階論にとらわれる必要などまったくない。何かにとらわれると思考の自由さを失い、先達の理論的枠組みでしか現象を考えられなくなるものらしい。
  指摘していることは私には当たり前のことのように見えるが、宇野シューレ内部での反応はほとんどないに等しかったようで、それが彼を落胆させた。お師匠さん(宇野弘蔵)の理論的枠組みでしか考えられない学派のメンバーはマルサス人口論を焼き直して(宇野)段階論に接木したような無邪気な過剰富裕化論に驚き、拒絶反応を起こしたのだろう。
 だが馬場氏は本気だった、過剰富裕化論は宇野三段階論を踏まえながらもマルクスが予想もしなかった視点から資本主義の終焉を謳ったことでたしかにお師匠さんの発想を超えている
 部外者ゆえに(?)わたしは彼の業績を素直に認めることができる。

 ヨーロッパで始まった経済格差解消を叫ぶ声はインターネットを介して米国に飛び火し、ウォール街では連日デモが続いている。米国では強欲な金融機関救済のための大規模な財政支出の穴埋めに増税がなされようとしているが、そういう経済のあり方そのものに対する異議申し立てがデモとなって現れている。
 ここでもまた、マルクスも馬場氏も予想できなかったやり方で、強欲な米国式資本主義への異議申し立て・反乱が世界各地に起きている。現実は常に経験科学としての経済学の予想の範囲を越えてしまうもののようだ。

 さて、紆余曲折をへて経済格差解消に世界中が向かったとして、世界の経済や地球環境はどうなるのだろう。先進国の人口は8億人だから、13億人の中国や12億人のインドが米国並みの生活水準を達成したときのことを想像してほしい。それらにロシアやブラジルも加わったら世界の経済規模は4倍5倍になる、馬場宏二氏が問題にしたのはそこのところである。
 彼が言うように、地球環境そのものが壊れてしまうだろう。いや、地球が壊れるのではなく、人類が地上から消え去ることになるのだろう。

 レッセフェール(自由放任)による欲望の無限増殖の時代は終わった。生産力や経済にタガをはめるべき時代を迎えており、欲望を抑える倫理をもてるかどうかに人類の生存がかかっている。

 日本には「足るを知る」といういい言葉がある、「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」という商道徳もある。そういう特殊日本的な価値感が国際的な普遍性をもちうる時代になったということだろう。

 官の特権を廃し、官と民との格差を解消し、働く時間を分かち合うことで若者に仕事の場を与え、みんなが質素に暮らすときを迎えている。
 馬場氏自身は「人類存続のためには先進諸国で消費水準の大幅低下が不可欠」と断じた。こういうことを正面から論じた経済学者はいない。

 私は馬場先生の謦咳に接したことはないのだが、宇野理論という枠にとらわれながらも過剰富裕化論という独自の理論(当たり前のことを素直に述べたに過ぎないのだが・・・)を展開した功績は大きいと思う。

(誤解のないように補足すると、わたしは経済学徒としてマルクスの労働観に根本的な疑問を抱いており、(日本的)職人主義仕事観を対置してまったく異なる経済学が叙述しうると考えている。だから、マルクスの労働観に疑問をもたない既存のマルクス主義経済学のどの理論にも根源的な違和感をもっており、とくに宇野理論及びそのシューレにのみ違和感をもつ者ではないことお断りしておきたい。
 もち続けていた漠然とした違和感の正体は民間企業での二十数年の仕事の経験をへなければつかめなかった。大学院で経済学研究を続けても違和感の正体はつかめないという直感があり私は素直にそれに従った。こういうときは考えても無駄だから、先の見えないまま行動するのがあとから見ると最短距離を歩むことになっているものだ。私は業種を変えて何度か転職を繰り返して実験してみたが、仕事でマルクスが言うような意味での疎外感を感じたことは一度もなかったし、企業で働いているほとんどの日本人が私と同様に感じていると思う。したがって、マルクスの労働観では日本の現実を説明できない、いまは確信をもってそう言い切ることができる。大学に残っていたらついにつかめなかった、あそこが運命の分かれ道で、離れるしかなかったのである。
 本社管理部門で経営や統合システム開発に携わることが多かったが、経営もSEも会社で発生する仕事の多くはセンスとスキルを要求するもの、そういう意味では事務職といえども専門職人であり、日々センスとスキルを磨いてこそ、仕事を通じて大きなステージで自己実現、自己表現が可能になるのは当たり前のことだ。マルクスの想定する疎外された(工場)労働とはまったく違う"職人仕事"の世界があった。
 日本には業種の数の数十倍もの種類の職人がいるが、職人がマルクスの想定した工場労働者のような労働疎外を感じることはないだろう。マルクス経済学者や共産党のメンバーだけが労働疎外を感じているのだとすればおかしな話である。
 十数年民間企業で仕事に没頭すればアカディミックな世界の先生たちも私と違和感を共有できるのではないだろうか。ありていに言えば、日本のアカディミズムは労働を頭の中でだけ考えて、自らの身体を通して日本人の普通の仕事を理解していないといわざるを得ない。他人の考えをコピーしているだけで、"地頭"で考えていないように見える。いいすぎだろうか?)

 闘病生活を続けていた馬場宏二氏がお亡くなりになったというメールが昨日届いた。ご冥福をお祈りする。
 遺作となったのは4月に出版した『宇野理論とアメリカ資本主義』である。経済学部以外の学生が読むには難解な専門書だろうが、経済学に興味のある人にはぜひ読んでもらいたい本である。
  著者はこの本の最後の2章を過剰富裕化論に充てている。「第四部 過剰富裕化論の徹底」「第18章 経済成長再考」「第19章 資本主義の自滅」で人類の近未来に警鐘を鳴らしている。
 477ページから引用して、孤独に耐えて自説を展開した先達に、哀悼の意を表する。
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1 極めてありそうな、必然の経路
 金儲け=資本蓄積に則った、世界規模での経済拡大の持続⇒過剰富裕化の昂進⇒自然環境・社会・種としての人間の、徹底的破壊⇒近代文明の崩壊と人類の滅亡⇒担い手の消滅による資本主義の消滅

2 これよりは望ましいが、実現不可能な経路
 人類による危機の自覚⇒資本主義の抑制⇒生活水準の引き下げと戦争放棄⇒社会・産業・経済機構の大変革⇒収縮経済の定着と連帯的社会制度の世界化⇒世界社会主義化⇒資本主義からの根本的離脱⇒人類存続の可能性
 実現可能性と言えば2は問題にならない。人類は、子孫存続のために当面の生活水準を大幅に切り下げようと合意するほど理性的ではなく、仮にその合意が出来たとしてももはや遅いかもしれない。だからこの経路は思考実験として考えられるだけである。以下に1の必然の経路を三つの論拠から示す。
 ・・・
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宇野理論とアメリカ資本主義

宇野理論とアメリカ資本主義

  • 作者: 馬場 宏二
  • 出版社/メーカー: 御茶の水書房
  • 発売日: 2011/04
  • メディア: 単行本

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 #1148 「馬場宏二 過剰富裕化論」 Aug. 5, 2010 
    http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-05-2

 #1158 「過剰富裕化論(2):過剰富裕化とは何か」 Aug. 12, 2010
  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-12

 #1162 「過剰富裕化論(3): 経済学部を目指す高校生へ」 Aug. 16, 2010 
  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-16

 #1164 「過剰富裕化論(4):人類史上最短労働時間の社会への道」 Aug. 18, 2010 
  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-18

  #1165 「過剰富裕化論(5):節度ある明るい未来」 Aug. 19, 2010
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-19 

 #1182 民主党代表選挙と国家財政の現状:過剰富裕化論  Sunday, Aug. 29, 2010 
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-29


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*「反ウォール街デモ、世界に波及 ローマで一部暴徒化 格差是正、脱原発… 多様な不満表明」日経新聞
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C9381959FE3E7E2E69C8DE3E7E3E2E0E2E3E39494EAE2E2E2

「【ロンドン=松崎雄典】「ウォール街を占領せよ」の掛け声の下、経済格差の解消などを求める抗議行動が15日、アジアや欧州にも波及した。香港や台湾、韓国など各地で数百人から千人超が集結。債務危機に直面する南欧では政府の緊縮財政がやり玉に挙がったほか、アジアでも原子力発電所の全廃や外国人労働者の権利擁護など要求内容は幅広く、多様な不満を表明する場になった。
・・・以下省略」



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