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日本人の矜持(1):和算 江戸期の数学 関孝和と行列式 経済学 #967 Mar.21, 2010 [A4. 経済学ノート]

 『国家の品格』の藤原正彦が『日本人の矜持』(2007年刊)という本の文庫版が1月1日に出た。9人の人との対話が抄録されているが、その人選が面白い。

  斉藤孝(教育学者・明治大学教授)
 中西輝政(国際政治学者・京都大学教授)
 曽根綾子(作家)
 山田太一(脚本家・作家)
 佐藤優(基礎休職外務事務官・作家)
 五木寛之(作家)
 ビートたけし(映画監督・タレント)
 佐藤愛子(作家)
 阿川寛之(作家)

 こういうのを多士済々というのだろうか。
 山田太一との対話の締めくくりの発言が面白い。

「すごいことなんです。関孝和なんて元禄時代の頃に世界で初めて行列式の発見をした。鎖国のもとでですね。それから庶民までが和算の問題を解いたりして、解けるとうれしくなって神社に算額なんていうのをつくって掲げたりしていた。こういうすぐれた美観が備わっていて、数学が発達していると、その風下にある技術も発達します。明治時代から一気に日本が近代化を成し遂げたのは、江戸時代にその下地があったからです。文化的、精神的に大きな容量を国民が持っているということは、本当の底力なんですね。
 欧米が日本を植民地にしなかったのも、圧倒的な道徳の高さをはじめとする一人一人の文化的底力を見たからなんです。そういう意味で、文化度や精神度、すなわち国家の品格を高めることは、防衛力にもなるし、世界を変えていく力にもなる。そういうふうに思います。」

 関孝和がライプニッツに先立って行列式を発見していたという数学史上のトピックは『国家の品格』でも言及していたが、多くの日本人が知らない事実だろう。
  神社に掲げられた算額は高校レベルのものではない。レベルの高いしかも難問の数学問題がたくさん含まれている。数学においては同時代のヨーロッパの大学レベルにある私塾がたくさんあったようだ。江戸期に私塾は3万あったという。上位3%をとっても900の私塾があることになる。
 日本人は知的な遊びが好きなのだ。江戸期に暇な時間つぶしと趣味でこういうことをして大のオトナが遊んでいた。お互いに難問を創ってそれを解いて遊ぶというようなことを。
 日本人は暇になればなるほど役には立たないがレベルの高いことをやるようにプログラムされているのではないだろうか。

 縄文土器につけられた文様は弥生式土器よりもはるかに美しい。海や山の幸を採集するのに一日数時間の労働で十分であり、縄文は一番暇をもてあましていた時代と推定されている。稲作農耕作業のように多大の労働時間を必要としない生活をしていたから、時間をもてあまし、煮炊きや食糧保存などで生活に使う土器に時間をかけて美しい文様をつけて楽しむようなことが広く行われた。生活者である庶民一人一人が芸術家でもあった。職人仕事はそういう伝統の延長線上にあるのではないだろうか。

 生産と消費や経済合理性などという枠を超えた、生活する人間の幸せを追い求めるような価値観が日本の文化や職業観に伝統として一貫して流れているのではないだろうか。
 土器に縄目の文様をつける仕事は実に楽しく至福の時だったに違いない。日本人の労働の出発点がここにあり、グローバリズムを超える経済学の可能性もこのあたりにあるように思える。
 学の体系の出発点に何を選ぶかでその体系がまるで違ったものになることは、ユークリッド幾何学と球面幾何学を比較すれば容易に理解できる。
 わたしは、マルクスの『資本論』へのアンチテーゼとして日本人が育んできた「労働=至福のとき、神聖なるもの」という労働観を出発点に措定したい。
 学の出発点としての公理の重要性についてはもちろん数学者である藤原正彦も『国家の品格』の中でくどいくらいに語っており、公理を選択するのは情緒だとまで言い切っている。大数学者である岡潔もその書の中で数学における情緒の重要性を語る。
 スミスの『諸国民の富』、リカードの『経済学および課税の原理』、マルクスの『資本論』はいずれもヨーロッパの労働観をベースにした経済学である。労働=人間疎外という図式の労働観をベースにしている。
  日本人の労働観は農奴や奴隷の労働をベースにしたものとは著しく異なる。たとえば刀鍛冶の労働を想像することでヨーロッパと日本の労働観を対置できるだろう。禊をしてから仕事を始める、神聖なものという意味が日本人の労働にはある。そこにはマルクスの言う「人間疎外」など微塵もない。神聖なものとの合一が労働概念に含まれている。だから職人は自分の技倆をつねに磨き、その最高のところで仕事をし続ける。仕事に妥協はない。
 あまたの日本の経済学者たちは西欧経済学一辺倒になり、自分たちの文化や伝統や労働観を見落としている。日本人は日本人の経済学を創ることができる。そしてそれはグローバルな普遍性をもつことになるだろう。自分の足元を見つめればいいだけだ。
 まあ、一つの公理系を組むのは難事業であるに違いない。ヨーロッパでは、スミス、リカード、マルクスと三人の巨人が必要だった。世界を救う可能性をもつ日本経済学はこれから始まる。誰が担うことになるのか、何人の学者が必要となるのかはわからない。
 根室には厳しく豊かな自然がある。学の出発点を選択するセンスを磨くためにはふるさとの風土が大きな役割を演ずるもののようだ。日本中でそれぞれのふるさとを愛する人々が増えれば、ヨーロッパ一辺倒だった経済学のありようも変わるだろう。特殊日本的労働観に基づく、普遍的な経済学がこの極東の地から生みだせたら望外の喜びとなるのだろうか。

 『国家の品格』に続いて『日本人の矜持』を中学生の日本語音読授業(毎週15~20分)で使おうかなと考えている。和算や日本の伝統文化について興味をもつ生徒がいるかもしれないし、生徒はさまざまな分野の著名人の考えを読書を通じて知ることで視野を広げるだろう。たいしたことはできないが、音読授業を通じて生徒を「触発」することぐらいはできる。

*NPO和算出版物
 http://www.wasan.org/publication/

*東北大学和算ポータルサイト
 電子化された和算書が閲覧できます。
 http://www2.library.tohoku.ac.jp/wasan/

*和算の館 算額のホームページ
 http://www.wasan.jp/

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