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国際会計基準改訂草案と日本経済(2) [A4. 経済学ノート]

国際会計基準改訂草案と日本経済(2)

 現行規定では株式、国債、地方債、社債などの有価証券評価は4つに分類されている。
 (1)短期売買目的有価証券
 (2)満期保有目的有価証券
 (3)関係会社株式および子会社株式
 (4)その他(売却可能)有価証券

 (2)と(3)は取得原価での評価が認められている。改定後は「(4)その他有価証券」の分類がなくなるので、(1)または(2)へ振り分けがなされる。持ち合い株が(4)に分類されて、評価損は損益計算書に反映されず、時価と取得原価との差額は資本の部で表示されている。したがって、経営に失敗しても「(4)その他」区分の保有株式を売却することで取得原価と時価との差額分を「益出し」できる。こうした安全装置に守られて、金融機関に経営能力のない経営者がとっかえひっかえいつまでも居座ることになる。
(住友銀行頭取から日本郵政公社初代総裁になった西川善文はそういう金融機関の親玉である。かれに特別な企業経営能力があるわけではないし、簡保の宿売却問題やクレジット会社の選定にみられるように恣意的な運営がなされるのも銀行経営の体質からいってむしろ当然かもしれない。)

 2001年9月に時価評価が導入される前は全部が取得原価評価であったから、経営者は会社の業績が悪化すれば、保有株式を売却して簡単に「益出し」できた。ほんとうは赤字なのに恣意的に黒字決算を作り出すことが可能だったのである。こういう時代には経営トップは誰がなっても会社経営に影響がなかった。数十年蓄積してきた保有株式や土地を売却するだけで数十億円、あるいは数百億円、企業規模によっては千億単位の「益出し」が可能だった。
 ところが2001年9月に時価評価が導入され、有価証券は評価上3分類された。短期売買目的有価証券は年度ごとに評価替えが行われるために売却しても益出しができなくなった。企業が保有する持ち合い株が(4)に分類され、「益出し」という打ち出の小槌となっている
 
 これらが全部時価評価対象の「(1)短期保有目的有価証券」となれば毎期末評価替えが行われるので、売却によって恣意的な「益出し」が不可能になる。つまり、「打ち出の小槌」を企業経営者から奪うことになる
 そればかりではない、期末に評価替えが行われるから時価が下がっていれば評価損を計上しなければならず、企業にとって株式や公社債保有は経営リスク要因となってしまうから、企業経営者は経営リスク回避のために自社の持ち株を売却することになるだろう。その結果、膨大な売り圧力が東京証券市場にかかり、株価が一段と下落しかねない。下落すれば評価損がでてさらに保有株の売却が進むという負のスパイラルが生じてしまう。

 2001年以後の株価低迷の原因の一つは時価会計の導入にある。銀行や保険会社だけをとっても売買目的有価証券の時価評価による経営リスク回避のために、大量の売り圧力がかかった。こんどは銀行や保険会社が保有する持ち合い株へ時価評価が導入されることで、保険会社、証券会社、銀行保有の持ち合い株の大量売却が生ずる。

 保険会社、証券会社、銀行は取引先の新規上場株を分けてもらうことで濡れ手に粟で値上がり確実な株式を大量に取得できるが、会計基準改定後はそれを恣意的に「益出し」に使うことができなくなる。だから長期保有はせずに、値上がりしたところで処分することになるだろう。

 保険会社、証券会社、大手銀行は取引先の株を保有することで自社の社員の「民民天下り」を実現してきた。度々引き合いに出して申し訳ないがスーパーゼネコンF社を例にとると、2000億円の借金棒引きに応じた当時、副頭取が代表権を持つ会長に、財務担当取締役もその銀行から派遣されていた。銀行出身者の素人経営で赤字を膨らましてしまった経営責任をとることになった。こういうことは「益出し」という仕組みがなければできない。
 そればかりではない。日銀はバブル崩壊後、金利を実質ゼロに据え置くことで銀行の利ザヤを2倍に増やし側面から支援した。こうしてなにをやっても許される体制ができてしまった。銀行経営のモラルハザードである。

 株式以外に国債の問題がある。銀行は大量の国債を購入しているが、満期まで保有せずに売買している。改定案にしたがえば「(1)短期売買目的有価証券」に該当する。今後は時価評価の対象になる。量が大量なだけに、長期金利が上がり、価格が下落したときの損失が膨大になる。したがって、リスク回避のために国債の保有残高を減らす方向へ一斉に走ることになる。何が起きるか?長期金利が上がり国債相場が下落する。

 政府は2009年度も44兆円の赤字国債を発行するが、買い手が市場からいなくなるわけだ。買い手を増やすためには長期金利を上げざるを得なくなるので、与謝野財務大臣が心配するのも無理はない。850兆円もの残高の国債の金利が1%上がるだけで8.5兆円もの金利負担が増えてしまう。2%上がると17兆円である。歳入は40~50兆円しかない。収入の三分の一以上が国債の金利支払で消えてしまう。

 民主党のマニフェストには850兆円の国債残高を減らす具体策がかかれていない。減らすことすら書いていない。国際会計基準が改定されたら、株価は長期にわたって下落し、国債の金利が上がり日本の財政が破綻してしまうのに具体策がない。

 保険会社や大手銀行は取引先の株を保有することで、それらの会社へ役員を送り込んできた。上場企業への天下りポストだけでも金融機関全体で5000を越えるだろう。年収2000万円前後の役員ポストでの就職先が金融機関OBに提供されてきた。もちろん幹部社員のみで、居酒屋チェーンへの転籍も15年前から始まっている。
 その業界の知識も経験もまったくない保険マンや銀行マンたちが「民民天下りで」会社の経営を任されて失敗して貸付金を棒引きしても、持ち合い株を売却することで「益出し」し損失補てんをすることが可能だった。その打ち出の小槌がなくなる。持ち合が解消されれば「民民天下り」は自動消滅する
 本来の天下りである官庁から公益法人への天下りは何度もまな板に上がっていながら一向に進まないのに比べると、会計基準の変更だけで「民民天下り」は一掃されてしまう。そして、強力な「益出し」の打ち出の小槌は永遠に失われ、日本的経営のセーフティネットが外れてしまう。グローバルスタンダードの美名の下に日本企業が百年をかけて蓄積してきた含み益が裸になり、セーフティネットが外される。米国が周到な対日戦略を練って仕事を進めてきた結果である。

 このように有価証券の評価基準が変わると、百年続いた日本的経営の基盤が損なわれ企業経営者の行動様式が変わり、日本経済が構造変化を起こす。
 日本は明治維新以来続いた米国との経済戦争で2度目の敗北を記すことになる。完敗だ。

 *7月26日blog#670『国際会計基準改定案と日本経済(1)』
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2009-07-26

 *「読み誤った時価会計の導入時期」藤原美喜子
 
http://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/fujiwara/02.html

 監査法人による2001年会計基準変更解説
 
http://www.azsa.or.jp/b_info/letter/24/01.html

 〈2003年4月22日号 『週刊エコノミスト』に掲載記事を抜粋〉 

持ち合い株式への時価会計導入が、銀行と日本経済を苦しめている。仏・独はまだ簿価を採用している。果たして急ぐ必要があったのか。

2001年9月から導入された持ち合い株式への時価会計の導入により、株価が下落するたびに大手行の保有株の含み損は増大する。

02年3月末の大手行保有株の含み損は1.3兆円。今年3月末の日経平均は8000円の大台を割り込んだため、含み損は6兆円近くに達したと言われている。銀行と企業の持ち合い解消による株式売却は年間を通して継続的に行われているため、株価の下落は今後も続くだろう。簿価ベースで44兆円あったといわれている銀行の持ち合い株式保有額は、株価の下落と毎年3兆円に及ぶ保有株の売却の結果、02年3月末には25兆円までに減少した(しかし、依然として中核的自己資本を8.3兆円上回っている)。

銀行の売り越し額は、3年連続で1兆円を超えた。持ち合い株式に時価が適用される限り、銀行は今後も保有株の売却を続けざるをえない。企業にとっても、持ち合い株式の評価損は深刻な問題である。

4月初め、三菱電機は連結最終損益を250億円の黒字から140億円の赤字に下方修正した。その際、保有株式の評価損500億円のうち金融株が9割を占めることも明らかにした。商法改正によって、今年4月から株主総会での特別決議事項に関しての定足数が過半数から3分の1に変更された。今後、上場企業は持ち合い株式の大部分を占める銀行株を積極的に売却してくることが予想される。銀行株は続落しているが、底入れを予想する声は少ない。

政府に焦りがあった

日本企業の会計情報に対する不信感を払拭するため、政府は1998年、金融商品への全面時価会計導入を決定。この結果、01年9月から有価証券は目的に応じて、(1)売買目的の有価証券、(2)満期保有目的の債券、(3)子会社及び関連会社株式、(4)その他の有価証券――に分類され、(1)と(4)に時価が適用されることとなった。

持ち合い株式は(4)のその他の有価証券に分類され、時価評価の対象となった。この会計ルールの変更により、銀行及び企業の経営者は9月と3月の決算期に本業とは別の、株価という頭痛の種を抱えるようになった。その理由は株価次第で持ち合い株式からの多額の評価損が生まれ、それにより企業収益が大きく左右されるようになったからである。

証券・金融市場のグローバル化に伴い、各国で異なる会計基準を国際会計基準の下で統一していく方向性は正しい。売買目的の金融商品に時価会計を導入するのも正しい。

しかし、時価会計の導入時期と、売買を目的としていない長期保有の有価証券に対する時価導入には、慎重さが欠如していたようだ。

時価会計主義は、大昔からあったわけではない。80年代前半、英国は高インフレに見舞われ、資産額を物価に合わせて再評価する会計方法「インフレ会計論」を唱える会計学者たちは、英国の会計学会を二分した。当時、英国の大学院でファイナンスを専攻していた筆者にとり、会計学は必修科目の1つであった。時価会計のグローバル化はその後、ユーロ市場の拡大化と、英国のインフレ会計の流れをくむ会計士、学者、かつ会計理論を同じくする英連邦の国々が中心となり広がっていった。

時価会計主義は、その会計理念に大きな欠陥を抱えている。好景気で株や不動産が上昇している限り、時価会計は資産価値を増やし、時価会計導入企業に対し有利なフェア・バリューを見せ続ける(例=インフレ率10%の下では、時価会計は資産価値を増やしていく)。しかし、長期的デフレ経済下では、企業の財務諸表をますます悪化させる。

バブル崩壊後00年度までに、日本の土地・株式の総額は1500兆円下落した。つまりGDPの3年分の資産が失われたことになる。土地総額はいまだに毎年70兆~80兆円下落している。この100年に1度といわれる深刻なデフレ不況下で持ち合い株式への時価会計の導入が決定されたのである。

なぜ日本公認会計士協会と政府は、持ち合い株式に対する時価会計導入の時期を誤ってしまったのだろうか。理由を4つ挙げてみたい。

(1)会計のグローバル化の流れに「遅れてはいけない」という気持ちが先走り、会計の理念を関係者と十分に議論せずに導入時期を決めてしまった。公認会計士は企業の経営者ではない。デフレ不況下での時価会計導入のツケの大きさを厳密に把握せずに、会計ビッグバンに突入してしまったようだ。

(2)日本公認会計士協会は、国際交渉に慣れていなかった。

(3)持ち合い株式に関しての監督官庁がなかった。官僚は会計学に疎い(リースへの国際会計基準の導入を見送ったが、持ち合い株式に関しては見送らなかった)。持ち合い解消売りの株式を誰に購入してもらうかに関する戦略が欠如していた。

(4)株の持ち合いを奨励しているドイツ・フランスとの連携を試みなかった。その結果、ドイツ・フランスは持ち合い株式に時価会計を導入せず、日本だけが導入してしまった。



 2009年7月29日 ebisu-blog#674
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