#5127 公理を変えて資本論を書き直す④:生産性とマネジメント視点の重要性 Dec. 10, 2023 [A2. マルクスと数学]
今回は、労働価値説と生産性の関係を紐解きます。話の要点は労働価値説と生産性の話は両立しないということ。生産性の向上は労働価値説と矛盾することを明らかにします。そこだけ理解してもらえば十分です。マルクス経済学者でそんなことを言った人はいません。もちろん、マルクス経済学者で生産性の問題を取り上げた人もいないでしょう。論理的に矛盾しますから。商品価値の総額が増えるのは、労働の強度を大きくしたと説明するしかありません。マルクスはそうしています。
さて、本論です。
労働価値説を式で表すと(x軸は投下労働時間、y軸は商品の価値とする)、ax+by=0で表すことができます。
定義域:{x| 0≦x}& {b/a| b/a<0}
投下労働量が増えれば増えるほど商品の価値は増大し、それが減少すればするほど商品の価値が減少することになりますが、ほんとうでしょうか?具体的に考えてみたらわかります。
一番大きい問題は、投下労働価値説に立つと、生産性とかマネジメントとか品質向上という視点が失われてしまうことかもしれません。それが現実にどのような災厄をもたらすかは、次回述べる四つのシミュレーションで明らかにします。ソ連がロシアになっても経済停滞から抜け出せない理由や、中国が20年前まで経済停滞していた理由、北朝鮮が経済停滞している理由も明らかになります。
労働価値説に基づいてそれを数式で表すと…
生産された商品の価値=k×商品の生産量(個数)×1個当たりの投下労働時間…(1)
商品の生産量をxとし、商品1個当たりの投下労働時間をyとすると、次の式が成り立ちます。kは金額換算のための調整定数とします。
z=kxy …(2)
生産性が2倍になれば、商品1単位当たりの投下労働時間yは1/2となり、同じ労働時間内に生産できる商品の数xは2倍になりますから、この関係は反比例です。
生産性という観点を導入して、商品の生産個数xと商品の1単位当たりの投下労働量yを関数で表すと、次の式が成り立ちます。
y=1/x…(3)
定義域:{x| 0<x}
x軸は商品の数量、y軸は商品1単位当たりの投下労働量を表します。
この関数では生産される商品の量xが2倍になれば、商品1単位へ投下される労働時間が1/2になります。
この式をxで微分すると、
dy/dx=-x^2…(4)
基準座標を(1,1)にとれば、生産性を2倍にしたときには商品1単位あたりに必要とされる投下労働量は半分となり、座標は(2,1/2)に決まります。x=1における微分係数は-1で、x=2におけるそれは-1/4です。生産性が2倍、3倍となると、微分係数は-1/4倍、-1/9倍となります。さて、これにはどのような意味があるのでしょう。わたしにはこの式の意味するところがよくわからないのです。わかりやすい説明を考え付いた人は投稿欄で教えてください。
千葉大学の夏目雄平先生が大学での初等物理の授業の準備を昨年FB上でFB友限定公開で何度もやって見せてくれましたが、式を展開するごとにそれぞれの式に物理的な意味が与えられていましたから、この微分係数の変化にも経済学上の意味があるのでしょう。わからないところはそのままにしておいて、話を進めます。どこかでその意味が判明するかもしれません。
さて、生産される商品の量が半分なら、座標は(1/2,2)となり、商品1単位を生産するのに要する労働量は2倍となります。
x=1の点での微分係数は1、x=1/2の点での微分係数は-4です、この数字は何を意味するのでしょう?
生産性が2倍になると商品1単位当たりの投下労働量減少の傾きが-1/4になるということ。生産性が3倍になれば投下労働量の減少の傾きは-1/9になるということ。減少の傾きは加速的に0へ近づくことがわかります。
生産性が半分になる(1/2、2)と接線の傾きは-4となり、変化の割合が加速的に増大します。
定義域は、x={x| 0<x}ですから、
lim (n→0)1/x=∞...(5)
lim (n→∞) 1/x=0...(6)
となります。
この数式は面白い問題を提起してくれています。投下労働量が極限値でゼロになる点を具体的に検討すると、モノや情報の生産に人間の労働が不要になった世界を叙述しています。臨床検査センターで自動分注機を開発導入したら、分注工程で仕事したいた人がゼロ人、つまり完全自動化になればこういう事態が起きます。固定資産台帳が500頁ほどもありバイト3人2か月かけて所定の申告書用紙へ転記して提出していたのを、プログラムを一本作っただけで、プリントアウトをそのまま提出できるように変更しました。これもその工程は労働量ゼロになってしまった例です。染色体検査で染色体の顕微鏡写真を撮った後に、写真を鋏で切って、染色体の大きい順に並べながら糊で貼り付けます。1987年に染色体画像解析装置を3台導入した後は、そういう作業がゼロになりました。CCDカメラで画像を取り込んだ後に、プログラムが自動的に大きい順に並べてくれます。それを高品質のレーザプリンタでプリントします。切り貼り作業はこうしてなくなりました。結石の前処理ロボット開発も似たような効果がありました。結石を粉砕して、腕時計組み立て用のアームロボットで五円玉のような穴の開いた金属の穴の部分に詰めて固めます。それを赤外分光光度計で測定します。前処理工程がアームロボット処理に変わりました。
部分ではなくて、全体もそうなる可能性がります。「(工場生産)労働」からの人間の究極的な解放が可能だということをこの数式が示しています。同時に、このことはビジネス倫理や人間のあくなき欲望を抑止しないと、過剰富裕化によって、有限な資源を食い尽くして人類が滅ぶ危険も警告しています。
「売り手よし、買い手よし、従業員よし、世間よしの四方よし」
そして、経営者や株主は強欲をむさぼらぬことが要求されます。それをそれぞれの立場の人々が倫理で律するか、それとも法律や制度で縛るかを具体的に検討する必要があるということです。日産のカルロス・ゴーンのような強欲な経営者がこれからもいくらでも出て来るでしょうから。
ものはついでだから、逆関数を考えてみましょう。y=1/xはy=xに対して線対称ですから、xとyを入れ替えても同じことになります。
x=1/y…(7)
この関数の表す意味はy=1/xとは異なります。今度は、商品一単位の投下労働量を2倍にすれば、生産性が1/2となり、接線の傾きは、-1/4です。微分係数は同じなのです。投下労働量を増やしていくと接線の傾きは加速的に0に近づきます。投下労働量が基準点(1,1)から2倍になれば、生産性は1/2に、そして接線の傾きは-1から-1/4となります。投下労働量が1/2になれば、そのとき(x=1/2)接線の傾きは-4となります。
さて、(3)の式の両辺にxを掛けると、
xy=1…(8)
これを(1)式に代入すると、商品価値は増えないことになります。
z=kxy=k…(9)
ところが、市場へ2倍の商品が出荷できれば、それが過剰生産でない限り、売上は2倍となりますから、商品価値が生産性によって変わらないという仮定が事実と矛盾していることになります。生産性が2倍に上がれば、投下労働量が同じでも売上は2倍になります。(6)の式は現実にはあり得ませんから、妄想の類です。でも、労働価値説に立つとこういう結論になります。労働価値説で生産性向上を説明しようとしたら、労働強度を大きくしたとしか言いようがないのです。しかし、生産性向上は労働軽減になる事例が多いのですから、矛盾しています。こうして労働価値説は破綻するのです。
普通の成績の中高生でも理解できる仕組みですが、投下労働価値説にこだわれば、そんな当たり前のことが学者ですら理解できなくなります。
生産性が上がれば上がるほど同じ人員数で商品の生産量は増え、商品1単位当たりの投下労働時間は減少するのはあたりまえの事実です。マルクスのように大英図書館で一心不乱に書物を読んで勉強しなくてもわかることです。働いても、企業経営してみてもわかることですよ。こんな当たり前のことを理解するのに特別な頭脳は必要ありません、普通でいいのです。マルクス『資本論』の「資本の生産過程」編には生産性の問題が抜け落ちています。
実際の数字を使って確かめてみましょう。
商品を一つ生産するのより具体的に8時間の労働時間を必要とするとします。その商品の市場価格が16.7万円とし、生産に投入される人員が15名、労働時間1時間あたりに産出される価値をk円とすると、次の式が成り立ちます。
z=k×(8時間×15人)×10個=167万円…(11)
z=120k=167万円
k=13920円…(12)
生産性が1.5倍になったと仮定すると、
z=13920円×(8時間×15人)×15個=251万円…(13)
投下労働量が同じなら生産性が1.5倍になれば、売上も1.5倍になることは自明です。
そういうわけで、この企業の売上は以前の167万円/日から251万円/日へと増大します。1か月20稼働日換算だと、年額で240倍ですから、167万円⇒4億円、251万円⇒6億円です。一人当たり人件費は500万円⇒800万円でシミュレーションしています。当初1000万円の資本金で出発したとして、10年後には1.3億円の自己資本額になります。
労働価値説が真であれば生産性が1.5倍になっても、グリーンの総労働時間には変化がないのですから、商品価値(売上)は不変のはずですが、それは事実と矛盾していますから、背理法で労働価値説は偽であるという結論が導き出されます。過剰生産にならない限り、売上は2倍になります。売上=商品価値ですから。
次回、シミュレーションをお目にかけますが、生産性を1.5倍にできたら、給料は1.5倍以上にできます。
逆に生産性が1/2の企業は従業員へ半分の給料しか支払えません。ブラック企業ですね。
品質を維持しながら生産性を上げることができれば、その企業の従業員の給料は社会的平均値よりもはるかに高くなります。品質をアップしながら生産性を上げられたら、商品価値=売上はより増大するでしょう。
耐久消費財を考えてみます。3年で半数が故障し5年でダメになる価格50万円の工業用ミシンがあるとします。故障が少なく耐用年数が3倍ある高品質のミシンなら、100万円で買っても採算が合うでしょう。30年ほど前に聞いた、中国製のミシンと日本製のミシンがそうでした。
商品の価値は品質によっても評価が違います。それは仕事をしている人のスキルや工夫や心構え、生産システム、そしてマネジメントの巧拙に依存しています。
商品の価値を決定する要因は、生産性だけでなく、品質(故障率や耐用年数に関わります)、仕事をしている人のスキル、生産システム、マネジメントの巧拙などさまざまな要因が関係しています。複雑系なのです。
投下労働量で商品の価値が決まるなんて言うのはフィールド観察をしたことのない一握りの学者の妄想です。マルクスもそういう中の一人でしたから、抽象論ではなくて現実的で具体的な視点で見直してみる必要があります。
生産性を変えた損益シミュレーションの準備ができましたので、次回は、商業において、生産性が1.5倍になったときに、赤字すれすれの企業の社員の給料がどうなるのか、企業がどのように変わりうるのかがはっきりわかります。
次回はもっと具体的な「損益シミュレーション」を紹介します。経営のシミュレーション見たら、起業したくなる若者が増えるかもしれません。期待しています。
マルクスが『資本論』でなぜ論理的に破綻したのかを扱ってきましたが、それを乗り越えるにはどのようにしたらいいのかも俎上に載せます。マルクスが夢想しただけで終わった新しい経済社会のデザインもしてみたいのです。
<余談-1:労働組合運動改革>
マルクスとエンゲルスの『共産党宣言』は1848年でした。そして『資本論第一巻』が1861年ですから、175年もたっているというのに、労働組合運動はスマートじゃありませんね。ブラック企業で賃上げ闘争したって無理です、無い袖は振れませんから。その一方で優良企業は20~50%の賃上げのできる余地のあるところがあります。しっかり企業の経営分析して、たとえば生産性を20%アップする計画を立てて、30%の賃上げの交渉テーブルについたらいいんです。
そういう企業がプライム市場で20社も出てくれば、あるいはスタートアップ企業で生産性を50%アップして60%の賃上げを公表する企業が陸続と出てくれば世の中変えられます。そういう企業に人材が集まってきます。ブラック企業は誰も振り向かなくなり、自滅していきます。強欲な経営者は有能な社員から見放されます。
既存の分野での生産性アップでもいいし、新しい事業分野を切り拓いて高収益企業を目指して社員の平均給与を1500万円にしたっていいのです。すでにそうした企業は出現しています。やりかたを真似たらいい。
こんなことは民間企業でないとできません。
<余談-2:二重の破綻>
#5125 公理を変えて資本論を書き直す③ Dec. 8, 2023
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