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#4572 光源氏と紫上:初枕 June 19, 2021 [5.2 好奇心]

 本稿は「#4571 学校の先生の生徒との私的SNS使用規制:時代の流れ」の続編です。
 光源氏は何歳の紫上と「新枕」に及んだのかという問題を提起しておきました。今回はその答えを用意しました。
 日本人はもっと自分たちの性風俗について知識がなくなりつつあります、それも含めて日本文化なのですから関心を持つ人が増えてくれたらいいなと思います。

 日本の性風俗がどうであったのかを検討した中で『源氏物語』を引用しました。光源氏が22歳の四月から23歳の正月までの出来事が九番目の「葵(あふひ)」の帖に出てきます。その六が「紫上の新枕(にいまくら)と三日夜の餅」、ようするに光源氏が紫上に初めて女の色香を感じてエッチに及ぶ場面です。

 岩波文庫では『源氏物語(一)』、紫上は14歳-15歳と304頁に書いてあります。光源氏は紫上が可愛くて、日頃共寝をしていますが、いとおしいだけで性的欲求は起こしていないのです。ある夜、紫上の挙措になまめかしさを感じた光源氏はことに及びます(344頁)。その翌日、紫の上が暮らす西の対へ行っても、紫上は顔を見せません。恥ずかしいのと、痛かっただけなので、なんてことをするのと怒っているのです。
 光源氏がいくらなだめすかしても拗ねているので、数日かけて一生懸命にご機嫌を取ります。こうして紫上は光源氏の妻になりますます仲良くなりました。しかし正妻ではありません。それが、悲劇を生むことになります。女三宮が正妻として来てから、運命が暗転します。女三宮も紫上も光源氏も、坂を転げ落ちるように不幸のどん底に落ちていきます。恋は苦しいものですね。
 林望訳『謹訳源氏物語二』では219頁から229頁に「新枕」周辺の事情が品のよい日本語で載っています。

 光源氏は元服して以来、22歳とはいえ、さまざまな女性遍歴を重ねているのですから、14歳(一説には歳の差は10歳とも言われていますから、12歳かも知れません)になった紫上ともっと上手な新枕ができたのではないかと、その方が自然ではないのかと、それなのになぜこんなにエッチが下手くそに書いたのかわけがわかりません。紫式部のこの書きようにどこか彼女の経験や人生観が投影されているように感じます。
 清少納言なら、もっと素敵に新枕の場面を書くのではないか、和泉式部ならもっと愉しい新枕の表現になったのではと思ってしまいます。光源氏の運命もまったくちがったものになったでしょう。そういう作品が共感をもって読まれるかどうかままた別です。一本調子の恋の勝者の物語になってしまいますからつまらない。恋多き光源氏が、その恋の多さゆえに運命が暗転してゆく、そこに美学を感じる人が多いのでしょう。光源氏がどのような死にざまを迎えたのかについて紫式部は書いていません。突然に光源氏のいない帖がはじまります。いくつか伏線を残すことで読み手に任せたということでしょう。
 訪れる男が少なかった紫式部の性への考えや価値観の投影を感じてしまうのはわたしだけではないと思うのですが…

 法律を離れて、性的関係は何歳からがいいのかという問題が昔も今もあります。光源氏のような経験が豊富な男でも、おぼこの14歳の紫上が相手では、相手に愉しくない一方的なものになりうる可能性を紫式部が示唆しているようにも読めます。もちろんこういうことは個人差が大きいのですから、同じ14歳でもおませな14歳なら、事情はずいぶん違うことでしょう。
 『源氏物語』からは14歳だと初心(うぶ)な少女の場合には「新枕」は少し早いということが言えそうです。

 平安時代の王朝物語のように、複数の恋人がいて鉢合わせをしないように訪れ、それぞれから熱い後朝(きぬぎぬ)の文をもらえたら、女性の方は体の健康にも精神的な安定にもよさそうですね。男はせっせといい歌を創って気に入った女へ送り、返歌をもらうとそそくさと夜に通い、まだ夜が明けきらぬうちに床を抜け出して自宅へ戻ったら眠い眼をこすりつつすぐに後朝の文を書く、まめな男でないとできませんね。

 高校古典の教科書に「葵」の帖の「紫上の新枕(にいまくら)と三日夜の餅」を収載したら、愉しい授業になるでしょうね。生徒たちはきっと大喜びです。ですが、明治以来の文教政策とは真っ向から衝突します。もっと、伝統的な性風俗に関する古典文学や民俗学の資料を国語の教科書や社会科の教科書に採録していいのではないかと思います。どのように読むかは生徒次第です。中高生の男子の9割以上がスマホでアダルトサイトを見ている時代ですから、明治以来の性風俗に関する忌避の姿勢を改めることこそが必要なのかもしれません。
 日本は中世文学以来、圧倒的に恋愛を扱ったものが多い、世界一だそうです。正面切って教材に利用していいのではありませんか?いまの状態は、そういう名作を学校教育の場から遠ざけるばかりで、宝の持ち腐れになっていませんか?性愛は人間存在の根源にかかわるものですから、文学作品を通してそういうものに触れる必要があるのではないでしょうか?

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