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#2820 『奴隷区 僕と23人の奴隷①』岡田伸一著 Sep. 29, 2014 [44. 本を読む]

 いまどきの中高生や大学生がどんな本を読んでいるのか知りたくてどういう作家のどのようなジャンルの本を読んでいるのか訊て読んでみているが、団塊世代との間に生じている読書傾向のギャップについて考えなければならないことがあるようだ。
 なぜこんなことをしているのかというと、日本人の意識の底のほうで不可逆な変化が起きている気がするからだ。ゲームに嵌って一時期学力が低下するだけなら、一部の生徒を除いてそれほど大きな問題ではないかもしれぬ。しかし、意識の底が変化すると行動形態や倫理基準、思考パターンまで覆ってしまいかねない。日本人の意識の底には日本人が1万2千年間育み受け継いできた価値観があるのだが、それがオンラインゲームの急速な浸透で書き換えられようとしているのではないか。

 中高生および大学生の読む本は幅が広いが、ゲーム攻略をテーマにしたジャンルの本が多いのが若者の読書傾向の特徴の一つかもしれない、この本もそのうちの一つだ。漫画の本に毛がはえたレベルだから、「漫画+アルファ」としておく。読みやすいから多くの若者たちが読んでいる。漫画の脚本と言った方が内容を表しているし、この手の本はアニメ化やテレビ化されるものが多い。
 ルビはほとんどないから中学生の三人に二人は語彙力の点から無理、高校生でこの本を読んでときどき読めない語彙が出てきたら、読書量が不足していると判断していい。漢検3級程度の語彙しか使われていない。ルビをふってある語彙はP.58と59にある「過る」、「拭う」、「拭く」くらいなもの。読めたかな?脚注に読みを書いておく。
 キャバクラとかデリヘル、レイプが出てくるから、ほとんどの学校司書が選ばない類の本だろう。50年前なら有害図書に分類されそうだ。しかし、生徒たちは自分のお小遣いをはたいて読んでいる。
 さっさとこのような段階を抜けてレベルの高い読み物にトライしてもらいたいというのは、とっくに還暦を過ぎた団塊世代の老人の繰言。

 この本のジャンルはゲーム。ゲームにはシステムが必要だ。このゲームではSCM(スレーブ・コントロール・メソッド)という謎だらけの装置を口内に装着する。歯の裏側にはめ込むのである。同じ装置をつけた者同士が接近すると振動してお互いに相手を認知できる。ゲームの申し入れをする者をAとすると、その申し入れを受け入れゲームの種類と勝ち負けの判定の仕方を決める権利は相手方のBに生ずる。ゲームに勝てば相手を自分の奴隷にできるというもの。ゲームが終了するとカチッと音がして、主人と奴隷の関係が成立する。SCMが脳に作用して奴隷は主人の言うことに逆らえない。感情はそのままだが、嫌な事でも命令されたことは実行に移すことになる。することが嫌な場合は嫌だという感情は残るが、命令に逆らえない。
 この装置がどのようにして脳に作用するのかは第1巻では説明がない。この装置はネットで注文して買える。最初はオークションで1円だったが、値段がハネ上がって600万円という情報も流れている。開発者は不明だが二人いると登場人物の誰かが言っている、その開発者二人はこの巻では登場しない。だがどこかで登場して重要な役割をそれぞれ受け持ちそうだ。そういう伏線だろう。

 この装置には取扱説明書附属しており、ゲームのルールが事細かに説明してある。たとえば、勝負が始まったら24時間以内に決着がつかないと、双方の脳にペナルティとして障害が発生するとか、SCMを装着した者同士が30mの範囲内に近づくと装置が振動して知らせる。15mでもう一度装置が鳴り、5mで最後の振動と音。距離が近くなるにつれて振動と音は大きくなる。
 装置を装着しているものはネットのサイトに取説に書いてあるシリアルナンバーを含む暗号を入力すれば、SCM装着者の位置情報が赤マル、黄色マル、緑マルの三色に分けて得られる。赤は主人、黄色は奴隷、緑はフリーという設定だ。GPSを利用してスマホでもSCM装着者の居場所を探知できる。装置を外していることも可能だが時間に制限がある。
 この取説には「応用編」があって、3ヶ月以上主人と奴隷の関係が継続すると奴隷の「こころ」が変容を受けてご主人様をこころから慕うようになってしまう。脳に影響するだけでなくこころまで変えてしまう。主人が変るたびに脳には強い負荷がかかりその都度一次的な影響が身体にでる。まるで禁断症状のようだ。SCMは薬物よりも強い精神への作用があるらしい。

 登場人物はキャバクラ嬢をはじめいろいろ出てくるが、登場人物は風俗関係者が半分くらいかな。一部の登場人物に生活感が欠けている。背景の書き込みが足りないように感じるが、話の本筋に関係なしとして詳細に書くのをやめて割り切ったのかもしれない。だから職業不詳の人物も出てくる。SCMを装着した犬(ズシオウ丸)まで出て来て、人間と勝負してご主人様になるから、少々漫画チックなところもある本だが、それはそれで楽しめばいい。やたら登場人物が多いので紙に書き出して図解しながら読んだ方がいい。最初の登場人物は一人称で語るから名前がわからないが、後でわかる仕掛けだ。章が変わると別の人物なのにまた一人称での語りが始まることがある。普通はこう言う設定はしないだろう、最初に一人称で語った人物が主人公で、ずっとその主人公の一人称というのが通常の小説のお作法だ。
 そんなことは放っておいて、とにかくストーリを楽しめということか。いかに相手をだましてゲームに勝つか、そこに話の重点がある。『ソード・アート・オンライン』ではひたすら自分の剣技を磨くことで頂点を目指し自己犠牲を覚悟で人を救うのに対して、この物語は相手をだますことで「主人」となり、奴隷を意のままに動かすという人間の根源的な欲望をむき出しにしている。暴走する欲望とでも形容しておきたい。
 どちらもゲームが共通のテーマだ。それほどいまの若い人たちはゲームが身近で関心が強いのだろう。
 私は2007年にスキルス胃癌で入院していたときまでヤングジャンプを読んでいたが、「ライアゲーム」という漫画が連載されていた。その後テレビ化されたようだが、これが最初ではなかったか。『奴隷区』はこの系譜のゲーム小説だ。

 ところで、ビリヤードゲームにはさまざまな種類がある。日本人はスリークッションやアーティステック・ビリヤード、ボークラインなどが好きだ。スヌーカというゲームがあるがヨーロッパでは人気があるが日本では3年くらいはやったことがあるっきりだ。相手を殺すことに重点を置いたゲームなのでどうも日本人はこういう系統のゲームを嫌がる傾向がある。アーティステックやスリークッションは相手を殺す(邪魔をする)のではなく、いかに自分がきれいに点数を重ねるかというゲームだ。

 若い人たちの間で、だましあうゲームをテーマにした小説が流行りだしているようだが、団塊世代が若い頃にこういう小説が書かれたとしても人気は出なかっただろうと思う。人を欺いてはいけないとか、弱い者イジメは卑怯な振る舞いだとする価値観がいまよりもずっと強かった。
 こうしてみると、日本人の意識が根っこのところから変りつつあるのかもしれない。だましだまされる、だまされる方が悪いという欧米や中国の価値観が日本人の若い人たちの脳に浸透しつつあるような気がしてくる。日本人が世界に誇れる価値観が崩れてしまったら、先人達が築き上げた日本人の国際的な信用は地に落ちる。そのときこそ日本人は人であることを棄てて「経済的動物(エコノミック・アニマル)」になりはてるのだろう。
 50年単位でモノゴトを見ていくという視点が必要だ。長期にわたって少しずつ変化するものは、数年の単位では検出できないのである。明治期の本や古典作品群を読み、いまの日本人が伝統的な価値観から見ると異常であることに気がついてもらいたい。受け継ぎ伝え、変ってはいけないものがある。

<余談>
 『ソードアート・オンライン』がルビを振ってあり、内容から小中学生向きだとすると、『奴隷区』は性的描写が少し出てくるのでおませな中学生と高校生向きだ。でも、村上春樹の『1Q89』ほどではない、2分冊目の冒頭に過激な描写がでてくる。主人公の青豆と若い婦人警官の4Pシーンがある。女の生理がよく書けており、あの本は高校生や大人向き。中学校や高校で朝読書をやっているが、中学生でも男子よりも早熟な女性徒たちはもっとどぎつい小説も読んでいる。スマホで携帯小説を読む生徒が増えているが、これは何でもありだそうだ。こういう物からいろんな用語を仕入れている。大人並みその手の用語に詳しい生徒が1割はいるだろう。スマホを買い与えてもフィルタをかけない保護者が多いから、こどもたちは何でも見ている。なんでも見られて便利だけど行き過ぎ、すごい時代になった。
 「漫画の本+アルファ」くらいのレベルの本だ。精神への影響から三つに分けてみる。
 A型:魂の浄化・・・白
 B型:欲望の泥沼でうごめく魂・・・黒
 C型:nonA&nonB・・・灰色
 この本はBに分類される。普通はこの手の小説を読み続けたら飽きるもので、もっとレベルの高いものや魂の浄化になるようなものがほしくなる。ところが、そこでとまってしまうものもいる。スマホやゲームにすっかり嵌って何年間も抜けられない層がある。その人の精神へ強く作用して脳の反応パターンが変ってしまうのかもしれない。そういう情報が大量に流れ込むことで、ある種の回路が脳に出来上がってしまうのではないだろうか。
 「ご主人様」になり他人を「奴隷」として支配したいという欲望に負けてSCMを装着するとそのシステムから逃げられなくなる。『ぢんぢんぢん』という分厚い小説があったが、整形手術に失敗した女が、それをリカバリーしようと次々に整形を重ねて見られないような醜い顔になってしまう。元のブスな顔に戻してほしいと願っても後の祭り、そういうストーリだったが、どこかで似ている。

 新宿歌舞伎町界隈、池袋駅周辺、中央線の国分寺駅前がでてくるが懐かしい。周辺地理を思い出しながら作中人物が移動するルートを頭に想い描いた。どこかで西武線の江古田もでてきた、ここには親戚があった。根室高校を卒業してから35年間東京に住んでいたから、こういう東京が舞台の小説はまた別な楽しみがある。時代小説を読むときは地図帳を参照しながら読むことが多い、楽しみが増えるからである。

 たまには明治期の作家の作品群も中高生には読んでほしい。『坊ちゃん』、『こころ』、『虞美人草』、『吾輩は猫である』、『草枕』、『明暗』、『福翁自伝』、『学問のすすめ』・・・
 レベルの異なるものをさまざま読むことで自然に目が肥えてくる。目が肥えるとレベルの低いものに飽きてくる。いつまでも現代作家だけに範囲を限定せず、どんどん歴史を遡って文学作品を読んでもらいたい。日本は世界有数の文学大国でもあるのだから、古いものを読まない手はない。日本的情緒は古い文学作品の中に凝縮されてある。明治期ではないが、幸田露伴や泉鏡花、永井荷風、中島敦など、日本的情緒や職人気質、日本語語彙をちりばめた読み応えのある作品がたくさんある。山本周五郎や藤沢周平のような大衆小説にもいい作品がある。江戸情緒や職人気質、武士道などをよく伝えている。山本周五郎の『日本婦道記』(新潮文庫)は武家の妻の凛とした生き様がよく描けているから、中高生の女生徒にはぜひ読んでもらいたい。
 そしてレベルを上げていつの日か、『古事記』や1万行の五七調の日本最古の本『ほつまつたゑ』も読んでもらいたい。漢字以前にあった日本の古代文字も知ってもらいたい。聖徳太子がなぜか物部守屋を襲ったときに物部家に古代から伝わる文書を保管した書庫を焼いて焚書している。焚書をまぬがれて三輪神社系の神社に秘されて伝わった写本が発見されて出版された。
 (『ほつまつたゑ』は上下2巻、絶版になっているがamazonで2万円ほどで手に入る。表音文字であるオシデ文字(神代文字)と漢字を使って意味を明らかにした訳文が上下に並んでいる。親から子へ、子から孫へ、孫から曾孫へと伝えたい本だ。) 

<登場人物紹介>
 目黒カズマサ:発売前のSCMのモニターとして選ばれ、ただでSCMを手に入れた。ルシエをレイプした一人。
 ジュリア:キャバクラ嬢、とびっきりの美人
 サチ:キャバクラ嬢
 荒川エイア:20歳
 ユウガ:SCM装着者の一人。エイアを誘って二人でゲームに参加。エイアは装着者ではない。
 シンノスケ:ニックネームはライオンまたは獅子舞、デリヘル店長、練馬会長の後継者争いをしている。
 杉並ルシエ:美しい女、SCMを利用してレイプした男立ちを奴隷にして復讐をするが、他の男とのゲームに負けてデリヘル嬢にされてしまう。
 セイヤ:ナンバーワン・ホスト、ジュリアの元恋人
 豊島アヤカ:風俗嬢でホストのセイヤにみついでいる女
 中野ダイジュ:女装趣味、小柄で可愛い女の子に変身
 足立シヲリ:
 龍桜(リュウオウ):SCMを利用して何かをしようとしている謎の男、頭が切れる。ジュリアを支配している。
 中央:腕力の強い男
 文京ゼンイチ:暴力的な男、練馬会長に見込まれ後継者争いに参戦
 練馬会長:大手風俗(デリヘル、キャバクラ)チェーンの経営者で老人。後継者を探している。
 犬(ズシオウマル):なぜかSCMを装着している犬

 さて、東京23区は半分出てきただろうか?

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注:「過る」、「拭う」、「拭く」⇒ 「よぎる」、「ぬぐう」、「ふく」
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