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#1787 先生、統計の宿題教えて:仕事納め Dec. 30, 2011 [62. 授業風景]

 朝起きたら外は真っ白だった。夜中に雪が降ったようで、10センチほど積もっていた。"軽く"除雪…ふう、疲れた。

 昨日、中3対象の5日間の特訓が終わった。3日まで休みだから「大事だから繰り返しやっとくこと」と言った問題はしっかり復習しておくこと。

 授業の後で、大学生が二人きた。北海道医療大学生と小樽商大生だ。ひとりは統計学の宿題が出たのでサポートしてほしいとの希望、せっかくだからいろいろ話しを聞いてみた。
 根室を離れて8ヶ月だから、ふるさとを客観的にみるようになってきている。根室の大人は視野が少し狭いのではないだろうかと一人が言っていた。札幌や小樽の大人たちと比べてなんとなくそう感じているようだ。

 迷惑がかかるといけないので一般的な話としておく。都会で何年か働いてやる気のある若者が根室に戻るとたいへんだ。都会と根室では仕事の常識があまりにも違いすぎる。根室の大人たちは改善・改革を嫌う。都会で仕込まれたオーソドックスな仕事のやり方が根室では通用しない。根室の企業では仕事の基本に関わる当たり前のことが案外通用しない。そういう仕事の仕方をしていないからで、それが根室のスタンダードになっている。やる気があればあるほど、業務を改善しようとすればするほどストレスはたまる。壁は厚く高い、都会で修業を積んだ「新参者」はだまらざるを得ない。
 これも一般的な話だが、切れ者の部下に仕事のできない上司あるいは経営者、こういう組み合わせは最悪だ。できない上司にできない部下なら仕事はともかく、人間関係はうまくいく。だが、それでは企業の発展はないだろう。コネを頼りにお客や仕事を囲い込むしかなくなる。根室の現実の姿ではないだろうか?
 根室の町の活性化は地元企業の改革なくしてありえないぞ。やる気に溢れる若者たちが思い切り働ける企業群があれば町の活性化は自然に実現する。しっかりしろよ、地元企業の経営者たち。

 話しを戻そう、統計学の宿題が出たというのでみたら、データがあってt検定やF検定の問題だった。便利になった。パソコンでこういう宿題がだせるのもアップルのスティーブ・ジョブズのお陰か。
 教科書は数式が並んでいるがこれを見ただけではサンプルデータの扱い方がわかりにくい。例題が載っているのでそれと数式を見比べると具体的な扱い方が理解できるようになっている。教科書に見当たらない略号が6個ほどあったので、どういう数式を使えばいいのか検討がつかぬ、それで授業で渡されたプリントを調べるように言ったら、数式が載っていた。
 夏休みのときにも宿題が出ていたが、あのときは数学の苦手な生徒にはとても手がつけられないような問題だった。教科書も東大教養の授業で使っているもの。その学校の生徒の偏差値を考えて教科書を選ぶべきだとも思うが、これはこれでいいのだろう。大学生には無理をさせたほうが良い。夏休みの宿題で正規分布とその周辺の数式の意味が理解できていたので、話しが通じるようになっていた。1題問題を実際にやってみて、後の問題は教科書と授業で使ったプリントのどこを参照すればいいのか確認して終わりにした。この程度で理解できるようになっているから8ヶ月間の成長はバカにできない。
 高校3年生のときに比べると、やっている勉強もずいぶん大人の領域に入ってきている。統計学は社会人になった後で、結構使う機会が多いものだ。
 わたしも大学時代に統計学をとった記憶があるが、1979年頃に財務体質と利益構造を変革するために自社の経営分析をするようになってからHP67やHP97という科学技術用のプログラマブル・キャリュキュレーターと統計用パッケージソフトを使い始め、少し勉強する機会があった。プログラムができて統計ソフトで線形回帰やカーブ・フィッティングができる便利な計算機だった。90年代初め頃に、79年に開発した経営分析ツールは全部EXCELに載せ替えた。データを入力すれば自動的に5群25本ゲージのレーダーチャートが描ける。あのころは国内では最高水準のものだっただろう。関係会社や取引先企業からの依頼で経営改善のための経営分析にずいぶん役に立った。そのツールを使って企業買収もした。70年代終わりのパソコンはまだオモチャ同然で仕事には使えなかったから、10年ほどで驚異的な進化を遂げたことになる。
 臨床検査会社の学術情報本部スッタフとして仕事をしたときにいくつか割り振られた仕事の一つに海外からの顧客(製薬メーカー)と大学病院関係者のラボ見学を担当しことがある。ラボ見学のお客様にミニコンを使ったRI検査の精度管理(90年頃)を説明するのに統計学とコンピュータシステムに関する専門知識が役に立った。一度見て現場の管理者に要点をいくつか質問しただけですぐに説明できるぐらいの内容は把握できた。統合システム開発を2度経験していたことや、マイクロ波計測器についての勉強会に5年間毎月出席していたことも、そのまま役に立ったのである。振り返ってみると、勉強したことは仕事ですべて役に立つようになっていら不思議だ。つねに先に勉強ありきで、専門書を何冊か読み進むうちに、それに関係する仕事が舞い込んだ。覚えた知識を実践で使うと鍛えられる。どうしてあれほど仕事に恵まれていたのか不思議な気もするが、複数の専門分野の知識が必要な仕事を担える者は大企業でも数名しかいないのは事実である。異質な分野の専門知識をもち、それを仕事で使うことで磨きあげるべきだ。
 df(自由度)が問題にでていたので、具体例で一応の説明はしたが、何冊か専門書を読んでもその概念が曖昧模糊として私自身よくわかっていないことがあり、いい機会なので正月に調べておくよと伝えておいた。具体的な問題の解説をすると私自身の勉強にもなる。昨夜は戻ってきてから、専門書2冊とネットで調べた。疑問が消えるのはうれしいものだ。
 いい仕事納めになった。二人の美人の訪問者に感謝。

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おもし蟹

その大学生の客観論は正しいですね。

私自身も東京に居住し、根室に帰ってきたのですが、今でもギャップの激しさに戸惑うことがあります。
仕事上、東京人や札幌人と多く話すが、根室の仕事に対する考えが異なるとよく聴きます。
また東京や札幌で数年生活すると、根室の考え方が間違っていると思う人も多いそうです。
それで根室を捨て、第2の地で永住する人もいるそうです。

根室は漁師町なので、我が儘で自己中心的な人が多い。反面、閉鎖的な町なので、閉鎖的な考えの人も多い。
この両極端な人種が住んでいるのが根室ではないでしょうか?

いつの話かは忘れましたが、道東圏は債務者の相談が多いと聞いたことがあります。これも地域性なのかもしれない。だから生活保護者も増えるのかも?
http://www.news-kushiro.jp/news/20111227/201112275.html
by おもし蟹 (2011-12-30 16:27) 

ebisu

おもし蟹さんへ

具体的な話は避けましたが、いまのままでいい、改善提案などしてくれるなというのが半数を超えているでしょうね。
仕事の基本がなっていない。
若い頃に仕事の基本を叩き込んでくれる先輩がいなかったのでしょうね。そして自分も部下を指導できない上司や経営者になっている。
そこそこの地元企業がつぶれていく理由がみえるようです。

うちの商売を継ぐ者は5年や10年間は都会で働いてから戻ってくるべきです。視野を広げて戻ってこなければ、親父がやっていたまま、あるいはそれ以下のジリ貧。
この50年間で都会へ打って出たのは回転寿司のハナマルくらいなものでしょう。
その経営者は地元の経済団体には属していないのではないでしょうか?

根室の生活保護世帯の増加は憂慮すべきものがありますね。子供が都会に出て戻らなければ老人だけ残るケースが増えるでしょう。都会へ出ても皆が豊かなわけではない。地元で商売をしていて、ジリ貧になり倒産すれば借金の抵当に家や土地が入っているから、これも生活保護世帯にならざるを得ない。

パチンコにはまってサラ金から借金をして自己破産をする人も根室は多い。人口のわりには大きいパチンコ店がいくつもある。パチンコ専門の心療内科が必要です。あれは病気ですから治療がいる。

意欲のある若者がふるさとに戻ってきてもしっかり働ける、働き甲斐のある企業がたくさんある町にしたいものです。それには地元企業の自己改革が必要です。
by ebisu (2011-12-30 18:00) 

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