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#3217 日本の商道徳と原始仏教経典 Jan. 7, 2015 [資本論と21世紀の経済学(2版)]

<更新情報>
1/8 朝11時 エンロン、ワールドコム、リーマンブラザーズ経営破綻に関する追記。
          豊田喜一郎と本田宗一郎に関する追記


 今年は雪がありませんね道路がぬれる程度には降りましたが、まだ積もったことがありません。ふるさとの根室へ帰ってきてから13年目ですが、1月7日になっても雪がないのは初めてです。今朝6時の気温はマイナス4.8度でした。
 7日ですから、どんど焼きで、金刀比羅神社は車の行列でした。渋滞の列が年々短くなっているような気がします。金刀比羅神社の少し手前からノロノロ運転でした。10年前は港郵便局辺りからつながっていましたから、100mくらい短い。12年間で人口が5000人弱減少して2.8万人を切っているので、それが影響しているのでしょう。

 さて本題です。
  日本の経済学者たちは、欧米の経済学を学び研究してきました。欧米の経済学を輸入してきたわけでして、大方の経済学者はいわば輸入業者としての仕事をしていたわけです。残念なことですが、日本的価値観で経済学をみなおそうという研究者がほとんどいません。わたしがライフワークでやろうとしていることは純国産の経済学をつくってみようということです自動車製造という世界で豊田喜一郎や本田宗一郎がやり遂げたことを、経済学の世界でやってみようという夢のある話です

 日本は縄文時代以来はじめて長期にわたる人口減少時代を迎えており、わたしたちは大きな時代の転換点に立っています。そのようなときに日本の伝統的価値観で経済学を再検討することは、根底から西欧の経済学をひっくり返し、閉塞状況を打ち破る鍵となりえます。

 日本の商道徳というと、近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」や住友家の家訓「浮利を追わず」などがよく知られています。信用第一の老舗企業ではこれらの企業運営上の価値観は常識の範疇にはいります。
 日本経済にはバブル期が何度かありますが、為替が自由化された後で80年代の前後のころ、企業の財務担当役員が株取引に手を出して、本業の儲けの何倍もの利益をだしてマスコミがもてはやしたことがありましたが、5年は続きませんでした。巨額の損失を出して、それらの財務担当役員の大半が退場せざるを得なかったのです。「浮利を追わず」という商道徳をないがしろにした無残な結末でした。
 規模を大きくして米国でも類似のことが続けざまに起きています。2001年12月に、米国のエンロン(エネルギー企業)という社員数21,000名の超優良企業が突然経営破たんしました。金融ディリバティブに手を出し、巨額の損失をだしたのです。貸借対照表に記載の義務がなかったので、株主はだれもその取引の存在とリスクを知りませんでした。損失は400億ドル(現在の為替レートでは約4兆8千億円)あり、それが直前の決算書に記載がありませんでした。損失隠しには、当時の大手監査法人のアーサーアンダーセンが強く関与していました。監査法人まで、浮利を追っていたのです。そのご、2002年7月の大手通信事業者であるワールドコムが破綻、連結ベースでの負債総額1070億ドルでした。費用計上の先送り(費用を繰り延べ資産計上した)による粉飾決算でした。2008年9月にはリーマンブラザースが64兆円の負債を抱えて倒産しています。なんどもとりあげていますが、サブプライムローン(不動産担保ローン)が原因です。詐欺的商品をばら撒き、浮利を追った見るも無残な結果です。金融機関に勤務して数千万円から数億円の所得を手にしていたエリートサラリーマンたちが数千人失業することになったのです。同じ業界で他にも破綻が相次いだので、職を失ったエリートサラリーマンは1万人を超えます。また品を替えて類似のことが起きようとしています。それは自動車ローンです。エリートたちの情緒に問題があると、目先の利益を膨らませ、自分の所得を増大させるために、似たようなことを次々と起こしてしまいます。欲望には際限がありません。

 日本人が受け継いできた「浮利を追わず」という商道徳は日本だけでなく、このように米国でも通用しますから、普遍的なものだと理解すべきです。
 「足るを知る」「卑怯なことをしない」「弱いものいじめをしない」「ずるいことをしない」なども広く受け入れられている価値観ですから、こういう価値観がベースになって、その上に日本独特の商道徳が花開いたと理解するほうが素直です。
 近江商人の倫理には、自分一人がよいのではなく、商売の本来は、関係者のすべてを幸福にするものでなければならないという精神が流れています。だから、「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」にはその企業で働く人や、下請けも含めて取引先企業すべてが商売を通じて幸せになるという願いが込められています。

 前回ブログ#3216で、ダンマ・パダNo.183にある「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」をとりあげましたが、近江商人の商道徳と共通の願いが込められているようにみえませんか?
 漢訳ではなく、中村元訳『真理の言葉(=ダンマ・パダ)』(岩波文庫)現代語訳を再掲するので、比べてみてください。

183:すべて悪しきことをなさず、善いことを行い、自己の心を浄めること、―これが諸の仏の教えである

 原始仏教の教えと日本人の伝統的な価値観や商道徳はじつによく似たところがあります。仏教は本来は哲学でして、時代を超えた普遍的真理をさまざまな比喩をつかってわたしども衆生にわかりやすい言葉で語っています。
 日本人の歴史の8割は縄文時代で占められていますから、日本文化には8千年間の縄文文化という基底層があります。狩猟と漁労と採集生活が基本で補助的な農耕がありました。秋になればどんぐりや胡桃の実が谷をうずめます。それを拾って高床式の倉庫へ積んでおけばつつましく暮らす分にはしばらく食べ物には不自由しません。
 60年前の温根沼のように砂の1/5ほどがアサリという海岸もあちこちにあったのではないでしょうか。お袋の生まれ故郷の択捉島蕊取村の川には秋になると鮭があふれんばかりに遡上していました。竹ざおを立てたら倒れないくらい魚でびっしりだったそうです。母のお兄さん(満州の荒野でソ連軍と戦い戦死)が少年のころ川に入り、素手で鮭を川べりに跳ね上げて、イクラを採る、「そんなにとっても食べきれないから、それくらいにしなさい」なんて、幸せな会話が交わされていたのは、わずか80年前のことです。
 季節季節で自然の恵みと共に生きていたから、余剰生産物が少なく、争いごとの種がありません。自然の恵みから食べる分だけをいただき、八百万の神々に感謝する、自然環境を破壊せずにもろもろの生き物たちと共存してきたというのが、日本列島に住み着いたわたしたちのご先祖の姿だったのではないでしょうか。
 商品経済が発達して、売るために獲るという生活は縄文時代に比べたら案外短いのです。商品生産ではなく、余剰生産物を売買したという時代が圧倒的な割合を占めています。
 縄文時代は自然の恵みがいまより圧倒的に豊かですから、生活のために働く時間が少なくてすみ、縄文土器に代表されるように、生活に使う道具にまでこった意匠を施す時間がありました。縄文土器のできのよいものに収穫物をいれて神様に捧げたのでしょう。トコトン手を入れて、丈夫で美しいものをつくる職人仕事もこういうところにその源泉があるとわたしは考えています。神様と職人仕事はつながりが深いのです。だから手を抜くということがありません。ありがたいことに、いつも神様が仕事をご覧になって下さっています。
 稲作農耕が主体になり、やることが多くなると、土器の文様は簡素なものになってしまいます。稲作は稲の成長に合わせてやる仕事が多いので、豊かな収穫物をもたらす代わりに人から時間を奪いました。現代人は便利さを追い求め、欲望が欲望を生み、満足することを忘れ、やることが多くなってますます時間を奪われてしまっています。スマホで四六時中「ライン」をやり続ける子、ゲームに実中で毎日3時間も5時間も費やす子、こういう生徒たちは家で読書する暇も、勉強する暇もないのです。
 もう一度、1万年の歴史と、価値観、伝統文化を見直し、これから日本人がどうあるべきかを考えるときに来ているのではないでしょうか。

 経済が商品生産主体になっても、縄文文化で育まれた基本的な価値観が受け継がれています。それが、「売り手より、買い手よし、世間よしの三方よし」「浮利を追わない」「足るを知る」などに現れています。

 少子高齢化で日本列島の歴史で初めて人口減少時代を迎えています。人口が減るのはよいことです。縄文時代に戻れとまでは言いませんが、人口が半分くらいに減ったら、日本人は自然を大切にして現在より豊かに暮らすことができるのではないでしょうか
 日本人は理想社会に向かいつつあると考えてもよいのです過渡期のいましばらく、2世代はたいへんな苦労を背負い込みますが、そのあとは明るい
 あくなき欲望の拡大再生産、成長戦略はすでに時代遅れ、人口減による縮小再生産でよいのです。6000万人くらいまで人口が減って、そのご安定するのがよい。豊かな自然の中で、職住接近で慎ましやかな安定した生活を国民のほとんどがおくれたらそれが理想ではありませんか。日本にはあらゆる産業が揃っています。あらゆる職種の仕事が職人仕事になってしまうのが日本です。
 海外に流出した生産拠点を国内に再構築して、国内で消費するものは基本的に国内でつくります、そして国内で生産できないものだけを輸入する。強い管理貿易によって安定した経済社会を築くことができます。
 江戸時代は鎖国していましたが、海外の物資は長崎を通じて入っていました。儲けを大きくするために生産拠点を海外へ移転し、国内の安定した職を激減させるような貿易自由化は必要ないのです。

 思いつくままに、日本人が大切にしてきた価値観をリストアップしてみます。

● 売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし
● 浮利を追わない
● 足るを知る
● 八百万の神々に感謝する
● 嘘偽りを言わない
● 仕事の手を抜かない、そして必要な知識を蓄え、日々技術を磨く
● 卑怯なことはしない
● 弱いものイジメはしない
● 小我を棄て、大我に目覚める

 卑怯なことをしないとは、人をだまして商売をしないということです。米国のサブプライムローンは学力の低い貧乏人を詐欺にかけたような商売のやり方でした。それがリーマンショックを引き起こしました。今度は品を変えて低利の自動車ローンで似たような現象が起きています。いくらでも繰り返すのです。
 弱いものイジメをしないとは、大会社がその強い立場に物を言わせて、下請け企業をイジメることです。大会社は史上最高の利益を出し、下請け会社が赤字に泣く、そういうことがあってはなりません。大会社は取引先の小さな会社や下請け企業への支払い条件が往々にして悪い、そういうことはいけません。日本的価値観からも、アーガマのなかでのお釈迦様の説法(諸悪莫作、衆善奉行、語彙事情、諸是仏教)からもやってはいけないことです。
 小我を棄て大我に目覚めるとは、自分の企業だけ繁栄すればよいという考えを棄て、自分も取引先企業もそこで働く人々も、社員も非正規社員も自他区別なく幸せであることを願うということです。

 自然を破壊し、人間の際限のない欲望に火をつける資本の拡大再生産はいりません。あくなき経済成長とはさようならです。
 地球環境を考えても経済成長の時代ではありません。「ジャングルの掟」が支配する野蛮な米国基準のグローバリズムは消滅する運命にあります。無限の経済成長という考え自体が狂っています。
 人間の身体の中を見ると、無限に成長する細胞は癌細胞だけです。いつまでも経済成長を追い求めることを生物学的な観点から眺めたら、だれでもその異常性に気がつきます。
 アダムスミス以来のレッセフェールをベースとした「小我」の経済学を棄て、21世紀は原理の異なる「大我」の経済学がはじまります。
 ここに挙げた価値観に基づく安定した経済社会を実現して、世界中に輸出したいものです。

 子供たちや孫たちのために「資本論と21世紀の経済学」を書きました。わたしたち大人には自分たちの世代が終わる前にやるべきことがあります。


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コメント 2

相川始

おはようございます

しかし実際の世の中は、ebisuさんが理想とする人物は少ないですよね。

>● 売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし
今は、WinWinの関係より、自己の利益を追求しています
>● 嘘偽りを言わない
営業は「嘘」を得意としています
>● 仕事の手を抜かない、そして必要な知識を蓄え、日々技術を磨く
楽して仕事することを覚えた人には、これが苦痛らしいです
>● 卑怯なことはしない
ずる賢く仕事することを覚えた人間はまじめな人を利用しようと考える
>● 弱いものイジメはしない
権力や長いものにまかれることを覚えた人は、容易に弱い者いじめをします
>● 小我を棄て、大我に目覚める
大我より小我を優先します

私の身近に委託の2名がいる。
両者が対極(仕事を一生懸命する人と仕事を一切しない人)過ぎる仕事内容で、見ていて笑える。
委託元は、後者を大事にし前者には常に厳しいことを言ってます。
私から見ると、委託元は何か間違っていないか?と感じる

こんな世の中では、まじめに一生懸命働いたり、勉強したりしてる方がバカを見るのか?という錯覚を感じ。
by 相川始 (2016-01-08 08:13) 

ebisu

相川さん、おはようございます。

仰るとおり、理想とするタイプの数倍も、それとは反対の人がいますね。
人間は弱いものでして、つい目先の楽をしたくて、後の大きな苦労を背負い込みます。
尻尾を振ってよってくる人をかわいがり、振らない人には辛く当たるのが、普通に楽をしたい人です。
あとがどうなるかは考えたらわかりそうなものですが、いま現在は楽なほうがいい。

よくみたら、辛く当たられて、きつい仕事を何年もやり遂げたら、その人にはさまざまな専門知識と技術そして自分向上させる貴重な経験を積んでしまうことになります。
辛い状況にあるときほど、真摯に勉強して技術を磨くことのできる人は、いずれ大成します。かならず誰かがみているものです。世の中、眼が節穴の人ばかりではありません。
しっかり仕事をしている人を見抜くのは、それなりの経験を積んだ人です。

東京で35年間、企業間競争、社内での競争を生き抜いてきた私の範囲では、天網恢恢疎にしてもらさずが真実でした。
類は友を呼ぶという言葉も真実のようです。

お話にあった仕事を受託している方は、雑念に振り回されず、ただ一心に仕事に励まれんことをお祈りいたします。
価値観がアメリカナイズされて少なくはなりましたが、幸いなことに日本にはそういう人がまだ残っています。それが日本の希望です。
by ebisu (2016-01-08 09:02) 

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