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#2997 議論と言葉の定義の重要性 :基礎と基本 Mar. 12, 2015 [82.言葉のアンテナ]

 話がかみ合わないことがある。なぜ噛みあわないのか分析してみると、同じ言葉を使ってはいるのだが、どうも意味が違うらしいことに思い至る。
 「資本論と経済学」というタイトルで経済学論文シリーズをアップしたが、そこでも言葉の定義が問題になった。西洋は「労働は苦役」、日本は「仕事は歓び、神聖なもの」という同じ働くことに対する定義の相違、そして価値観の違いに行き着く。労働は苦役であるという公理を棄て、経済学の公理・公準を入れ替えることでまったく別の経済学が創造できることはすでに証明済みである。

 教育問題でも言葉の定義は重要な役割を果たす。基礎・基本という言葉を使うとき、それがどのような定義であるのかを問うことナシに生産的な議論はできない。
 ブログ「情熱空間」でなされた三人のすれ違いの議論が、分析能力の高い合格先生の概念定義で実にすっきりと整理されるさまをごらんいただきたい。

ブログ「情熱空間」より
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/7838276.html
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2015年03月12日

「相対的」か「絶対的」か(話が通じない理由)

保護者団体や経済団体の有志なりが教育行政に物を申す。そうしたこと、過去に何度かあったんですね、実は。ところが、いつの間にか、みごとに「うっちゃられてしまった」わけです。

教育の成果はおよそ数値計測になじまないもの。
知徳体のバランスこそが重要。
個を重視したきめ細かな指導こそが…。

そうした、「分かったような、分からないようなフレーズ」で煙に巻かれ、一度捕まえたはずがスルッと逃げるがごとく、かわされてはいつの間にか自然消滅。そんなところでしょうか。

R100さんが提起してくださった問題、いわゆる基礎・基本について、合格先生がすっきり整理をしてくれました。過去に経済団体や保護者が「うっちゃられた」理由がここにあります。《結果から逆算》してみなければ、この部分は浮き上がってこないものでしょう。我々がなぜ「うっちゃられない」のか。ええ、《結果から逆算》されたところの事実、様々な問題を抱えたままの事実を分析し、それを「絶対的なもの」として突きつけているからです。

子どものあるべき学力を、「相対的なもの」と捉えるか、「絶対的なもの」と捉えるか。

教育行政、それに学校現場と、なぜこれほどまでに話が噛み合わないのか(笑)、合格先生がすっきり明快にその解を示してくれました。当然ながら、我々が求めるところの基礎学力保障とは後者そのものです。しかし、学校現場と教育行政の「用語」においては前者に属するとの認識。まさにボタンの掛け違い。考えてみれば、これでは話が噛み合うはずもありません。

私自身、大きな気づきを得てすっきりと整理ができました。R100さん、合格先生、ebisuさん、amandaさん、ありがとうございます。なるほどなるほど、つまりは用いている「用語」からして異なるわけですね。となると翻訳作業が必要になるわけか…。それだもん、みなさん「うっちゃられて」きたわけだ。なるほどなるほど。

●基礎・基本の考え方
http://www002.upp.so-net.ne.jp/singakukouza/jijimonndai.html#Anchor-10574

《引用開始》
これを知っておくと、あとで困らないんです

 ちょっと最初は面倒な理屈っぽい話ですが、なぜ、こういう話をしているか、という根本の部分の話になりますので、何となくぼんやり分かったでも構わないので、最後までお話に付き合っていただきたいと思います。

 さて、「基礎・基本」という言葉が良く出てくると思いますが、ここで、「基礎・基本」という言葉の持つ性質について最初に述べておきます。それで、こういう言葉の性質について考える際には、ちょっと極端な例を挙げて考えると、その性質などがハッキリするので、ここでは薬剤について例をとりますが、例えば「クロピドグレル硫酸塩」と聞くと、一般の人は「何の薬?」という話になるでしょう。でも、これが薬剤師や服用している人にとっては「血栓が出来にくくなる薬」ということを知っているんですね。それが当たり前で、そういう人たちにとっては「ごく基本的な知識」ということになります。ですから、その人の置かれている立場によって「基礎・基本」という認識が変わるものなんだ、ということなんです。

 これを学力的な話に落としていくと、例えば、中2の関数の問題。難関私立校を受験するような子供さんに取っては「関数で作られる図形の面積を二等分する直線の式を求めよ」くらいのレベルは普通に出来なくては、当然難関校など受かりません。こういうレベルの子にとっては、このレベルの問題は「基本中の基本」として捉えて行くことになります。しかし、公立の中堅以下の高校を受験しようと思っている子にとっては、前述の問題は「応用~かなり難易度が高い問題」という認識で、こういう子供さんに取っては、関数の場合「まず、座標を求める」というレベルの内容が「基礎・基本」として認識される事になります。この辺は、実際に教材を見たり、作っている方なら分かっていただけると思うのですが、実際に市販の教材を見てみると、その子供達のレベルによって、基礎・基本の内容が違うということは一目瞭然だと思います。

 ということは、実は「基礎・基本」という言葉は、その人の立場や置かれている状況によって変わるし、その子の目指している目標によっても変わる~いわゆる、立場や目標から逆算した「相対的なもの」であるという事なんです。

 ところが、道教委などからは「どこの地域に生まれても、等しく皆が平等に身につけられる基本的な内容」という「絶対的なもの」という認識で語られるのが「基礎・基本」の学力となっている訳です。
 そうすると、元々「相対的なもの」を「絶対的なもの」として話をしようとするわけですから、当然、無理があり、ここで話が噛み合わなくなる~齟齬が生じてしまうわけです。
 結果的に、地域・学校・場合によっては担任個人によって、その基礎・基本の概念がまちまちになり、ある地域では「計算が出来れば基本はオーケー」と考え、ある地域では「学校の教科書に載っている例題を基本」と考え、ある地域では「教科書内容のうち、発展内容として扱われているもの以外はすべて基本」と考え、という具合に、その場所・その人によって、基本の認識がまちまち~それによって、学力の地域格差や学校間格差などが生じる原因になる要因をつくってしまった、ということなんです。

 そこで「釧路の教育を考える会」はどのような事をしたか、というと「釧路では生活保護・準要世帯が多く、また、統計で見ると親が生活保護世帯である場合、その子も生活保護になる可能性が高い」~いわゆる「負の連鎖」になっていく可能性が高いことから、こういう子供達が「正規雇用~アルバイトやパートではなく正規社員として就職する」事によって、この負の連鎖から脱却出来るようにしていくために必要な学力というのを考えた訳です。
 そして、実際問題として、雇用の現場からは「資格試験に受からないから正規雇用として雇えない」「かけ算の九九すら怪しく、仕事が長続きしない」また、それ以外にも「学科試験が受からず、運転免許すら取れない」という話を聞き、最低限、ここをクリア出来るように、この「雇用の状況からの逆算」で「小学校4年生までの内容を基礎学力とする」という、一定の基準を示した訳です。要するに「相対的で、その曖昧だった概念に基準を設ける」という事を行ったんですね。そして、これが思った以上に高い評価を受けたんです。

 さて、面倒な話はここまでで、ここからがお父さん・お母さんにとって大事なところになるんですが、いわゆる「雇用の状況から逆算して、小学校4年生までの学力が必要」ということであれば、実際に中3で受験する総合ABCの学校平均で110点台とか120点台ということはあり得ないんです。少なくても140点前後まで行っていなければ、将来的に「雇用」という時点で危なくなる可能性が高い、ということなんです。要するに、学校平均が低いということは「基礎・基本」と考えているレベルが低くなっている可能性が高く、周りもそれで満足してしまっていて、結果的に将来性の芽を摘んでしまっている可能性が高い、ということなんです。
 ですから、自分たちは学校平均の内容に関しても、いろいろとうるさくコメントしているんですね。

 ということは、中学校卒業する生徒さんの中で、この点数に満たない人は、これから一生懸命勉強に取り組まなければならないと思いますし、中1・2の段階で500点満点の学力テストで200点前後というような平均点になっているところがあれば、それもまずいんです。ですから、決して「学校平均より高いから」と満足せずに、最低でも小学校4年生以上の学力を身につけ、それを基にして考えた場合の点数を保持していかなければならない、と考えなければなりません。そして、その基準はテストの6割前後、と考えておくといいと思います。
《引用終了》

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 どういう議論がなされたかは、ブログ「情熱空間」の投稿欄をごらんいただきたい。
*台形の面積の公式に見る「学習指導の甘さ」
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/7835477.html



*#2935 『資本論』と経済学(1):「目次」 Jan. 25, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-25

 #2936 『資本論』と経済学(2):「1.経済現象と日本の国益」 Jan. 26, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-26

 #2937 『資本論』と経済学(3):「円安はいいことか?80⇒120円/$の威力」 Jan. 27, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27

 #2938 『資本論』と経済学(4) : 「経済学とは?」 Jan. 27, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27-1

 #2939 『資本論』と経済学(5) : 「『資本論』の章別編成」 Jan. 27, 2015  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27-2

 #2941 『資本論』と経済学(6) : 「マルクス著作の出版年表」 Jan. 29, 2015   
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-28-1

 #2942 『資本論』と経済学(7) : 「デカルト/科学の方法四つの規則」 Jan. 29, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-28-2

 #2943 『資本論』と経済学(8) : 「ユークリッド『原論」 Jan. 29, 2015   
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29

 #2944 『資本論』と経済学(9) : 「何をやりつつあったかは残された文献に聞け」 Jan. 29, 2015    
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29-1

 #2945 『資本論』と経済学(10) : 「プルードン「系列の弁証法」 Jan. 29, 2015    
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29-2

 #2947 『資本論』と経済学(11) : 「労働観を時間座標系においてみる」 Jan. 29, 2015     
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29-4

  #2948 『資本論』と経済学(12) : 「学としての『資本論』体系解説」 Jan. 29, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-30

 #2950 『資本論』と経済学(13) : 「マルクスの経済学体系構成法」 Jan. 31, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-31-1

 #2951 『資本論』と経済学(14) : 「マルクスの労働観と日本人の仕事観」 Jan. 31, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-31-2

 #2952 『資本論』と経済学(15) : 「ヨーロッパ労働観⇔と日本の仕事観」 Feb.1, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-31-3

 #2953 『資本論』と経済学(16):「仕事がキツイ!に潜む心(仕事観)の問題」 Feb.1, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-01

 #2955 『資本論』と経済学(17):「要領の悪いものほど忙しいとぼやく」 Feb.3, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-03

 #2958 『資本論』と経済学(18):「教育の職人」 Feb. 5, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-04-2

 #2960 『資本論』と経済学(19):「日本経済の未来」 Feb. 6, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-05-1

 #2961 『資本論』と経済学(20):「経済成長の天井 山田久氏の論」 Feb. 7, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-07

 #2964 『資本論』と経済学(21):「過剰富裕化論」 Feb. 8, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-07-3

 #2966 『資本論』と経済学(22):「相対的貧困率上昇と富裕層増大」 Feb. 9, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-08-1

 #2967 『資本論』と経済学(23):「ピケティの空想的所得再分配論」 Feb. 10, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-09

 #2968 『資本論』と経済学(24):「浜矩子 予算案と公共性について」 Feb. 11, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-10

 #2971 『資本論』と経済学(25):「村落共同体と税:自由民と農奴について」 Feb. 12, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-12

 #2972 『資本論』と経済学(26):「文部科学大臣下村博文「教育再生案」について」 Feb. 13, 2015
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 #2973 『資本論』と経済学(27):「注-1~5」 Feb. 13, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-13

 #2974 『資本論』と経済学(28):「注ー6」と主要文献リスト Feb. 14, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-13-1







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ZAPPER

ご紹介ありがとうございます。教育行政担当者・学校関係者と話してても、まるで「話がかみ合わない」理由が、やっとストンと腑に落ちました。

となると翻訳作業を通して、話がかみ合うようにするのみですね(笑)。おかげさまで次の一歩を踏み出せそうです!
by ZAPPER (2015-03-13 12:11) 

ebisu

意見の違う人や育った畑の違う人たちと議論する必要性を痛感しましたね。
だいじなのは「心を開く」こと、そして率直に意見をいい、謙虚に聞くこと。
そうすれば、議論はとつぜんに生産的なものに変わりうる。

「ハンドルネーム「R100」さんありがとう」、そう伝えたいですね。
by ebisu (2015-03-13 12:55) 

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