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#2841 村上春樹『1Q84 ⑤⑥』を読む  Oct, 17, 2014 [44. 本を読む]

<起>
 2012年四月の連休に文庫本で①~④まで読んでそれっきりになって忘れていたら、⑤と⑥がとっくに出ていた。なんだか謎だらけで尻切れトンボになっていたのでこれからどういう展開になって集束させるのか気になっていた。話しが広がりすぎているという感じがしていたのである。
 ツタヤのカウンターで注文したら在庫があるという、この本屋はときどきこういうことがある。時期がずれているとか余り読まれない本だからと思って棚を確認せずにカウンターで注文すると、店員さんがパソコンで在庫検索して、「あります!」っていうことがある。どういうセンスで在庫をおいているのだろう、なんだか不思議だ。fantastic!(笑)

<承>
 『1Q84』というタイトルからしてジョージ・オーウェルの『1984』のアナロジーにも読める。オーウェルのビッグブラザーは政治権力の象徴だが、村上春樹は超常現象であるリトルピープルを対置しているところがユニークだ。
 ①~④を読んだときはどこかの巻に「ふかえり」こと深田絵里子の役割は「声」を媒介する者であり「ドウター」であることが書かれていた。あるとき教団の神聖なヤギを世話している最中に死なせてしまい、罰として死んだヤギと共に暗闇に数日間閉じ込められる。闇の中で死んだヤギの口の中から、数センチの大きさのリトル・ピープルが数人出てきてすぐに70cmほどの小人になるという気味の悪いシーンが書かれている。リトル・ピープルは理屈に合わない存在で超常的な力をもってるようだが正体がよくわからない。
 主人公である青豆雅美も川奈天吾の二人はこの世界「1Q84」に月が二つある事に気がつき、二人はそれぞれ元の世界とは違う世界にいることを自覚する。二人はいつの間にか月が一つの世界(1984)から微妙にずれた月が二つある別の世界(1Q84)へ来てしまった。この世界では月が人々を監視しているのである。月の光を浴びた者はその行動を読まれてしまう、月が雲間に隠れているときに行動しないと、月からリトル・ピープルに行動が筒抜けになる。オーウェルの作品中の「監視装置」がこの世界では二つの月、どうやら少し小ぶりの緑色がかった月の役割のようなのである。
 青豆がこの異世界に来た経路は書かれているが、天吾のそれはなぜか書かれていない。青豆が独立変数で現実に遷移を引き起こす力なのだろう、天吾にはそのような神秘的な力がない。世界は青豆をめぐって変容をとげてしまう。
 筒井康隆の小説に多重世界を扱ったものがあった。筒井の作品にしては屁理屈が立ち過ぎて珍しくつまらなかったように記憶しているが、あの並行宇宙の世界のようでもある。筒井の失敗に対して村上は同じテーマで大成功だ。(筒井には『家族八景』と『七瀬ふたたび』という傑作もある)

<転>
 村上春樹のこの小説の面白さは次の二つの点にある。
 一つは三人の登場人物が子供のころに背負ったこころの傷が丁寧に書き込まれていることだ。その心の傷がそれぞれ現在の職業を掴み取る原動力になっている。説得力のある人物造形、性格設定だ。
 アイスピックのような細い金属で延髄の辺りを刺して殺人を行うアサシンの青豆は30歳のいまはスポーツジムのトレーナだ。天吾は小学生の頃は神童と言われた、数学がよくできたのである。体格も大柄で柔道でそれなりの実績も挙げている。現在は予備校の数学教師であると同時に『空気さなぎ』という小説のゴーストライターである。この小説のゴーストライターを引き受けたことから、ふかえりの回りに生じた不可解な渦に巻き込まれる。それは青豆と再会を果たすため不可欠な条件でもあった。
 小学生の時期にこの二人はそれぞれの親に連れられて家々を訪問するのだがそれが苦痛だった。青豆はそれが原因でいじめに遭い、自分の存在を消す術を身につけてしまう。二人は5年生10歳のときのある放課後手を握り合ってお互いのこころを通じ合わせるのだが、青豆が転校してしまいその後お互いにどこにいるのかまったく知らない。20年たったいまでもこころはお互いを求め続けている。青豆のひたすらな想いと天吾の想いがシンクロして、ついに現実を動かし、世界を遷移させてしまう。1Q84への経路が開いてしまうのだ。
 青豆の両親は新興宗教の熱心な信者で、青豆自身も子供のころから母親にに連れられて信者勧誘に家々を訪ねる。天吾の「父親」はNHKの集金人で天吾も小学生の頃は父親の仕事につき合わされている。天吾の父親は64歳だが、アルツハイマーを発症してすでに意識がなく千葉の医療施設で眠り続けている。父親と天吾は折り合いが悪かった。この「父親」と天吾には血のつながりがないことが⑤で語られている。父親よりも13歳年下だった母親は天吾を連れて男と温泉に行き、殺されている。天吾はその辺りの事情を知らないが、赤ん坊のときにまぶたに焼きついたある鮮明な記憶がある。折に触れてその記憶がよみがえるのだが、事情を知らない天吾はそういうシーンの背景が読めない。
 青豆と天吾は小学生のときに2年間だけ同級生だった。その後はまったく接触がないが、お互いに相手のことを強く想っている。
 牛河という奇異な顔つき体つきの男が登場する。この男の生い立ちも詳細に描かれている。落ちぶれてはいるが頭脳明晰で執拗な弁護士である。宗教教団「さきがけ」に依頼されて、「さきがけ」のリーダ暗殺事件の犯人である青豆を追跡している。牛河はどんなに調べても青豆の写真すら入手できないので、天吾を追いかけることにした。二人の生い立ちや小学生の頃の記録を調べて、天吾は青豆と必ず接触するはずだと確信する、そして断固とした信念のもとに行動に移す、勘の鋭い男だ。
 二つ目は登場人物の思考過程が綿密に描かれていることだ。青豆・天吾・牛河の3人のそれぞれの生い立ちや、イベントが起きるたびごとにそれぞれが綿密な思考を重ねてそれに対処していくが、その思考過程と結果の判断、そしてそれに基く行動が丹念に描かれている。この辺りが、登場人物の思考が単純な『ソードアート・オンライン』や『人狼ゲーム』と比べると密度の違いは比較にならぬ。ねっとりと密度の濃い分析・推論・判断・行動が三人の正確に応じて三様に描き切れている。見事なものだ。

 青豆と天吾は公園の滑り台の上で20年ぶりに再会する。天吾が目をつぶっているといつのまにか青豆がポケットに突っ込んでいた手をにぎっている。二人は月が二つあることを確認する。雲間に月が隠れるタイミングを測るように青豆が天吾を誘い行動を開始する。天吾を守り、お腹の子を守るためには元の世界へ戻らなければならない。身の危険の迫る「1Q84」の世界を抜け出し、来たときの経路を逆にたどって元の世界へ戻った二人は月が一つしかないことを確認してほっとする。
 しかしどこかが微妙に違い違和感が漂う。
 超常現象の起きる1Q84で青豆は天吾とセックスしていないのに天吾の子どもを身ごもっている。「ドウター」である17歳の美少女、「ふかえり」こと深田絵里子が媒介している。雷鳴のとどろく夜に天吾の精子は深田絵里子を通して青豆の子宮へ運ばれた。青豆のお腹の子が新たな「ドウター」で青豆自身が「マザー」だ。宗教団体の「さきがけ」がリトルピープルの「声」を聴くには「ドウター」が必要なのである。

<結>
 いろいろな謎の背後にある「システム」が⑤と⑥で明らかになるのだが、そのスピード感が心地よい。しかし、村上は解かれる謎と同じだけ新たな謎を生み出してみせる。たとえば、ふかえりは果たして正真正銘のドウターなのか、それともそのコピーなのか。答えは物語の中に示唆されているようにも読める。ゴーストライターが必要だった理由がふかえりがコピーであった証拠だと作者が示唆しているようだ。では正真正銘のドウターはどこにいてどのような状況にあるのか。青豆が新しいドウターを身ごもっていることがすべてを語っているのだろう。このように村上は示唆するだけで随所で語るのをやめて読み手の想像力に任せているのである。この部分の謎を解き明かせばもう一冊書ける、書くのか書かないのかはこの小説のスタイルに深く関わっているのかもしれない。村上に訊いてみたい気がする。
 「1Q84」から追っ手が何らかの通路を開いて登場するのだろうか?どうやら元の世界とは微妙に異なる世界へ遷移してしまったようだ。元の世界でもない微妙に異なる世界に漂着した青豆と天吾、そしてお腹の子にはどのような運命が待ち受けているのだろう。
 いろんな事を示唆したり暗示したりすることがこの物語のスタイルなら続編はない。しかし普通の作家なら続編を書くために仕込みをするのが常だ。そういう仕掛けは作品をいくぶんかチープなものにしてしまいかねない危険を孕んでいる。
 村上春樹は続編を書くのだろうか?

 久しぶりに密度の濃い小説を読んだ気がしている、まぎれのない大人の小説で、高校生にも薦められる。中学生には女としての青豆のこころの動きが理解できないところがあるだろう、大人になればよくわかるから、身体と心の成長をまてばいい。晩生(オクテ)な高校生は男女関係の予習のつもりで読めばいい。(笑)
 語彙が適度な広がりをもっており高校生にはちょうどいい、漢検準2級程度で読める語彙で書かれている。
 次は源氏物語や和泉式部日記を読んで男女関係のこころの機微に触れてみたらいい。千年たっても男女のこころの機微は変らない。青豆と源氏物語に出てくる女たちや自由奔放な和泉式部は同じ図式に突き動かされている。恋愛=セックス、縄文以来1万2千年の日本列島の歴史を彩った日本人の恋愛観はこれら二つのものが渾然一体、分かちがたいものであり、それが主人公の青豆にも受け継がれている。そっちの方面には青豆はじつに素直な女なのだ。天吾を想い続けるということは天吾と身も心も一つになるということなのである。青豆は切にそれを願い、そうなりたいと想い続けた。その強い想いがついに世界に遷移を生じてしまう。そして青豆は自分の切なる願いを実現してしまう。


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