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#2209 学ぶ: チーム医療と同門 Feb. 13, 2013 [26. 地域医療・経済・財政]

  診療の実際についてわたしたちはほとんど知識がない。それを痛感する投稿があったので紹介したい。
 「-2+2=0の員数あわせで何とかなるのでは」との問に対するドクターのお答えである。結論を言うと「そうはいかぬ、医療現場特有の事情あり」と具体的な解説をしてくれている。
 東京医大⇒旭川医大⇒?、迷走しているかのようにみえる市立根室病院にはそれなりのわけがあった。一般市民が地域医療問題を考えるための貴重な情報である。

 #2173 市立根室病院の小児科はどうなる? Jan. 12, 2012 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-01-12

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先ず最初に、残念ながら日本の社会構造は縦割り社会です。つまり年功序列、先輩後輩、どこの系列に属するか(どの家系か)。これは最近何かと話題の歌舞伎役者の世界を見れば一目瞭然です。親が子に全てを伝える。それぞれの子が立派に成長し舞台で勧進帳を演ずる。しかし中村勘三郎の弁慶と尾上菊五郎のそれではまるで違う。しかしどちらも素晴らしい。では勘三郎と菊五郎が一緒に新しい一座を作り同じ舞台の中で競い合うか・・・それは有りません。勿論私生活では良き友人関係では有るでしょうか、多分社会的な目上目下は有っても先輩後輩関係までは無いのでは。

医師の世界もこの歌舞伎界と同様だと思ってください。出身大学、出身教室(医局)、育てた先輩(トップは教授)などが医師の人格や技術を形成します。すなわち、例えば胃癌の全摘術(勧進帳)一つ取ってもA医師(勘三郎)とB医師(菊五郎)では違うわけです。しかし結果は患者さん(歌舞伎ファン)は治癒(勧進帳を見る)するわけです。そして更に言えば、それぞれの歌舞伎役者の弁慶も毎回同じではないでしょう。お互いが相手の舞台を見て素晴らしい所を吸収して自分の芸に取り入れる。しかし決してお互いが相手に教えを乞うことは無い・・・。

ここではその歌舞伎界と同様な医師の世界のシステムの功罪については書きません。ただ現実は残念ながら「横には繋がらない世界」だと言う事をご理解ください。しかし一般市民の方や時に行政側は「医師なら皆同じ」と”中身。言わばその医師個人の事情”を見ずに”医師一人”と言う数で見ようとします。だから「外科や整形外科の医師が複数に成れば手術が出来る」「産婦人科の医師が複数に成れば”お産”が再開出来る」と美しき誤解が生じます。これは”数だけを追えば”それも成り立つと言うだけの話です。

これは一般論ではありますが、縦社会の仕来りの中では先輩後輩の上下関係ははっきりしていますのであまり問題は起きません。しかし違う組織の人間が自身の社会から抜け出して違う場所で方法論や考え方が違う他の組織出身の人間と横並びに立った時に、果たして現場はスムーズに動くでしょうか。胃癌の手術一つ取っても、胃へのアプローチの仕方、使う機材、止血方法、縫合の違いetcが有ります。外科はチーム医療です。ですから細かい所で一々立ち止まっていては話に成りません。そして手術の長時間化はそれだけ術後のリスクを増大させます。(拙速は許されないが、冗長はもっと許されない)。これが同系列の医師同士なら大体経験で阿吽の呼吸に成ります。勿論他系列の医師同士でも劉備・関羽・張飛の仲ならば話は別でしょう。しかし悲しい事に我々は百八煩悩から解脱出来ない凡夫に過ぎません。「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らん」です。

日本では初対面の際にこちらの名を告げると「あの〇〇先生の息子さんですか?」とか「何期のご卒業ですか?」「どちらの大学のご出身ですか?」。そして最後に「ご専門は?」と聞かれることがまま有ります。如何にも縦社会の日本らしい場面です。江戸時代の893映画で「手前生国と発しまするは・・・」(笑)。尋ねられた際の返答如何で相手の態度が変わったりするのも、また日本的ですね。(一応)実力社会のアメリカのように”何処から流れて来たか”より”何が出来るか”ならば良いのでしょうが、残念ながらまだまだ日本ではそうでは有りません。

しかしながらこの日本の縦社会が全て悪いかと言うとそうでもありません。自分の系列がはっきりしていると言う事は、すなわち責任の所在がはっきりすると言う事に繋がります。医局はその責任において或る程度のレベルの素性の確かな医師を病院側に派遣します。これは最終的に医局の教授の人事(言い方を変えると教授命令)ですから、医局員は医局を離れる(渡世人に成る)覚悟が無い限り逆らえません。自分ではあの病院は行きたくないと思っても泣く泣く赴任することに成ります。しかしそのお蔭で自由意志なら皆が敬遠するような僻地の病院にも医師が派遣される事になります。

これは地域の病院に取って非常に有り難い話であると同時に、見方を広げれば派遣される医局員にとっても自分の経験を増す良い機会ともなります。勿論それぞれの教室(医局)によって医局員の教育システムは異なりますが、大体
卒業→入局→大学病院1~2年→大きな地方都市(旭川、函館、帯広、釧路、室蘭など)のセンター病院(主に市立病院や厚生病院など)のその科の末席を1~2年→更にその周辺の小都市(町クラス)の病院の中堅で2~3年→一度大学に戻り研究生活2~3年→結構な遠隔地(稚内、網走など)のセンター病院で責任者の医長として数年→医局へのお礼奉公が終わり自身の道を探す(医局人事から離れる)・・・と言ったところでしょうか。つまり卒業後10年位でやっと一人前の医師として確立してきます。勿論外科系の医師の場合、遠隔地の病院の一人勤務(一人医長)であれば、手術や休日などの事情で大学や近隣の関連乃至提携病院から応援の医師を呼ぶケースが多々ありますが、その場合でも根室の小児科のように同じ大学の後輩たちや時に手術支援に先輩が来る事が普通です。その意味では昨今地方病院には冷たいと言われる大学病院もそれなりに気を使ってはいます。(根室の眼科を支援する旭川医大の吉田学長など)。

さてこれまで何とか上手く機能してきた日本の縦社会構造ですが、これからは多分少しずつ縦の糸が切れアメリカの様な実力本位の横並び社会に成って行くでしょう。これは時代の要請と言えばそれまでですが、医療の世先ず第一に責任の所在です。
ご存じの様に残念ながら医療にはしばしば過誤問題が存在し、それはこれからも続いて行くでしょう。何故ならば日本の医学会は”医学こそ最高の自然科学”と胸を張っていますが、それはたまたま人の生命に直接関わるからこそ切れる啖呵で、学問的に見れば医学は単に自然科学の一分野に過ぎません。いやむしろ自然科学より或る意味で社会学と言うべきかも。
科学ならば1+1=2が成り立ちますが、医学の世界ではそうとは限りません。何故ならば相手が人間だからです。しかも「結果オーライ!」が当たり前の世界。平たく言えば、患者さんにとっては「その医師がどこの大学の卒業でも、これまでどこの病院で何をしてきたか、など関係無い。今の自分の病気を治してくれさえすれば良い」わけです。しかも最近では恐ろしい事に「医者なんだから病気を治して当たり前!」が付いて回ります。患者さんが手遅れの癌でも90歳を越えた高齢者でも・・・です。
また人間相手ですので、一般常識からは説明不能な事も起こり得ます。実際小生の義理の弟は若い頃から酒浸りで、今から20年以上前に肝硬変から肝臓癌に発展。内地の某大学病院で切除不能と診断されたのに今も以前通りの生活(酒、煙草)を続けています。勿論或る時期に抗癌剤の持続動脈内注入や息子から肝臓移植は受けていますが。このケースなど、医師としてはとても考えられません。しかし現実です。だからよく新聞の下段に載っている「〇〇で癌が治った!」などの眉唾なタイトルの本なども平気で罷り通り、また新聞社も金欲しさに掲載しているわけです。
こんな医療現場の不確実さはしばしば様々な事態を引き起こします。その場合かっては判断を下す上司がはっきりしていましたが、今後予想される(実力は有る医師の)寄せ集めの医療チームでは誰の責任に成るのかが不明確になる恐れがあります。そしてその事が時に医師の間での不協和音に繋がります。「これは俺のせいじゃ無い!」。そしてやがてそれが元でチームに亀裂が生じる結果に・・・。

「医師の世界の実態はこんなものですよ!」と言う、敢て一般的な事を説明致しました。いわば総論です。ですから根室と言う各論を考える際の参考にされてください。何故根室は短期間に東京医大→北大→旭川医大→札医大と支援大学を変えて来た(変えざるを得なかった)のか。時の行政(首長)は何を考え何をして来たのか。(同じ様に医師がころころ変わる地域には、決まって行政側と医師との間に十分な意思の疎通が有りません。行政が医師に無断で勝手に余計な動きをする)。

以上の点を踏まえて見れば、今後起きるかもしれない根室の小児科の問題も、個別の医師のレベルがどうだこうだと言う簡単な話では無い事にお気付きだと思います。特に小児科の場合母親にとっては夜間子供が泣き叫ぶだけでも不安で病院に連れてくるでしょう。しかし「お初」さんが仰るように「寝ているお医者さんを起こすことに成る遠慮」も当然です。その何処にでも有る問題を解決する唯一の方法は病院側は小児科医を増やす事、患者さん側では少しの事では慌てない母親としての経験を積むことだけです。残念ながら現在の北海道の医療情勢では地域の病院の小児科医を増やす事は無理でしょう。ならば・・・最良の策は今居る小児科医(だけではないのですが)を手放さないことですね。つまりこれまで続いて来た流れ(システム)を変えないことに尽きます。

根室の小児科の副院長は、これまで自分の患者が居るのに平然と週末に根室を空ける他科の医師を横目に自分は根室から出ずに正規の時間以外の夜間外来、休日外来を開け住民のために粉骨砕身して来た方だと聞いております。確かに今年定年との事ですが、根室市はこれまでの副院長の小児科医としての住民への貢献に感謝して今後も彼に報いる道を用意して当然でしょう。彼が残留を希望するならそれなりに用意して然り。その為には充分な報酬と立場を保証し、また彼の手足となる大学からの応援の存続が必要不可欠です。それが分からないで「副院長と大学からの出張医が居なくなっても、札幌から新しい小児科医と必要なら大阪の病院から手伝いの研修医が来るから同じだ」などと真面目に考えているなら、そんな病院は最早残念ながら生き残れないでしょう。
かって釧路と札幌の間を飛ぶドクタージェット就航の式典中に釧路から札幌にそのジェット機で新生児が搬送されました。「何でわざわざ札幌に搬送したの?釧路では駄目なの?」と言う小生の疑問に、「先生、時には釧路でも手に負えない新生児は居るんですよ。それだけ新生児は怖いんです!」と或る小児科医が教えてくれました。現在の根室ではお産が止まっていますが、釧路や別海で生まれ根室に戻って来た赤ん坊に厄介な問題が起きた時に、”根室ではどこまで出来るのか?”、”出来ないならば何処に送るのか?”と言うシステム(人脈)の構築は現在では何とか機能しているようですが、果たして小児科医が変わった時にもそれが存続するのか・・・その事一つ取っても極めて大事なポイントです。

これまでやって来た事をこれからも踏襲して行く・・・一見この古臭い考えを「今時古臭い!」と一笑に付すのは簡単です。しかし物事にはそれなりの理由があるものです。先人が苦労して作り上げて来た事から学ぶ「温故知新」の姿勢は、現代の医療の世界でも時に非常に有用です。きざに言えば「革命」では無く「進化」こそが大切なのかも知れません。

「お初」さんのご懸念は十分に理解出来ます。しかし「医師なら皆同じ筈だから」との皆さんが一般的にお持ちの”医師に対する期待感”には残念ながら現状では応えられません。何故そうなのかは前述の通りだからです。

「お初」さんが問い掛けられました「事情通」さんに代わりまして「混沌として不条理な医師の世界」の実態を少しだけ書かせて戴きました。ご参考にして頂ければ幸いです。


by NO NAME (2013-02-10 16:03) 

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【2月13日夜23時追記】
  外科医の先生から投稿がありましたので、追記して紹介します。念のため申し添えるが、ebisuのブログを褒めているのではない、引用した投稿文が外科医からみてすばらしい見識を披露したものだと賞賛しているのである。わかる人にはわかるものだ。根室市民にとっては地域医療の現実を分析して、今後を考える上で重要な情報である。ありがたくて、わたしは繰り返し読んでいる。
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医療に携わっているものですが、非常に分かりやすくまとまった文章で非の打ち所がありません。
ブログにとどめておくのが非常に惜しい・・・雑誌等媒体で多くの方に読まれてよいものだと思います。
by こっち (2013-02-13 15:06) 
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こっち

医療に携わっているものですが、非常に分かりやすくまとまった文章で非の打ち所がありません。
ブログにとどめておくのが非常に惜しい・・・雑誌等媒体で多くの方に読まれてよいものだと思います。
by こっち (2013-02-13 15:06) 

ebisu

こっち先生へ

>患者さんが手遅れの癌でも

この文にはどきっとしました。良くぞスキルス胃癌とと巨大胃癌を併発した患者をお助けくださいました。その節はありがとうございました。
前置きはこれくらいにして、

>ブログにとどめておくのが非常に惜しい・・・雑誌等媒体で多くの方に読まれてよいものだと思います。

私もそう思います。もし、どなたかが専門雑誌等にお取り上げ下さるようなら、ご本人へお伝えします。

もちろん私もたくさんの方に読んで、地域医療について考えてほしいと思いますから、今後も弊ブログでこの投稿を定期的にアップしたいと存じます。

地域医療を考える上で、非常に貴重な解説とご意見です。
うれしいですね、こういうコミュニケーションは。

先生の投稿も本欄へ転載させてください。よろしくご了解ください。いいですよね。(笑)
by ebisu (2013-02-13 22:59) 

魑魅魍魎

とても見にくいです。
もう少し見えやすくなるような努力をしていただけたら幸いです。

書いてる内容はまあまあなので
そこだけですね(笑)

私もこのブログある意味楽しく読ませていただいてるのですが、
見にくいです^^

これからもがんばってください(笑)




by 魑魅魍魎 (2013-02-14 16:06) 

ebisu

読みにくいと思うなら、どうぞダウンロードしてご自分で編集なさってください。そして、こうすればずっと読みやすいとコメント欄へアップしてくれたらよろしい。

私も読みましたが、読みづらいという感想はありません。
むしろ、読みやすい論旨の明確な文章というのが私の評価です。
ところで投稿には守るべきマナーがあるとは思いませんか?
おふざけやひやかしなら、ほどほどに願います。

by ebisu (2013-02-14 23:22) 

Hirosuke

魑魅魍魎 隠し切れぬ 幼さは 

その言動に 滲み出る

三度笑うも 意味なき故に 

正体見えたり 退散されよ

by Hirosuke (2013-02-15 01:54) 

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