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#2118 経営理念をもちそして臨機応変に: クラスに集まる生徒にあわせた授業 Nov. 6, 2012 [64. 教育問題]

【CS(顧客満足)を常に考え腕を磨く】
 その昔、住んでいた家の向かいに根室で当時一番はやっていた"トコヤさん"があった。なぜトコヤというのかわけがわからない。寝床とは関係なさそうなのに理髪店を"床屋さん"とよぶ。
 どこということはない、一般論だと思って聞いてもらいたい。東京では引っ越すたびに気に入った理髪店を見つけるまでなかなか苦労があった。フィーリングがあわないとダメなのだ。
 昔かたぎの職人さんは、自分の決まったスタイルがある。客の好みにはお構いなしに、バチバチハサミを入れる。自分の技術を駆使して満足する。たしかにj技術的には素晴らしい人もその中にいたかもしれないが、大方は、客の好みに臨機応変に応ずる技術開発をやめてしまっただけで、そういうお店からはくしの歯がかけるように客数が減少していく。
 仕事をしてお金をいただく限りは、それ相応の努力をして、センスと腕を磨き続けなければならないということ。それが嫌なら、あっさり商売をやめるしかない。そういう潔さは日本人の美質でもある。
 私のオヤジは根室では評判の焼き肉屋を十数年やっていた。タレは二十数種類の材料を混ぜて2週間寝かせて発酵させる。肉は特別なルートで最高の品質のものを仕入れていた。道東では真似のできない特別な仕入れルートをもっていた。仕入れにかかわっていた人が亡くなり、同じ品質の肉が手に入らなくなったら、オヤジはあんなに流行っていた店をあっさり閉めた。実に潔かった。
 ビリヤード店も経営していたからラシャを交換するときに使う工具類を数年かかって一式集めてもっていた。実に丹念のいろいろなカタログを調べて注文して特殊な工具を揃えた。焼肉ではドイツ製のスライサーを買って試したことがあった。刃物はドイツ製がいいのだが、すぐに「お蔵入り」した。「高そうなドイツ製のスライサーがあるね、よくこんなの根室で注文できたね、ところで何で使わないの?」と聞いてみたら、手切りでないと味が悪くなると言った。肉の繊維と刃物の角度の関係があるから、やはり機械で処理はできないのだそうだ。せっかくのいい肉も切り方しだいで味が変わる、そこは職人の意地で便利でも味が落ちるものは使わない。分かっているのだろうがそれでも試してみないと気のすまないところがオヤジらしい。亡くなってから十年過ぎたころに保管してあったドイツ製のスライサーを棄てた。
 懐かしいビリヤードで使う工具類も棄てた。わたしもオヤジと一緒にラシャの交換を中学生のときから手伝っていたから、手順は覚えてしまった。たぶん、独力で組み立てからラシャ交換までできる。昭和天皇のビリヤードコーチだった札幌の吉岡先生が毎年来てラシャ交換する作業を傍にくっついて飽きることなく眺めていた、さぞかし吉岡先生は邪魔だったに違いないが、いつもにこにこ笑って作業をしながら少年のebisuの質問に答えてくれた。白髪の品のよいおじいさんだった。高校を卒業した翌年に札幌でデートしていたら、ライオンズクラブが大通りで献血の呼びかけをしていた。"おーい、トシボウ"と名前を呼ばれて、同じ名前の奴が近くにいるのかときょろきょろしたら先生がニコニコしてすぐ傍に立っていた。やさしい先生だ、うれしくて二人で献血した。彼女はその年に父親の転勤で卒業と同時に札幌に移り住み、森永乳業本社北海道酪農事務所に就職していた。ここは森永札幌支店とは採用が別で本社直轄、所長と課長はエリートコースである。お二人ともその後本社役員となったと森永に縁のある大学の先輩から聞いた。森永本社直轄の北海道酪農事務所は150人の応募の中から一人だけ合格だった。半数以上が大卒の応募である。運もよかったのだろうが、根室高校商業科のトップクラスは札幌でも立派に通用して競争を勝ち抜けた。東京でもある外資系の製薬メーカーの中途採用試験の合格しているが通勤が不便だとキャンセルした。当時外資系の製薬メーカーでは給料が一番高い日本レダリーという会社だった。応募倍率がどれほどだったかは知らない。いま、古女房になって当時の美人の面影はすこしあるだけ、人のことは言えぬ、わたしもすっかりジジイになった。
 スリークッションの世界チャンピオンである小林先生のお店が新大久保にあったが、そこの常連会のメンバーだったから、小林先生にスリークッションの台のことでいくつか質問したことがある。スレートの下にヒーターが入っていて暖かい。冷えたり吸湿したりすると、クッションに当たってボールが転がる角度が違ってくる。「縮む」という用語で表現する。ラシャも特殊で平織りで厚いものだった、手で斜めに押してもラシャは動かないから、どうやって引っ張ってこんなにピンと張れるのだろうと先生に訊いてみたことがある。専用工具を使ってラシャを引っ張るのだそうだ。日本製のラシャは綾織だがベルギー製の台はのラシャは平織りである。後学のために一度ラシャ交換作業を手伝わせてもらおうと思っていたが、試合で海外に逝かれることが多いのと、ラシャの交換のタイミングがわからなかったのでついお願いしそびれた。小林先生は現在の天皇のビリヤードコーチでもあった。
 一流の職人と一緒に仕事をさせてもらうと学べることはたくさんある。若い諸君はそういう機会にめぐり合ったら、臆せず逃さないことだ。奇跡のような確率の出遭いは天がちゃーんと用意してくれている。だから、ただまっすぐに生きることを心がけたい。何しろ一流の職人は材料の善し悪しや人間の善し悪しを見抜く目ももっているから、小手先のゴマカシなんて通用しない。素のままでお付き合いできなければ相手にしてもらえない。
 二十年以上前にあった「酒悦」という店の名前をご存知の方は40歳以上なら少なくないだろう。根室で銀座の一流店に劣らぬ焼き肉を提供していた。仕事へのこだわりは家業のビリヤードを小学校のときから手伝いオヤジの背中をみて学んだ。オヤジに感謝。
 人生、学んで無駄になるものなんて一つもなかった。
 仕事は分野が異なっても、結局は一緒だということを還暦をすぎてつくづく思う。どんな種類の仕事もお客さんがいて成り立つから、他人様のために技を磨き、そのときそのとき自分がなしうる最上の仕事をすればいい。厳しい修行や苦労の多い仕事ほどえられるものも多く、終わった後は気分がいい、そして仕事はますます楽しくなる
 学校の先生達、一緒にやろう、腕のよい知の職人、教育の職人を目指そうではないか。あたりまえだが、いい先生は学校にもいる。わたしはそういう先生達を数人知っている、知らない方は北海道に百倍もいるのだろう。

【根室の私塾経営は大きな曲がり角にある】
 さて、私塾の授業に話題を転じたい。学校と同じスタイルの集団授業でテスト対策に明け暮れると言うのは芸のない教え方。客のニーズに合わせられない頑固さが昔かたぎの職人さんと似ている。
 自分のところにあわないい生徒は片っ端から切り捨てても、子どもたちの数が多かった時代はそれでも経営が成り立った。成績のよい生徒にしぼって1クラスできればその生徒達が塾の評判を上げてくれた。あとのクラスが「お客さん」、そこで儲けるのが私塾経営の典型だった。できない生徒のクラスの成績が上がらないのは、できない生徒が悪い、努力が足りない、もっとたくさん勉強しろ、それでよかった。
 できる生徒は自分で勉強するから、教えるほうから見れば楽な授業ができる。どんな教え方でも理解してくれるのができる生徒だ。
 できない生徒をできるようにするのは工夫と情熱と根気の三拍子が揃わねばならぬ。どれが欠けても効果はないから、とってもタイヘン。わずか90分の授業でエネルギーを使い果たしヘトヘトになることすらある。できない理由、できない箇所が一人一人違う。そして同じことを繰り返し説明する根気がいる。5分前に説明してできたことがすっかり頭の中から飛んでいることは珍しくない。何度言っても家で復習してこないから、そういう生徒は同じところを堂々巡りするのみ。生活習慣を変えるのに2年かかる生徒もいる。だからこそ、仕事の手間を惜しんだら私塾経営はおもしろくない。2年たってかわることのできた生徒を目の前にしたら、それまで苦労はぶっ飛んでしまう。そういうときに飲む酒はじつにうまい。苦労のあるところには歓びも大きい。

【1クラスに5科目合計点が120~470点の成績の幅がある現実】
 いまは根室で、出来のよい生徒のみを集めて学年1クラス編成するのはムリな相談である。市街化地域の3中学校で学力テスト五科目合計点が400点を超えるのは多いときで10人、少ないときはたった4人のことがあった。400点を超える成績上位層は7年前に比べて5分の1以下になっている。
 10年前は市内の生徒数は1学年400人、いまは260人前後、2年後は一時的に急減して220人になる。団塊世代のわたしの時代は光洋中学校だけで10クラス550人、柏陵中学校が5クラス250人、郡部が300人ほどだったから、市内合計で千人を越していた。50年間で生徒数は4分の1になった。10年前と比べても3分の2である。
 したがって、私塾ではいろんなレベルの生徒が1クラスの中にまじっている。生徒の多い塾でも、数年前からできる生徒だけで1クラスを編成することは不可能な時代になった。なにしろ成績上位層が市街化地域の3校合計で多い時でも1学年たったの10人以下しかいない時代になった。この数年の根室の子どもたちの学力の変化は劇的なものだった。
 その引き金を引いたのは二つの出来事だといまにして思い当たる。ひとつはB中学校のあるクラスの学級崩壊。5年前のことだが1年生のあるクラスの生徒数人が授業中に騒ぎ、先生が説明する声が聞こえないと数人の生徒から聞いた。学校の平均点はその年からがくんと下がった。今までなかった成績下位層(500点満点で120点未満)の生徒が何人も出現しだして、それが続いている。C校は4年前から学校の火災報知機が鳴る、授業を抜け出し空き教室で遊ぶ生徒が増える、急激に学校が荒れた。8年前には20人いた学力テスト5科目400点超の生徒は学年によってはゼロのことすら度々ある。学力テスト総合Bは3校で最下位となった。ある年のことである、主要科目の英語独りよがりの授業をする先生が転勤してきて、転任早々ビンゴ遊びに2か月、Mは真ん中が一番下まで届いていないと×、Wも真ん中が上に届いていないと×とそれまで2年間教えていた先生たちとは違う指導をした。ビンゴ遊びに興じていて受験が戦えるわけはないから、危機感を感じた3年生がその先生の授業をボイコットしてしまった。学校は生徒を帰して午後職員会議を開き3年生の担当から外した。教える先生の質も生徒の学力に大きな影響を与えるのである。
 B中学校で理科で他の学校よりも平均点を20点高くするS井先生がいた。単元が終わるごとに小テストを繰り返して丁寧に記憶の定着をはかる授業をしてくれた。主要五科目でこのように授業力の高い先生を市内全校で揃えられたら、根室の子どもたちの学力は札幌の子どもたちよりも高くなるかもしれない。チャレンジすべきは生徒だけではない、先生もチャレンジャーとなれ。

【成績上位層が7年前の5分の1以下に激減して塾の授業は変わりつつある】
 同じクラスの中に、小学校で健全な学習習慣を培うのに失敗した生徒がまじるのはどこの私塾も同じ
 ●姿勢が悪くてしょっちゅうぐらぐらし注意力が持続しない生徒
 ●注意するとふてくされる生徒、
 ●何度注意しても隣の生徒とお喋りをやめることができない生徒
 ●鉛筆のもち方が悪くて字が汚くスピードが遅い生徒 本を読む習慣がまったくなく4年生程度の漢字読めない・書けない生徒、
 ●5分と落ち着いて勉強に集中することができない生徒
 ●先生に対する口の聞き方を知らない生徒
 ●毎回塾用問題集や塾用ノートそして音読テキストなどを忘れてくる生徒
 ●学力テストがあった直後の授業にはテスト問題をもってくるように言っても必ずといっていいほど忘れてくる生徒
 ●質問に答えているのに横の生徒と話し始める生徒
 ●落ち着いていられず立ち上がって他の生徒のところへいって話しかける生徒
 ●授業中に周りの生徒と私語をはじめ興奮して口喧嘩をし始める生徒
 ●・・・

 脳の前頭前野が未発達な生徒は数分で注意したことを忘れ、行動の抑止が聞かない傾向が強い
 家庭のシツケは子どもの成績に直結しているんだ。シツケを甘く考えてはいけない。きちんとしつけられない親が根室に急激に増えているのだろうと私は推測している。その理由は別途分析してみたい。優良な若者が流出し続けていることが原因である。
 リストに挙げたような生徒が1クラスに3人いたら、授業はしっちゃかめっちゃかになるから、塾側も対策が必要だ。
 いろんな生徒が混じっても正規分布なら、わたしは同時に15人まで個別指導ができるスキルがあるしかし、1クラスに3人以上成績下位15%層の生徒がいたら話は別である。クラス編成を10人以下にしなければならない。人口減少と成績上位層の(5分の1への)激減、成績下位層の急増によって、採算優先で考えていたら私塾経営なんてやれない時代に根室は突入したといえる。

【シツケからはじめなければならない状況】
 こうした根室の子ども達の低学力化の進行という実情を踏まえて、成績下位15%層の生徒の場合は、2ヶ月間ほどブカツを休んで個別指導をする必要を感じはじめている
 基本的な躾けは一人一人やらなければならない。そこをクリアできない生徒をいれると他の生徒の迷惑になる。6年間の習慣を2ヵ月で改めることはできないが、変わるきっかけを与えることはできる。そうしておいてから集団のクラスの中で個別指導すればクラスが落ち着く。来年度はそういうことを実行に移すことになるかもしれぬ。
 塾先生はクラスごとに集まっている生徒を見ながら、毎年やり方を試している。自分の技術にあわせて頭を刈るような、職人にはなりたくない。ニーズに合わせたカットをしてやりたい。

【脳の前頭前野が未発達な生徒は注意しても殴ってもなかなか治らない】
 1分おきに注意してもおさまらぬ。こういう生徒は親の言うことだって聞かないだろう。騒いだら軽く拳骨、退塾させるというのはひとつの解決策のようにみえるが、それはそれでその生徒にこころの問題が生じるから、よくよくのことがなければやれない。根室の子ども達の学力がこの数年著しく劣化し、成績上位層が三分の一以下になってしまい、成績下位層が膨らんでいるから、生活習慣、学習習慣のしつけのなっていない生徒が増えている。クビにしても、つぎに入塾してくる生徒が同じ問題を抱えていたら、言うことを聞かないなら「授業中私語したら拳骨、それでも従わなければ退塾にする」というのはもう解決にならぬ

【脳の前頭前野は我慢と勉強で発達できる】
 わたしは脳科学者ではないから詳しいことは分からぬが、常識程度の知識はある。脳の前頭前野が理性の座で、行動の抑止=我慢力や思考はこの部位の機能である
 学齢期の前に子どもにいろいろなことを我慢させることは子どもの脳の発達にいい影響を与える。我慢することで我慢力が鍛えられ、前頭前野が発達する。そして学齢期になったときに家に帰ってきてから家庭で学習することで思考が鍛えられ、前頭前野はさらに発達する

【子どもをダメにする育て方】
 ところが、まったく逆の育てられ方が根室では普通になりつつある
 幼児期に甘やかすにいいだけ甘やかし、我慢させない。学齢期になってもほったらかしにし、家で勉強する習慣をしつけない、テレビやゲームに"子守"をさせる、小学生でブカツを毎日のようにやらせる、そういうお母さんや爺婆が根室に急増しているのではないか?
 こんな育て方をすれば前頭前野が未発達のまま中学生になるのはあたりまえ
 先生に対する口の聞き方を知らない、座り方を知らない、鉛筆のもち方を知らない、我慢のできない、落ち着きのない、先生の言うことすら聞けない、そういうモンスターとなってしまう。当然成績は悪い。
 私の印象では、根室の子ども達の三人に一人はこういう育てられ方をしてしまったようにみえる

【仮性低学力症の予防:具体的な処方箋】
 これを防ぐポイントの一つは学齢期がはじまる小学1年生のお母さん達を集めて、これからの家庭学習習慣の躾け方しだいで子どもが中高生になったときの成績が決まることを具体的に説明することだ。そしてしつけの仕方を具体的に教えてやるといい
 たったこれだけのことを毎年繰り返し、2年生から6年生まで繰り返し、「いまそのシツケがどのようになっているか」をPTAの集まりや、家庭訪問の際に問えばいい。個人別にファイルを用意して、チェックリストをつくり確認するれば、改善は進む
 おそらく、成績下位層の生徒の80%はこれだけで成績中位層の上のほうにシフトする次に起きるのは、成績中位層の上のほうの競争激化である。たいした競争ではないが、成績中位層と上位層の狭間の人数が増えるから、点数が上がるとゴボウ抜きができる。テストがはげみになるのだ。
 そこまでいけば札幌の子ども達よりも根室の子ども達のほうの平均的学力が高くなっているだろう


【個別指導の実際】
 さて、問題はそういう混成クラスでどうやって授業をするかだ。叱ることで対応してきたが、中三年生のクラスで面白い現象を見つけた。わたしのところはクラス10人まで、個人指導をしている。生徒が同じところをやっていることもあるが、大方は自分の力とスピードに応じて違うところをやっていることが多い。
 中3になっても歩き回るくせの抜けないA君は数学が得意だ。保育所が同じ幼馴染のBさんは社会と理科が得意だが数学と英語がきらいで、きらいな勉強はいつもあとまわし。Bさんはときどき「先生黒板でやらせてくれる?」という。文章題のむずかしい問題は他の生徒もできないから、「いいよ、やってみな」と応える。
 黒板にやらせると面白い。どこかでつかえたり、間違える。他の生徒の質問に応えながらときどきチェックを入れながら、要点の説明を加える。何人か他の生徒も見ているから、がやがやしながらも勉強の集中力が上がってくる。
 最近、Bさんは数学が得意なA君に、自分が解けないむずかしい問題を聞くようになった。「教えて!」ってやっている。問題を確認してから「二人で黒板でやっていいよ」と許可すると、歩き回りたいA君は喜んで前に出てきて、Bさんが問題を黒板に書いて二人で、ああでもないこうでもないとやりはじめる。得意なA君でもできないと、総合Bで初めて50点(60点満点)を超えたC君が立ち上がって前に出てきて、"乱入"する。三人で議論がはじまる。他の生徒の質問に応えながら、暗礁に乗り上げたときを見計らってヒントを投げてやる。「ア!、センセイソウイウコトカ、ワカッタ」と何が分かったのか他の二人に説明をする。我関せずと自分のやっている問題に集中している生徒3人、やりとりを見ている生徒3人。
 問題が解けたら、席にもどってしばらくはおとなしく集中している。落ち着かない生徒を2~3人黒板でやらせるのも一つの方法だ。他の生徒もやりたがるが、二つ同時だと脱線するものが出るので、ダメだ。2年生のクラスで試した。

【学力テスト総合ABC平均点の低下は高校の数学授業へも影響している】
 根室の子ども達の学力が最近数年間で著しく低下した。中3の学力テスト総合ABCの平均点の推移をみてもあきらかだ。7年前はB中学校が14点台でトップで他の2校は20点差があった。10月11日に実施された学力テスト総合BではB校の五科目平均点が123.1点、一番下のC校が109.2で、差は14点に縮まっている。成績上位層が激減したことが3校に共通している。
 根室高校普通科の数学の授業は習熟度別編成をずっと採用しているが、7年前の生徒達のときには一番レベルの高いクラスが1月20日ころに数Ⅱの授業を始めていたのだが、昨年は3月だった。
 根室西高校も生徒の学力の偏差が大きいから、数学はレベル別にクラス編成している。成績の低い生徒達は分数や小数の四則演算からはじめている。当分の間は、小学校の算数と、中学校の復習である。小学校の先生達は根室西高校の数学の授業と英語の授業を見学させてもらったらいい。A中学校では先生達が根室西高校の授業を見学している。百聞は一見にしかずだ、自分達が教えた生徒が高校で小学校レベルから学んでいる現実を自分の目で見れば、授業が変わらざるをえないだろう。

【根室の学習塾は個別指導が不可欠の時代に突入した】
 
 成績下位層の生徒がクラスに数人いるようになった。同じクラスに500点満点で450点前後の生徒が複数いたり、150点前後の生徒が3~4人まじるケースが出てきている。こんなクラスで集団一斉授業*など成り立つはずがない。このような現実を踏まえて、私塾の授業のやり方も変わらざるをえない。両方のニーズに応えるには個別指導が最適なことは誰にでも分かる、もちろんニムオロ塾は個別指導である。学習意欲の高い生徒は質問が多くなる傾向がある。どの程度のヒントにとどめるかは生徒の力量や段階を見極めてやる。このごろ、中2と中3生徒の質問の嵐に見舞われることが増えてきた。内気で質問の少ない生徒もいるから、巡回してやっているノートを覗き込み、質問を拾う。

 釧路は根室の6倍の生徒数があるから、事情はまったく違うのだろう。

*(注)
 FaceBook上に「釧路の教育を考える会」の専用掲示板があり、そこにこの記事をぶら下げたら、ブログ「情熱空間」を書いているZAPPERさんが、数学や英語ならそうだろう、社会や理科なら話しは別だとコメントしてきた。
 たしかに、社会はこれだけ差があっても問題なく教えられるし、私もこの数年間中3年生に10月から2月末まで5ヶ月間毎週土曜日に2時間の補習を続けてそういう結論に同意できる。教えるほうの腕力(授業力)しだいでなんとでもなる、そういう科目だ。一本やられました。楽しい人です。(笑)


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ZAPPER

余計なことを申し上げて失礼しました。^^

今日はY新聞のNさんと一緒にラジオの収録、夜は楽しい宴の予定であります。
お次はそちらで開催ですね!

弾薬、まだまだ大量に仕入れてフル充填しておきます!
by ZAPPER (2012-11-06 12:21) 

ebisu

きれいに投げられると受身がしやすくて気持ちもいい。
畳をバシッと叩く音を聞いたような気がしましたよ。

釧路と根室の子供たちの学力を上げる仕事にとって、誰が敵なのか、誰が味方なのかはっきりしていいですね。

うずうずしているのでしょう。(笑)
by ebisu (2012-11-06 13:06) 

sunriver

>成績のよい生徒にしぼって1クラスできればその生徒達が塾の評判を上げてくれた。あとのクラスが「お客さん」、そこで儲けるのが私塾経営の典型だった。できない生徒のクラスの成績が上がらないのは、できない生徒が悪い、努力が足りない、もっとたくさん勉強しろ、それでよかった。
 できる生徒は自分で勉強するから、教えるほうから見れば楽な授業ができる。どんな教え方でも理解してくれるのができる生徒だ。

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興味深く記事を読ませていただきました。これは根室の話でしょうか?それとも都会の話ですか?(一般論?)今も昔も 上記のような、真の意味で教育に熱をいれていないような塾は、「親のクチコミ」で淘汰されていくのではと思いますがいかがでしょう?

貴塾の授業スタイルをざっと読ませていただいた感じの印象ですが、JTの記事などを題材にした時事英語やら大学院レベルの授業をされていてかなりハイレベルな授業をやられているとの印象を受けましたが、旧帝、医大や東京六大学への合格実績はどのような感じでしょうか?

できる子を徹底的に伸ばすような教育を行っていれば、難関大学の合格もそれなりには出るとは思いますが、実際のところ個別指導でどのくらいのレベルまで持ち上げることができるのか少し疑問です。

というのも、私の住む地域(それなりの都会です)の個別指導を掲げた塾の合格実績は芳しくないのです。下位層の底上げにはそれなりの結果は出しているとは思いますが、最終的な進学実績にはつながっていないというのが実情です。一方で、先取り学習を行っている塾は強い。ベースは集団授業ですが、落ちこぼれには落ちこぼれないように、補習などの個別対応を徹底している。集団授業は切磋琢磨の意識を植え付けるという点でも利点は多いのかなと思います。


by sunriver (2012-11-09 01:41) 

ebisu

sunriverさんへ
コメントありがとうございます。

三十数年前に東京のある私塾がそういうやりかたで生徒を急激に増やし3年ほどで中堅規模になった例があり、その後、そういうやりかたの私塾が一時増えたことがあります。えげつないように聞こえますが、経営戦略としては一つの選択肢でしょう。それで生徒を集められた時代があります。ナカミのほうはあとで整えればいい、それができない塾は長期的には淘汰されます。

さて、根室のことですが、根室から東大に入学した事例は戦後67年間で2例だけです。
北大への合格も平均すると年に一人程度の地域です。市内全部の中学校、7校くらいあると思いますが、中3の生徒数の合計は270名程度です。2年後には220名に減少し、その後260名にもどって漸減していきます。この十年間で中学生総数は30%ほど減少しました。

あなたの言うように、できる生徒を集めて、レベルの高い集団授業で鍛えたほうがはるかにいい結果を残せます。
競争原理が働いたほうが成績は伸びます。
ところが人口減少でこの地域には「成績上位層(5科目300点満点で210点超)」の生徒は10人以下なのです。
都会のレベルで考えると「成績上位層」のうちの三人に一人ぐらいが、都会基準で成績上位層になるのでしょう。
人口減少が進めば、成績上位層がやせ細って競争原理が働かなくなるのです。それは短期間に急激に起きました。想定していたよりもその影響が大きいので驚いています。

集団指導であろうと個別指導であろうと、あなたのいうように「先取り学習を行っている塾は強い」、これもそのとおりです。
塾を始めたのが10年前の12月でしたが、3月まで復習方式でやらざるをえなかった生徒を予習方式に切り換えたとたんに劇的に成績が上がった例があります。
英語が10点台、数学が50点近くの点数だった中2の生徒でしたが、数学が2か月でクラストップに、そして半年遅れて英語がクラストップになりました。
新学期になり、復習方式から予習方式へ切り換えたとたんに生徒が言いました。「先生、この頃学校の授業を聴いていて分かるんだ」とうれしそうな顔をして私に告げました。学校の授業が「復習」の役割を果たしていました。関係が逆転したのですが、予習方式は成績を上げるのにこれほど力があります。
しかし、生徒の力量を見極めてやらないと、先取りのしすぎがおきてしまいます。このあたりの匙加減が個人指導のひとつのノウハウでしょう。

東京では中学受験をする生徒は小学校4年から予習方式の学習に切り換えますが、そういう切り替えが根室では高校生になってからがほとんどです。
ブカツ時間が長すぎるのも原因の一つです。中学になって入塾する生徒の中には家庭学習習慣のない生徒も驚くほど多い。生活習慣から直す必要があります。

>先取り学習を行っている塾は強い。ベースは集団授業ですが、落ちこぼれには落ちこぼれないように、補習などの個別対応を徹底している。集団授業は切磋琢磨の意識を植え付けるという点でも利点は多いのかなと思います。

あなたの言っていることはその通りだと私も思います。
だからお金のある家庭の子どもで成績がよい生徒はふるさとを離れて札幌や東京の中学校や高校に進学しています。
でも、高校卒業まではふるさとで親と一緒に暮らすのが当然だという親も少なからず存在します。

諸般の事由から、もう個別対応するしかないのです。成績上位層の割合がこの数年間で5分の1に減少し、生徒の絶対数が10年間で3割も減少した結果、なにかの閾値を割り込むような崩壊現象がおきはじめたことへ危機感を感じています。

ジャパンタイムズを使う時事英語授業についても書いておきます。私のところは中学生が1クラス10人前後の個人指導塾です。高校生は1クラス5人程度です。塾長一人で教えています。時事英語授業は高校生で希望する生徒だけです。開塾当時は意欲の高い生徒がいましたが、最近数年間は学力がたかくても学校の授業に追われて、ジャパンタイムズの記事を読む機会ががくんと減りました。AO入試や学校推薦で進学する生徒が増えていることも影響しているのでしょう。ギリギリのところでさらに自分の能力を高めようというインセンティブが小さくなっているように感じています。
意欲のある生徒にめぐり合えたら、大学のゼミ形式で高度な授業をしてあげたい、そう思っています。根室には大学がありませんから、経済的な事情で進学をあきらめている生徒の勉学ニーズにも応えてあげたいということです。
十数人の一斉授業でジャパンタイムズを読んでいるわけではありませんので、誤解のないように説明を付け加えました。

地域に特殊な事情がもうひとつありますので、書いておきます。首都圏では両親のいずれかが大卒の家庭は7割はあるでしょう。ところが根室は成績上位の者は大学へ進学して、そのまま都会に就職して戻ってきません。団塊世代の私の同期は数は1000名ほどいますが、大卒で地元に住んでいるのは10人未満です。ハッキリした統計はありませんが、両親のいずれかが大卒お家庭は3%未満でしょう。そういうことも教育への関心や、子どものシツケ(学習習慣を含みます)に強く関係しています。
これは根室に限ったことではありません。北海道の人口3万人以下の地方都市に共通する問題でしょう。地元に優良企業、オープン経営の中小企業がほとんどないことが人材流失の原因であろうと思います。

こういう現象が全国の地方小都市で起きているのでしょう。都会の繁栄は、地方から能力の高い人材を吸収することで成り立ってきましたが、その前提条件が崩れ始めています。優良な人材供給パイプがこれから30年間に数分の一に細くなってしまったら、日本経済は根底から変わらざるをえないでしょう。

だから、わたしたちは時代の大きな転換点を通過しつつあると書きました。
by ebisu (2012-11-09 10:56) 

Hirosuke

関東の田舎町も、
根室と似たり寄ったりの状況です。

一人一人が特異な重篤症状を示しているため、
集団検診では彼等の命を救えません。

また一方で、
彼等を救える【有能】なドクターが足りません。

彼等の行く末となるかもしれない、
ウラの世界をも知っている、
どん底を経験したドクターが・・・。

by Hirosuke (2012-11-09 15:58) 

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