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#1858 浅田次郎『月島慕情』 Feb. 28, 2012 [A8. つれづれなるままに…]

【月島慕情】
 少女の頃に吉原亀清楼に売られたミノは生駒太夫になった。三十路を過ぎて、時次郎という博徒から身請け話が持ち上がる。話は順調に進み、女郎屋の主は前金を受け取り、ミノに休みをやり廓の外へ外出を許可する。喜んだミノは時次郎の住まいへむかうが、そこで二人のこともが肉屋の前で困っている姿を見とめる。お金が足りなくておっかさんに言いつけられたわずかの量の豚肉が買えない。ミノはお金を足してやる。・・・そのあとミノは・・・

「あんたのおとっちゃんは、ひとでなしなんかじゃない。女が悪いんだ。性悪の女が、あんたのおっとちゃんをたぶらかしたのさ」
 母はとっさに息子を抱きすくめた。
 肉の包みをねんねこの襟に押し込んで、ミノは怯える母親の顔をねめつけた。
「あんた、あたしがだれだかわかったろうが」
 大きな目を瞠ったまま、母は答えなかった。
「お察しの通り、あたしがあんたの亭主をたぶらかした吉原の生駒さ。十銭の豚肉も買えねえあんたの亭主は、週に一度は三十円の揚げ代を払ってあたしを買いにきた」

 そのあとの切ない女こころ、ミノがとった決断と行動を描ききる。人の生き方、江戸の女の気風のよさ、実に潔い。

(吉原大門の近くに有名な天麩羅屋がある。最後にかき揚げを食べても口中に油っ臭さが残らない不思議な調合である)
http://www.ntv.co.jp/burari/990814/info3.html

【供物】
 http://www.nhk.or.jp/bungei/index.html

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NHK番組宣伝㌻より

「供物」

2011年12月10日

作: 浅田 次郎

再婚した夫と、2人の子どもに囲まれ、今は幸せに暮らす主人公。そこへある日、1本の電話がかかってきた。20年前に別れた前の夫の死を報せる電話だった。
酒癖の悪い夫の暴力に耐えかねて家を飛び出して以来、一度たりとも会わなかった前夫への「供物」にと、主人公は高級ワインを買い求め、20年前に飛び出してきた前夫の家へ弔問に向かう。20年という歳月に、かつて暮らした家への道筋や街の景色は、すっかり忘却の彼方へ消え去っていた。しかし、主人公には、決して消えない記憶、消してはならない記憶があった。

「月島慕情」(文春文庫)所収
語り:伊藤健三
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 浅田次郎は人の心を扱うのが上手だ。たとえて言えば、人の心の奥にある鈴を鳴らすのが巧いのである。多くを語らず、ぷつんと切ることでその場の空気、人の心のうちを台詞の余韻の中に表現する。あえて描かない、描かないことで読み手のこころに主人公の心のうちを再現してみせる。最後のシーンは本を読んで思う存分泣いてほしい。

【雪鰻】
 3話目の「雪鰻」は、陸自の師団長が吹雪の深夜に鰻重をひとつもって部隊へ戻ってくる。そして「付隊事務室」で当直勤務についていた陸曹に食べろという。なぜ大好物の鰻重を食べないのかと陸曹に問われて、そこで語られた師団長の話しはなるほど食べられぬわけだと肯かせる内容だ。時は昭和40年代、師団長は帝国陸軍の生き残りで参謀として南方戦線に投入されていた。南方戦線は飢餓との戦い、そこで何があったのかを師団長が語り始める・・・

【シューシャインボーイ】
 最後の話は「シューシャインボーイ」、靴磨きである。人事部副部長としてリストラをやり、自分も職を辞し、運転手をやっている元銀行マンと、戦後孤児になり新宿角筈のガード下で靴磨きから身を起こし、大会社の仕出し屋の社長となった人物、それに年寄りの靴磨き菊治の三人が主人公である。人物設定がなかなかこっておりいかにもありそうな話しになっていて興味を惹かれた。損得抜きの人の生き方、意地を教えてくれるいい物語だ。
 角筈交差点は何度も歩いたことがあるので思い出しながら読んだ。昭和40年代にオヤジと上野駅構内を歩いたら、傷痍軍人が両手両足を通路について物乞いをしていたのを見たことがある。オヤジは顔を背けて通り過ぎた。なんともいえぬ表情だった。
 秘密部隊だった落下傘部隊で降下訓練中に主導索が絡んで右手複雑骨折それでもなんとか地上に降りた。部隊を見送り療養中に終戦を迎えたオヤジにとって傷痍軍人が戦後二十年を過ぎているのに物乞いをする姿はどう映ったのだろう。二度目の癌の手術は転移がひどくてすぐに縫合。その2ヶ月ほどあとで久しぶりに散歩して空をまぶしそうに見上げていた。降下訓練する自分の仲間たちが見えていたのだろう。「おれは嫁ももらった、子どもも三人もうけた、あいつらの分まで・・・」そう言っていた。一緒に訓練をした戦友たちは誰一人還ってこなかった。結婚もせずに散った。散歩してから4ヶ月ほどでオヤジも逝った。
 当時の人々はなにかしらの理由と運命のいたずらで命を永らえ終戦を迎えた。運命を受け入れ必死に努力した者、運命に負けてしまったもの、そういう時代の空気を知っているから、「シューシャインボーイ」は胸につまされた。
 若い人たちはこういう話しを読んで心の底から共感できるだろうか?


*#1770 供物(浅田次郎):NHKラジオ文芸館より Dec.11, 2011 
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-12-11-2

月島慕情

月島慕情

  • 作者: 浅田 次郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2007/03
  • メディア: 単行本




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