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#1801 西條奈加『涅槃の雪』とわがふるさと Jan. 11, 2012 [A8. つれづれなるままに…]

 奥付に1964年生まれとある。帯広三条高校を卒業して東京の英語専門学校へ進学、その後小説家となったようだ。釧路の教育を考える会では学力比較に帯広市がよく持ち出される。帯広と釧路の学力差は年々開いている。

 この本は天保の改革を北町奉行与力の主人公・高安門佑を通して描いたものだ(中学社会で習うから、中学生にも読んでほしい本である)。北町奉行は遠山金四郎、南町奉行は鳥居耀蔵、老中水野忠邦が問佑の仕事上のかかわりを通して描かれている。女郎のお卯乃との件はこれから読む人のために書かぬほうがいいだろう。

 天保の改革は窮乏していた幕府財政立て直しのために、奢侈の禁止、株仲間の解散、人返し令などを発令し、さらに改鋳を行った。改革はわずか2年半で潰える。
 例えば奢侈の禁止では高価な工芸品が禁止されたり、寄席が取り潰しにあった。高価な工芸品が禁止になると、材料の手当てがすんでいた業者は製品を売ることができなくなり、倒産が相次ぎ、腕のよい職人が失業していく。
 桟敷で歌舞伎を見るのに1両2分、寄席は銭50文、240対1、寄席が庶民の楽しみであった。改革前200軒あった寄席は15軒に減らされた。その寄席では女浄瑠璃が好評を博していた。老中水野忠邦は「江戸の風儀を乱すもの」として取締りを強化し、寄席の数を減じたのである。庶民のブーイングが聞こえてくるようだ。改革が潰えると、寄席は改革前の3倍以上、700軒に増える。庶民の楽しみを奪うような政策は長続きしない。
 「寄席を生計(たつき)にしている数多(あまた)の芸人たちが職を失い、無頼の者と化すやもしれませぬ。風儀のためには、誠によろしからずと存じます」と与力の一人が遠山景元に問われて答えている。庶民の事情に通じている江戸町奉行の遠山と矢部は老中の政策に反対である。 

 士農工商の社会で、農村で食べていけなくなった人々は職を求めて江戸へ流入した。江戸は人手不足で工と商の仕事がある。天保の改革はその工と商を襲ったのである。人返しの令は70年前の寛政の改革で大失敗した政策であった。「旧里帰農奨励令」がだされ、帰農を望む者には金3両が支給されたが、名乗り出た者はたったの4名。支度金のほかに作物が収穫できるまでの数年間の生活の面倒をみてもらわなければ農村へ戻って暮らしていけなかったのである。江戸へ集まった何万人もの人々を帰農させるためには莫大な財政支出が必要だった。そしてそれは窮乏化した幕府財政の負担しうるところではなかったのである。
 鳥居耀蔵からみた前任の南町奉行矢部定兼評も読み応えのあるところ。腕のよい仕事人の矜持が垣間見える。失脚して讃岐丸亀藩お預けの身となった鳥居は悠然と過ごし明治まで生き延びる。"妖怪"の名にふさわしい生き様である。
 天保の改革は財政状態がよいときに倹約して、やれるときにやるべきことをやっておかなければ手の打ちようがなくなることを教えてくれている。

 戦後、東京へ日本中の市町村から人が集まり、高度成長を支えた。学力上位層はこぞって東京を目指し、地方の人材枯渇すら招いてしまった。いまさら東京(江戸)からふるさとへ戻ろうと思っても、戻れるわけがないのは天保の頃と事情はちっとも変わらぬ。そして、いったん江戸に住んだら、江戸のよさもわかる。さびれた田舎に戻ろうと思う人は稀だろう。江戸へ住んではいても、旧弊だらけの田舎の欠点も知り抜いている。田舎と江戸を秤にかける。いま住んでいるところがいとおしいのは"住めば都"という言葉に象徴されているし、江戸はまごうかたなき都である。

 先を予測して、手の打てるうちにやるべきことをやっておかねば、危機を回避できない。問題の先送りが一番いけない。

 北海道最低レベルの子ども達の学力はこの数年間で急激に低下しつつある。学力低下に象徴される教育問題と市立病院建て替えに象徴される地域医療問題、市行政は問題の先送りばかり。失敗に終わったが改革を目指した天保の為政者たちの方がまだましに見える。
 問題の先送りばかりやって、「改革」の烽火すら上がっていないのがわがふるさとの現状である。このままでは町の行き着く先はハッキリしている。
 だれもやってはくれぬ、95%の一般市民が声を出し旧弊を壊さなければわがふるさともそれまでの運命。
 95%がケセラセラを決め込んでいるなら、案外しぶといのかもしれぬが、私の目にはなす術がないとあきらめているように見える。市立病院が診療所になり、人口がさらに急減して、失業が増えればうろたえるのはエスタブリッシュメントだけではない、一般市民も一緒である。わたしたちは同じ船に乗っている。

(鳥居耀蔵は劇画『御用牙』にも出てくる。これは北町奉行遠山金四郎景元を主人公にした劇画である。30年以上前にテレビ化されたこともあった。小池一夫原作・神田猛作画である。『ゴルゴ13』シリーズで有名なさいとうたかおの一番弟子の神田は高校時代の同級生である。あのころは絵の上手な同期が数人作画を手伝っていた。一人すごい奴がいたのだが、漫画家の道を選ばなかった。私はあいつが描く漫画も読んでみたかった。仲間内では"ケンジ"と呼ばれていた。)

涅槃の雪

涅槃の雪

  • 作者: 西條奈加
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2011/09/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

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