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#1387 医療四方山世間話 (3) Feb. 19, 2011 [40. 医療四方山話]

 さて、3回目は「医師の立場」である。医師と医者、教員免許をもっているだけの者と現場の教師、喩えがあるとわかりやすい。
 あなたが医師で飛行機に乗っているときにドクターコールがかかったらどうするかという具体的な問いかけである。一緒に考えてもらいたい。 


「医師の立場」
 この部分も普段皆さんが気が付かない(考えたことも無い?)所かと思います。現在では医師に成るためには、医学部を卒業して国家試験に合格すれば国家に医籍登録されて医師として認められます。まあ平ったく言えば国家公認の医師に成るわけです。しかし、です。ここから先が肝心な部分です。ところで、この先は話の便宜上国家資格の「医師」と言う身分と実際に医師として機能する状態をわざと「医者」と書き分けますので御了承ください。

 「医師はいつでも医者なのか?」
 「何を馬鹿なことを。当たり前じゃないか」と思われる方もいらっしゃるでしょうね。では例えば学校の先生はどうでしょう。勿論皆さん「教員免許」はお持ちです。ですが世の中には「教員免許」を持ちながら「先生」ではない方が大勢いらっしゃいます。安定した職業である学校の「先生」は競争率が高い狭き門なので中々就職できないようです。また大学の在学中に教職課程を取り一応教員免許を持ちながら他業種に就いている方も多いでしょう。教員免許を持つ人間がどこかの学校に就職して初めて「先生」状態になるわけです。

 医師も同様です。どこかの職場(主に医療機関)に属して初めて「医者」として機能できます。医者は御存知のようにかなりの権限を持っています。人間を診察し治療する。診察では個人のプライバシーを暴露し、治療では「切った・貼った」、麻酔を掛け、薬(麻薬を含む)を使い、X線を浴びせ、亡くなれば死亡宣告、時に遺体を解剖する・・・つまり相手の健康面の全てを支配できる絶大な力です。

 しかし、例えば薬の処方を採ってみます。処方箋に薬の種類や投与量を書き込むわけですが、処方箋には必ずその処方した医者の名前が記載され、また何処の医療施設の処方箋かが明示されています。つまりA医院やB病院の名前の下で初めて医者が処方行為ができるわけです。ですから幾ら医者だからと言って、旅先などで薬局に立ち寄り「これとこれを処方して欲しい」と言っても薬剤師は受け付けません。その医者が所属する医療機関の処方箋が無いからです。「俺は医者だぞ!」と幾ら叫んでも無駄です。所属の医療機関を離れた環境では「医師」は「医者」ではなくなります。

 それ程の法に認められた権力を持つ医者ですから、それなりの義務があるのは当たり前かも知れません。医師に関する法律(医師法)には「診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」応招義務と呼ばれる規定があります。この項目に対する罰則規定は有りませんので、いわば医師たる者の倫理観(努力目標)ですね。しかし医師法第十九条はこう続きます。
 医師法第十九条にいう「正当な事由」のある場合とは、医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合に限られるのであって、患者の再三の求めにもかかわらず、単に軽度の疲労の程度をもってこれを拒絶することは、第十九条の義務違反を構成する。 2 医師が第十九条の義務違反を行った場合には罰則の適用はないが、医師法第七条にいう「医師としての品位を損するような行為のあったとき」にあたるから、義務違反を反覆するが如き場合において同条の規定により医師免許の取消又は停止を命ずる場合もありうる。また、休診日であっても、急患に対する応招義務を解除されるものではない。くわばらくわばら!(笑)

 さてそこで以上を踏まえた上で今回の本題に入ります。よくドラマなどではスーパードクターが院外で活躍する場面が出てきます。果たして現実はどうなのでしょうか。また機内アナウンスで「病人が出たのでどなたかお医者さんはいらっしゃいませんか?」と言ういわゆるドクターコールに 手を上げる義務があるのでしょうか。

 以前青年海外協力隊関係に属する元北大形成外科のHドクターがラジオ番組の中でその事を話題にしたことがあります。仕事柄やはり海外出張が多いHドクターは「ドクターコール」について彼なりに調べ、番組の中でははっきりした結論には触れませんでしたが取り敢えず「呼び出しに対して応じる義務は無い」との見解に至ったそうです。医師には前述の「応招義務」が有る筈なのに何故でしょう?
 その理由は、こう考えると良いのだそうです。医師法に謳われている「応招義務」はどこでも成立するわけではありません。「医師がその所属する場所で医師と分かる状態に有る時」と言う条件があります。つまり「外来などで診療中に診察を求めた来た患者は正当な理由無しには断れない」と言うことです。これは逆に言えば、「医師が本来仕事を出来る環境(権利)においては、義務もまた発生する」わけですね。因みに機内でのドクターコールについて考えてみましょう。先ず「医師と分かる服装=白衣を着ている」ではありません。また自分を名指しして来た訳でも有りません。「誰か居ませんか?」です。つまり不特定多数に対する呼び掛けです。まして機内には厄介なケースに対してそれなりの器材を積んでいるわけでもありません。まあ今ではさすがにAEDくらいは積んでいるでしょうが。
以上を総合すると、「飛行機や鉄道、バスなどで移動中の医師は”医者”では無い。従って”応招義務”も適応されない」と言うことに成ります。
 では多少条件を変えて考えて見ましょう。同じ機内に知り合いが乗っていてこちらの身元が知られている場合です。或いは自分の患者さんが同乗していた場合です。この場合には「応招義務」が成り立つのでしょうか。答えはやはり「義務は無い」のだそうです。何故ならば機内はその医師が働いている職場環境ではないからのようです。つまり機内では「医師」ではあっても「医者」ではないと言う事です。しかし現実にはどうなるでしょうか。知り合いに頼み込まれれば、法律は別にして医師としての使命感(倫理観)で動くでしょうね。但しその場合はあくまでも「医者」ではなく「医師」としてのボランティアでです。
 では別のケースで、患者さんには面識が無いが自分が医師である事が知られている場合は?その場合も患者さんを診るとすれば、やはりあくまでも「医師」としてのボランティアでですね。
 今回の話で「医師」と「医者」の様に敢えて書き分けた理由は、医師にも様々な立場があるからです。
 現在のシステムでは、医学部を卒業した時点で皆国家試験を受け、合格すると医師として国家に登録されます。その後多くは臨床医を目指しますが、勿論それが全てではありません。卒業後生理学、解剖学、生化学、薬学、法医学、衛生学、公衆衛生学などの基礎系の研究室に入る者も居ます。彼らは身分上「医師」ではあっても臨床現場に勤めていないので「医者」ではありません。また厚労省の役人に成る者も居ます。彼らもまた「医師であっても医者ではない」立場です。しかし世間ではどんな「医師」でも皆「お医者さん」と思いがちです。何故なら「医学部時代に全部の科を勉強しているんでしょう」と言う思い込みがあるからです。
 確かに医学部では卒業前に臨床実習で臨床各科を回りますが、それはあくまで工場見学と同程度の事で、それで現場が分かると言うレベルの話ではありません。実際に卒業後臨床医に成って何十年経っても、例えばその地域でお産があり「医者なんだから何とか診て欲しい」と頼まれても大抵の医者は尻込みするでしょう。確かに学生時代臨床実習で1度や2度はお産の現場を見た事があっても、実際の現場ではそんなもの全く役に立ちません。むしろ生半可な知識は危険です。その事を身に滲みて知っているのは他ならぬ医師自身です。つまり今までの専門分化したシステムの上で学び生きてきたために、他科的な疾患を診ると言う融通が利きません。このような医者は都会では役に立っても地方の国保病院などの医師数が限られている臨床現場では困ります。そこで最近地方の現場でも活動できるように、取り敢えず浅く広く患者さんを診れる「総合内科医」の方向が打ち出されてきているわけです。今までの専門医は患者さんを診る前から「これは自分の分野では無い」でしたが、これからは先ず患者さんを診る総合内科医のような医者が増えていくでしょう。

 ここで最初のテーマに戻ります。医師の「応招義務」を守れば、自分を殴りに来たと思われる患者さんをも断れないことに成ります。診て治せばまた殴りに来るだろう事が分かっていても。もしまた殴りに来る途中、病院の中でその患者さんが目の前で倒れたとします。「俺は殴られたくないからこの患者を診ない」と突き放しその結果死なれてしまった場合、もし裁判にでもなればどのような判決になるでしょうね。
 現在のところ多発している医療過誤の裁判では患者さんは弱者扱いされ医者側は非常に辛い立場に立たされています。何にでも誰にでもトラブルは起きます。しかしその患者さんに関わったために結果が悪く出た場合に裁判で有罪に成ります。しかし敢えて関わらなければ(診なければ)、確かに医師法に 「応招義務」は明記されていても裁判では有罪には成りません。言ってみれば「診てミスったら有罪だけど、診ない罪は問われない」のです。それならば「自分の良心に鍵を掛けて診ないに越した事は無い」と言う消極的な態度の医師が増えても不思議ではありません。

 お尋ねいたします。もし貴方が医師だったら、ドクターコールに手を上げますか?
         by 医療四方山世間話 (2011-02-18 13:23) 

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