#640 高齢者虐待を許さない(広報ねむろ) July 7, 2009 [32. 市立根室病院建て替え]
七夕であるが、牽牛と織姫の話ではない。人は例外なく歳をとり、老人となり、体の機能も脳の機能も劣化していきついには誰かのお世話になる。深刻さを増す老人看護の問題について採り上げたい。
根室には療養型病床群の病院がない。その代り精神病院がある。 老人を精神病院でケアするというのは大昔の体制だ。
40年ほど前になるだろうか、たまたま本州のある病院へ用事があって訪れた時のことだ。看護婦さんが入院患者を見舞いに来た学生の孫にそっと話しているのが耳に入った。「いま連れて行かないと、もうじき系列の精神病院へ転院させることになる。そうしたら、薬漬けになり半年ともたない」、だから、引き取るならいまだと。それから一月もしないうちにそのお年よりは娘婿の背に負われて退院していったそうだ。
病院名も書きたくないから、こういう書き方をしたが、「学生」とは私のことである。看護師さんの話も、書いたことはすべて事実である。ただ、そういう現実があったことだけを知ってもらいたかった。
私は読んでいないが、有吉佐和子の小説に『恍惚の人』というのがあるがその時代の老人医療について書いたものではなかったか。その当時は次のようなスキームが老人医療の基本になっていた。
恍惚の人(いまは認知症)⇒精神病院⇒薬漬け・拘束⇒早死に
こういうスキームは高齢者虐待そのものである。薬漬けにするとボケは進み、意識の混濁もしだいの多くなり、急速に体が弱っていく。
あれから40年、老人医療はずいぶんとよくなった。当時はなかった療養型病床群の病院、老健施設、グループホームなどがいまはある。
療養型病床は「縛らない看護」を標榜しているところが多い。できるだけ薬を使わず、「抑制」もしないで、生きるだけ生きてもらって、やすらかに自然な死を迎える。
経管栄養などの延命措置はで家族の強い希望がない限りやらない。
内臓が徐々に死んでいくから、無理な点滴をしても水分排出ができずに体は水分過剰によってパンパンに膨れ上がる。腎機能が次第に失われ体は死んでいくのだが、心臓はしばらくの間動く。数日から数週間のタイムラグを置いて次々と内臓が死を迎えていく。
こういう段階では点滴すら老人虐待そのものだと主張する看護師さんもいる。腎機能がなくなったらもう生命維持はできないし、回復もしない。言葉が悪いが、もの言えぬ老人が新人医師の点滴練習台になっているケースもある。
手術前の患者が口から栄養を摂れないケースでは胸の動脈からの栄養剤注入はやるべき医療処置であるが、もう助からないお年寄りにそのような処置をすることは虐待だというのである。何もしなければ、食事が取れず、老人は体が衰弱して、穏やかに亡くなる。
判断が難しいところで、ケアする側の看護に関わる考え方が問われる瞬間である。「痛くない、苦しくない、怖くない」そういうことが医療現場で老人に対して配慮されなければならない。
わたしは首都圏のある特例許可老人病院(300ベッド弱)を療養型適合病院に建て替えを依頼されて、2年間ほど常務理事をやったことがある。その病院の理事長の運営方針が「痛くない、苦しくない、怖くない」だった。
さて、「高齢者虐待を許さない」と言うことは簡単だが、それに見合う施設を根室市は用意しているだろうか。
ショートケアは老人保健施設「セラピーこざくら」に17ベッドのみ、そして痴呆老人用の鍵つき部屋は2部屋のみ。特別養護老人施設は常時満床状態。
精神病院が二箇所受け入れ先としてある。江村精神内科が101ベッド、共立病院はネットで検索したがベッド数不明、100ベッド前後だろうか。
ただし、現在の精神病院は30年前の精神病院とは異なるものであることは注記しておかねばならない。
ところで、療養型で痴呆老人をケアするのはたいへんである。精神病院と違って鍵つきの病室も病棟も認められていないからエレベータや階段から痴呆老人が病院外に出てしまう事故が起きる。施設側の管理責任が問われる。そもそも現場を見ないでつくられる法律が悪いが、補助金を受けるためには現行法制を守らざるをえない。
夜間は看護師の数が減る。階段にも、エレベータにもロックはかけられないし、そもそもそういう設備をすること自体が許可にならない。現場は階段前やエレベータ前に障害物を置くなどの工夫をして防がざるをえない。非常に危うい運用をすることになる。
そして「抑制」をせずに薬も使わずに看護するとしたら、夜勤の看護師さんは仮眠をとることすらできない。精神病院は療養型病床の病院に比べて看護師が少ないから、実務上、薬を使うか拘束するしかない。
「縛らない看護」は看護の側に大変な負担がかかるのである。現場にすべてを押し付けてすむ話ではない。
根室市の老人人口は25%、7700人である。繰り返すが療養型病床は1ベッドもない。ショートステイは17ベッドのみ。
では、痴呆症状とはどういうものだろうか。痴呆は「まだらボケ」ということからはじまる。一気にボケるわけではない。正気を取り戻したときに、患者自身も苦しんでいる。どんどん自分が自分ではなくなっていく、その先に何があるのか、人間は想像力がある。辛い想像である。主要な症状を5つだけ例示する。
①時々ぼける、3ヶ月に5日が、2ヶ月に5日、1ヶ月に5日というように間隔が短くなっていく。
②食事をしても30分後には忘れていて、「食事を食べていない」と訴える。言ってもなかなか理解できない。
③幻視が始まる。居るはずのない小さな子供が見え、話しかける。
④昼夜の区別がなくなり、夜中の徘徊が始まる。1週間前まできちんとしていたのに、夜中を昼だと思って行動する。家族は寝られない。部屋に鍵をつけて寝ても、ドアを叩く、いつまでも部屋の中を歩き回ってガサ・ゴソ音がする。音がしなくなると、倒れて寝ている場合があるので、チェックに行く。つまづいて怪我をしている場合もある。家族は眠ることすらできない。睡眠不足は介護する家族の体力を奪い、慢性疲労を蓄積させ、精神的身体的な余裕を奪っていく。
⑤シモの始末ができなくなる。自覚がないので、手にウンチをつけたまま家の中を歩き回る。認知症になる前と同様に行動する。たとえば、食器棚を空けて中の食器をいじる、冷蔵庫を開ける・・・。
後始末が大変である。叱っても効果がない。これが徘徊が始まると毎日繰り返される。
それが認知症と言う病気だが、介護する方はいらいらしてついつい叱る声が大きくなる。しまいには介護疲れで人格さえ変わってしまう。
こういう大変さがわかっているのだろうか。老人介護を家族に押し付けていたら、ほとんどのケースで「高齢者虐待」は起きるだろう。外部からの援助を遮断したら「高齢者虐待」は、多くのケースで偶然から必然に転化しかねない。
では高齢者虐待を防ぐために根室市は何ができるのか?何をなすべきなのか?
高齢者を介護している家庭では、月に2週間ショートステイさせられた精神的にも身体的にもずいぶんと助かると思っている人が多いのではないだろうか。
市はショートステイ施設を増やすべきだ。そして療養型病棟も50ベッド市立病院に確保すべきだ。そこが「高齢者虐待」を防ぐポイントに一つではないのか。
療養型病床群の病院へ入院させると概ね月額20万円近くの自己負担が生ずる。年間240万円である。老健施設では13万円くらいだろうか。グループホームで14~15万円くらい。特別養護老人施設が一番自己負担額が少ないと聞く。老人介護の問題は経済問題でもある。どこまで自己負担できるか、そういう問題でもある。経済的に施設を利用できない人がどれくらいいるのだろうか?そういう人々が困り果てないように、相談窓口と具体的な政策が必要だ。
市の広報7月号が回ってきたので、読んでみてた。「高齢者虐待」を防げと言うばかりで、肝心の高齢者看護について根室市の現況がどうなっているかについては一言の言及もなかった。
「基本計画」に添付されていた市立根室病院職員への内部アンケートでは、トップに慢性期の老人医療への危惧が挙げられていた。病院職員は療養型病床がないことが老人医療にとって異常事態であることを承知している。だから、心配しているのだ。
ところが、病院建て替え「基本計画」にも療養型病棟は言及されていない(2~3億円も病院事業赤字を減らせる経営改善項目は療養型病棟を作ること以外にない、一石二鳥である)。一体、根室市は老人医療をどのようにするつもりなのだろうか、そういうことを広報で明らかにして欲しかった。
痴呆老人を介護して苦労をしている家族への配慮に欠けていると感じたので、思うところを書いた。
繰り返すが、市政の無策によって、高齢者介護をしている家族を「高齢者虐待」に追い込んではならない。
根室市は高齢者看護において市がやるべきことを正面から採り上げて、高齢者介護でギリギリのところで苦労している市民と共に歩む努力をしてほしいと思う。
*「広報ねむろ7月号」URL
http://www.city.nemuro.hokkaido.jp/dcitynd.nsf/image/13ea5e06f244f5844925752b00024f3d/$FILE/210701p2.pdf
http://www.city.nemuro.hokkaido.jp/dcitynd.nsf/image/13ea5e06f244f5844925752b00024f3d/$FILE/210701p3.pdf
2009年7月7日 ebisu-blog#640
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