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成績を上げるための日本語トレーニング [57. 塾長の教育論]

       日本語力はすべての教科の基礎

  小学生に国語の苦手な生徒がいるので、4月から国語を教え始めた。日本語の読解力が算数の文章問題や社会科に影響する。中学校へ入ってからは日本語文法知識の有る無し、音読の巧拙が英語の成績へも影響する。
 ありきたりの問題集は使いたくないので、記述式問題に焦点を当てて教材を選択した。しっかり「修行」するタイプのものがよい。採り上げた教材は出口汪『新日本語トレーニング』(小学館)シリーズの『基礎国語力編〈上〉』『基礎国語力編〈下〉』『基礎読解力編〈上〉』『基礎読解力編〈下〉』である。
 述語中心に文章を見ていくやり方で、答えに字数制限のある問題のトレーニングにはなかなかいい問題集である。生徒の食いつきもよい。
 少し難があるとすれば、数学のように正解が一つだと生徒が誤解する可能性のあることである。立場の相違で解釈が分かれる場合もあるのだが、この問題集に限らず全般に、国語の問題や解答は正解が一つであるというシナリオが前提になって作られているように思える。しかしこの問題はおいておこう。

 読解力を高めることに重点を置いた問題集であるが、文法が出てくる。助詞と助動詞が出てきた。気になったのが、「は」と「も」の扱いである。古い中学校の文法参考書では副助詞に分類されているが、高校では係助詞である。中学校では係り結びを習わないから、係助詞という用語が使えない。高校生で習う文法では「係り結び」があるから「係助詞」という助詞のグループを扱えるということかもしれない。

 ところで現代文には係り結びがない。格助詞が定着することで係り結びは現代文には残っていない。係り結びの機能が必要なくなった。
 中学生には係り結びを教えないのだから、「は」と「も」を中学生に係助詞と教えることには抵抗がある。それに係助詞といっても「は」と「も」に係り結びがあるわけではない。係り結びがないからこそ現代文の中に「は」と「も」が残ったともいえる。
 北原保雄『日本語文法セミナー』(2006年、大修館書店)では高校の古典文法テキスト36種類を集めてテーマごとに面白い議論を展開している。その中に助詞を取り上げた項があり、教科書での助詞の扱いが杜撰であることを嘆いている。「は」と「も」は終止形で係り結びをするわけではないことをきちんと教えるべきだと指摘している。
 この本は、国文法が高校でどのように教えられているか、テキストごとにどのように扱いが異なるのかを丁寧に解説している。高校生が、学んでいることについていろいろな意見があることを知って、学問の世界を垣間見ておくのもいいだろう。

 橋本進吉、山田孝雄、時枝誠記三人の学説を並べて比較する築島裕『国語学』1977年、東大出版会)によれば、橋本進吉は助詞を9種類に分類している。山田孝雄は6種類、時枝誠記は「副助詞の類を係助詞の類と共に一括して限定を表す助詞」としている。
 このように代表的な文法学者ですら助詞の分類に意見の一致が見られない。
 町田健『まちがいだらけの日本語文法』によれば、「今学校で教えられている国文法というのは、橋本進吉が旧制中学用の文法教科書をして書いた『新文典別記』(1948年)を基にしている」という。そして町田は橋本へのソシュールの影響に言及している。橋本の文節という文の単位の定義があいまいであり、そういうあいまいなものの上に構築されているのが橋本文法だと言い切る。文節という記号の音の側面だけに注目して意味を見落としたと批判している。記号は意味と音があってこそ記号足りえると主張する。
 時枝誠記の「言語過程説」についても、「ソシュールがどうしてパロールを言語学の研究対象からはずそうとしたのかを、時枝は本当にちゃんと理解していたのかどうか、ちょっと疑問に思う」としている。
 どうも、日本古来の文法とは別に西洋言語学から移植されたこれらの研究方法自身がどうやら日本語文法の本質解明には適していないものであることを町田が主張しているように見える。しかし、だれも日本語文法の新しい体系化を試みようとはしていない。したがって、戦後教育における国文法は1948年以来60年間その歩みを止めたかのごとくである。
 いずれ誰かが日本語文法の体系化を成し遂げて、中学及び高校の国文法教科書を書き直してもらいたいものだ。

 ついでにユニークな文法書があるので紹介しておこう。作家の井上ひさし『私家版日本語文法』(新潮文庫)である。高校生には薦められない毒の強い本である。
 この本で紹介されている日本語に形容詞が少ない理由などは実に興味深い推論・社会分析となっている。日本語には擬声語が多い例ととして斉藤タカオ『ゴルゴ13』を採り上げてユニークな論を展開する。擬音語が多い理由や、人称代名詞が方言をも交えてほとんど数限りがないと英語に比べてその特徴を論ずる。文学作品に接続詞の使用が少ないことを挙げて日本語の文章の特徴を類推していくなど、視点がユニークで、時折腹を抱えて笑える本である。それでいて、山田文法や時枝文法を押さえることも忘れていない。暇をもてあましていれば読んでみるとよい。

 国語が苦手な小学生のためにこの春から始めた「日本語トレーニング」であるが、つい先ごろ入塾してきた中学1年生にも国語が苦手な生徒がいるので同じ教材でどのくらい成績が上げられるものか試してみることにした。このような理由で週1回の日本語トレーニング補習を始めたところである。
 このシリーズは6冊あり、中学受験から大学受験までカバーできるようになっている。もとより、大学受験用の最後の2冊は中学生に使うつもりはないから、4冊やって効果のほどを見ようというわけである。
 どういうわけか行きがかりで国文法を勉強せざるを得なくなった。助動詞などはなぜかくもこんなに種類が多いのか、英語に比べてその種類の多さにあらためて驚き、そして問う、なぜ日本語に助動詞がかくも多いのか。わからないことだらけ、謎だらけである。
 こうしてまた芋づる式に興味が広がり、経済学の体系化と重ね合わせながら、まるで関係なさそうな日本語文法の体系化がどのようなものになるのか、空想の旅が始まる。
 日本語文法に関してはまったくの門外漢であるが、関連書籍を読むきっかけをくれた数名の生徒に感謝しつつ、どのように教えるべきか悩みながら生徒の前に立つ。
 これだけ諸説紛々としていれば学校の先生たちも大変だな。いずれ岩波書店の『日本語6 文法Ⅰ』と『日本語7 文法Ⅱ』で助詞と助動詞に関して歴史的変遷や学説をトレースしなければ気がすまなくなるだろう。教えること=学ぶこと、である。『文法1』は手元にあるが、『文法Ⅱ』はない。もうずいぶん前(1977年)の本だから手に入るだろうか。ちょっと心配である。このシリーズの岩波講座を全巻そろえて買って置けばよかったと後悔している。

 以前に国語が苦手の男子生徒に斉藤孝『読書力』の音読トレーニングを実施し、粗筋に青線を、重要なところを赤線を引いたあとで、読めなかった漢字の書き取りを5回やらせた。半年余りで35点ほど国語の点数が上がったが、彼ほど一生懸命にやる生徒が少ないことも音読トレーニング補習を全中学生に3年間実施してみてわかった。音読に採り上げた教材には藤原正彦『国家の品格』林望『知性の磨き方』世阿弥著・林望対訳『風姿花伝』などがある。生徒はざまざま、こちらも手を替え品を替えて、今度は毛色の違う別の教材でやってみようというわけである。

*22日午前中に届いた高校受験参考書『これでわかる国文法 中学1~3年』(文英堂)では、「は」と「も」をやはり副助詞に分類している。係助詞の説明はない。三十数年前の国文法参考書グリップの『国文法』と同じ扱いである。何も変わっていない。学習指導要領では中学では係助詞を扱わないことになっているからだと想像する。
 この受験参考書の副助詞の定義が笑える。曰く、「副助詞は、いろいろな語についてさまざまな意味を添えるもので、数多くある」、これで副助詞の概念の輪郭が理解できる人はいないだろう。たとえ中学生相手だろうと、好い加減にごまかしてはいけない。わからないものをわかったかのように書くこともいけない。学問への不信を植え付けるだけだ。
  2,008年8月21日   ebisu-blog#265 
  総閲覧数: 28,141/269days (8月21日0時20分)


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