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#3382 日銀B/S : 発行銀行券勘定を負債区分に計上するのは間違い July 31, 2016 [95.増え続ける国債残高]

 日銀貸借対照表の負債欄に発行銀行券が349兆円計上されているが、これは資本区分に計上すべきというのが本稿のテーマである。

 政府が無制限に国債を発行し、それを全部日銀が買い取り、大型予算を毎年組んでばら撒くことを「ヘリコプター・マネー」というが、国債がどんなに積みあがっても、当座預金勘定と発行銀行券勘定を相殺処理すれば、なんら損失を出すことなく、累積された1000兆円の国債残高をチャラにできるという無茶苦茶な議論が、会計学の基礎的知識すらわきまえない一部の米国の経済学者とそれに付和雷同する日本の経済学者が主張しているので、複式簿記の原理原則に還って問題を整理したい。

<複式簿記の原理は経済学より古く、シンプルで美しい>
 経済学より複式簿記理論のほうがその成立はずっと古い。複式簿記理論は15世紀のイタリアの高利貸しの帳簿記帳にはじまるから、仮にA.スミスの『諸国民の富』1776年を経済学の成立と考えると、それよりも250年ほど古い。システムとしてもシンプルで美しいもので、諸々の経済理論の比ではない。
 目の前にあるのに、人はその単純で美しいものに気がつかない。日本の伝統的な価値観に基づく経済学もそうしたもののひとつである。わたしはそれに気がついてしまった。当初は経済学の体系構成にこだわって二十数年間さまよい考えていたが、新しい経済学を生み出すことは簡単なことだった。気がつけばよかったのだ。
 インドの高卒の数学の大天才ラマヌジャン*(1887-1920)は、その短い生涯の内に、3500もの数学の美しい公式を発見した。人が何か重要なことを発見するときは情緒のあり方があるレベルを超えなければならない。偏差値や知能指数ではない別のもの、美的感覚とか情緒が問題なのだ。そして空っぽになったときに突然目が開いたように見えるのである。自我の作用が停止ししたときと言い換えても間違いないだろう。赤字の会社を黒字にするのも、目の前にあるものに気がつくだけでよい、見えてしまう。知能指数や偏差値はまったく関係がない、それらとは異質のものが作用する。ラマヌジャンは夢の中で女神がナーマギリ教えてくれると言っていたそうだ。何かを創り出すのではなく、ただ見つけ出すだけ。
*ラマヌジャンについては、藤原正彦著『国家の品格』新潮新書、165ページ以降参照

 複式簿記は戦国時代にキリスト教とともに入ってきた。宣教師がキリシタン大名や信者の有力な商人に伝えたのではないかと推測する。その両方が数学の特殊理論である複式簿記理論の原理を理解した。そして大福帳という日本独自の形式を生み出してすぐに仕事に使った。こんなことができたのはアジアでは日本人だけだった。イタリアの横書きのノートを縦書きの大福帳にアレンジできたのは日本人の異文化受容度の高さを示している。携帯用の墨壷まであったから、半紙を閉じた大福帳にいつでもどこでも書き込めたのである。こうして納品された物品の検品も正確に証跡まで残してやれた。机に向かってでないとできなかったイタリアの記帳技術が、いつでもどこでもやれるように進化したのである。複式簿記の原理を理解して広く実務に利用できたのは、世界中で日本人だけだった。教えた宣教師のほうがびっくりしただろう。特殊数学をアジアの東の端の日本人があっというまに理解し、進化させて利用したのだから。こんな異例な国、文化受容度の高い国を植民地にはできないと思っただろう。日本人は何かをコピーするときに、オリジナルに何かを付け加えて、日本化して受け入れるのである。漢字や仏教の伝来以来そうしたことを繰り返してきたのだろう。鉄砲の伝来でも起きた。明治になって西洋文化を受け入れたときにもそうしたことが無数に起きた。それは敗戦後にもたくさん起きた。なぜ日本は異文化を受け入れるときにそういう結果を生むのかわからないが、事実としてそういう受け入れ方を繰り返している。まるで日本人の遺伝子に組み込まれたプログラムが発動するようにそうなる。

 創業百年を超える世界中の企業の90%が日本にある。複式簿記の原理を理解して実務に直ちに応用できたからこそ、組織が大きくなって遠隔地に支店を出しても、ガバナンスが効いたのである。江戸時代に起源をもつ豪商や企業は大福帳という複式簿記技術があったから、数百年間続く超優良企業が多い
 江戸時代の日本が世界一識字率が高かったことと、商人が算盤を扱えたので計算能力でもダントツに世界一だったことが日本で複式簿記が普及した理由である。識字率と計算能力の高さという「知的インフラ」が整備されていたのは世界中で日本だけだった。
 為替の仕組みや米相場先物取引なども、世界に先駆けて日本で発明され普及したが、複式簿記の記帳技術に支えられていた。
 複式簿記は近代資本主義社会、中でも株式会社を根底で支えている理論であり、複式簿記なくして株式会社は機能できない。
 そういう会計技術の発達史を概観するときに、日本がなぜ世界の会計学をリードできなかったのか不思議である。20世紀に米国の覇権が成立したとしても、会計学や国際会計基準への日本人会計学者の貢献がまったく見られないのはなんとも解しがたい。日本人が自らの伝統と文化と技術を省みずに、なぜ米国経済学をかくも崇めるのか、わたしには理由がさっぱり理解できない

<会計基準が経済のあり方や企業行動を決定している>
 会計学の基本を知らない一部の経済学者たちは「ヘリコプターマネー」をばら撒けば問題が解決するなんて白日夢を見ている。会計理論とはそんなに脆弱なものではない。会計基準は企業と経済の在り様を決定する強い作用をもつ
 保有株式の評価基準を低価法から時価法に変えただけで、東京証券取引所Ⅰ部上場企業株の3割以上が外資のものになった。それだけでなく、東京証券市場の株式相場は為替レートに連動するものになってしまった。
 会計基準はこのように日本経済や経営者の判断、そして企業行動に甚大な影響を与えている。「ヘリコプター・マネー」に関する議論を会計学の観点から見直し、問題点を整理することは無駄ではない。

<日銀貸借対照表のなにが問題なのか?>
 日銀の貸借対照表を例にとって、会計学上なにが問題なのかを取り出してご覧に入れたい。


  日銀貸借対照表
平成27年3月末日     金額単位:兆円
   (資産の部)   (負債・資本の部)
国債349.1発行銀行券95.5
その他資産56.5当座預金275.4
  その他負債31.2
    
  資本3.5
資産合計405.6負債・資本合計405.6


*第131回事業年度(平成27年度)決算等について(日本銀行)
http://www.boj.or.jp/about/account/zai1605a.htm/


<貸借対照表表示区分と負債の定義>
 発行銀行券勘定が負債の部に計上されているが、この勘定は本当に負債なのか、負債の定義を確認してみよう。
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 負債とは企業が後日他人に対して金銭を支払う義務またはある給付を行う義務をいう。大部分の負債は金銭の支払い義務であり、これを金銭債務という。負債とはこのように企業が外部者に対して支払いまたは給付を行う義務をいい、これが負債の常識的・一般的意義であり、これがまた法律上の債務の概念ともほぼ一致する。しかし、会計上の負債は、このように必ずしも法律上の債務と一致するものではない。
 沼田嘉穂著『体系簿記会計問題精説』中央経済社、昭和53年新版、221ページ
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 沼田は黒澤企業会計原則を批判した一橋大学の教授である。昭和30年代後半から50年代にかけて簿記理論においては東大教授だった黒澤清と双璧をなして、論争を繰り返していた。黒澤が、米国のローカルな会計原則を日本に移植したのに対して、理論研究においては沼田が断然優れていた。その沼田の本が一冊書棚に残っていた。
 沼田の定義では負債には二種類のものがある。負債の筆頭に上げられているのは金銭債務である。当然債権者が想定されている。法律上の金銭債務が第一番目に定義された負債である。その他の負債として具体的な勘定科目が挙げられている。
 債務法律上の負債ではないが会計上の負債として計上すべきものとして、損益の期間計算上生ずる未払家賃などの繰延負債負債性引当金を例に挙げている。負債性引当金は修繕引当金や退職給与引当金を挙げている。 

 この沼田の定義に従えば、日銀貸借対照表にある「発行銀行券勘定」は相手方のある金銭債務ではないし、損益の期間計算上生ずる負債でもなく、負債性引当金に該当するものでもない。つまり、会計学上は、負債区分に計上する根拠はまったくないということになる

 消去法で考えれば「発行銀行券」は会計学上は資本区分に計上すべきものである。その増減は資本の増減だから厳格に扱うべきであるという結論になる。企業会計においては会社法で減資手続きについて厳格な定めがあり、取締役会の決議の他に株主総会の承認を必要とする。貨幣の強制通用力が国家や国民に由来するとすれば、手続きの中に国会決議のあるのが当たり前だろう。時の政府の恣意的な判断から守るために国民投票の制限があるべきだ。ハイパーインフレを招きかねないので、国家の存立にとっても国民生活にとってもそれほどの重大事であると認識すべきだ。

<金本位制の残滓:会計学者の怠慢>
  さて、発行銀行券がなぜ負債とされたかについては、歴史的な経緯があるように思われる。金本位制下の中央銀行では紙幣は兌換銀行券として発行され、金の裏づけを必要とし、要求があれば金と交換しなければならなかったので、紙幣を発行する際には次の仕訳処理がなされたはず。

   (借方)            (貸方)
 金地金 100    /     発行銀行券 100 

 金本位制下では兌換銀行券の発行は純然たる金銭債務であったが、金本位制を廃止したあとは、紙幣には国家の強制通用力が付与されたので、金地金の裏づけの必要がなくなった。金地金との交換の義務がないのだから、その時点から紙幣は負債ではなくなったのである。負債の定義に該当しなければ貸借対照表上の扱いは資本区分である。
 それにふさわしい勘定科目名を用いるべきで、「発券資本金」勘定という名称が妥当ではないだろうか。金本位制廃止に伴って、中央銀行が使う勘定科目名がどうあるべきかについて議論してこなかったのは日本の会計学者たちの怠慢である。中央銀行自身も金本位制廃止時に、使う勘定科目名を再検討すべきであった。
 資本区分に計上すれば、国債(資産)と発券資本金(資本)の相殺処理が妥当性を欠くことは直ちにに理解されただろう。それは減資処理になるので法律で厳格な手続きが定められなければならない。日銀総裁や日銀政策委員会が勝手にやってよい処理に含めてはいけない
 資本区分に計上し、名称を「発券資本金」勘定とすることに伴い、他の会計取引にも影響が出るだろうから、その辺りの研究は会計学者の手にゆだねたい
 
 発行銀行券資本金勘定をそれにふさわしい名称である「発券資本金」に変更して資本区分とすると、国債は政府が発行するもので政府に支払い義務があるから債権であり、他人への債権と資本を直接相殺処理することは、会計の常識からは考えられない。
 相殺処理は日銀から政府への利益移転取引になる。日銀側では消却する国債と同額の損失(国債除却損)計上がなされなければならない。

<日銀の独立性に関わる問題:策士策に溺れるの図>
 貸借対照表表示区分上の問題のほかにも中央銀行の独立性に関わる重大な問題がある。ヘリコプターマネー議論は、政府と日銀を一体の法人格として扱うもので、独立性の完全消滅を前提としている。そのようなことを認めたら、日銀が国債を直接引き受けて無限の通貨供給が可能となり、ハイパーインフレが生ずる。
 財政法第5条「国債の市中消化の原則」を謳い、日銀直接引受けを禁じているから、直接買入れによる相殺処理はそれにも違反することになる。
 「マイナス金利国債」を買って日銀へ売却して当座預金を増やしても2月16日以降の預託分は0.1%の金利を生まないから、マイナス金利国債は市場で買い手がつかず市中消化が不可能となりつつある。まもなく日銀が直接買入をするしかなくなる。

 (1)新規国債売出⇒国内銀行買入⇒日銀買入⇒日銀当座預金勘定増加
 (2)新規国債売出⇒日銀買入

 現在は(1)から(2)への移行期にあたる。マイナス金利導入が、日銀の直接買入を余儀なくするということを、国債の市中消化が不可能になる事態を、黒田総裁は読み誤ったのではないか?日銀が新規預託分の当座預金にプラスの金利をつけない限り、国内の銀行にとって日銀当座預金を増やすメリットがない。
 わたしの目には財政法を改正するしか手がないように見えるが、いくら単独過半数を取ったからといって財政規律を根底から覆す暴挙をやれるとは思わない。
 安倍総理や黒田日銀総裁の強気の発言とは裏腹に政府と日銀は自らの手で首を絞め、瀬戸際に追い詰められている。弱い犬ほどよく吼えるとは言い得て妙だ。

<アベノミクスはどこがまずかったのか?>
 アベノミクスの敗因は何だったのだろう。
 ゲーム理論や国際金融論の専門家である浜田宏一(東大名誉教授)を内閣参与として経済ブレーンに担いだことに敗因がある。50年も昔の米国のマクロ経済理論を、1.2万年の日本列島の歴史ではじめて長期的に人口縮小が進む日本に適用したのだから、現実無視、無理でしょ。
 簡単に言うと場違いなポンコツ理論なのである。ご本人もそれを自覚できないくらい耄碌していらっしゃる。総理周辺の誰かが気がついてもよさそうだが、片棒担ぐ御仁もいらっしゃったくらいだから、肩書きで目がくらみ実像が見えなかったのかもしれない。白川から黒田に日銀総裁を替えたら、3ヶ月でインフレターゲットを実現できると豪語した方である。予告された期間が過ぎたところで気がつくチャンスがあった。でも、ブレーンを替えたら、早々にアベノミクスの失敗を認めることになるから、替えられなかったし、代わりが見つからなかったというのが本音だろう。浜田内閣参与は夢を見ていたのだろう、まだ目が覚めていない。(笑)

<アベノミクスの歴史的役割>
 浜田宏一が論外だったとしても、他に選択肢がなかったのは事実。日本の経済学者はマルクス経済学者が圧倒的に多く、肝心の東大がマルクス経済学の宇野シューレで固まっており、全国の国立大や私大へその学派の人脈が数十年にわたって流れ続けた。当然のことながら、マルクス経済学者で健全な保守主義に基づく自民党経済政策のシナリオを書くことのできるものはいない。マルクス経済学者でない者では、宇沢弘文がいたがすでに冥界入りしている。
 慶応大教授の金子勝がよさげに見えるが、かれは原発反対派だから自民党の原発政策と対立するのでブレーンに採用できない。こうしてみると、日本の伝統的な価値観と健全な保守主義に基づく経済政策論を展開できる経済学者は一人もいない、結局、ババいやジジを引いた。
 何もしなけりゃ無能と言われ、無能が一生懸命に仕事をしたら惨事を招く、しかたなかったのだよ、「この道しかない」と安倍総理は7月の参議院選挙で初めて正直に叫んでいた。100%額面どおりに受け取ってよい言葉だった。安倍総理は自らに課せられた歴史的役割をまもなく見事に果たし終え、怒号と非難の嵐の中を退場する。つらいお役目、ご苦労さん。
 大丈夫だ、日本は大崩壊をきっかけにして30年をかけて再生する。そこを経ないことには生まれ変われなかった。



*#3381 28兆円の経済対策:日銀B/Sから何が見えてくるのか? July 30. 2016
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-07-30

*#3369 日本銀行の貸借対照表を読む  July 20, 2016 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-07-20

 #3282 保守主義とは何か May 6, 2016 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-05-06-1

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#2784 百年後のコンピュータの性能と人類への脅威 Aug. 22, 2014 ">

#3097 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版) <目次>  Aug. 2, 2015 


       3097-1 ↓
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-08-02-2

Ⅰ. 学の体系としての経済学      6

1. <デカルト/科学の方法四つの規則とユークリッド『原論』> …6

2.<体系構成法の視点から見たユークリッド『原論』> …8
3.<マルクスが『資本論』で何をやりつつあったかを読み解く> …
10
4.<資本論体系構成の特異性とプルードン「系列の弁証法」> …
11
5. <労働観と仕事観:過去⇒現在⇒未来> …
13
 


  3097-7 ↓
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-08-04-1

24. <文部科学大臣下村博文「教育再生案」について> …67
25.<人工知能の開発が人類滅亡をもたらす:ホーキング博士> 
69



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