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#3339 実りある対話(1): 経済学の大きな問題に整理がついた June 21, 2016 [第3版への助走]

 意見の違う場合ほど、対話をしてみる必要があることは論理的に考えると当然のことに思えますが、感情の問題があります、世の中は同じ意見の人とだけ群れたがるというのが普通です。意見が違えは対立があり、衝突のあるのが普通です。あえて修羅場に飛び込もうとする人は稀です。自分と異なる意見は聞きたくないから聞く耳持たぬ、殻を閉ざしてしまう人が多い、多いというだけのことでそういう心的態度自体は善いとも悪いとも言えません。その人の心の問題ですから。

 具体例を挙げてみます。根釧の子どもたちの学力に危機感を持ったさまざまな職業人が組織した「釧路の教育を考える会」は同じベクトルを向いた人たちの集まりです。その副会長であるZAPPERさんはブルトーザのように道のないところに道を切り拓いていくエネルギッシュな人でありますが、志を異にする人たちとちゃんと対話をする人です。もう一人の副会長の月田光明(釧路市議会議長)さんは、公明党ですが、超党派の釧路市議会基礎学力問題研究議員連盟を組織して、全国初の基礎学力保障条例を制定しました。月田さんと金安潤子市議お二人の反対派との議会論戦は白熱の議論でした。ブログ「情熱空間」が何度も採り上げています。読むほうからみると、実に楽しい議論です。

 今回取り上げる対話は、弊ブログ記事「#3331 「空気」に「水を差す」June 17, 2016」の投稿欄でなされたものです。登場人物は4名、雨女さん、koderaさん、後志のおじさん、そしてわたくしです。
 序(つい)でに書いておきますと、本論のほうは、山本七平氏の「空気」論を取り上げて、最近のマスコミ報道(舛添都知事問題、甘利経産大臣種相事件(不起訴)、小渕優子政治資金規正法違反問題(不起訴)、STAP細胞事件)を俎上に載せたものです。

 コメントの焦点は、途中から面白い方向へと変化していきます。最後の1/4くらいのところが、経済学の大きな問題への言及となっています。
 「資本論と21世紀の経済学第3版」の構成の方針がこれで整理できました、わたしにとっては大きな収穫でした。人に背中を押されないと出てこないものがあるようです。

(必要に応じて自分の土俵から出て、相手の土俵の中で対話をすると、スムーズになります。ebisuは本来文系部門(経理・経営企画・経営管理・資本参加および買収渉外担当など)が専門でありながら、技術部門の人間と仕事の機会に恵まれました。統合システム開発や開発部で製薬メーカと検査試薬の共同開発経験もあります。文系であっても理系の相手の専門分野について、専門用語くらいは勉強して、相手が熟知しているそれぞれの分野の専門用語で対話したからだと思います。異分野の者同士の間で、短時間で濃密な対話が成り立つので、気持ちがよいのです。通常は「言葉」が通じませんから、異分野の対話は面倒で時間がかかるのです。時間を節約し、信頼関係を築くためには異なる分野の学習を怠ってはいけないことを学びました。プロジェクトなど異分野の複数の人間が関わる仕事がスムーズ行きます。速度を必要とするときは、異分野を専門用語を駆使して議論できる人材が問題解決のキーとなります。社員数千人規模の会社で、そういう人材は多くても3人でしょう。)

 意見の異なる四者の対話(化学反応)を楽しむと同時に、世の中の意見の対立する人たちの間で実りある対話がたくさんなされることを期待します。

(長い対話(22個)なので2部に分割します。些細な字句訂正はebisuの判断で緑色で入れました。付け足したebisuのコメントは青字で表示し、随時( )書きで挿入します。)

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<#1>雨女さん

まったく同感です。
連日、ワイドショー での、舛添さんへの〝リンチ〟にうんざりしてました。
金銭にセコく、公私混同したり、公費をちょろまかしてる人は他にもいるのに、舛添さんは、格好のターゲットになってしまいましたね。イジメが好きな国民だから、マスコミ報道の質も次元も低い。
日本の政治家やマスコミがこんなに攻撃できるエネルギーがあるなら、国際舞台でも、中国や韓国、ロシアに反論できるのではないかと思うんですが、「空気」に流される一方だから、情けないです。 
もっと大事なことを取りあげるべき議会で、知事を責めるためだけに時間と金を使い、おっしゃるとおり、マスコミも「火に油を注ぐ」だけ。
日本の恥ずかしい国民性を見せつけられた一週間でした。

by 雨女 (2016-06-17 16:26)
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<#2>ebisu

雨女さん

根室は一日中雨が降っています。
あなたのところにもこの雨が降っているのですね。

ところで、三読しました。
起承転結のはっきりした明快な名文です。
投稿ありがとうございます。

駄文書きのebisuだから、良さがよくわかります。
かくありたい。
by ebisu (2016-06-17 22:01) 
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<#3>kodera

 問題点の指摘はその通りだと思います。素晴らしい論旨であり、説明だと思います。私にはできない領域です。管理人さんが朝日か毎日か日軽の記者なら日本はましになったのかも。残念です。
 問題点に対し課題は山本氏の書籍にあるのでしょう。でもその課題解決策はマスメディア向けではないでしょうか。マスメディアを使いたい政治家や評論家には役立つ情報でしょう。本を書けないと山本氏の領域に近づけない。
 学校の先生は他人のアドバイスなど聞かないでしょう。校長に言われてもいやいややるだけ。理事長など煩い爺、引っ込んでいと思うのでは。私の言、企業人の誇りがある、大学非常勤10年経験者の言な戯言だと思われていたのです。
 管理人さんはブログで正論や画期的な経済論を述べているように思えています。ほとんどの先生のブログもそのように感じます。しかし問題意識と、可能な課題解決策、自分がですが、できる距離測度に違いがありすぎのように思えます。
 コツコツやるは課題解決策をコツコツやると言うこと。経済なら顧問か経営者になり、村おこしのベンチャーをするしかないし、今日の記事のようなメディア批判なら本を出してベストセラーにするのが一番かも。
 学校の先生も、管理人様の所属する教員ブログ村も言は良し、でも課題解決策があまり感じられません。隠していると思っていたのですが、どうやら評論家が良い、教育委員が良い仕事だと思っているのかも、と思い始めました。
 物理的にお近くの村の素晴らしい個人塾の先生、私叱られた先生は問題提起と仮題プロセス提案と実践が同期しているように思えます。だから会いに行きたいとは思ったこともありますが、あまりに課題解決策に隔たりがあり、この私の状態では無理な挑戦だと諦めました。
 たとえ問題意識が違っていても、問題提起があり、機能要件定義して、課題解決策を自分で決めて、課題解決を実践する人を私は尊敬しています。
 管理人さんは塾の先生と経済論著者として世に出て欲しいと願うだけ。私はずっとこのブログでお願いしてきたことです。
 お願いする身ですから、やるやらないは相手次第、祈るしかできません。
 追記です。一億層批評家の国だから、ましな国になりません。批評家は国民の10%以下でないと生鮮性が悪すぎてグローバル経済社会で国は生き残れないでしょう。
 私はバドと鈴木さんの本の販売を通じて社会に恩返ししているつもりです。力がないから、狭い世界に影響を与えるしかできないのは仕方ない。
by tsuguo-kodera (2016-06-18 08:01) 

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<#4>ebisu

koderaさん

おはようございます。論点が複数ありますから、ひとつずつ取り上げて考えてみたいと思います。

>問題点に対し課題は山本氏の書籍にあるのでしょう。でもその課題解決策はマスメディア向けではないでしょうか。

そうなのでしょう、空気に「水を差す」、つまりクールダウンする方向の報道をするということを山本氏は主張しているようです。現実にはそういう報道がほとんどなく、一方向に次々に相乗りしていくのが日本のマスコミに常ですから、そうした構造を明らかにしても、現実が変わるわけではありません。山本七平氏の偉いところはそういう構造を明らかにしたことだと思います。
わたしたちが、そういう集団的意識構造を自覚すれば、一方向に一緒に流れずにすみます。
マスコミと国民は、一緒に集団催眠にかかっているようなもの。
でも、「空気」を払拭することが、「水を差す」ことだとすると、課題解決策としては実現性がほとんどありません。
企業における戦略目標と戦略の関係から、課題と課題解決法という視点から眺めると、実に悠長で現実性のないものに見えることは事実だとわたしも思います。
わたしが山本七平氏だったら、そのような企業戦略と同じような視点では端から考えていなかったと思えます。
日本人がマスコミにあおられることで一方向に流されてしまうのはなぜか、というのが彼にとっての重要な問題だったと思います。その副産物が「流れに水を差す」ことだった。論理的帰結ですが、それをもって現実を変える力にはなりえない。空気は日本人の意識の基本的性質のひとつ、いわば性格ですから、それが簡単に変わるはずがありません。そのことも山本七平氏は十分に承知していたと推測します。
オリジナルを読み、確認してみるべきですね。やることを増やすのは考え物ですが。

二つ目の論点は食事の後で書きます。こっちが今回の投稿の本命のようですから。

by ebisu (2016-06-18 09:31)

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<#5>ebisu

[ 2nd ]

二つ目の問題を分けると2個なのですが、どこか同じ匂いがします。

①>学校の先生は他人のアドバイスなど聞かないでしょう。校長に言われてもいやいややるだけ。理事長など煩い爺、引っ込んでいると思うのでは。私の言、企業人の誇りがある、大学非常勤10年経験者の言など戯言だと思われていたのです。

②>管理人さんはブログで正論や画期的な経済論を述べているように思えています。ほとんどの先生のブログもそのように感じます。しかし問題意識と、可能な課題解決策、自分がですが、できる距離測度に違いがありすぎのように思えます。

学校の先生を長くやった人は、すっかり職業病に罹っている方が多く見受けられます。校長会の代表の方とお話をしたことがありますが、しかたないですね。六十数年かけて固まった性格のようなものです。小学校6年間で家庭学習習慣を躾そこなった生徒は毎日家で勉強しないのが習慣となりなり性格にまでなっています。中学生になってから変えるのは至難の業です。ましてや、学校の先生を長く続けて校長先生になった方を変えてみようとは思いません、無理だからです。だから、そのままで結構だと、後は自分の問題です。他人は自分の思うようにはならないものです。ましてや自分をや。

②の論点は、わたしに関してだけ述べてみたいと思います。問題意識とその解決策との間の「距離測度」を問題にしておられます。距離を測りそこなっていると判断されたのでしょうか?

問題点を単純化してみたらわかりやすくなるかもしれません。
わたしが問題にしたのは、
(1)西欧経済学(A.Smith、D.Ricard、K.Marks)を根底からひっくり返し、西欧の価値観の呪縛から経済学を解放すこと、すなわち新しい経済学の展望を拓くこと
(2)日本は縄文以来1.2万年の歴史で、初めて長期にわたる人口縮小時代を迎えて、日本的価値観をベースにした経済学が必要。

経済学はすでに時代状況に合わないものになっています。
これら二つの問題意識がわたしの根っこにあります。
アダム・スミスが1776年に『諸国民の富』を書いていますから、240年の歴史をもつ経済学からその公理系を析出し、日本的価値観で書き換えることで21世紀の経済学を創造することにありました。240年の学問的蓄積を根底からひっくり返すことという点が問題を理解する上で重要になります。スパンが長いのです。
縄文時代以来1.2万年で初めて出来(しゅったい)した人口減少という事態に対処できる経済学とは何かと云う問題意識が根底にあります。これも1.2万年に一度の大転換という実に長いスケールで経済学の課題を捉えています。

これら二つのような事象、あるいは問題を、企業戦略目標や企業戦略で考え、判断すること自体に無理があります。
企業戦略は5年、実行計画は3年、それと年度計画(予算)がセットになっているのが通常のやり方です。

こうして比べたら、企業戦略の観点から、わたしのしていることを理解するのは無理であると言わざるをえません。

わたしは、産業用エレクトロニクス輸入商社に在職していたときも、臨床検査最大手のSRLに居たときにも、10年、20年先を考えながら、長期経営計画や年度予算の管理をしていました。プロジェクトが持ち上がり、それに参加しているときも、10年20年先、学問的にも世界最先端の部分を突き抜けようと野心的な試みを組み込んでいました。だから、同僚の一人が、「ebisuさんの言っていることややっていることはそのときにはわからなかったが、10年たってようやく意味がわかる」、東証Ⅱ部上場準備で1983年に入社した同じ年齢の友人のありがたい言です。

わたしがやっていることは、企業戦略で用いた方法では測度できないでしょう。その範囲では「可測」ではないのです。

さて、ここまで書いてこれら二つ目の問題に半分程度お答えできたのではないかと思います。
論旨を少し変えて、[3rd]の投稿をします。

by ebisu (2016-06-18 11:06)

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<6>ebisu

[ 3rd ] 

> 物理的にお近くの村の素晴らしい個人塾の先生、私叱られた先生は問題提起と課題プロセス提案と実践が同期しているように思えます。だから会いに行きたいとは思ったこともありますが、あまりに課題解決策に隔たりがあり、この私の状態では無理な挑戦だと諦めました。

ZAPPERさんですね。慥かに問題提起と課題プロセス提案は同期していますよ。
課題解決策は、koderaさんは、小学生のときのシチズンシップ教育に求めているので、ZAPPERさんと隔たりがあると誤解したのかもしれませんが、そうではありません。

野外活動の重要性かれは十分に知っており、またやってもいます。バドではありませんが、野外で昆虫やザリガニやカエルなどを子どもたちと採って遊んでいます。畑で作物を作る、土をいじることの大切さも、事業化を展望に入れながら実践しています。世のため人のため、実践の人なのです。
koderaさんと、隔たりは小さいようにわたしの目に映っています。

ブログの投稿欄だと、言葉だけのコミュニケーションですから、つい発言が過激になります。書いてある数行のことが癇に障っただけのことです。顔を見ながら話したら、そういう誤解はほとんど生じませんよ。(笑)

幸い、わたしはZAPPERさんとも貴兄とも、会って話をしていますから誤解のしようがないわけです。
バドの指導もC中学校体育館で横に居て見させてもらっていますから、koderaさんの人柄、(バドクラブ運営)能力の一端に関する情報量が多いので、誤解の余地が小さいだけ。
ZAPPERさんは年齢はわたしよりも一回り以上若いエネルギッシュな人です。

話がどんどんずれていきそうなので、これくらいにします。

まだ論点が残っていますので、それを片付けましょう。
by ebisu (2016-06-18 11:29) 

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<7>ebisu

[ 4th ]

盛りだくさんの投稿でしたので、分割して採り上げています。
さて、手際が悪くて前後してしまいました、悪しからずご了承ください。(笑)

> コツコツやるは課題解決策をコツコツやると言うこと。経済なら顧問か経営者になり、村おこしのベンチャーをするしかないし、今日の記事のようなメディア批判なら本を出してベストセラーにするのが一番かも。

山本七平さんはベストセラーを書きました。わたしにはこういうことをテーマに本を一冊書き、それがベストセラーになるなんてことは考えられもしません。
 山本七平さんは山本七平さんであればいいし、貴兄は貴兄らしくあればいい、ebisuには(できる範囲で)ebisuのやるべきことがあります。それは天が決めることだと考えています。わたしがあれこれ小細工する必要はないのです。

ライフワークは、マルクスの経済学体系構成法が理解できたところで行き詰まり、博士後期課程でも解決のつかない問題だと判断したのです。それを超えるには問題意識を持ち続けて、自分の身体を通して日本経済の現実を体験してみるしかない、その中から何かをつかみ出せなければそれまで、そこから先は天任せでした。

省みるとコツコツやってきたとは言えません。夢中で仕事していました。業種を変えて転職を繰り返して、マルクス経済学を根っこからひっくり返す方法が結果として運よくつかめただけのことです。
課題解決策は日本経済を新しい経済学で根底から変革すること、そしてそれを世界に示すことで、発展途上国と先進国を同時に救うこと、人工知能の脅威から人類を救うことです。
そんなことを、一人の短い人生の中でやれるなんて考えていません。
来るべき日が来たら、ネット上にぶら下がっているわたしの論を覚えていてくれる人がいる、それだけで十分です。
いままでの経済学のどの本も役に立たなくなる日が来ます、そのときに道しるべのひとつになればいいのです。
by ebisu (2016-06-18 11:49)
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<8>ebisu

[ 5th ]

都知事の舛添氏が反面教師となってくれています、安倍総理も、だからこそ小欲知足がいい。有名になりたいとか世に知られたいということに執着が生まれたらそこから苦が生起します。

> 管理人さんは塾の先生と経済論著者として世に出て欲しいと願うだけ。私はずっとこのブログでお願いしてきたことです。
 お願いする身ですから、やるやらないは相手次第、祈るしかできません。

お願いされた件ですが、書き手としては鈴木さんの方がいいと思います。いまやっている最中ですから、克明に記録をつけて出版されたらいい。わたしのほうは記憶が前後していたり、あいまいだったりしています。書いて整理をしてみましたが、あやしい。
鈴木さんはわたしの書いたものを見るよりも、ご自分が抱えている問題を観察すればよろしいのではないでしょうか。
先入見なしに事象をちゃんと観察するには、余計な情報を入れないほうが賢明です。

仕掛けとしては、あの分野の本はニーズが大きいので売れる可能性があります。鈴木さんの編集の腕はしっかりしています。彼の仕事としてふさわしいのではないでしょうか。

60代後半のわたしが「世に出る」必要はありません。わたしは自分の役割を果たすだけ、あとは天任せです。無責任のつもりはありません、それがベストだと判断しているからです。
上場会社の役員になるチャンスは3社で3度ありましたが、興味はなかったのです。企業でもそう、学問でも同じことです。

20代から人生を三つに区切って考えていました。
(1)学問に励む季節
(2)仕事の季節
(3)世のため人のために働く季節

いつまでも人のお役に立つことはできません。身体も脳も老いていきます。最後は人様のご厄介になりなるのでしょう、それができるだけ短いことを祈るのみです。

後ひとつ残っています、「追記」として書かれた部分です。
by ebisu (2016-06-18 12:09)

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<#9>ebisu

[ 6th ]

これがkoderaさんへの投稿へのお答えの最後になります。
(あとでまとめて本欄へアップします)

一億総批評家でいいのではないですか、立派なものです。

>追記です。一億層批評家の国だから、ましな国になりません。批評家は国民の10%以下でないと生鮮性が悪すぎてグローバル経済社会で国は生き残れないでしょう。

1億総批評家になれる国は日本だけです。それだけ国民の「読み・書き・そろばん」能力が高いということです。
わたしは肯定的に理解します、その基礎学力の高さが国力の源であるからです。

ここで、話は振り出しに戻ります。
1億総批評家であるとして、「空気」に支配されて「水を差す」論がでなくなることが大問題です。似たような論が10あろうが1億あろうが、意味ありません。山本七平氏は優れた社会学者でもあったのだろうと思います。日本と云う国の社会現象の本質を突き止めています。

>批評家は国民の10%以下でないと生鮮性が悪すぎてグローバル経済社会で国は生き残れないでしょう。

おおよそ千人に一人、0.1%の人たちが突き抜けた議論をしてくれたら十分ではないでしょうか。それが「水を差す」ことになればよい。

「グローバル経済社会」が自滅しなければ人工知能による人類絶滅の運命が待っていますから、そいう経済体制での生き残りを考える必要はなさそうです。オールオアナッシングです。
失業の拡大で一部の地域(たとえばヒマラヤの奥地)を除いて急激な人口縮小がおきます。絶滅に等しい、それがグローバル経済社会の近未来です。百年はかからないでしょう。
日本人にも人類にも暗澹たる未来が訪れる可能性があります。
あとは天の思し召し次第です。
やるだけのことをやったら、天任せですよ。

「資本論と21世紀の経済学」は3版を書くつもりです。だいぶ体裁がよくなるでしょう。第3版の必要がなければ天がわたしの寿命を召し上げます。日本人はたくさん居ますから、やるだけやれば、後の心配は要らないのです。

by ebisu (2016-06-18 12:38) 
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<#10>koderaさん

 まだ追記のコメントバックは見られていません。でもそれ以外は読みました。そうですね。文字では誤解が多すぎる。管理人さんほどの人でも私の心は読めません。当たり前のことです。
 Zapper先生でしょうか。その通り。でも一致があるかはダメでしょう。私はバドしかできないし、教育関連はバドだけです。私が言えるのは市民クラブ、ただで、父兄同伴で、バド、毎週の条件があります。一つでも欠けると話は全く別になる。4条件の小論技法も条件になります。6ではいけないのです。すみません。
 距離測度と言う言葉が間違っていたのかも。むしろ4次元空間と言うべきでした。違う空間なのです。彼の空間で考えると素晴らしいと認識できる思っています。彼はそのまま老いていけばいいと管理人さんの言う通りに思っています。悪しからず。
 さて、本題のebisu先生に対するお願いの件。厳しく言えば、貴方の文章を理解できる人は居ません。無理です。AIのエンディングのように見えています。人類が死に絶えてロボットのAIが気持ちよく生きる地球の姿を想像します。
 皆さんの迎合は上辺だけですよ。貴方が都合よい論旨を言っていそうだと理解できているでしょう。管理人様は性善説の人、甘いですね。 失敗の回数が私に比べて二ケタは下でしょうね。あまり騙されていませんね。
 ebisu先生の経済論はロボットたちが解析して有効利用してくれるでしょう。確かにそれも論旨の範囲。でも、私は人しか興味なし。
 だから親鸞であり、円了に憧れる。そう言えば二人とも野垂れ死になったようなもの。円了の教えなど誰も真に理解していない。だって誰もしていない。
 親鸞や偉い坊さんや偉い将軍の話は全部のちの世の誰かが自分のために書いた伝説と同じです。聖徳太子だって本当に存在したか分からないし、家光が偉かった、天下のご意見番がいたも私は信じられません。史記と同じです。論語すら怪しい。故事成語など都合よい解釈でよ。日本も中国も韓国もです。
(ebisu注:故事成語なかでも論語は人によってずいぶんと解釈に幅があります、それぞれご自分の人生観にひきつけた解釈がなされているようにわたしも感じます。時代を超えて伝わるものは、それぞれの時代に合わせて読み替えができるようなもののように思えます、それが「普遍性」と云うこと。)
 鈴木さんと一緒に私は歩まない。彼は一人で歩んでいるから、彼の要求条件を分析し解析し、課題解決策を定義しているだけです。ついでにお布施だけあげています。
 私はバドクラブと本の販売。昔の本のコピーでも良いのです。仕事で彼からお金を頂いておらず、私は市場調査費を払っているだけ。私の経費で。
 本が彼の本業であるかは彼しか分かりません。多分、生活費は別の業務でしょう。そちらが本業です。そう思ってあげないと彼に失礼になるからです。彼は親を二人面倒を見ています。田舎から認知症の二人を預かった。彼は娘のために働いています。奥さまは私の妻と同じ身障者です。彼が炊事洗濯の家事の管理をしています。
 私は親鸞のように誰も信じていません。依存しないのです。円了の真似をして世界各国講演をしてきたつもりです。腰が痛くてできなくなっただけです。誰にも依存はしたくない。寄付なら受けますが。でもその寄付は、お金ではなく、場と聴衆を作ってくれることです。
 場も聴衆もできないのは私の不徳、自業自得です。だから仕方ない。誰も恨まないし依存もしたくない。棺桶で救われるだけが望みで良いのです。私がお陀仏になるまで管理人さんに期待している、で良いのです。すみません。
by tsuguo-kodera (2016-06-18 13:15) 

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<#12>
koderaさん

>そうですね。文字では誤解が多すぎる。管理人さんほどの人でも私の心は読めません。当たり前のことです。

これはその通りです、わたしは貴兄のコメントを読んで理解しているだけで、マインドリーダではありませんから、心の内が読めるのかと問われたら、読めませんとお答えするしかありません。書かれた物に、お会いしてお話したときの印象を重ね合わせることができるのみです。

>さて、本題のebisu先生に対するお願いの件。厳しく言えば、貴方の文章を理解できる人は居ません。無理です。AIのエンディングのように見えています。人類が死に絶えてロボットのAIが気持ちよく生きる地球の姿を想像します。

厳しいご指摘ですね。
わかりやすい文章だと思うのですが、わたしの思い違いでしょうか?
過去40年ほどのコンピュータの発達に関しては、貴兄のブログへコメントをしました。5/21「スモールビジネスコンピュータ」というタイトルの記事へのコメントでした。
指数関数的な性能向上を具体的なチップの性能を取り上げて整理しましたが、あれには同意いただけました。このまま後30年指数関数的な性能アップがあれば、AIは人間の脳を超えてしまいます。人間を超える知性を人類は神と呼んでいます。
指数関数的な変化は時間が経つほど、人間の想像力を超える変化を生じることも過去の性能アップから容易に推測できることは理系の貴兄には言わずもがなでしょう。

道は二つあります。グローバリズムを推し進めて、AIの支配する世界へ突き進むか、日本の伝統的な価値観に基づく経済学を道標にして、クローズドな地域の連合として経済社会を再編成するのか、人類には二つの道があるとわたしは考えています。後者が選択できるように、わたしは自分のライフワークをもう一歩前へ進めます。それが「資本論と21世紀の経済学」第3版です。

SRL時代にわたしの書いたシステム関係仕様書や稟議書はわかりやすいことで定評がありましたが、「貴方の文章を理解できる人はいません」と言われたのは初めてです。頭のよい貴兄が誰にも理解できないと云うのですから、わたしの書き方、論理展開、論旨にどこか無理があるのでしょう。
理解できない箇所を数箇所指摘していただけたら、ありがたい、文章修行になります。

>私は親鸞のように誰も信じていません。

親鸞は誰も信じていなかったでしょうか?五木寛之の『親鸞』が北海道新聞に連載になったときに楽しく読みました。人への信頼がしっかり書かれていました。記憶が定かではありませんが、「つぶての弥七」とかいう人が出てきたでしょう。
そして貴兄には「中村師匠」がいました。
何人かの人に信頼を裏切られてことはあったのかもしれませんが、そんなことはどなたの人生でもあることではありませんか?
13時15分のコメントは、なんだかお疲れのご様子とお見受けしました。体調は大丈夫ですか?
by ebisu (2016-06-18 23:47)

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<#13>

後志のおじさん

懐かしい単語です、aufheben。1960年代後半に大学生の間で流行ったドイツ語です。高校生のために訳語を書いておきます「止揚」あるいは「揚棄」。1960年代後半は学生運動の季節でした。団塊世代が大学生だったときの流行語、ヘーゲル弁証法なんて読んだことがなくても、カッコつけたくて使う人が少なくありませんでした。

山本七平氏の著作を全部お読みになっているのですか、驚きです。社会現象を扱うのが上手な人ですね。アカデミズムの側の人間ではありませんが、社会学者に分類してよいのでしょう。アカデミズムの側の社会学者と比べても、かなり光っています。今日読んだ高校2年生の教科書にvery quite(かなり)がでてきました。(笑)

「日本人とユダヤ人」は書名は知っていましたが、経済学を中心に本を読んできたので、社会現象を扱った本はあまり読んでいませんでした。「わたしの中の日本軍」と2冊がお薦めですか、理由が振るっていますね。

>外国語を自分のものにする。使いこなせるようにする。そのためには大袈裟にいうと思考体系の再構築が必要なのですが、その契機となった方です。

開成高校の入試問題に続いてのお薦め、本を増やすと女房に叱られるので、読んだら生徒にプレゼントします。生徒はタイトル見ただけできっと「いらない」っていうんです。何か講釈をつけてその気にさせなければなりませんね。(笑)
2年ほどで、4000冊ほどある蔵書の半分ほど処分できたらいいのですが...
女房の要求では1000冊以下にしろと、なかなか厳しい注文です。

ドイツ語の単語をみて思い出したのですが、さきほど本を読んでいたら、ヨーロッパの初期仏教経典研究で非常に優れた本があると書いてありましたが、それはドイツ語出掛かれた文献でした。30年も前に買って、2/3ほど読んでそのままになっていましたが、また興味がわいて先ほど読み終わりました。

『「阿含経」を読む 近代仏教への道』増谷文雄著 角川書房昭和60年発行 260ページ

Oldenberg, 1854-1920
Buddha, sein Leben, sine Lehre, seine Gemeinde, 1881

読んでみたい本です。翻訳があるかな?英訳でもいい。塾をやめたら暇ができるから、そのときにドイツ語で読むのもいいかも。
本は読まないほうがいい、1冊読むと読みたい本が3冊殖えます。(笑)
by ebisu (2016-06-19 00:19) 
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<#11>後志のおじさん
Nobody knows me!

And then?

Anyone who uses the word , farmer, as a word for disdain, always concluding his or her comment sounds like a hypocrite to me, A farmer who is proud of being a farmer !


で、話を本論に戻しまして、

山本七平氏の著作はベンダサン名のものも含め全て読みました。何度も。

彼の社会学的考察は誠に鋭いものと、「百姓」の私には思われました。

が、私は「英語しか能がない」らしいですから、山本氏の世界の中での外国語の部分だけコメントしますが
(ebisu注:だまされてはいけません(笑)、英語のスキルだけではありませんよ。後志のおじさんは外交史の専門家です。某コンピュータメーカに勤務していましたが、いつからか存じませんが、後志管内で農業をする傍ら、近隣の子どもたちに英語を教えています。)

英語(というより外国語)に対する山本氏の見解の鋭さがベンダサン名での「日本人とユダヤ人」に述べられており、私はその見解をaufheben する形で自分の中の英語(というより外国語)の世界を組み立てた。とお伝えしておきます。

外国語を自分のものにする。使いこなせるようにする。そのためには大袈裟にいうと思考体系の再構築が必要なのですが、その契機となった方です。

「日本人とユダヤ人」「私の中の日本軍」は読んでみてください。

by 後志のおじさん (2016-06-18 22:05) 

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<#12>
koderaさん

>そうですね。文字では誤解が多すぎる。管理人さんほどの人でも私の心は読めません。当たり前のことです。

これはその通りです、わたしは貴兄のコメントを読んで理解しているだけで、マインドリーダではありませんから、心の内が読めるのかと問われたら、読めませんとお答えするしかありません。書かれた物に、お会いしてお話したときの印象を重ね合わせることができるのみです。

>さて、本題のebisu先生に対するお願いの件。厳しく言えば、貴方の文章を理解できる人は居ません。無理です。AIのエンディングのように見えています。人類が死に絶えてロボットのAIが気持ちよく生きる地球の姿を想像します。

厳しいご指摘ですね。
わかりやすい文章だと思うのですが、わたしの思い違いでしょうか?
過去40年ほどのコンピュータの発達に関しては、貴兄のブログへコメントをしました。5/21「スモールビジネスコンピュータ」というタイトルの記事へのコメントでした。
指数関数的な性能向上を具体的なチップの性能を取り上げて整理しましたが、あれには同意いただけました。このまま後30年指数関数的な性能アップがあれば、AIは人間の脳を超えてしまいます。人間を超える知性を人類は神と呼んでいます。
指数関数的な変化は時間が経つほど、人間の想像力を超える変化を生じることも過去の性能アップから容易に推測できることは理系の貴兄には言わずもがなでしょう。

道は二つあります。グローバリズムを推し進めて、AIの支配する世界へ突き進むか、日本の伝統的な価値観に基づく経済学を道標にして、クローズドな地域の連合として経済社会を再編成するのか、人類には二つの道があるとわたしは考えています。後者が選択できるように、わたしは自分のライフワークをもう一歩前へ進めます。それが「資本論と21世紀の経済学」第3版です。

SRL時代にわたしの書いたシステム関係仕様書や稟議書はわかりやすいことで定評がありましたが、「貴方の文章を理解できる人はいません」と言われたのは初めてです。頭のよい貴兄が誰にも理解できないと云うのですから、わたしの書き方、論理展開、論旨にどこか無理があるのでしょう。
理解できない箇所を数箇所指摘していただけたら、ありがたい、文章修行になります。

>私は親鸞のように誰も信じていません。

親鸞は誰も信じていなかったでしょうか?五木寛之の『親鸞』が北海道新聞に連載になったときに楽しく読みました。人への信頼がしっかり書かれていました。記憶が定かではありませんが、「つぶての弥七」とかいう人が出てきたでしょう。
そして貴兄には「中村師匠」がいました。
何人かの人に信頼を裏切られてことはあったのかもしれませんが、そんなことはどなたの人生でもあることではありませんか?
13時15分のコメントは、なんだかお疲れのご様子とお見受けしました。体調は大丈夫ですか?
by ebisu (2016-06-18 23:47)

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<#13>

後志のおじさん

懐かしい単語です、aufheben。1960年代後半に大学生の間で流行ったドイツ語です。高校生のために訳語を書いておきます「止揚」あるいは「揚棄」。1960年代後半は学生運動の季節でした。団塊世代が大学生だったときの流行語、ヘーゲル弁証法なんて読んだことがなくても、カッコつけたくて使う人が少なくありませんでした。

山本七平氏の著作を全部お読みになっているのですか、驚きです。社会現象を扱うのが上手な人ですね。アカデミズムの側の人間ではありませんが、社会学者に分類してよいのでしょう。アカデミズムの側の社会学者と比べても、かなり光っています。今日読んだ高校2年生の教科書にvery quite(かなり)がでてきました。(笑)

「日本人とユダヤ人」は書名は知っていましたが、経済学を中心に本を読んできたので、社会現象を扱った本はあまり読んでいませんでした。「わたしの中の日本軍」と2冊がお薦めですか、理由が振るっていますね。

>外国語を自分のものにする。使いこなせるようにする。そのためには大袈裟にいうと思考体系の再構築が必要なのですが、その契機となった方です。

開成高校の入試問題に続いてのお薦め、本を増やすと女房に叱られるので、読んだら生徒にプレゼントします。生徒はタイトル見ただけできっと「いらない」っていうんです。何か講釈をつけてその気にさせなければなりませんね。(笑)
2年ほどで、4000冊ほどある蔵書の半分ほど処分できたらいいのですが...
女房の要求では1000冊以下にしろと、なかなか厳しい注文です。

ドイツ語の単語をみて思い出したのですが、さきほど本を読んでいたら、ヨーロッパの初期仏教経典研究で非常に優れた本があると書いてありましたが、それはドイツ語出掛かれた文献でした。30年も前に買って、2/3ほど読んでそのままになっていましたが、また興味がわいて先ほど読み終わりました。

『「阿含経」を読む 近代仏教への道』増谷文雄著 角川書房昭和60年発行 260ページ

Oldenberg, 1854-1920
Buddha, sein Leben, sine Lehre, seine Gemeinde, 1881

読んでみたい本です。翻訳があるかな?英訳でもいい。塾をやめたら暇ができるから、そのときにドイツ語で読むのもいいかも。
本は読まないほうがいい、1冊読むと読みたい本が3冊殖えます。(笑)
by ebisu (2016-06-19 00:19) 

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*#3331 「空気」に「水を差す」  June 17, 2016
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-06-17


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