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#2552 文脈把握問題(3):『風とともに去りぬ 三』 Jan. 2, 2014 [81.Gone with the Wind]

 【解説編】
 予定より少し早いですが、解説します。
 さまざまな解釈がありうるので、異論や反論はどうぞ投稿欄へお書き込みください。

 前後関係から文意がつかめなかった箇所を太字で示します。
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  この郡から出た兵隊たちのなかで、まっさきに復員したのは、フォンティン家のむすこたちであり、降伏の知らせを伝えたのも彼らだった。まだ、靴のあるアレックスは歩いてきたし、靴のないトニーは裸の騾馬に乗ってきた。トニーは例によって家じゅうでいちばん甘い汁を吸っていたようだ。四年間、太陽と風雨にさらされたので、ふたりとも、すっかり色が黒くなり、以前にくらべると、やせて針金のようになり、前線みやげの黒いひげを、もじゃもじゃはやしているので、まるで別人のように見えた。

『風とともに去りぬ 三』新潮文庫(大久保保康 竹内道之助訳 144㌻)

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 この箇所は原文では次のように書かれています。
Tony always managed to get the best of things in that family.

 原文とくらべるとかなり意訳されていますね。
 文を細切れにしてみるとこうなります。

「トニーはいっつも(抜け目なく)うまくやっていた/ 一番いいもの、一番楽ちんなものやことを手に入れるために/ フォンティン家のなかで」

 ようするに、
「あいつはむかしっから、兄弟姉妹のなかで一番要領のいい子だった」
といいたいわけです。だから、兄を歩かせ自分はちゃっかりと騾馬に乗って復員してきた。過去形で書いていますが、現在と状況が異なるのではなくて、ちゃっかりしている性格はいまもそうだというわけです。
 入れ替えてみますから、読んでみてください。
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  この郡から出た兵隊たちのなかで、まっさきに復員したのは、フォンティン家のむすこたちであり、降伏の知らせを伝えたのも彼らだった。まだ、靴のあるアレックスは歩いてきたし、靴のないトニーは裸の騾馬に乗ってきた。トニーはむかしっからフォンティン家の兄弟姉妹のなかで一番要領のいい子だったから、兄のアレックスに轡をとらせて騾馬の背に乗ってもどってきた。そういう性格的なことはちっとも変っていないのだが、四年間、太陽と風雨にさらされたので、ふたりとも、すっかり色が黒くなり、以前にくらべると、やせて針金のようになり、前線みやげの黒いひげを、もじゃもじゃはやしているので、まるで別人のように見えた。
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 訳者のふたりはコンパクトに訳していますね。わたしが『風とともに去りぬ』を翻訳したら、こんな調子ですから2倍の10冊本になるかもしれません。2倍書いて2割りカットしたら読めるものになるかもしれません。コストがかかるので出版社は嫌がるでしょうね。おそらく、ページ数についてはおおよその目安が出版社側から提示され、その範囲内での翻訳となるのでしょう、プロの技ですね。

 兄ちゃんのアレックスはサイズのあわない靴を履いて、たぶん騾馬の轡(くつわ)をもって数百キロを歩きとおしたのでしょう。弟君のトニーは馬よりは小さい騾馬の背中にまたがって、太陽に照らされときに居眠りし、股が痛くなったら時々歩いて復員してきたのだろうと想像します。
 「riding on the bareback of a mule」と書いてあるので、騾馬は荷物専用ですから、左右に分けて荷物を載せるか、荷馬車を引くもので、人を乗せる動物ではありませんから、そもそも騾馬用の鞍なんてないのでしょう。「騾馬の背中に何にもおかずに乗っている」わけですから、トニーは尿管を圧迫されて痛くてしょうがない。だから、ときどき騾馬から降りて裸足で歩かざるをえなかったのでしょう。でも、ずっと歩きとおしたアレックスよりはラクチンだったのです。

  高校生のために少し脱線させてください。「ユメタン」での単語の暗記は「目安」にすぎないのです。それ以上のものではありません。たとえば、'manage to'は「首尾よく~する」と出ているのではないですか?実際の英文を日本語にするときは、そうした最大公約数的な訳語をイメージしながら、自分の語彙から適切な日本語を選ぶようにしたいものです。文中の単語のひとつひとつに「ユメタン」の訳を当てはめていったら、日本語にはなりません。だから、ふだんから別な語彙で言い換えるトレーニングが必要なのです。いいまわしも英語と日本語ではずいぶん違います。もちろん、日本語の語彙を増やしておく必要もあるわけです。毎日毎日、国語辞書や漢和辞典を引く。本を読んでいなければ新しい語彙にはぶつかりませんね。レベルの低い本ばかり読んでいても新しい日本語語彙はでてきません。少しずつレベルの高い本へとシフトして、毎日辞書を引いてください。英語も同じです。日本語も英語も勉強の仕方はほとんどいっしょです。


 < 南北戦争と大東亜戦争 :
         経済的な利害の衝突が戦争の背景にある >

 先の大戦に負けて日本へ引き上げてきた人々も靴ははいていたでしょうが、何もかもなくして焼け野原となった日本へ、そして故郷へもどってきました。
 南北戦争と大東亜(太平洋)戦争の間には84年の年月の隔たりがありますが、奴隷制度は別にして、その後の復興の困難さは似たようなものがあったのでしょう。
 若い男達がもどってこなかったので、若い女達が結婚相手を見つけるのに苦労します。スカーレットも2倍以上も歳の離れたフランク・ケネディを許婚だった妹のスエレンから奪ってお金のために結婚するのです。南北戦争では南北両軍合わせて戦死者62万人です。負傷したものは数倍でしょう、その中には腕をなくしたり足をなくしたり片目になった人たちがたくさんいます。こういう人たちのありさまもミッチェルは丹念に描いています。戦争の悲惨さを坦々と書き綴るのです。南部のプランティーション所有者達は奴隷制度のうえに自分達の優雅な生活を築いていましたから、奴隷制度廃止は、自分達の生活を根こそぎにするものだったので、戦わざるをえなかったのです。北部の工業地帯は工業が発展して労働者が不足していましたから、奴隷を自由労働者に変える必要があったのです。内戦は不可避でした。どんなに結果が悲惨なことになろうとも、戦わずに敗北することなどできなかったのです。
 この当時の軍隊適齢期の男子の人口は北部400万人、南部100万人。

 大東亜戦争時の日本も戦わざるをえなかった。戦争は経済的な利害が対立し、戦う理由があって起きるのです。日本がもう一度過去と同じ経済封鎖にあっても戦わずにすむようにするには、海外に過度に依存しないことです。鎖国時代の300年間は海外との大きな戦争をしていません。ほかのアジア諸国はスペイン、ポルトガル、オランダ、英国などの植民地にされてしまいました。鎖国は経済に起因する戦争や植民地化を回避する有効な手段でした
 わたしは日本はグローバリズムにのせられてはいけないと思っています。グローバリズムの果てには経済戦争と国土の荒廃が待っています。人口減少時代を迎えて、日本は世界に先駆けて強い管理貿易(鎖国)を再検討すべき時代にはいったと考えます

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*#2551 文脈把握問題(2):『風とともに去りぬ 三』 Jan. 1, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-01-01-1

 #2550 文脈把握問題(1):『風とともに去りぬ 三』Jan. 1, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-01-01

*#2548 『風とともに去りぬ ニ』  Dec. 30, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-12-30-2

 #2471 Gone With the Wind (風とともに去りぬ)をテクストに知的遊びのはじまり Oct. 31, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-10-31



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