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#5191 春闘5%賃上げの経営への影響はどの程度か? Mar.16, 2024 [8. 時事評論]

 春闘で5.28%の賃上げが実現したそうだが、それでも実質賃金がアップできるかどうかは微妙のようです。

 仕事で作成したさまざまな資料が8cmのファイルで10本ありました。稟議書の原稿や経営改革提案書、さまざまなシステム設計書、新規事業提案書、コストカット提案書、経営分析報告書、企業買収交渉報告書、開発プロジェクト標準作業手順書、出向時の親会社社長への定期報告書などです。それを2022年11月の引っ越し時に処分しました。仕事で作成した5ディメンション、25ゲージの経営分析報告書資料のほとんどを廃棄してしまったので、手元に実データがないのです。そこで、簡便な損益計算書モデルを設定し、製造業で5%の賃上げがどれくらい営業利益率に影響するのか試算してみたいと思います。
 次のように数字を仮定します。

 売上高  1000億円
 原材料費 200億円
 人件費  450億円
 物件費  250億円
 営業利益 100億円...売上高営業利益率10%

 人件費比が5%アップするとどうなるか?
 売上高  1000億円
 原材料費 200億円
 人件費  472億円
 物件費  250億円
 経常利益     78億円...売上高営業利益率7.8%

  売上高営業利益率が10%から2.2%ダウンして7.7%になります。影響はそれほど大きくありませんが、ボーナス支給額には影響しそうな額です。基本給がアップして、ボーナスが多少減るということになるでしょう。

 規模を小さくして、売上高10億円の中小企業はどうなるでしょうか?トヨタ自動車を見ても、トヨタ本体は史上最高の利益を上げても、下請けは「カンバン方式」にあえいで、利益は薄い。
 次のような、経営構造を仮定して、人件費5%アップが可能かどうか見てみます。

 売上高  10.0億円
 原材料費 2.2億円
 人件費  5.0億円
 物件費  2.0億円
 営業利益 0.8億円...売上高営業利益率8%


 仮に、こういう経営成績だったとしたら、5%賃上げの影響は、次のようになります。物価高で原材料費は10%増、物件費は5%増を仮定すると...

 売上高  10.00億円
 原材料費 2.42億円
 人件費  5.50億円
 物件費  2.10億円
 営業損失 0.02億円...売上高営業損失率0.2%

 この中小企業に5%の賃上げは不可能となります。どこかで生産性をアップしないといけません。自ら生産性をアップする提案をして、実行できる優秀な若者を雇用しようとしたら、初任給を18万円から30万円へアップしなければならないなんてことも起きるでしょう。収益構造からみて、そういう有能な若手の人材を雇用するのはむずかしい。リスクを覚悟で人材を確保しやらせてみるしかありませんが、そんな人材はめったにいませんから、ほとんどは失敗に終わります。

 これらのことから、利益率の薄い大量生産品を製造している中小企業は、赤字へ転落することになるので、賃上げができないのです。ますます、優良企業と経営基盤の不安定な中小企業の給与格差が拡大することになります。

 労働組合は、経営に参画しなくてはいかない時代です。マネジメントの拙劣な企業は生産性をアップできません。それゆえ、賃上げが不可能となり、人材確保が難しくなって、ジリ貧になります。生産年齢人口が急激に縮小し始めているので、人材確保ができなければ、生き残れないというふうに経営環境が激変し始めたのです。

 2週間ぐらい前だったか、土木建設企業の山崎組という企業が、重機のオペレーターに女性を使っている例がテレビで紹介されていました。リモートなんです。現場は人が入らないように整備されていて、本社のオペレータールームで、モニターを見ながら女性が重機の操作をしていました。横の部屋では子供が遊んでいました。現場に行かなくてもいいので、子供を産んだばかりの母親でも勤務出来ます。生産性も2倍以上にアップしたとか。
 ゼネコンでは、完全無人でリモートで土木工事をしていました。いままで10人いた重機のオペレーターは3人と言ってました。基本的にGPSで位置を確認しながら、プログラムで重機が動いています。3人のオペレータはモニターがたくさん並んだ部屋で監視業務です。400㎞離れたところの土木工事をしていると説明してましたね。

 自動化で古い話をさせてください。1988年ころに、仕事でセイコー社の腕時計組み立て工場を見学させてもらいました。自社開発したアームロボット十数台で腕時計の組み立てをしていました。Aという種類の時計の組み立て100個が終わると、次はB製品の組み立てが、十数秒の間を置いて始まっていました。パーツフィードはおそらく人間の手がかかっていますが、セットし終わったら、完全自動で、組み立て工場内に人はいません。モニターで監視しているはずです。
 SRLではこのアームロボットを利用して結石の検査の前処理工程を自動化しました。精密加工に向いていたんです。結石を金槌で叩いて、粉状にして、穴あきの五円玉のようなステンレス製の金属板に固めます。それを赤外分光光度計にかけて、ライブラリーと突合して、結石の成分の分析をして、検査報告書を出力します。臨床医は検査報告書を見て、患者の結石がどのような成分から構成されているのかを確認して、治療薬を処方します。

 ここからはまとめです。
 日本の上場企業の多くは、非正規社員を増やして、人件費総額を削ることで利益を上げてきましたが、そうした構図が人口減で生産年齢人口が急激に減少し崩れ始めました。高い初任給を提示しないと、有能になる可能性の高い若者を雇用できなくなりました。新入社員の給与をアップさせたら、その上の20代の真ん中から30代の社員の給料もアップしなければ、新入社員の方が給料が多いなんて現象が起きかねません。経営上けっこう大変なことなのです。
 生産性を上げる工夫のできない企業は、給料をアップできませんから、たとえいま優良企業であってもいずれ長い時間をかけて淘汰されます。
 若手の有能な人材が何人も辞めていく企業も、たとえ現在が優良企業で、業界ナンバーワンでも、20年後にはナンバー2に転落します。経営能力のない取締役が何人もいたら、有能な社員は十数年も経つうちに嫌気がさしてやめていきます。長期的に見ると大きな戦力ダウンを招くのですが、長期の変化には気がつきにくいものです。

 春闘満額回答が相次いで、そこで働いている正規雇用の社員人たちにとってはうれしい限りですが、マネジメントが拙劣な企業はこれから利益率を低下させて、窮地に陥るということです。そういう風にして企業の新陳代謝が進みます。
 働く人にとっても、消費者にとってもいい企業が生き残ればいいのです。

「売り手よし、買い手よし、従業員よし、世間よしの四方よし」

<余談-1:生産性アップをマルクスはどのようにとらえたか?>

 労働価値説に立てば、生産性アップは「労働強度の増大」としか理屈のつけようがないのです。いままで、10人が8時間かかって作っていたものを、5人で8時間で同じ量が生産できるようになったとしたら、生産された商品の市場価格は同じですから、労働強度の増大としか説明のしようがないのです。ところが、先に山崎組とゼネコンの例であげたように、労働強度の増大はありません。つまり、労働価値説は「観測的事実」と違うのです。労働価値が商品価値を決定するという命題が誤謬だということです。労働価値説が誤謬なら、剰余価値学説も誤謬ということになります。企業の利潤の源泉は不払労働の搾取ではないということ。生産性の高い企業が利益を上げます。生産性を上げられない企業は、市場価格を生産と販売コストが上回ってしまいます。生産性の高い企業は高い給与を従業員に支払えますが、生産性の低い企業は低い給料しか払えません。利益の源泉の重要なポイントは生産性の高さにあります。

 中国やロシアは、生産性アップは労働強度の増大ですから、生産性アップという動機が働かないのです。経済が停滞して当然でしょうね。
 


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