SSブログ

#4907 手塚治虫『ブッダ』を読む Jan. 12, 2023 [44. 本を読む]

 久しぶりに標記の本を読んだ。昭和63年発行の初版本である、全部で8巻。ストーリーは手塚治虫があとがきで書いているようにフィクションであるが、構成はお釈迦様の思想や世界観を伝えるようによくできている。手塚の構想力の凄さがわかる本でもある。

 釈迦滅中の時まで旅のお供をした弟子のアーナンダ―は漫画の方では殺人・強盗を繰り返した人物として描かれていたが、実際には釈迦族でお釈迦様の親戚である。宗教家(白光真宏会開祖)・五井昌久が書いた『阿難』という題名の小説をずいぶん前に読んだが、まるでアーナンダが憑依して書いたような印象があった。昨年、引っ越しの際に処分したので手元にない。amazonで検索したらヒットした、五井昌久『阿難』である。この小説の中では、教団を分裂に導く提婆達多は阿難の兄として描かれている。手塚の本では赤の他人の沙門ということになっている。

 本題に戻ろう。初期仏教経典群の『阿含経典』によれば、釈迦はあの世があるともないとも言わない、そういうことを論ずるのは意味がないと退けるが、手塚の作品では人は死ぬと大きな生命の流れの中に入っていく。川を経て海へ溶け込むというイメージである。それが宇宙だとも書いている。

 もっとも初期に成立した原始経典群の中では、お釈迦様は苦とは何かと問い、生老病死という苦のよって来るところをすべて解き明かし、苦の滅尽の方法を衆生に教える。それは八正道である。八正道とは
「正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定がそれである。比丘たちよ、これが過去の正覚者たちのたどった古道・古径であって、この道に従いゆいて、わたしもまた、老死のよってきたるところを知り、老死のよって滅するところを知り、また老死の滅に至る道を知ったのである。」『阿含経第一巻』p.222

 この点は手塚治虫の漫画には何度も言及があった。原始仏教経典群の『阿含経典』では、お釈迦様は何かを信じろとか、自分を信じろとは言わない。生老病死から生じる苦の一切を説くと言われて、それをさまざまな譬えを用いて繰り返し衆生に説明し、それを滅する方法を説くのである。宗教というよりも、哲学であり、個としての生き方を説いている。
 宗教教団を創ること自体がお釈迦様の教えに背くものなのだ。戒(法)を守れとは言うが、教団を造り寺院を建て、信者に寄付を募ることは、釈迦が目指した八正道とは何のかかわりもない。句の滅尽をするためには、ひたすら八正道に励めばいいだけである。寄付も寺院もいらぬ。
 それなのに、釈迦滅後に直接教えを聞いた弟子が集まり、自分の耳で聞いた教えを輪唱するということが始まった。それが教団へとつながっていく。哲学や個人の生き方の問題は、開祖であるお釈迦様やその言説への信仰にすり替わる。釈迦はがっかりしているのではないだろうか。

 手塚は欲望を滅尽しないと、いつか人類は滅ぶと述べている。過剰富裕の問題もウクライナとロシアの戦争も中国の一党独裁と習近平の独裁体制と情報統制を見ても、2000年かかっても人類はちっともその欲望を抑制できないことがわかる。科学や技術がさらに累進的に進化した百年先に人類はどういうことになっているのだろう?
 お釈迦様は、生産力が強大になった現代の資本主義が直面している、生態系の破壊と人類滅亡が、欲望の滅尽で克服できることを2400年前に説いているのだ。

 手塚治虫は壮大なスケールで、ところどころ経典に従って書くと同時に、架空の登場人物を描いて、釈迦の教えを壮大なスケールで「作品」として仕上げたように見える。

 手塚治虫には『火の鳥』という作品もあったはずだが、ずいぶん前に処分したようだ。もう一度読みたい作品である。

<余談:小説の書き方>
 フィクションをまとめ上げる構想力という点から、三人の書き手を並べてみたい。
 津本陽<司馬遼太郎<手塚治虫

 津本と司馬は織田信長を取り上げた小説で比較してみたうえでの感想である。津本陽氏は比較的史実に忠実に書き進めるタイプだが、史実がうるさすぎて読みにくいところがあった。司馬遼太郎は要注意の書き手だ。相当史実とは離れている、資料の読みこみが足りないか、そういうものから比較的自由に、物語としての面白さを大事にした書き手のようだ。
 ブッダを取り上げながら、経典の記述にない登場人物を配置しながら、全体として釈迦の思想をよく伝えているのが手塚治虫氏だが、釈迦が言ってはいないことまで言及している。それは死後の世界に関してであるが、その点についてはすでに書いた。
 己の霊感が伝えるところを小説にしたのが五井氏の『阿難』である。それぞれ、書き手の個性が光る。


にほんブログ村

小説 阿難

小説 阿難

  • 作者: 五井 昌久
  • 出版社/メーカー: 白光真宏会出版局
  • 発売日: 1982/01/01
  • メディア: 単行本


阿含経典2 (ちくま学芸文庫)

阿含経典2 (ちくま学芸文庫)

  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2016/07/08
  • メディア: Kindle版

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。