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#4240 Sapiens (26th) : p.33 May 2, 2020 [44-3. 原書講読講座 Sapiens]

<最終更新情報> 5/2午後9時
 『Sapiens』p.33第2段落から。

<33.2> In the US, the technical term for a limited liability company is a 'corporation', which is ironic, because the term derives from 'corpus' ('body' in Latin)-- the one thing these corporations lack. Despite their having no rial bodies, the American legal system treats corporation as legal persons, as if they were flesh-and-blood human beings.
<33.3> And so did the French legal system back in 1896, when Armand Peugeot, who had inherited from his parents a metalworking shop that produced spring saws and bicycles, decided to go into the automobile business. To that end, he set up a limited liability company. He named the company after himself, but it was independent of him. If one of the cars broke down, the buyer could sue Peugeot, but not Armand Peugeot. If the company borrowed millions of francs and then went burst, Armand Peugeot did not owe its creditors a single franc. The loan, after all, had been given to Peugeot, the company, not to Armand Peugeot, the Homo sapiens. Armand Peugeot died in 1915. Peugeot, the company, is still alive well.

  生徒が取り上げてくれた問題の箇所は、アンダーラインを引いた部分である。そこだけ取り出してみよう。

And so did the French legal system back in 1896, when Armand Peugeot, who had inherited from his parents a metalworking shop that produced spring saws and bicycles, decided to go into the automobile business.

 なるほど厄介そうな箇所だ。意味はとれているので文法的な解説が欲しいということだった。soがなんなのか文法的な説明が欲しいとも言った。勘が鋭い!えらいとこ質問するやっちゃ。
 邪魔なものを外して少し簡単にしてみる。
 
And so did the French legal system back in 1896, when Armand Peugeot decided to go into the automobile business.


 たったこれだけでも、ずいぶんすっきりしたと思う。プジョーの説明である補足説明の節は外して、必要な最小限の部品だけで考えると、文全体の構造がよく見えるようになる。外した部分はアルマン・プジョーという人物の補足説明として挿入されたclause(節)である。
(, who had inherited from his parents a metalworking shop that produced spring saws and bicycles, )

 and soは前の文とのつなぎだから、前の文と並べてみたらその関係がよくわかる。並べて、変形過程を書いておくので、参考にしてもらいたい。

a: the American legal system treats corporation as legal persons.
b: And so did the French legal system back in 1896.

a': the American legal system treats corporation as legal persons.
b': And the French legal system treated (corporation as legal persons) back in 1896.
b'': And the French legal system treated so  back in 1896.
b''': And so did the French legal system back in 1896.

  ここまで理解してからsoをジーニアス4版で引くと、「先行する句や節の代用「そのように」」という項目がある。元はtreatという動詞の目的語で名詞句だがそれを受けるsoは副詞だから動詞とセットで扱われる。それで、セットで倒置されることになった、強調構文です。ハラリが強く言いたかったのは"so did"の部分。

 ジーニアスには次の用例が載っていた。
 例:Do you think it will rain tomorrow? I think so.
 so= it will be tomorrow.
 soは直前のセンテンスのclauseを受けている。ふつうの英語力のある高校生なら、「何だこれなら知っている」というだろう。知っていることと使えることはこんなに違うのだ。数学でも同じだ。例題を理解したのと実際に全国模試で問題が解けるのは違う。どんなスキルもそれを身につけるには鍛錬が必要だということ。知っているだけでは技として使えるレベルにはならぬ。

 「(現行)米国法体系は会社を法的人格(法人)として扱っている、フランス法体系が会社を法人として扱うようになったのは1896年にさかのぼる。その年にアルマン・プジョーは両親からバネや鋸や自転車を生産する金属工場を相続している。」ebisu訳

 結果から言うと、倒置である。treatedが代動詞didに化け、「代動詞+主語」の語順となり、その直前の文と繰り返しになる目的語が省略になってsoに置き換わった。文法工程指数の高いまことにやっかいな文章。
 b'の文の(corporation as legal persons) は、同じ句の繰り返しになるので後の文の方が b''でso(=corporation as legal persons)
に置き換わった。そしてb'''で倒置された。米国現行法制と同じくフランス法体系も会社を法人として1896年に扱っていた。

 ついでに言うと、資本主義のチャンピオンの国、米国法体系が法人という規定を獲得したのがいつかについては言及がなく、現在形treatsで書かれ、それにに対比した形でフランス法体系は過去形didで書き分けられている。自然に読めば、資本主義のチャンピオンの米国法体系は会社を法人として扱っているが、フランス法体系が法人をその中に取り込んだのは1896年にさかのぼると読める。資本主義の国ならどの国でもその法体系に株式会社の規定がある、その一般的な事例、あるいは典型例として現行米国法体系に言及した後で、フランス法体系をとりあげている、「一般⇒特殊」という論理構成だ。フランス法体系の方が法人規定に関しては米国法体系よりも古いことを現在形と過去形という時制の差でハラリは示唆していると言えそうだ。

 以上で説明は終わり。数学ならQED(証明終わり)かな。

 結論から言うとこの箇所の柴田訳は誤訳。優良な翻訳家10人が訳しても10人とも誤訳する箇所です。英語のできる人ほどこういう文法工程指数の高い箇所はコンテキストを読んでごまかしてしまう、いやそうするしかないのです。変形生成文法の知識がなければアウトの箇所です。構文を変形生成文法で分析していないから、省略された目的語(corporation as legal persons) を補って読んでいない。だが瑕としては小さい。重箱の隅を突っつくようで申し訳ないので、これくらいにします。勘違いがあるといけないので、ここまで読んできた限りで、柴田氏の翻訳の品質は優れているほうだと思う、それがわたしの柴田訳に対する判断。

  大学院を受験するときにEric Roll"A history of economic thought
"(絶版)丹念に読んだが、隅田三喜男氏訳の『経済学説史』(有斐閣、1970年再版第5刷り・絶版)は文法工程指数の高い箇所の翻訳が文脈から類推して訳してあった。そういう箇所の半分くらいは的を外れていたが分量としては少ない。総じてみれば隅田氏の翻訳文は格調が高く名訳と言っていい、敬意を表したい。水田洋訳、アダム・スミス『道徳感情論』(筑摩書房、1973年刊・絶版)は読むに堪えない悪文であった。数頁読んだのみ、すさまじい悪文にゲンナリし、時間の無駄と判断した。後に他の訳者による翻訳が出ている。『諸国民の富』(岩波書店)は研究テーマに関係が深かったので、原書の方もいくらか読んだ。リカードの『経済学及び課税の原理』(東大出版会、1973年初版)も同様。
 大学院時代にアダム・スミスのMoral Sentimentを薦めてくれたのは鈴木信雄さん(千葉経済大学教授・社会思想史)だが、もちろんかれは原書で読んでいた。



 いい質問だった。生徒は文脈をちゃんと読んで柴田訳くらいは意味がわかっていた。話を聞いて、こちらから質問を投げてみたら、did が treat であることに気がついた。いくつか質問するだけで、自分の頭で考え、正解に手が届いている。生徒の成長に気がついた愉しい授業だった。問題の箇所のあとはスラスラ読めていた様子。34頁を読み終わったようだ。34頁は1ッか所だけ、柴田訳をみて「うまい訳だ!僕にはこんな日本語訳は思いつかない」と感心していた。生意気な高校生になった(笑)
 自分で訳すのに苦労した部分はプロの技のキレ味がよくわかるのだろう。

アメリカでは有限責任会社のことを、専門用語では「法人」と呼ぶ。これは皮肉な話だ。なぜなら、「corporation(法人)」という単語はラテン語で「身体」を意味する「corpus」に由来し、それこそ法人には唯一欠けているものだからだ。法人には本物の身体がないにもかかわらず、アメリカでは法人を、まるで血の通った人間であるかのように、法律上は人として扱う。
 アルマン・プジョーが、バネや鋸、自転車を製造していた金属加工工場かを親から相続し、自動車製造業に手を染める決断を下した1896年当時のフランスの法制度も、同様だった。彼はこの新事業を始めるにあたり、有限責任会社を設立した。そして自分の名字を社名にしたが、会社は彼から独立していた。製造した車の1台が壊れたら、買い手はプジョーを告訴できるが、アルマン・プジョーは告訴できない。会社が何百万フランも借りた挙句、倒産しても、アルマン・プジョーは債権者たちに対して、たったの1フランも返済する義務はない。つまるところ、お金を借りたのはプジョーという会社であって、ホモ・サピエンスのアルマン・プジョーではないのだアルマン・プジョーは1916年に亡くなったあ、会社のよーの方は、いまもなお健在だ。」柴田裕之訳、46ページ

<余談-1:株式会社制度と法体系>
 米国には連邦法と州法がある。法人が米国法体系にいつ規定されたのか、ネットで検索してみたがわからなかった。米国法体系で法人が規定されてから後に、フランス法体系に法人が規定されたという前提で訳した。
 調べた限りでは、米国自動車メーカで一番古いフォードは1903年創業で、デトロイトの投資家たちの出資による株式会社であった。よって、この時すでに米国には株式会社制度があったことは確認できた。GMがそれよりも遅く1908年創業である。
 日本で最初の株式会社(https://ja.wikipedia.org/wiki/株式会社_(日本))は1872年の第一国立銀行である。明治維新から5年後には商法が完備していて、株式会社が発足している。短期間によくこれだけの仕事ができたものだ。当時の日本人の資質の高さが窺い知れる。日本の会社法はドイツ法をベースにつくられているから、ドイツの会社法と株式会社(Aktiengesellschaft)の方が古い。
 株式会社として世界初のものは英国の東インド会社(1600年)であるが、英国法体系がいつ有限責任会社を法体系に取り込んだかは確認できなかった。国王の勅許によって成立したのだが、英国は伝統的に慣習法の国だから、法律として明文化されたのがいつかは、調べきれなかった。アダム・スミスは1776年に著した『諸国民の富』で経営と所有の分離が引き起こす問題に言及している。1776年は米国が独立宣言を発した年でもある。
*https://ja.wikipedia.org/wiki/株式会社
 このあたりの議論は法律史の研究者でなければ精確なところがわからぬ、どなたか投稿欄で教示してくれたらありがたく拝聴したい。

<余談-2:ある生徒のチャレンジ>
 この生徒は1/14から開始した英作文問題が52回、260題すでに消化している。メールで配信して翌日答えを確認して、解説している。週4回・各5問(20問/週)中身の濃い英作文トレーニング。6月末には400題を超えている。7月末頃には四六判で200ページを超える分量の英作文問題・解説の本の原稿ができあがることになる。大西泰斗先生のNHKラジオ英会話講座がベースだから、いままでにない視点からのユニークなものになっている。愉快な作業だ。どんな答えを書いてくるか、週に4日月火木金曜日の授業の冒頭10~15分間が英作文問題答え合わせと解説に費やされている。家で作文して、学校の隙間時間で推敲してくる、効率の良い英作文トレーニングだ。
 学校でこれから使う長文問題集にある18題全部を各問題15分で解き切るトレーニングをはじめたようだ。ワード数は400語前後。問題の解き方に慣れておかないと共通試験で95%の得点が確実にならないと考えてのことらしい。自分でしっかり考えて、チャレンジする、なかなかたくましくなった。
 リスニングは『Sapiens』の音声版がAmazonから出ているので、それで数ページを視点を変えながら繰り返しやることになっている。やり方は「KHシステム」流、どこかで具体的に書いた。
 数Ⅲ青チャートも独力でチャレンジ、全問絨毯爆撃だ。まだ十回程度しか質問が出ていない。微分がそろそろ終わりそう。新型コロナで5月いっぱい休みになれば、全部解き終わりそうな勢いだ。自力で読んで理解、そして問題を解く、数学も大学共通試験95%の得点をターゲットにがんばっている。物理は何とかなりそうだが化学が問題ありと言っていた。それも一つ手を考えているようす。根室高校の先生の協力を得ようとしている。コミュニケーション能力、交渉力を磨くいいチャンスだ。
 最近は作戦報告を聴き、頷くだけのことが多い。(笑)
 実質的にもうわたしの掌から飛び出しており、塾に来る必要があまりなくなった。ニムオロ塾の最終目標、自分の頭で考え、判断ができるという領域に到達してしまっている。まあ、暇つぶしに来るといい。わたしと会話しながら、Sapiensを読んだり、数Ⅲの問題を解いている。マルチタスク型だ。小5の1月4日からの勉強スタイルだから、マルチタスクがあたりまえになっている。わたしに忖度せずに自分の意見をハッキリ言う、ストレス発散になるのだそうだ。面白い生徒だ。

<余談-3:懐かしい生徒>
 東京では塾の専任講師として働いたのは大学院へ通っている間だけだったが、自閉症だったのでお母さんから頼まれて塾をやめたあとも毎週土曜日に長い期間個別指導した生徒が一人だけいる。口数の少ない手先の器用な子だったからいい職人になれそうだと思った。新宿駅から歩いて5分のマンションの13階の一室で教えていた。「使っていない(物件な)ので自由にお使いください」と母親から鍵を渡された。そのころわたしは、すぐ近く、西新宿のNSビル22階、SRL本社で働いていた。
 その生徒は医療分野の職人、整形外科医になった、整形外科を選んだところがうれしい。器用だが指が太かったから脳外科や心臓血管外科よりも整形外科が向いていたのだろう。どうして整形外科を選択したのかは知らない。
  2012年ころだったかな、どこで医者をしているのかなと彼の名前を検索したらある病院のホームページに整形外科医として載っていた。しっかり仕事している。
 授業の合間に極東の町の地域医療の話を良くしたが、高校生になって医学部へ進学したいと本人が言い出した、うれしかった。素直でまじめに努力できる生徒だった。中学生の時に仲良くしていた同級生が左折してきたトラックに巻き込まれて亡くなった。当時はずいぶん落ち込んでいた。自閉症からかなり抜け出してきたころで人と普通に会話できるようになっていたが、心を許せる友達は少なかったはず。天はこの子になぜこんなに辛い試練を与えるのかと思った。まさか医者になると本人が言い出すとはわたしも、ご両親も、本人すらもその時は思っていなかった。目標を自分で選んだ人間は強いものだ。人の心の痛みのわかる優しい医者になっているのだろう。


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コメント 2

よしのり

Yuval Noah Harariの著書から大学入試の英語長文問題に使用される大学が急増しています。

Sapiens・・・2018年早稲田大文化構想学部、2020年慶応義塾大理工学部

Homo Deus・・・2019年成城大全学入試、2020年立命館大全学入試

21 LESSONS FOR THE 21st CENTURY・・・2020年岡山大前期試験

by よしのり (2020-05-16 22:07) 

ebisu

よしのりさん

ハラリの著書3冊が入試に使われているのですか。周辺知識や専門知識のない受験生にはチンプンカンプンの箇所がすくなくないはずですが、やさしいところをピックアップしているのでしょうかね。
ハラリの文章は、修辞法も凝った個所が多いのです。
受験生はたいへんですね。
原書講読している生徒は大喜びするでしょうが…
ベストセラーだから、いずれ出題されるとは予想してましたが、世の中の動きは速い。

受験生のみなさん、弊ブログのサピエンス講座を利用してください。

よしのりさん、貴重な情報ありがとうございます。
by ebisu (2020-05-16 23:41) 

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