日本語訳を書きながら読む精読は50ページで終わりにして、51頁からは頭から読み進むことにしたいと生徒から申し出があった。これからの課題は読む速度のアップである。分速60-100wordsが当面の目標であるが、ハラリのSapiensは長い文が多く、高校生にはなかなかに手ごわい。どのように手ごわいかは、解説を読んでいただきたい。
 前回は54 wordsの文をとりあげたが、今日の授業で問題になった文は57 wordsあった。関係代名詞や挿入句があると文の本筋を見失いやすいが、慣れてくればどうってことがなくなる。

 前頁から続いている段落は、小数第一位が”0”と表記し、新しい段落から順に1,2,3とインクリメント(増加)していく。整数部はページ数を表す。

<47.1> The proponents of this 'ancient commune' theory argue that the frequent infideilities that characterise modern marriages, and the high rates of divorce, not to mention the cornucopia of psychological complexs from which both children and adults suffer, all result from forcing humans to live in nuclear families and monogamous relationship that are incompatible with our biological software.

 Ⅲ文型であるが、目的語がthat節になっており、そこが難所。こういうときは主語と動詞を見つけたらいいだけ。
「古代共同体学説の提唱者はthat以下を主張している」⇒「古代共同体学説によれば、…」
 長い文の主語は副詞句として処理したほうがスムースな日本語にできるケースが多い。that節の中にまたthatが出てくる。


The proponents of this 'ancient commune' theory argue that the frequent infideilities that characterise modern marriages, and the high rates of divorce, not to mention the cornucopia of psychological complexs from which both children and adults suffer, all result from forcing humans to live in nuclear families and monogamous relationship that are incompatible with our biological software.
 青のthatは指示代名詞と同じ役割、「あれ」と言っておいて、それをthat以下で補足説明する導きの役割。
 主語の部分を紫色で、関係代名詞を緑色で塗り分けてみた。動詞句を探すには、カンマの後に動詞句はないか探してみたらいいだけ。resultがすぐに見つかる。余計な修飾部分をそぎ落とすと、この文の骨格が現れる。

 the frequent infideilities and the high rates of divorce all result from forcing humans to live in nuclear families and monogamous relationship

infidelity /ˌɪn.fɪˈdel.ə.ti/ /-fəˈdel.ə.t ̬i/ noun [ C or U ] 不倫


(an act of) having sex with someone who is not your husband, wife or regular sexual partner, or (an example of) not being loyal or faithful 




monogamous /məˈnɒg.ə.məs/ /məˈː.gə-/ adjective 一夫一婦制の


 第1文型である。infidelitiesとは「不倫」のこと。

「頻繁に起きる不倫と高い離婚率はすべて、人類が核家族や一夫一婦制関係で暮らすことを余儀なくさせられていることから生じている」

 あとは修飾節だったり、挿入句だったりするだけだから、文脈に沿って交通整理していこう。
  
①the frequent infideilities that characterise modern marriages
②not to mention the cornucopia of psychological complexs from which both children and adults suffer
③monogamous relationship that are incompatible with our biological software.

not to mention翻訳者の柴田さんは「もとより」と訳している、語彙の選択がいい


used when you want to emphasize something that you are adding to a list

He's one of the kindest and most intelligent, not to mention handsome, men I know. 




   (かれはもっとも親切で知的な人間の一人だ、ハンサムであることは言うまでもないが、わたしの知る限りで。)

cornucopia /ˌː.njʊˈkəʊ.pi.ə/ /ˌːr.njəˈkoʊ-/ noun [ S ] formal
a large amount of something; a great supply



The table held a veritable cornucopia of every kind of food or drink you could want. 




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 「psychological complexs」について説明しておかなければならない。
 心理学上のコンプレックスとは、潜在意識下に抑圧されている感情や情動で、現実の行動に強い影響力をもつ。こうした意識の構造をはじめて取り上げ、精神分析学の基礎を築いたのはフロイトである。この分野ではその異端の弟子のライヒに興味深い著作『セクシュアル・レボリューション』がある。1970年に初版が出ているが、新宿の本屋・紀伊国屋旧本店で手に取ってみて、興味がわいて買った。『ファシズムの大衆心理』も一緒に読んだ。他にも数冊ライヒ関係の本を読んだ気がする。雑誌「現在思想」か「情況」の特集号で採り上げられたことがあった。
 ヨーガには性的エネルギーをコントロールし、呼吸法と組み合わせて解放するスキルを学べるグループがいくつかある。現存する世界最古の経典と言われている「カーマスートラ」は具体的な性技解説書でもある。潜在意識で抑圧された情動ははけ口を求めて噴き出てくるから、適切に処理しないと、精神に強い影響が出てしまう。日本では古くは歌垣、そして盆踊りが重要な役割を果たした。歌垣は古事記にも出てくる。下川耽史著『盆踊り 乱交の民俗学』が風流や念仏踊り、盆踊りの歴史的な分析をしている。日本人はそのあたりの処理に実に長けていた。

*カーマ・スートラ:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%A9

(じつは仏教がこうした意識の階層構造を古くから指摘している。眼耳鼻舌身意の六識に加えて第七識として末那識があり、根源意識として阿頼耶識が存在しているという。瞑想によって意識の内部を探ることでとらえられたのだろうと思う。大数学者の岡潔先生はその書作の中で15識まで区別できると言っているから、意識は無限の階層構造をもっているのかもしれぬ。)
 人間は抑圧された潜在意識に支配されて行動するから、理性の作用なんてほとんどの人間にとってはじつにもろいものなのである。
-----------------------------------------------

 ①と③は補足説明の関係節を伴なっている。②は挿入句である。
①「現代の結婚を特徴づける度々繰り返される不信」
②「子どもも大人も共に害を被っている心理学上のコンプレックスについては言うまでもないことだ」
③「生物学的ソフトウェアと相容れない一夫一婦制」

 これらをつなぎ合わせて一つの文にしたらいい。以下はebisu訳である。
「古代共同体説によれば、現代の結婚を特徴づける頻繁な不倫や高い離婚率は、それが子どもから大人までが一様に苦しむ潜在意識下の情動の抑圧すなわち心理学的なコンプレックスにあることは言うまでもないが、人類が己の生物学的なソフトウェアと相容れない核家族や一夫一婦制の関係の中で暮らすことを強いられてきたことから生じているのである。」

 比較できるように翻訳者の柴田さんの訳文を引用しておく。
この古代コミューン説の支持者によれば、大人も子供も苦しむ多様な心理的なコンプレックスはもとより、現代の結婚生活の特徴である頻繁な不倫や、高い離婚率はみな、わたしたちが自分の生物学的ソフトウェアとは相容れない、核家族と一夫一婦の関係の中で活きるように強制された結果だという。」『サピエンス全史』61頁


 この段落は精神分析学の潜在意識(=コンプレックス)を扱っているので、そのあたりの知識がなければ書いてあることを理解するのはむずかしい。

 農業革命以前の数万年のセックス観が人類の潜在意識に刻まれており、それが現代の一夫一婦制関係での暮らしのなかで心理的な葛藤を生んでいるというのがハラリが紹介する「古代コミューン学説」なのだろう。
 古代コミューンでは、女たちは日常的にたくさんの男たちとセックスした。妊娠すればますますそうしたのである。強い男や利口な男を選び何度も何度も番(つが)うことが、強くて賢い子孫を残せるし、関係したオスたちが育児に協力してくれることになるのである。子どもや女の気を惹きたくて美味しい食べ物も優先的に持ってきてくれる。
 現代に即して言うと、身体の強靭な、そして賢く、お金儲けの上手な男を女たちが求めるということになろうか。何万年も受け継がれてきた潜在意識が現実の行動を支配しているから、性行動が旺盛な女たちがたくさんいて何の不思議もないのであり、裏を返すと、それに応じる男たちがたくさんいる、よって従って、世に不倫の種は尽きまじということ。潜在意識の情動を抑圧しすぎると精神に異常をきたす場合がある。どちらを選ぶかってこと、肉体と精神が健康な人間が浮気しないなんてもともと無理かも。(笑) 
 源氏物語、枕草子、和泉式部日記、…丹念に古典を読んでごらんなさい。じつに自由でおおらかになにをいたしてます。高校の教科書は肝心かなめの部分には触れない。男女の仲の面白い所だけピックアップして授業で採り上げたら、きっと興味津々で読めるので、生徒たちの古典の学力は大幅にアップするでしょうね。

 ところでハラリのSapiensはとっても面白いでしょ!

*

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弊ブログ#2812より
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 高橋克彦著『風の陣』は5冊あるが、何巻目かに天皇(女帝)が歌垣を催すシーンが描かれている。歌垣とは当時しばしば行われた乱交パーティであるが、天皇が宮中で女官も含めて自由に楽しめと言ったのは他に例がないのだろう。小説の中ではあるが、道鏡と夫婦になることのできなかった女帝が哀れだった。
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 本棚にはこのシリーズが5冊ある。全部読んだと思っていたが、他に一冊どこかにあるのかも。



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#2395より引用
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 黒岩重吾に『弓削の道鏡』という作品がある。その下巻383ページに歌垣の場面が描かれている。余命幾何もない称徳天皇(女帝)が命じて歌垣を催させる。この歌垣のことは『続日本紀』にも記述がある。
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 歌垣は春や秋の穀物の祭りから起こったもので、若い男女が歌を歌って踊り、気に入った相手を見つけ山野で媾合(まぐわ)うのである。
 由義宮での歌垣は女帝の要望で行われた。河内に住む渡来系の氏族、藤井・船・津・文・武・生(ふ)・蔵の六氏から選ばれた男女が、麻の疎目(あらめ)の布を山藍で青く摺染めにした衣服を纏い、長い紅の長紐を垂らし、歌い踊った。六氏から選ばれた男女は二百三十人だった。
 道鏡と女帝は急造の楼観から歌垣を眺めた。歌垣には、これまで女帝が知らなかった人間の生命力が、華やかさの中に溢れていた。まさに人間賛歌である。女帝は歌垣に酔い、五位以上の官人、内舎人、また女の孺(めのわらわ(=幼い子の意))と呼ばれている女帝に仕える女官達にも、歌垣に加わるように命じた。
「皆人間に戻るのじゃ、身分や誇り、また羞恥心は捨てよ、気持ちと身体のおもむくまま歌い、踊るのじゃ、気が合えば媾合って構わぬ」
女帝は顔を紅潮させて叫んだ。
 この歌垣には、また女帝の要望で歌人が作った歌が歌われた。

 乙女らに 男立ちそひ 踏みならす 西の都は 万代(よろず)の宮
 淵も瀬も 清くさやけし 博多川 千歳を待ちて 澄める川かも

『続日本紀』にはニ作しか記していないが、もっと多くの歌が歌われたであろう。・・・
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