高2の生徒が現代国語の教科書を視写していた。「視写」とは字の通りで、目で見て書き写す作業である。
ワンセンテンス全部を見て、記憶し、一気に書ける生徒は速い。それを単語ごとに分割して書き写す生徒は文意もつかめないし、速度も遅くなる。だから、視写の速度を測れば、国語の能力や学力のおおよそが分かる。
写している文を見て驚いた、言語学者である鈴木孝夫の著書で、内容は言語学そのもの、普通の高校生にはたいへんハードルが高い。わたしはこの人の本『日本語と外国語』(岩波新書)を1990年に購入して読んでいる。この本を出版したときの鈴木の肩書きは慶応大学言語文化研究所教授となっている。『教養としての言語学』も読んだが、学部の学生が読むレベルの内容である。
ずいぶんレベルの高い論説文が載っているなと驚いて、教科書を見たら、政治学者の丸山真男のものもとりあげている。団塊世代が大学時代に読んだ本である。これも高校生には高いハードルだ。
他に美実評論家の評論や科学に関する評論も載っていた。どちらもかなり硬い内容である。
岩波新書や中公新書は専門書を読むときの入門書レベルだが、そういうレベルかそれ以上のレベル、本格的な専門書レベルの論説文や評論が並んでいた。
文学では漱石の『こころ』が載っていた。こころの登場人物は「先生」と「先生の奥さんの静子」と「わたし」である。「先生」は自殺する。『こころ』が公刊される数年前に明治天皇が崩御し、乃木稀輔が夫人とともに殉死する。『こころ』はそういう古い封建的価値観への嫌悪感の表明だったという解釈がある。
おそらく採録された論説・評論・文学作品の半数以上は解釈がむずかしいもののように感じた。鈴木孝夫の本の内容を解説するには、言語学の専門知識が必要となるし、丸山真男のものは政治学の素養を必要とする、漱石の『こころ』は当時の時代状況についての知識が必須だ。
ここで疑問なのだが、高校の現代国語の先生に、そういう多方面の知識があるだろうか?自分の高校時代を思い起こしてみても、とてもそのような広範な教養と専門知識を持ち合わせていた国語教師像は思い浮かばない。
娘が高校生だったときに、鴎外の『舞姫』が教科書に載っていた、よく分からないので解説して欲しいとせがまれ、当時の時代状況や価値観そして鴎外の経歴を絡めて解説してあげたら、ずいぶん喜ばれた。国語の先生はそういう解説をしてくれないと言っていた。「文学的解釈」だけでは作品の面白さは3割伝えられたらいいほうだろう。
高校2年の現代国語に採録された人々の論説文や評論と同等レベルの専門書を読む高校生は3%を超えない。全国模試の記述式問題には、こういうレベルのテクストが採録されているから、偏差値65を超えようと思ったら、複数の分野の定評のある本を読みなれておくべきだ。それは、2次試験レベルの英語長文問題への対策にもなる。日本語の読解力は、その学部の専門分野から出題される英文読解の基礎的な力となる。
これを機会に、採録された作品の著者の他の本も読んで見たらいい。レベルの高い本への導入として教科書はなかなか優れた作品を採録しており、感心した次第。
大事なことがもう一つあった。視写は作文指導に効果が高いということを書き忘れるところだった。下手な文を自分で創らせるよりも、論理的な文章や名文を書き写すトレーニングは、作文上達への近道である。いいテクストを選び、一冊丸ごと書き写すくらいのことを夏休み中にやってみたらいい。作文が苦手の人がやれば、夏休みが終わったときには作文を書くのが苦でなくなるかもしれない、物は試しだ。
わたしは中2の生徒にこの数ヶ月間、北海道新聞の「卓上四季」の視写をやらせている。650字くらいの中に、起承転結が織り込まれたコンパクトな文章を真似て書いてみるのは楽しい経験である。書き写しのトレーニングを繰り返す内に自然に文章のリズムや起承転結が具体例とともに身体にしみこんでくる。目標タイムは16分を切ること。いいお手本をみて繰り返し練習することが上達への近道である。
<7/26 ポイント配分割合変更>
70% 20% 10%
日本の感性が世界を変える: 言語生態学的文明論 (新潮選書)
- 作者: 鈴木 孝夫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2014/09/26
- メディア: 単行本
新書版の内田義彦先生の本は、いったん書いた原稿を半分以下に圧縮校正して密度の高い文章となっているから、お手本として挙げておく。
- 作者: 内田 義彦
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1985/01/21
- メディア: 新書