根室はうっすら雪がある。例年はクリスマスイブには根雪が10センチほど積もっているのだが、今年は少ない。明治公園のクリスマスイベントに22日の夕方4時半頃行ってみた、ちょうど氷の中の蝋燭に灯を点すところだった。暗くなった中に光の輪ができていた。前日まで暖かかったので、バケツに水を入れて冷凍庫で氷のキャンドル台をつくったそうだ。あの日は風があってとても寒かった。バケツをひっくり返した形の氷の中の蝋燭に点火するのはコツがあるようだ。ツリーは風で大きく揺れていた。寒風吹きすさぶ中、イベント関係者のみなさんありがとう、たくさんの人が楽しんだようだ。

 新潮社版日本古典集成『古事記』をもってはいるが、なんだか読みにくく通読しがたい本というのがいままでの感覚だった。しかし、明治天皇の玄孫である竹田恒泰の解説を読んでその面白さがわかった。
 伊耶那岐と伊耶那美の神が国産みをする件(くだり)は腹を抱えて笑える。竹田は古事記の現代語訳もしているがそちらを対照しながら読むのも楽しい。

 たとえば、国産みのところで伊耶那岐神と伊耶那美神は次のような会話をしている。
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 一息ついたところで、伊耶那岐神は、自分の下半身に何か不思議なものがぶら下がっているのにお気付きになり「あなたの体はどのようになっているか」とお尋ねになりました。
 すると伊耶那美神は「私の身体はすでに出来上がっているのですが、一箇所だけ何か足りずに、くぼんでいるところがあります」とお答えになったので、伊耶那岐神は「わたしの身体もすでに出来上がっているのだが、一箇所だけ何か余って、出っ張っているところがある。それでは、私のでっぱっているものを、あなたのくぼんでいる穴に挿し入れて、塞いで、国を産もうかと思うが、どうだろう」と仰せになると、伊耶那美神はこれに賛成なさいました。
 そして、天之御柱を廻り逢って、美斗能麻具波比(みとのまぐわい)をあそばされ、国をお生みになることになさいました。「まぐわい」とは夫婦の交わりのことです。また「みと」とは性交する場所を意味します。
 伊耶那岐神は左から、伊耶那美神は右から天之御柱を回り、出会った所で、伊耶那美神が「あなにやし、えおとこを」、つづけてイザナギの紙が「あなにやし、えおとめを」と仰いました。
 言葉には力があるといわれます。よい言葉を話すと幸せになり、悪い言葉を話すと不幸になるので、二柱の神は国をお生みになるにあたり、お互いを褒める言葉をお交わしになったのです。
 それぞれいい終わった後で、伊耶那岐神が妻に「女のほうから先に言ったのは良くなかった」と仰せになりましたが、それでも二柱の神は寝室で、まぐわいをなさいました。
 しかし生まれてきたのは手足のない水蛙子(ひるこ)でした。二柱の神はお悲しみになり、その子を葦の船でお流しになりました。ところが次に生まれたのも淡島で、泡のような不完全な島でした。これもまた、子の数には入れません。
 二柱の神は相談なさり「今私たちが生んだ子はよくない。天つ神のところに参って相談しよう」と仰せになり、ともに高天原にお帰りになって、天つ神の指示をお求めになりました。そこで、神の命令にしたがって太占(ふとまに)で占ったところ、女神が先に声をかけたのが原因だったことが分かりました。・・・今度は伊耶那岐神から先に「あなたは、なんていい女なんだろう!」、伊耶那美神が続けて「あなたは、なんていい男なんでしょう!」と仰せになって、再び交わりました。
 そうすると、次々と立派な国が生まれました。 ・・・竹田恒泰『現代語古事記』20㌻
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 「美斗(ミト)」とか「ホト」はアソコを表す大和古語のようだ。ここでは「美斗」をいう漢字を当てている。原文をあたって大和古語にどのような漢字が当てられているのかを調べるだけでも当時の人々がその大和古語にどういうイメージを抱いていたのかがわかって面白い。
 この国産みのシーン、原文のほうはもっとあっさり書いてあるのだが、竹田の訳は西暦712年書いた当時の卑猥さとおおらかさがよく出ているように感じる、ここは「つかみ」の部分なのだろう、国内向けに国の成り立ちを説明する重要な部分だ。荒唐無稽に見えながら、わが国は男女の神々の神聖なるセックスから生まれたと語るのである。それほどソレが神聖で大切であることを教えている、あだやおろそかにいたしてはならない。こういう場面を『古事記』はさらりと書いて読み手の想像力に任せて、お洒落である。そのような文章作法は源氏物語などへしっかり引き継がれているように思える。
 キリスト教ではマリアが処女受胎したということになっているが、米原真理によるとヘブライ語からラテン語に翻訳されるときに「未婚の女」が「処女」に誤訳されたのだという。未婚の女が何人かの恋人と交わって妊娠したということになったら、キリストが神の子であるという根拠が失われてしまう。それはキリストの神聖さを根拠付ける「一つの装置」ではあるのだろうが、マリアの処女性を過度にあがめることでキリスト世界からセックスに対するおおらかさが失われてしまったように見える。わが国の神話はセックスに対して素直でおおらかであることは実にありがたいことなのだと思える。
 さて、エッチは男のほうから声をかけるべきでという件(くだり)は、草食系男子が多くなったいまでは相当無理がありそうだ。草食系男子が増えれば肉食系女子が増えざるをえない。いま神話を書いたらどういうことになるのだろう?
 若者たちよ、『古事記』を読め、源氏物語を読め、年頃の大和乙女たちは声をかけられるのを待っている。恋愛に関するお作法が随所で語られているからそこから学べ。倭健の后である弟橘比売の犠牲的愛も至高の愛の一つのあり方、美しい物語となっている。

  スサノオの命とヤマタノオロチの戦いは、圧倒的に力に差がある場合には相手をだまして殺しても構わぬという話で、日本人の価値観に少なからざる影響を及ぼしているように思える。
 因幡の白兎はワニ(鱶のことをワニと言った?)をだまして海を渡ろうとするのだが、ばれて皮をはがれてしまう。人をだまくらかして有頂天になっていると危ないぞということなのだろうか。

 景行天皇の息子である倭健(小碓命)は父親に兄の大碓命を諭せと頼まれて、兄が言うことを聞かないので簡単に手足を引きちぎって簡単に殺してしまう。無邪気に父親に「言うことを聞かないのでバラバラにしてやしました」と報告するが、こいつは危ない奴だと父親に疎まれて各地の強い敵を成敗に行けといわれて熊曾健や出雲健を成敗して帰ってきます。
 出雲健と友達になり、偽の剣を作って交換してだまし討ちにして殺します。だまされたあんたが悪いと無邪気そのもの。叔母の倭比売命から霊力の強い草薙の剣をもらって、・・・・
 弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)が登場します。弟橘比売命の物語は363㌻を読んでください。愛とは何か、美しい物語があります。
 倭健は霊剣である草薙剣をもたずに出かけて、結局、死んでしまいます。その息子が何人かあとで天皇になります。
(景行天皇以前については『ほつまつたゑ』を読むべきかもしれない。三輪神社に伝わる書であり、どうやら古事記よりも古い。表音文字である神代文字と表意文字である漢字交じりの訳が載っている。五七調の1万行の詩からなっている。)

 古事記を読むと、男系で皇位が継承されてきたことがよくわかる。何度か途切れそうな危機的状況があったが、それを乗り越えて2000年以上も続いてきている。女系へ移ることがあってもそれはピンチヒッターで、すぐに男系の本筋へと皇位は戻されている。2千年以上も男系で天皇はつながっているから、日本は2千年以上も王朝交代がない世界最古の国なのである。その国の成り立ちを解説した神話が国民にとって大事でないはずがない。

 310㌻から「序」が書かれているが面白い趣向だ。古事記の原文は漢字で書かれているが、大和言葉に漢字を当てたのと、漢文とが混じっている。このような使い方をしたのは太安万侶の工夫で、稗田阿礼と彼がいなかったら、現在の漢字、平かな、カタカナ交じりの日本語は数百年遅れたであろうというのが竹田の意見である。
 「そこで、たいへん高度なことを思いつくんです。文法的には漢文をそのまま使う。ただし、固有名詞、人の名前や地名は、万葉漢字を当てる、と。だから『古事記』の原文は全部漢字で埋めつくされているんですけど、よくよく見ると、表音文字として使っている漢字と、表意文字として使っている漢字がごちゃ混ぜになっているんです。これはとてもすごいことです。普通、表音文字として使っているものは表音文字だけ、表意文字を使っているものは表意文字だけなんです。」
「表音文字と表意文字をミックスして使っているのは、主要言語では日本語しかありません」(317㌻)
 そういうわけで、竹田は稗田阿礼と太安万侶を有史以来の大天才と崇めている。

 これら2著を若い人たちにぜひ読んでもらいたい。

古事記完全講義

  • 作者: 竹田 恒泰
  • 出版社/メーカー: 学研パブリッシング
  • 発売日: 2013/09/17
  • メディア: 単行本

現代語古事記: 決定版

  • 作者: 竹田 恒泰
  • 出版社/メーカー: 学研パブリッシング
  • 発売日: 2011/08/30
  • メディア: 単行本


ほつまつたゑ

  • 作者: 鏑 邦男
  • 出版社/メーカー: 溪声社
  • 発売日: 1998/08
  • メディア: 単行本

 この本は平成6年の出版で、もう絶版のようだ。わたしはたまたま新宿紀伊国屋書店(旧本店)で見つけて立ち読みし、買った。上下巻2冊セットで9600円の本だ。現在2倍ほどの価格で取引されている。大和民族にとって大切な本は絶版にしないでほしい、そのためには国の成立ちに関心をもち、本を読む国民が増えなければならない。

 ついでに、今年の8月に読んだ本も紹介してしまいましょう。

古事記 不思議な1300年史

  • 作者: 斎藤 英喜
  • 出版社/メーカー: 新人物往来社
  • 発売日: 2012/05/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

<古事記専門家から寄せられたご意見>2018・5/28追記
 専門家からの投稿とはつゆ知らず、失礼なお返事をしてしまいました、汗顔の至りです。そう感じ取れなかったわたしの感覚が鈍い。(笑)
 専門家のご意見をお聞きできたのは幸いです、滅多にこういうことはありません。
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『古事記』って、所謂日本の古典文献なわけで、あまりふざけてる現代語訳を通してみたところで『古事記』を本当に読んだことにはならないと思います…
日本の文学って、字の列びとか使い方に当時の美しさが表現されているわけですし。
外国の歌を聴くのに、変に日本語訳されたやつを聞いて「この歌いいね~」なんてダサいじゃないですか(笑)
by 通りすがり(2018-05-12 19:42)
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古事記は、真福寺も兼永本も読んでますよ。っていうか関係論文も3つほど書いてますし、学会でも5、6回講演いたしました(笑)
古事記伝も、鈴屋遺蹟保存会のものを全冊もってます。いわゆる江戸仮名でかかれた原文の復刻版です。

古事記が大和言葉で書かれたいたので、江戸時代までは読めなかったと思ってらっしゃるみたいですが、そんなことはありません…
江戸時代までは、江戸仮名が使われていましたし、上代特殊仮名遣などの細かい発音の別を考えなければ、当時にしても古事記は誰にでも読めました。ただ注目されていなかっただけです。

実際に、宣長が最初に手に入れた古事記は本屋で売っていた寛永本です。これは誰でも読める様に楷書で書かれており、尚且つ訓点が振ってありました。


宣長の業績というのは、江戸時代では使われなくなった仮名表記などに注目し、校訂と注釈を施して、正史に近い史料性があるとものと主張したことなんですよ。

また大和言葉が使われる処ってのは、いわゆる神名、地名、物の名前、歌なの箇所なんですが、何故か竹田氏はそこを重視していません。加えて先行して施された文飾を使用していますので、恐らく原文を読んではいないと思われます。

あと古事記に大漢和辞典なんかで解読をこころみたら、申し訳ないのですが大学院レベルでは零点ですよ(笑)
古事記は、真福寺を越える史料はないと思われますので、山田氏の解題付きの影写本が一番良いと思われます。
by 通りすがり(2018-05-27 20:21)
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通りすがり(古事記専門家)の方へ

あなたからの貴重な投稿2回分は本欄の末尾に転載させていただきました。ご了解ください。

古事記を読む人が増えることを期待します。
子どもたちが楽しめるような形式のものがもっとあっていい。
東京の自宅に古事記から採録した話の絵本が数冊ありました。孫に読み聞かせてみました。年に1一度、楽しいひと時でした。
小学生バージョン、中学生バージョン、高校生バージョンまで揃うとありがたい。
研究者の方々にはこういうことはあまり興味のないことかもしれませんが、子どもたちの心に日本的情緒を育む材料としてはぜひ欲しいと願っています。

by ebisu(2018-05-28 10:23)
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通りすがりの方へ

わたしがもっている『古事記』は新潮社の日本古典集成です。これは真福寺本を底本としていますが、原文が載っていません。この本のよいところは神々のお名前と解説が巻末にまとめて掲載されているからです。
神様のお名前に使われている漢字名は、何らかの意味を固くして選ばれた漢字と思われます。だから、神々のお名前とその性格を理解するためにも、使用されている漢字が気になります。大漢和辞典をつかって読み解きたいというのはそういうことなのです。

古事記のなかに出てくる兎(うさぎ)という字は音の関係から赤土(はに)と関係があるようです。兎の性格と赤土の意味の関係に言及した本があります。藤村由加著『古事記の暗号』です。わたしにはとっても面白い本でした。
専門の研究者にはとるにたらぬ本かもしれませんね。

原文対照しながら読みたいので、小学館の日本古典文学全集版を買おうと思っています。

by ebisu(2018-05-28 22:37) 
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  一度根室出身の英語の専門家というハンドルネームで柳瀬尚樹さんと思しき方から、投稿いただいたことがあります。あの時も冷汗三斗のおもいをしましたが、良い辞書を紹介してくださいました。『形容詞副詞辞典』『基本動詞辞典』の二冊です。投稿してくれた柳瀬さんは根室高校の先輩、推挙していただいた辞書はどちらもときどき使っています。昨年お亡くなりになった。ご冥福をお祈り申し上げます。


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