IPS細胞から心筋細胞を培養して移植手術をしたと第一報がテレビで流れたときに、「あれ、おかしいな」とおもった医療関係者が多かっただろう。
 前臨床試験(動物試験)もやっていないのに、米国の著名な病院の倫理委員会がゴーサインを出すはずがないから、取材担当記者としてはあとは病院へ確認をとって、記事を没にするだけ。
 こういう発言をした時点で、医者ではないのではないかという疑問があって当然だが、民放テレビ局も新聞社も森口尚史(48)の発表をそのまま垂れ流した。仕事のプロはいないのか?

 科学文化部のあるNHKは数日報道を控えていた。福島第一原発事故では「ただちに健康に害があるとは言えない」と連日原発推進派の立場から一方的な報道を繰り返した悪名高き科学文化部ではあるが、今回は慎重で的確な判断をした。部のどなたかがおかしいことに気づいてストップをかけたのだろう。医療分野の専門部員がいるだろうから、気がついて当然なのである。

 担当記者やディレクターが「前臨床試験⇒臨床試験」という基本的なフローに関する知識がなかったのだろうと想像する。新聞記者は文系出身者がほとんどのようだから、このような医療関係の常識的な知識すらもちあわせていなかったのだろう。
 大学を卒業してから、広い分野の知識を渉猟して、教養のレベルを高めておかないとこういうプロとしてあるまじきミスを生じる。取材担当記者だけの問題ではない、その上にいる管理者たちがチェックできなかったのだから、それこそが問題なのだろう。今回の誤報道は一部の大新聞社やテレビ局にプロの仕事のできる管理職がいないことを証明してしまった。

 いま、震災復興予算の流用が国会の小委員会で問題になっているが、これは担当大臣や副大臣や政務次官が揃いも揃って自分のところの予算内容について審査能力がないことを証明した。
 私は常々、民主党幹部たちが、30歳代で仕事をしてこなかったことに危惧を表明してきた。民間企業で働く多くの国民はこの時期にある程度の責任を任されて、渾身の力で大きな仕事に取り組み、そのスキルを磨いている。そういうベースがあればこそ、40歳代、50歳代できちんとした仕事ができるのだから、大事な時期を、市民運動や街頭演説に費やしてきた彼らに大きな仕事を任せたらできないことは用意に想像がつく、そしてその通りの無残な結果になっている。

 国中のいたるところ、あらゆる分野で「プロといえる仕事人」が急速にその数を減じつつあるのではないか?
 その一方で日本人が縄文時代から1万2千年の長きにわたって育んできた職人文化がそう簡単に壊れるものではないという確信もある。明治以来、歴史的な必然性があって西洋文化に傾いていたが、その弊害が大きくなったことに日本人自身が気づき始めている。だからまもなく文化的な揺り戻しがくる、それは経済社会も変える。大きくみれば波のようなものだ。



*森口尚史氏をウィキペディアで検索したら次の情報が載っている。あの良心の科学者、児玉龍彦教授が森口氏の博士論文審査をやっていた。なんという巡り会わせか。

2007年9月 - 東京大学大学院より、博士号(学術)取得
 博士論文題目は「ファーマコゲノミクス利用の難治性C型慢性肝炎治療の最適化」、主査は児玉龍彦東京大学先端科学技術研究センター教授
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E5%8F%A3%E5%B0%9A%E5%8F%B2



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