【システム開発は経営改善のチャンス】
 システム開発は大きな経営改善のチャンスである。民間企業では経営改善の一環としてシステム開発が行われているが、市立根室病院の院内情報システムにはそのような形跡がない。
  経営改善という目的意識を欠いているからこそ、売上規模がたかだか22~25億円に過ぎないのに、7億円ものシステム投資をするのだろう。このような過剰な投資は採算を悪化させるだけで、引き合うはずがないのである。
 H市長以前は6億円、H市長になってからは10億円超、昨年は11.7億円の実質赤字だから、パッケージソフト選定に当たってはコストが安くて品質や機能はそこそこのもので我慢するというのが選定基準になければならない。どうだったのだろうか?

 この7億円について私は中身を知らない。以前は5億円とされていた病院建て替えに伴うシステム投資がなぜか今年3月に7億円に増額されており、ブログで叩いたとたんに、同じ月内に突然に総事業費から外されたことを知るのみである。
 病院事務局は病院建て替え特別委にすら、詳細を説明していないようだ。私は何がどうなっているのか知りたい。常識外れの高額だからである。150ベッドだと全国どのソフト会社の提供するパッケージを使っても4億円程度だという業界内部の人のコメントもあった。7億円なんて例は一つもないだろうと。
 繰り返すが、病院建て替えと共に予定されていたシステム投資がどうなっているのか私にはまるで分からない。寄せられる断片的な情報を集めて眺めるばかりである。どういう絵柄になるのだろう?

【システム開発と経営改善の実例1】
 さて、民間会社の場合を紹介しようと思う。業種は臨床検査である。平成3年だから1991年のことだ。買収した赤字子会社の経営改善のために、本社の子会社管理部門としてシステム開発に関わったことがある。4月の健診時に業務量が膨れ上がるのだが、処理量に制限があり受注制限せざるをえなかった。みすみす売上を逃していたのである。
 システム開発はIBMのリレーショナルデータベースマシンAS/400とラボ内のシステムにもう一台別のマシン(RS/6000)使って処理量を4倍にあげることにあった。投資額は1.5億円程度だった。業務の生産性を飛躍的に上げると同時に業務精度も上げることを目的にしていた。
 シミュレーションで予定していた以上の成果を挙げ、翌年から赤字会社が黒字へ変った。
 システム投資の稟議書には、システム開発の狙いとその効果をシミュレーションした損益計算書が添付されていた。赤字会社を黒字にする狙いで開発したシステムで、そういう思想で実務設計がなされた。だから実務設計の巧拙が経営改善の成否にかかわる要点なのである。それぞれの仕事の仕方がシステム導入以前とはまるで変ってしまう

【システム開発と経営改善の実例2】
 もう一つ、臨床治験の合弁会社の経営を任されたことがある。96年ころのことだ。国内最大手T製薬向けに開発したシステムを標準システムに仕上げパッケージ化した。NTサーバーを使ったシステムだった。システム屋2名にT大院出身の応用生物統計の専門家である社員とベテランの業務担当者(薬剤師)のチームでやった。この応用生物統計の専門家の基礎学力は高かった。統計専門ソフトのSASが扱えるだけでなくC++でプログラミングもできた。システム屋と応用生物統計の専門家相互のコミュニケーションがスムーズにそして適確に行われた。お互いに専門用語で話しができる、回りくどい説明が要らない。相互に相手のいうことを理解できる。もちろんデータ管理業務に関する専門知識はメンバー全員が共有している。いいメンバーに恵まれたといってよい。類は友を呼ぶで、不思議と良質のメンバーが集まるということにでくわした。そういうときは必ず時代の先端を行くような仕事が可能になる。
 話しがそれたので元に戻そう。ツールとして使ったNTサーバーと統計専門ソフトSASに数百万投資しただけである。
 人件費は固定費だった。特別にかかった費用は開発期間中の残業手当てくらいだろう。業務上必要があり、暗号システム*の勉強会も開いた。最先端の技術だからテキストは米国で出版されたものだ。システム屋やデータ管理業務の責任者だけでなく、システムに好奇心の強い経理課長まで参加した。
 2000万円程度のその部門の売上が、翌年には2億円、その翌年は3億円だった。コストは10%程度で、90%は粗利益を増加させたから、利益への貢献度は高かった。赤字部門を切り離して合弁会社を設立したのだが、あっという間に黒字化できた。経費は増えていない。それ以前の人数で処理できた。
 黒字化にはシステム開発が重要な役割を果たした。パッケージシステムを開発したから、「金太郎飴方式」でユーザーニーズに合わせて出力部分を調整するだけでほとんどただ同然で、個別顧客ごとの管理システムを提供できた。元々のシステムは3000万円ほどかかっていたが、それをNTサーバーに乗せ換え、機能を強化しただけである。製薬メーカーからはパッケージ代金として500万円ももらえば十分だった。
 このパッケージシステムを武器にして、販売促進ができた。受注額が急激に伸びたのである。コストはほとんど変らない。赤字企業が黒字になるのは当然のことだった。
 このように赤字企業が黒字にするには、経費を切り詰めるという観点からは生まれてこないものだ。智慧の勝負である。システム開発によって営業上の強力な武器をつくり、コストのかからない売上を増やすことによって実現できた
 顧客も従来に比べて非常に安い金額で、しかも精度を飛躍的に上げて仕事を安心して外注できる。社内での解析作業がまるで違ってくるのである。「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」の世界を構築することこそが、赤字企業を黒字化する要諦だろう

【システム開発と経営改善の実例3】
 このように民間企業のシステム開発は経営改善のツールとして行われるケースがほとんどだろう。もう一つ、84年に東証Ⅱ部上場要件クリアのための統合システムを担当したことがあるで紹介しておこう。月次決算が1ヶ月と10日くらいかかっていた。作成される財務資料の精度は上場要件に程遠いものだった。それが統合システム稼動後はたった3日で月次決算がすんだ。数百ページあった固定資産台帳も統合システムはでーたを渡すためにシステムを作り変えた。固定資産税申告書作成作業に4人2ヶ月かかっていた業務が、一人一日で済むようになった。コンピュータシステムを上手に開発すると、資料の精度は比較にならないほど上がるし、業務によっては生産性も数十倍に上がってしまうことがある。その効果は驚くばかりだ。
 上場要件である予算編集から固定資産税申告書作成機能まで含んだ固定資産台帳管理システムの開発費は2百万円程度だった。システム仕様書を1週間ほどで書き上げ、業者に手渡した。
 予算編成作業をシステム化し、財務会計システム、販売管理システム、購買在庫管理システム、原価計算システムが統合システムとして稼動することによって、月次決算が締め後3日で出力できるようになった。予算管理制度は飛躍的に向上した。利益の予測誤差は数分の一になった。従来は年次でしかできなかった原価計算が月次決算単位でできるよになり、ラボの原価管理は月次単位で可能になった。もちろん、営業部門や本社部門もである。
 ebisuが担当したのは財務会計・支払管理システム仕様書と各システムとのインタフェイス仕様書の作成、固定資産管理システム開発であった。システム間インタフェイス仕様書作成には1週間ほどかかった。相手側の業務やシステムに詳しくないと仕様の定義はできない。

 上場企業では8%の利益が1%ずれただけでも問題である。原因究明をして予算精度を上げなければならない。
 市立根室病院の予算は事業収益が22~25億円にすぎないのに、実質赤字8億円の予算が11.7億円になるような杜撰なものである。上場企業がこのような杜撰な予算管理をしたら、すぐに証券取引法上の問題になる。そのような無能な財務担当取締役はいられない。

【システム開発と経営改善の実例4】
 80年代初頭に産業用エレクトロニクスの輸入商社で為替管理、納期管理、円定価システムなどを組み合わせて稼動させたときには、為替変動から会社の業績を完全に切り離すことに成功した。売上高粗利益率は28%から40%代半ばまで上昇した。安定して高い利益率を上がられるようになった。店頭公開への条件の一つは「安定した利益」である。システム開発によってこの会社は高収益の会社へと生まれ変わった。

【システム開発と経営改善の要諦】
 経営改善と業務精度の向上、生産性向上を目的としてコンピュータシステムを開発するときに最重要なのは実務設計である。これの巧拙が結果を左右する。

【市立根室病院はいったいどうなっているの?】
 わたしはそういう目で市立根室病院の院内情報システムを見ていた。だが、市立病院はパッケージシステムを導入しただけ、カスタマイズはしていないようだ。経営改善効果が見えないのは経営改善効果の小さいパッケージだったからだろうか?それとも業界のレベルが低くて経営改善まで狙ったパッケージが開発されていないのだろうか?
 システム導入後にどれほどの経営改善がなされたのか不明、不明どころか赤字の額は6億円から11.7億円にまで膨らんでいる。これはシステムのせいではないが、導入したパッケージシステムが経営改善の役に立たないものであることは明白だろう。たんなるリプレイスだ。経営のバランス感覚やコスト感覚が麻痺しているとしかいいようがない。民間会社なら自殺行為だろう。このような無謀な投資をしたら経営破綻する。自治体病院は足りない資金は一般会計から繰入をするだけのことだから、なかなか歯止めがかからない。気がついたときには一般会計から補填がしきれないほどに、赤字額が膨れ上がっているようなことになる。それが現在の根室市だ。69億円もの巨費をかけて建て替えを強行すれば、夕張市のようなことになるだろう。

 さて、そのシステムのリプレイスはいつから行われ、いくらかかり、これからいくらかかるのか、その詳細を病院事務局は市民説明会で資料を公表して説明すべきである。もちろん市議会や病院建て替え特別委にも。
 早々と解散してしまった「市民整備委員会」はいったいなんだったのだろう。やはりただの翼賛諮問機関であったとしか言いようがないではないか。

*コンピュータセキュリティと暗号システムの勉強会に使ったテキスト、最新版は2006年の第4版である。当時は邦書で暗号システムに関する適当な専門書が見つからなかったので、この本を選んだ。新宿紀伊国屋書店で購入したのか日本橋丸善だったのか定かではない。オフィスが日本橋だったのと通勤途中に新宿駅で乗換えだったから、どちらかよく覚えていない。東京は洋書をずらりとそろえた大書店があるからありがたい。手にとって中身を確認して買うことができる。根室に戻ってamazonで洋書を注文するときは手にとって見るまでわからない。

Security in Computing

  • 作者: Charles P. Pfleeger
  • 出版社/メーカー: Prentice Hall
  • 発売日: 1996/09/16
  • メディア: ハードカバー



**補足 
【臨床病理学会臨床検査項目コードについて】
 日本では2年ごとに保険点数が改定される。80年代は改定される都度、各病院では病院内のシステムに改定後の保険点数のマスター登録変更作業が発生していた。全国的に見れば莫大な工数が発生していた。社会の無駄といってよいだろう。
 ebisuは1985年に臨床診断支援システム開発を試みたことがある。200億円の稟議に当時の社長のFさんは簡単に判を押してくれた。それでフィジビリティ・スタディをやってみた。NTTデータ通信事業本部と共同で開発する予定だった。当時のコンピュータや回線の速度が要求仕様に満たず、フィジビリティ・スタディ段階で計画を断念した。15年早すぎた企画だった。
 プロジェクトを10個くらいに分解していた。その中の一つに臨床検査項目コードの標準化があった。臨床診断支援システムは検査項目コードを標準化しないと動かないからである。社内の臨床検査部の女性部長Kさんとシステム開発部のKさんの両名の協力を得て、臨床病理学会項目コード検討委員会委員長だった自治医大のS教授に事情を打ち明けて要になっていただいた。臨床検査大手6社の協力を得て産学協同による項目コード検討委員会が立ち上がった。成案を得るまでに5年ほどかかった。
 全国の病院が使うのだから成案は臨床病理学会項目コード検討委員会から公表された。臨床検査項目コードの日本標準がこうしてできた。残念ながら当初狙っていた世界標準にすることはできなかった。
 いまでは、管理事務局のSRL社から2年ごとに臨床検査の保険点数が改定される都度、標準コードによる保険点数データが提供されているはずだ。病院内のパッケージのマスターはこの情報を読み込むだけでいい。全国の病院が一斉にやっていた煩雑で手数のかかるマスター登録変更作業はなくなった。

 ebisuは製薬メーカ向け臨床治験にかかわる小規模なパッケージソフト開発を指揮した経験がある。そういう経験から病院システムのパッケージ4億円という価格は法外に見える。そんなにかかるはずがないだろうから、この事業分野はドル箱だろう。
 ユーザ数が20施設を超えれば、パッケージ本体は数千万円、セッティング費用を2~4千万円いただけば十分ではないだろうか?どんなに高くても1億円だ。
 システム開発から離れて久しいので最新事情にも技術にもebisuはとんと疎くなってしまった。「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」か。
 老兵は、消え去る前にちょっとだけふるさとの役に立ちたいと願う。
 批判が目的ではないのだよ。いつでもボランティアとして協力する用意があっての批判だと言うことを理解してもらいたい。根室を夕張にしたくないから、書いている。
 不正直でずるい奴が出世する世の中かもしれないが、誠実に正直に仕事をしたいと思う職員も少なからずいる。そういう人たちと一緒にふるさと根室を支えたい。


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