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4.特攻の死の意味
 
逆に、搭乗員の方から考えてみると、搭乗するものは特攻では自分が死ぬ。自分が無になる。無になると何が残るのか。何も残らないのではないか。そこを国が残ると説明する。ところが、国は自分ではない。自分の次元を超えたものであり、一つの〈意味〉でしかない。
 
軍令部が国に殉ずる死を志願させ、この志願を納得させることは、この〈意味〉を本人の生命(実質)と思いこませることである。意地悪くいうと、〈この題目〉を〈こちらの生身〉と思い違いさせることであるといってもいい。
 
本当に特攻がじっさいに救国不可欠の行動でないのであれば、題目によって搭乗員(こちら)を殺し、上層命令者(あちら)が自分に都合の良い戦功を誇るだけのことである。しかし、特攻のじっさいの成果と効力が明確に説明されたことはない。
  〈真に検討し尽くした救国の案〉でない限り、命令者が搭乗しない(死なない)特攻作戦は、極言 すれば一つの殺人でしかない。この点を間違えると、〈搭乗者〉の心情と戦果とを〈命令者〉にはなむけするだけのものとなる。真偽のほどは定かではないが、特攻を推進した大西滝治郎の顕彰碑が建っているという話を聞いたことがある。どこかが狂っているような気がする。
 
戦争には突飛な発想は許されない。多くのひとの地道な協力努力が何より大切であり必要なのだ。突飛な発想は最後の玉砕か、敗戦覚悟かの二者択一の道でしかない。特攻は二度と用いられてはならない。少なくとも命令者が搭乗しない特攻作戦は決して用いられてはならない。最後まで特攻作戦に関わりを持っていた黒島亀人参謀は、真珠湾攻撃を作戦した人物といわれている。未曾有の突飛な航空機作戦によって、大勝利を納めたのだと思っていたのかもしれない。しかし、じつはそれが突飛でなく、航空機が次代の海戦の主流になることを先取りしていたのだ。しかし、本人はこのことには全く気づいていない。だから、真珠湾以後の作戦では、適切な航空作戦を誤り、制海権、制空権を失い、爾後の対米海戦では連戦連敗を喫している。先を見ていたのに、本人は思いつきと思っていたことでもあろうか。
 
制海権、制空権がなければ、人員そのものを兵器にする〈突飛〉な全軍特攻作戦が、軍令部の窮極な作戦となるほかはなかったのだといってもいいかもしれない。これを了承した〈軍令部の頭脳〉を疑うほかはない。
 
昭和十八年十月には、黒木大尉、仁科中尉による人間魚雷の意見書提出(書面は殉国の熱意に溢れているが、当時の感覚からしても常人の感覚を超越している文章である感がある)。
 
昭和十九年一月二十日に黒島亀人大佐はこれに兵員帰還を付記して天皇の裁可を得るが、脱出装置が技術的に未完で採用の決定は見送られる 注6 。
 
昭和十九年四月に、軍令部が「作戦上、急速に実現を要する兵器」として七種類の特攻兵器を提示。同年五月、一〇八一空の大田正一少尉が、人間爆弾(後の桜花)の構想開示。六月には、岡村基春大佐が「体当たり機三〇〇機よりなる特殊部隊」の指揮官たることを求める意見具申。その後、源田実の強力な推進運動によって、桜花の採用が実現した気配がある(源田の特攻作戦推進運動については、生出寿 『一筆啓上瀬島中佐殿』一二九頁〜一三五頁)。しかし、戦後、源田は、自分は戦闘機隊専門で、特攻関係のことは知らぬと言い通している(同書参照。なお、大西による比島の最初の特別攻撃の際、軍令部が送った電文(敷島隊、朝日隊など名前入り)を、源田は特攻隊編成の七日前にすでに日本にいて自筆で書いている。真偽はどうなのであろうか)。
 
大田によって発案された桜花は、その後脱出装置なきまま兵器として採用決定。その決定とほぼ時を同じくして、人間魚雷も脱出装置なきまま認可採用。以後、続々と特攻兵器は瞬く間に採用決定され、全海軍の主要兵器となる。特攻作戦の成立には、桜花の採用が大きな役割を果たしたと考えられる。

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<ebisuメモ>
 第14期学徒出陣、ゼロ戦パイロットで同期の多くが散華しました。本書は市倉宏祐先生が70歳になってから書き残した貴重な記録であると同時に、軍隊組織の理不尽さと敗戦の原因分析を滑走路の縁に座って、在りし日の自分たちを眺めて書いているように見えます。
 先生自身は次のように述べておられます。
イデオロギー解釈は、いずれも自分の好悪利害から特攻の事実のみに注目し、その事態の本質を素通りする。その事態を生きた人間を見過ごしている。… 何よりも、人間の哀歓の観点に焦点をおいて、搭乗員たちの言葉に接してゆくことにしたい。」
 編集委員代表の専修大学教授伊吹克己さんの好意により本の電子ファイルをいただきました。全文アップするのでたくさんの人に読んでもらいたいと願っています。

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