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#3923 市倉宏祐著『特攻の記録 縁路面に座って』p.168~176 Feb. 6, 2019 [1. 特攻の記録 縁路面に座って]


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(アンダーラインはebisuが引きました)

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Ⅳ-25 .驕り
Ⅳ-26 .自己矛盾、自己崩壊
Ⅳ-27 .海兵温存
Ⅳ-28 .海軍の栄光と敗北
Ⅳ-29 .これでは、本当の意味で戦争は戦えないのではないか。NHKスペシャル「日本海軍 400時間の証言」
Ⅳ-30.問われなかった〈問い〉。特攻の意味
Ⅳ-31 .誓子、命令者、芭蕉
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Ⅳ-25 .驕り
 
  明治の近代国家は、天皇崇明治の崇敬を利用するあまり、人間の天皇をほんものの神として扱い、出発原点そのものに虚偽を導入することになったが、本当のものでない権威に頼り、その奢りの中に崩壊したわけなのだ。無理があったわけである。偽の権威の自己崩壊はおのずからなる運命であった

Ⅳ-26 .自己矛盾、自己崩壊
 
 これはまた、この国家が思い上がって、当然の自己崩壊に陥ったことである。思い上がれば、権威ぶって他者を見下す。が、この見下しは、他人が存在して初めて有効なものである。つまり、他人に依存して成立している。となれば、他者を無視する思い上がりは、自己矛盾を起こして崩壊するよりほかはない。
 現実の中にあって、現実を見極めないことも同じ事態を導くであろう軍令部は、現実の日々の敗戦の意味を実質的には自覚していなかったのではないか。だから、特攻で勝てると思っていたのであろうか。しかし、その場しのぎに特攻を強行していたような気がしてならない。現実を見極める自覚なしということだけでは、事は片付けるべきことではないような気がする。

Ⅳ-27 .海兵温存
 
 海軍は最後まで海兵出身者の部落社会にとどまり、余所者を排除する〈ムラ社会特有の仲間意識〉を克服できなかった。 
 こんな話が思い合わされる。先にすでに触れたことであるが、予備学生の目から見ると、特攻初戦の頃は海兵の搭乗員も少しは出ていたが、沖縄戦頃からは、特別攻撃隊員はほとんど予備学生と予科練である。時に一、二機海兵士官機が入っているが、時々でしかない。海軍当局は海兵を特攻にあまり起用していない。 
 先に土田祐治が、海兵温存の千歳空の司令の言葉に異論を提起したことは触れた(Ⅲ︱7.参照)。そのときの司令の言葉が一切を説明しているような気がする。司令は、海兵は温存して最後の戦いに出すのだということであった(当時、土田が敗戦後のことに触れたとすれば、大した見識である)。 
 が、「最後まで温存」というのは、裏からいえば、それまでは勝てないということであるともいえる(といって、海兵海軍は日本の敗戦などということを考えにも入れているとは全く思えない)。となれば、特攻が海兵以外の要員となるのは当然である。が、じっさいには、こうした点の自覚もなかったのかもしれない。 
 海兵温存の意図は、宇垣纒の『戦藻録』にも気配が見えると須崎勝彌も洩らしている 注67 。この意図は、恐らく海軍全体(つまり、海兵全体)の暗黙の了解であったのであろう。もちろん、全員の共通した暗黙の協力なくして、戦争の勝利など存在しえない。にもかかわらず、〈特攻作戦〉にしても、ムラ社会軍令部の一部の人間がその意味を十分に考えもせず、思いつきに発案し目先の戦果に気をとられて、非人間的な作戦を強行することになったわけなのであろう。特攻作戦の強行は、海兵海軍の組織の中核をなすものが〈ムラ社会特有の仲間意識〉であったことと、無縁ではあるまい

Ⅳ-28 .海軍の栄光と敗北
 
 いずれにしろ、海軍においては、本来の貴族が次第に力を失い、貴族主義者  注68 に追いこされ追い抜かれて崩壊していったといってもいい。貴族が、貴族らしくなく生き残って、ついに自己崩壊に陥ったということであろうか。 
 精兵の面からいえば、残念にも精兵そのものが、素直に特攻を受け容れて、精兵自身の不幸なる自滅に繋がっていったというべきであろうか。 
 海軍の編み出した特攻戦術は近代日本の〈栄光と頽廃〉を象徴している。〈祖国に殉ずる何千もの若者の純情〉と〈平然と死地へ送った軍令部の頽廃〉とは裏腹の関係にあり、帝国海軍のおのずからこれでは、本当の意味で戦争は戦えないのではないか。NHKスペシャル「日本海軍400時間の証言」なる自己崩壊を垣間見さしている感がある。 
 何ということなしに、陸軍の大平、穴沢両少尉のことが思い出されてならない 注69 。両少尉は、同じく功なき作戦に出撃し、限りなく女性に思いを残して特攻死したが、自己崩壊でしかない空しい瞬間を一瞬おしとどめて、むしろ自己執着の静かな光の中に佇んでいるかに見える。


Ⅳ-29 .これでは、本当の意味で戦争は戦えないのではないか。NHKスペシャル「日本海軍 400時間の証言」
 
 たまたま、平成二十一年八月九日から十一日まで三回に亘って、「昭和五十五年から始まった海軍反省会 注70 」という内容で、NHKが海軍内部の談話記録によって三つほどの主題に即して作成した番組を見た。どれだけ真相に近いか定かではないが、前述の〈ムラの論理〉に関係のある点も少なからずあったので少し触れておく。 
 九日放送の主題は、軍令部が海軍部内の覇権をどのように確立していったのか。国際関係、国内問題、また陸軍との関係のことなどは二の次三の次にして、軍令部の眼は一方的に海軍部内の軍令部の地位を確立することにおかれていた状況が取りあげられていた。海兵ムラの中心組織が巧みに方針を管理して、事態を成功に導いた状況が取りあげられた。 
 十日放送の主題は、「やましき沈黙」として特攻作戦の採用がいかにして行われたかであったが、質問があっても当該関係者が言葉を濁して語らなかった事態が多く報告された軍令部の中で誰が特攻を推進したか。問題を提起する人はいても、その掌にいた人間は皆、誰もはっきり語らないか、口を閉ざす。まさにムラのみんなが負うべきと考えているのであろうか。NHKはこれを「やましき沈黙」と呼んでいた。推進したのは誰だか、一向に分からない。まさにムラの論理というほかはない。 
 十一日放送の主題は、東京裁判における二人のA級海軍戦犯を死刑にしない措置を成功させる作業であった。陸軍のA級戦犯は六人が死刑にされた。海軍戦犯二人の場合は、海軍潜水艦が撃沈した船舶の乗員たちを助けなかった、あるいは射殺したことが、軍令部の命令であったことが判明すれば、二人とも罪に関わりがあり、死刑とされるところであった。 
 軍令部のメンバーは多く第二復員省に集中残留就職し、沈没後の商船員の殺戮を軍令部が命令した資料を提出せず、軍令部はそんな命令を出していないと証言し通した。軍令部命令なら、確実にA級戦犯容疑者は死刑になるはずであった。が、これが否定されたため、二人の容疑者は死刑にならず懲役刑で、平和条約締結後に釈放された。 
 ところが、そのため中間指揮官(潜水艦艦長、あるいは艦員たち)が戦犯に問われることになった。中には中間指揮官たる艦長が、BC級戦犯法廷で、覚悟の上で、みずからが下してもいない命令をあえて認めて処刑された場合もあったようである。このため、他の艦員たちは無罪になったとのことである。艦長が認めない場合はどうなったかは、放送されなかった。 
 何かしら日本古来の武士道にはそぐわないように思われるが、裁判はこうした形で行われたとのことである。これと関係あるや否やは不明であるが、我々も海軍にいた間に武士道の精神が語られたことは全くなかったような気がする
 ところが、陸軍には次のような話が残っている。先にも触れたが、戦時中、撃墜されたB 29 の搭乗員が、落下傘にて降下中、日本の三機の戦闘機に見つかったが、戦闘機は次々に去ってゆき、最後の戦闘機の搭乗員は、操縦席から彼に挙手の敬礼をして去っていったという。この陸軍の搭乗者は日ごろから「降下中の敵兵を攻撃してはならない。日本には武士道があり、西洋には騎士道がある」と教育されていたという(横尾良男「海軍十四期」第三四号一二頁)。
 

Ⅳ-
30.問われなかった〈問い〉。特攻の意味
  

 多くのこの搭乗員たちの心には、「特攻の意味」という、大事な〈問い〉が全く欠けていたような気がする
  「この特攻で本当に戦争に勝つことができるのか
  「この特攻で、どれだけの戦果が挙がり、それがどれだけの損害を米軍に与え、彼我の戦力のバラ ンスを崩すことができるのか」 
 これらの問いは、少なくとも、私個人には一度も到来したことがない。自分の生死が問題でありながら、この特攻の成果がどんなものかの観点は全く欠けていた。「特攻によって必ず日本は救われる」。
我ながら、愚かにもというか、不用意にもというか、参謀の言葉をそのまま信じきっていたというほかはない。当時の我々はそれほど無知であったわけなのだ。 
 もっとも、この点は、我々だけでなく、参謀もじつは我々と同様、同じ疑問に気づかなかったのかもしれない。つまり、彼らも我々並みの見識しかもたなかったのかもしれない。 
 が、もともと本来からいえば、相反は一体であり、迷悟もまた絶えず然りである。そして、このことがまた迷悟を超えることにも通じていた。迷悟のいずれかに平然と従うことが、当時の日本の逃れられない悲しい運命であったのかもしれない



Ⅳ-31 .誓子、命令者、芭蕉
 
 若くして南海の海に消えた友人たちへ、長く生き残してもらったものの感慨を少しでも伝えておきたい。 
 誓子の句は出撃者の思いを何一つ考えていない。それでいて、この句は哀れな若者を叙述して余す所がない。〈悼む〉といってもいい。が、〈悼む〉とは何か。人の死を悲しみ、惜しむことであろう。しかし、誓子はもともと、征く人のことも考えていない。自分は何もしていない、何も考えていない。彼には、〈悲しむ〉心が動いていない。〈惜しむ〉心情も欠けている。それでいて、〈悼む〉という情感を捉えたということであろうか。やはり名句なのであろう。 
 特攻命令者は特別攻撃の〈いさおし〉しか考えていない。死んでいってくれたものに対する評価はあるであろう。が、心情を込めた〈悲しむ〉〈惜しむ〉は欠けている。つまり、〈人間の情感〉が。大西滝治郎がみずから「外道」と居直った精神をそっくり受け継いでいる。大西の心情を忠実に継いだということであろうか。  
 ただ、誓子には〈悲しむ〉〈惜しむ〉はないが、〈労り〉がある。が、特攻者の奥の心情が捉えられていない。芭蕉の鑑真に対する尊敬と感謝の気持ちが認められないやはり、歴史の観点から特攻の事実の意味を見極める深さが感じられない。やはり、「若葉して御目の雫拭はばや」といった気持ちの深さが。 
 死を前提とした特攻戦術など、まともな世界のどの戦争にも存在しなかった。太平洋戦争における日本の特攻作戦はどこか狂っていた。この反論に、「ほかに何が出来たのか」などと再反論していた当時の中堅海兵将校がいた(参照奥宮正武『海軍特別攻撃隊』)。 
 しかし、自分が死を賭して、天皇あるいは軍令部に上訴し、現状から降伏のやむなきを主張するなど、特攻員のように死を決すれば、方法が全くなかったなどとは言いきれなかったのではないか。自分が生き残ろうとすれば、別であろうが。
 今後こうした作戦が問題になったときには、なによりも発想発案し、賛成主張した人物が真っ先に一番機に搭乗することにしておくことが望ましい。自分は後方にいて、部下だけを死地に送る人物が我が国の歴史に二度と現れないように自戒して欲しい。 
 陸軍士官学校のことは知らないが、海軍兵学校では、「そんなヤワな教育はしていない」と称して、自分が先に死ぬことを斥ける言辞が行われていたようである(岡村基春、大西滝治郎)が、初めはそうでなかったのであろう。が、後の方では上位のものが生き残る論理に使われている。 
 日本に軍隊がこれからも存続するのであれば、そうした論理が防衛大学校のような軍の学校では用いられないように注意すべきではなかろうか。 
 特攻死した戦死者を記念することは大切なことであるが、逆にその施設に特攻隊を推進し強行した方の人々のことが何も伝えられていないことは残念である海兵教育の欠陥(恐らく古今の古典を読む教育など行われなかったのであろう)から、教養のない人はいたかも知れないが、悪意があってのことではあるまい。 
 どんな人物がどんな考えで、しかもどれほど多数の上級士官が、この攻撃を支持し継続強行してきたかを、出来るだけ分かる範囲で日本の歴史に残しておくことは、大切なことのように思う。 
 特攻命令を出した上官たちも自分たちも、最後には必ず往くといっていたが、何人ぐらいの人が往ったのであろうか、つまびらかにしない。私のいた隊では誰もいなかったような気がする。どれだけの人が往ったのか。 
 多くの上級者が「あれは志願だったのだ」と言い逃れている。誰もが凡人である。すすんで死地につくひとは決して多くはあるまい。生き延びた人たちを責める気持ちは毛頭ない。ただ、そうした人たちが活躍していたことだけは歴史に伝えておくことが望ましいような気がする。


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注 67  出典不明。
注 68  原文では「貴族」。Ⅳ︱ 19 .で、本来の貴族と海軍の貴族主義についての解説があり、それに従 うとここは「貴族主義者」とした方が自然だと考えられるため、編集委員会で訂正した。


注 69  詳細は森岡清美『若き特攻隊員と太平洋戦争』八〜四八頁参照。
注 70   「反省会に参加した元海軍士官は、確認できただけで四十二人。会は昭和五十五年から平 成三年まで月に一度行われ、百三十回以上続いた」(『日本海軍400時間の証言』新潮文庫、 二〇一四年、六〇頁)。 
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<用語解説…ebisu>
海兵:海軍兵学校のこと。海軍にはもともと3校あり、海軍兵学校、海軍機関学校、海軍経理学校だったが、舞鶴にある海軍機関学校が海軍兵学校に統合され、海軍機関学校は横須賀・大楠のみとなった。それぞれ、「海兵」「海機」と略称を用いている。海機は整備や設計などを担当するエンジニアの育成機関である。


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