#3433と#3434で、二度にわたって数学の概念の扱いに言及したのは理由がある。ある教育ブログで「正四角錐の頂点は一つ」という記述を見つけたからである。「指導書に書いてある」というのが論拠だった。FBメッセンジャーで議論を何度かしたが、指導書の名前や出版社名やページ数が示されることはなかった。そして議論はまったくかみ合わず、論拠が明示されないので議論そのものをあきらめた。
  議論の過程で、40年前に読んだユークリッド『原論』や森毅著『現代数学とブルバキ』、ヒルベルト『幾何学基礎論』を読み直した。3月に東京へ行ったときに見つけた小島寛之著『論理式の読み方から、ゲーデルの門前まで 証明と論理に強くなる』もついでに読んだ。
  ちゃんとした議論がしたかったので、うろ覚えになっている自分の記憶を整理する必要があった。議論はあきらめたが、せっかくだから弊ブログ上で整理をしてみたというのが、これを含めた三つの小論の意図である。

  わたしの意見では、正四角錐の頂点が1つであるか5つであるかは、数学の定理にかかわる問題である。その定理とはオイラーの多面体定理で、次の等式で示される。

  面の数+頂点の数-辺の数=2

  この等式はすべての多面体でなりたつ。正四角錐では、面の数5、頂点の数5、辺の数8で、この等式を満足するから、正四角錐の頂点の数が1つという主張は、オイラーの多面体定理の否定でもある。
  オイラーの多面体定理は、演繹システムで数学的論証ができる。
  訊いてみたら「正四角錐を錐体としてみたら頂点は一つ」という主張があったが、正四角錐と錐体は概念が異なることは#3534で解説した、後段で再説するが常識的な議論である。類概念とその部分集合は概念としては別物。こういうのを(正四角錐を錐体と置き換えること)を論理のすり替えという。

  「彼の人」の主張に沿って、正四角錐の頂点の数が1つだという命題が正しいケースを考えると、それは別の演繹システムの場合だけ、数理論理学的にはそういうことになる。
  正四角錐の頂点の数が一つが正しい場合は、頂点の定義が異なるかあるいは公理が別というケースが考えられる。

  ユークリッド『原論』の演繹システムの場合は、多角形で頂点の定義がないから、オイラーの多面体定理は、その演繹システム(ユークリッド『原論』)では論証が不可能である。そういう演繹システムがあるのは事実である。
  前二回の弊ブログで整理して取り上げたこういう話がまったく通じなかった。数学の定理や概念を云々するには、数理論理学の知識は不可欠だし、最初の厳密な演繹システムであるユークリッド『原論』やブルバキ『数学原論』はもとより、その間をつなぐ(現代数学の祖)デカルト『方法序説』やペアノの自然数公理、ヒルベルト『数学基礎論』も関係している。議論の前提として、数学史や数理論理学の基礎的な知識は不可欠。

  わたしは2社で統合経営情報系システム開発をユーザー側で担当したことがあり、業界トップクラスのSEと何度か仕事のチャンスがあった。システム専門家と話すときはシステム開発に関する専門用語はもとより、プログラミング、PERT、などさまざまなシステム開発技法に精通しているだけではなく、簿記や原価計算、輸入業務、検査業務などの適用業務の理論と実務についても専門家である必要があった。そうでないとSEともシステムを導入する部門とも話が通じない。
  日本標準臨床検査項目コードの開発の時も同じだった。システム開発の専門知識と臨床検査に関する知識がモノを言った。臨床検査会社が標準コードを公表しても、それは業界内にとどまるだけで、全国の病院には採用してもらえない。日本標準臨床検査項目コードにするには臨床病理学会の協力が必要だった。BML社が新ラボを造るに際して、業界標準コードを制定しそれを導入しようとして大手六社に声をかけて集まったが、最初の会合で「業界内で標準コードを決めても病院へは導入してもらえないから、臨床病理学会と産学協同プロジェクトを立ち上げ、学会のほうから臨床検査項目に関する日本標準コードとして公表してもらうのがベスト」と説明し、「次回のミーティングには臨床病理学会項目コード検討委員会・委員長の櫻林郁之助(自治医大・当時助教授)に出席してもらい、産学協同プロジェクトしたいと」伝えると、全メンバーが賛成した。そのときに名刺交換したが、わたしだけ所属は経理部だった。(笑) 業界ナンバーワンのSRLのシステム開発課長と臨床検査部長が納得した顔をしているので、だれも疑問に思わないのがおかしかった。
 大手六社からの参加者はシステム部門と学術あるいは検査部門の専門家だけ。メンバーたちは5分間ほどかけてビジョンを説明したわたしを事実上のプロジェクトマネジャーとして認めた。櫻林先生からは半年ほど前に臨床病理学会の項目コード検討委員会の仕事を手伝ってほしいと依頼されたいたので、先生がこのプロジェクトに参加することに否やはなかった。わたしが直接手伝うよりも、こうした舞台設定をした方がいいに決まっている。入社2年目に「臨床診断エキスパートシステム事業化案」を作成して、稟議承認してもらっていた。10個に分けたプロジェクトの中の一つに、日本標準臨床検査項目コードの制定プロジェクトがあった。だから、システム開発部のK原課長が、BMLからの通知を受け取って、わたしのところへ相談に来たのである。櫻林先生は臨床検査部の顧問ドクターでもあったので、臨床検査部長のK尻さんに「三人で参加しましょう」と声をかけた。そのほうが櫻林先生が後でやりやすい。毎月一度の作業部会ミーティング、五年の検討を経て1993年ころに事実上の日本標準コードができあがった。それ以来、全国の病院やクリニックで使われている。保険点数の改定が2年ごとに行われても、SRL事務局が公表している臨床検査項目コードを各病院のパッケージシステムが取り込めばいいだけである。保険点数改定に伴う、点数の手入力作業が消滅した。病院や監査センターで共通の臨床検査項目コードがあるのは日本だけ。わたしは、世界標準を創りたかった。世界標準コードというのはとっても大きな仕事なのである。日本生まれの世界標準は台風の風速の藤田スケールぐらいなもの。
*https://ja.wikipedia.org/wiki/藤田スケール

  慶応大学医学部産婦人科の医師たちとの出生前診断検査の日本標準に関する共同研究プロジェクトでも、米国から取り寄せた資料を読み、必要な人材をラボからピックアップして、プログラミング仕様書を書くという作業が前段にあった。英文で書かれた学術論文のデータから、曲線回帰分析をしなければプログラミング仕様に必要な方程式が算出できないから、統計の専門知識やプログラミング仕様書を書く技能がなければできない仕事だった。沖縄米軍からの依頼でトリプルマーカMoM値検査の導入というプロジェクトが前段にあったのである。
  どの仕事も、相手の専門用語での議論が不可欠だった。専門用語での会話は誤解がほとんど生じないから、メリットが大きいのである。
  数学の概念を議論するには、数理論理学の基礎知識が欠かせないことはこれらの事例から類推していただけるだろう。
(わたしはたまたま仕事の運がよかった。仕事に理解のある担当役員や社長がいて任せてくれたから、獲得した様々な専門知識とスキルを仕事で磨けた。感謝している。)

  公理系が違えば同じ名前の概念でも定義も異なることがある。三角形の内角の和が180度というのは平面幾何学でいえることで、球面幾何学という別の公理系では三角形の内角の和が180度より大きくなる。自然数の定義も中学校や高校ではゼロを含まないが、現代数学の自然数の定義はゼロを含むということを議論の中で演繹システムが異なれば定義も異なる具体例として挙げた。
  数理論理学では、数学的帰納法との関係で、自然数は厳密に扱わなければならない。ペアノの自然数公理やラッセルの自然数PM(プリンキピア・マティマティカ)では、ゼロを自然数の出発点としている。自然数は現代数学で演繹システムとして厳密に定義されたということ。
  数学的帰納法が指導項目に入ってこない小学校や中学校では、そういう厳密な自然数の定義は教える必要がないから、カットされているだけのこと。だから、小中学校では自然数は「正の整数」でゼロを含まないということになっている。高校数学では数学的帰納法の説明が出てくるが、自然数の厳密な定義はなされないから、高校でも自然数は1から始まる、つまり正の整数=自然数という定義である。整合性を保つために、数学的帰納法では出発点 のnがゼロのケースは扱われない。学校教育では、こうした素朴な自然数定義で十分。
 繰り返すが、学校教育で扱う数学では、小学校でも中学校でも、自然数はゼロを含まない。中1の教科書にも載っている。
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たとえば、整数には、正の整数、0、負の整数がある。正の整数を自然数という。
   『新しい教科書1』東京書籍 10ページ
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  「彼の人」の4月27日付ブログでは、中学数学ではゼロを自然数にカウントしているととれる記述があるが、わたしにはその説明自体もまったく理解できない。自然数はゼロから始まるから、3の倍数にゼロが入るという説明も肯けない。教科書には(上述に見たように)自然数は整数の部分集合だという内容の説明が書かれており、自然数と整数が「完全に一線を画す」なんてことはないのである。
 
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 学校では「自然数に0が入らない」というふうに「整数」と完全に一線を画すように教えている以上、nに0が入ると非常に都合が悪い。そこで、「n=自然数」について勘違いが起きないように「個数」と「順位」の2つ用意している、ということなんです。」

*教育時事問題ブログ
http://www002.upp.so-net.ne.jp/singakukouza/jijimonndai.html#Anchor-10773
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<参考>大辞林より
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類概念:二つの概念が従属関係にある場合、上位の概念をいう。たとえば、「日本人の男」に対する「日本人」「日本人」に対する「人間」。類
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  整数が負の整数、ゼロ、正の整数(自然数)から構成され、自然数が整数の真部分集合だということも、整数がこれら三つの部分集合を束ねる類概念だということも理解できていないようにわたしには見える。そのことは正四角錐と錐体の概念の関係にも共通している。「彼の人」は正四角錐と錐体のところでも概念構造(類概念とその下位概念)を理解できなかった。#3534で大辞林から引用して具体例で説明したが、普通の人に理解できることが自説にこだわると理解できなくなる、そういう癖があるようだ。


  自然数をnで表すことはあるが、整数をnで表す例を「彼の人」が解説している。そこで整数と自然数の混乱が生じているが、整数をnで表す例をわたしは寡聞にして知らない。引用した文の前後をご覧いただけば用語の混乱ぶりがわかる。
  整数は高校数学ではZで表すが、それは ganze Zahl というドイツ語から来ている。自然数は natural number という英語の翻訳であるが整数はZを使うのが日本の数学の習慣で、ドイツ語由来なのだ。そんなことを知らないはずがないからうっかりしたのだろう。そういうわけで、主張に無理がある。
(証明問題で「m,nを任意の整数とする」というような記述があるが、mもnも異なる任意の整数を代表する単なる記号で、このnをnatural number の n のことだと誤解するような人はいないだろう。m,nが整数だと宣言しているのだから。参考書や問題集に整数をnで表していても、同様の理由でnatural numberのnではない。)

  正四角錐の頂点が一つであるという記事を再検索してみたが、見つからなかった。自分の論が正論だと信じて疑ってないので削除はしていないだろうから、興味がある人は、「彼の人」の過去ログを丹念に読まれたらいい。きっと見つかります。
(ありました。「彼の人」のブログの「算数・数学のセンス」のディレクトリの「知識と指導力」2017/03/04です。http://www002.upp.so-net.ne.jp/singakukouza/mathsence.html…5/4追記)

  意見の違いはあっていいのです、どこまでも平行線でもいい。その都度、必要な論拠の提示があれば役に立つことがありますが、論拠の提示や合理的推論のない議論は無意味ということ。
  現代数学ももちろん論拠の提示や合理的推論、演繹的論証に基づき議論がなされています。ゲーデル著・林晋訳『不完全性定理』(岩波文庫)の「解説」p.87-275をお読みください。無限集合をめぐる議論と自然数の定義の関係やヒルベルト計画とその破綻、多くの数学者が興味のある議論をしています。
  中高生の皆さんは受験数学の範囲を超えて学問自体に好奇心を広げてください。時間をかければすこしずつわかってきます。


*「塾の功罪と地域の意識」ブログ情熱空間
  コメントが15本あります。人の意見の多様なことよ、だから意見の異なる人と論拠を明確にして真摯に議論する必要があるのではないでしょうか。
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8817809.html

*#3536 すごい成果をあげた生徒:入塾五か月で英数二科目学年トップ May 3, 2017

http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-05-03


*#3533 自然数の定義を巡って:言語・公理・推論規則 Apr. 26, 2017 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-04-26

 #3534 円錐と角錐の頂点の数を巡って:定義・公理・定理 Apr. 26, 2017

http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-04-26-1

 #3535 演繹システムをとりあげた理由:正四角錐の頂点の数はいくつ? Apr. 30,2017 

http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-04-30

 #3538 ∀n [ n≧3⇒∀x∀y∀z ¬(x^n+y^n+z^n] May 7, 2017 



 #3446 信頼の喪失と回復(自然数の英語名は?)  Nov. 1, 2016