<更新情報>
7/18 朝9時40分 六根を追記
7/18 11時15分 追記 「・・・そういうところが芸人が暇つぶしに書いたという域を出ていないのである・・・」
7/18  12時10分 平井呈一に関する記述を追記
7/19 10時45分 <余談:花火の炸裂光と炸裂音について>追記

<極東の町の季節の移ろい>
 玄関前にアジサイの植木鉢が二つ置いてある。女房殿が近所でいただいてきたのを育てており、先週から花が開き始めたが花の色が薄くて冴えなかった。ところがこの数日の暖かさに勢いをえたのか、一鉢はピンク色、もう一鉢はブルーの色が濃くなってきた。同じ株からとってきたのに、植えた鉢で色が違うのはなぜだろうと首をかしげている。
 高幡不動尊金剛寺(東京都日野市)のアジサイ祭りが有名だが、6月1日から7月初旬に境内には山アジサイ200種7500株が咲き乱れる。家から歩いて何度か行ったことがある。高幡不動尊の境内は案外奥が深い、寺の建物が建っているところは平地なのだが、境内の奥は小山になって、小規模な縦走路のような山道がうねっている。
 アジサイ前線はまだ青森近辺のはずだが、極東の町の我が家の鉢植えは主に似て気が早いのかおっちょこちょいなのかもう色鮮やかになってきた。
*高幡不動尊金剛寺あじさい祭り
http://www.takahatafudoson.or.jp/?page_id=30
*高幡不動尊のあじさい画像
https://www.google.co.jp/search?q=%E9%AB%98%E5%B9%A1%E4%B8%8D%E5%8B%95%E5%B0%8A%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%B5%E3%82%A4&rls=com.microsoft:ja:IE-SearchBox&oe=UTF-8&rlz=1I7SUNA_jaJP310&gws_rd=ssl&hl=ja&sa=X&oi=image_result_group&ved=0CBQQsARqFQoTCLzp6uHh48YCFWVdpgodv_MIEg&tbm=isch


<又吉直樹『火花』を3ページだけ読む>
 報道ステーションで古館キャスターの発言が問題になっているようだ。MSNニュースのURLを挙げておく。
http://www.msn.com/ja-jp/news/entertainment/%e5%8f%a4%e8%88%98%e6%b0%8f%e3%80%81%e5%8f%88%e5%90%89%e3%81%ae%e8%8a%a5%e5%b7%9d%e8%b3%9e%e3%81%ab%e3%80%8c%e3%81%82%e3%82%8c%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%84%e3%81%86%e6%84%9f%e3%81%98%e3%80%8d-%e6%9c%ac%e5%b1%8b%e5%a4%a7%e8%b3%9e%e7%99%ba%e8%a8%80%e3%81%8c%e7%89%a9%e8%ad%b0/ar-AAd5k1q?ocid=iefvrt

「芥川賞と本屋大賞の区分けがだんだん無くなってきた」
「僕なんかの年代は『あれ?』っていう感じもちょっとするんですけどね」

 古館は1954年生まれだから、団塊世代よりも6歳下、感覚は団塊世代のわたしとそう違わないだろう。

 生徒が『火花』をもってきた。「お母さんが買って読んでみたんだけど、あまり面白くなかったらしい、先生はどう思う?」と訊くので、3ページだけ読んでみた。
 最初のページに気になる箇所が一つあった。「この箇所はわたしなら書き直すよ」と問題の文章を読み上げる。そして3ページ目にも一つ気になる表現があった。たった3ページで2箇所である、そこから先は読む気が失せてしまった。
 冒頭は花火大会の会場でお笑いをやっているシーンである。2箇所目の気になったところをピックアップする。ドーンと花火の音がしてから振り返ると、暗い夜空に明るい花が咲くようなことを書いてあった。花火の音がしてから振り返ったら、花は咲いた状態から形が崩れて火の粉が下に流れ落ちるところだろう。しゅるしゅるしゅると音を鳴らしながら上がってぴかっと光って、ちょっと間をおいてドーンと地に響く音が伝わってくる。音がしてから振り返って見たのでは遅いのである。頭の中に情景をイメージしながら読むから、こういう稚拙な描写は気に障る。自分が描いたイメージと読み込んだ文章が齟齬を来たし、二つの異なるイメージがガッシャーンという大きな衝突音を生じて頭の中で鳴った。一度目は何とか持ちこたえたテンションだったが、またもや冷や水を掛けられて流石(さすが)に萎えてしまった。

 葛飾北斎の富嶽三十六景の一つに、大波の中で翻弄される小船と波が砕ける瞬間を描いた浮世絵があるが、ほんとうに波が砕ける瞬間が描けている。(1/2000)秒でシャッターを切ったら、波が上がって砕け散るところが北斎の描いた絵と同じ形になる。カメラの性能が上がって1/2000の速度でシャッターが切れるようになったのはそんなに遠い意昔のことではないのに、160年前の北斎には見えていた。北斎の観察眼の凄さが伝わってくる絵である。色も構図もすばらしい。


 実際の情景をきちんと描写するとか、登場人物のこころの襞を適確にそして独自の視点で読み取ることのできる観察眼の有無は作品のデキに深く関わる。センスの有無と言い換えてもよい。
 センスは六根で支えられている。眼耳鼻舌身意の六根である。そういう意味ではすべての人間がセンスをもつわけだが、問題はその感度である。そしてそれを表現する文章の技巧だろう。
 『火花』は148ページ(1ページ当たり680字)あるので残りの145ページをわたしは読んでいない。いままで買った読んだ小説は、3ページ読めばとまらなくなるのが普通だった、3ページ読んでつまらない本は買わないことにしている。

 技巧のつもりなのだろうが表現が妙にごてごてして読みにくかった。大学生が書いたのなら青臭いのもいいだろうが、これは立派な大人の書いた小説である。(又吉直樹は1980年6月生まれ、35歳)
 又吉君は太宰治が好きだとテレビで発言していたから、『火花』をもってきた生徒に読みかけの『太宰全集9』から、1ページだけ音読して聞かせた。太宰を読み終わった後に又吉君の『火花』を比べ読みして聞かせた。「論より証拠」、太宰の文章は鼻につくような技巧はない、ごてごてしていないのである。文章の良し悪しは音読すれば中1年生の生徒でも判別がつく。
(富嶽三十六景で思い出したが、太宰の作品に『富岳百景』というのがあった。斉藤孝の音読破シリーズの太宰の巻に収載されている。)

 明治の文豪の文体は、漢文素読世代ではないわたしたち(団塊世代)にはその文体を真似ることができない。しかし、昭和の文人なら別だ。
 師匠がいれば、彼(又吉君)の原稿に朱をいっぱい入れてくれただろうし、それが修行になったはず。永井荷風に師事して後に破門になった平井呈一*の語彙力と文章力は、なかなか凄まじいものがあるし書き手の気迫が伝わってくる。プロの文筆家なら、そういう高みを目指したいが、又吉君には無理なのだろうか?
*#2664 英文和訳問題(1)解説 Gone with the Wind より Apr. 30, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-04-29-1

 #2550に友人の遠藤利國『明治二十五年九月のほととぎす 子規見参』131ページ「第二章 ラフカディオ・ハーンの見た日本」から平井の訳文転載してあるので、幕末に薩摩藩のとある橋の上で起きた斬撃の緊迫感のあるシーンを描写した彼の筆力を味わってもらいたい。翻訳文とは思えないレベルの日本語で書かれている。原文は英語、書き手はラフカディオ=ハーン(小泉八雲)。
*#2550 文脈把握問題(1):『風とともに去りぬ 三』から Jan. 1, 2014
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-01-01

 師匠をもたぬ又吉君には太宰全集を2冊ほど選んで視写してみることを薦めたい。和漢混淆文の名品『平家物語』も視写してみたらいい。センスは悪いままだろうが、文章のリズムと文体だけはいいほうに変わる。
 だからプロは仕事に不断の努力を惜しんではならない。文章修行を怠っている、そういうところが「芸人」が暇つぶしに書いたという域を出ていないのである。
 古館は多読家だそうだが、そのせいか作品の良し悪しを見分けるアンテナはしっかりしているようだ。

<芥川賞候補作品に挙げられた作家、島本理生>
 ところで島本理生(1983年5月生まれ、32歳)が候補の一人に挙がっていた。対象の作品は『夏の裁断』*であった。
*『夏の裁断』冒頭部分の抜粋
http://hon.bunshun.jp/articles/-/3837

 わたしはこの作家の作品を2点読んだことがある。『ナラタージュ』と『あなたの呼吸が止まるまで』の2冊である。この人にはまだ荒削りだが才能を感じた。こころの襞を読み取るのが上手で、それを素直に表現できていた。まだ若いので、冊数を重ねたら林真理子クラスの小説家にはなるだろうと予感させるものがあった。
 いま検索してみて、昨年『red』という小説を出したのを知った。官能小説のジャンルのようだ。恋愛は小説の主要なテーマの一つであるし、恋愛を描いていればセックスシーンがあるのは当然である。その辺りの男女のこころの襞(ヒダ)が巧みに描けたら立派なものだ。30歳を超えて何度も大人の恋愛経験を積まないと書けないジャンルであるが、高校生デビューを果たした少女作家の島本理生もそういう年齢になったということ、その成熟を祝いたい。紫式部『源氏物語』や和泉式部『和泉式部日記』などの正統派の系譜に連なる女性作家とわたしは認める。
 まだ読んでいないので、そのうちに買って読みたい、3ページ読んだら最後までノンストップだろうから、土曜日の仕事が終わった後がいい。

 こうしてみると、芥川賞はとっくに商業主義に毒されてしまっている。印刷部数の多いものがいいなら、芥川賞は「本屋大賞」と名前を変えたらいい。


<余談:花火の炸裂光と炸裂音について>
 花火が打ちあがって上空で炸裂すると、その光は秒速30万kmで時間差なく伝わる。小説の冒頭シーンにあるお笑いのステージが花火が炸裂する空中から直線距離で1600km音速を秒速330mとすると、光ってから炸裂音が届くまで約5秒の時間差が生じる。
 もう一度繰り返すと、花火を打ち上げる場所から1500m離れた場所にステージがあり、花火が300m上空で炸裂すると仮定すると、その直線距離は1635mである。光ってから音が伝わるまでその時間差は5秒だから、音が聞こえてから振り返って見えたとしたら、次の花火の炸裂光である。
 打ち上げ場所から600mしか離れていなくても時間差は2秒生じるから、結果は同じことだ。こんなことは中学程度の基礎的な理科の知識でわかる。
 原稿を誰かが読んで、「この箇所ヘンだよ」と言って上げられたらよかった。周りにそういう友がいなかった、そして文章作法の師匠もいなかったことが作品の質を下げているとわたしは判断した。
 この小説の著者は普段からものごとをちゃんとみていないし、考えてもいないタイプではないか。なにより自分の書いた文章に違和感が生じていないことが小説家としてのセンスに欠ける。自分の書いたことが脳にイメージとしてありありと再現できているのだろうか、疑問を感じた。審査員のお歴々は何を見たのだろう?
 芸能関係は昔は修行を要するものが多かったが、この30年ほど「お笑い」と称して、さしたる修行も芸もないのに売れて年収億円クラスの者たちが増えて感覚がおかしくなってはいないだろうか。10年たって残っているものは稀である。たった3ページしか読めなかったのは、わずか3ページで頭の中でガシャーンと音がなってしまったから、そういうノリで書いた小説と感じた次第。
 私塾で生徒たちを教えていると、計算練習とか英語の文章の音読や書き取り練習、漢字の書き取り練習、さまざまな分野の読書など基本的なトレーニングを嫌がる中学生や高校生が増えているような感じがして心配になる。どんなことでも、基本的なトレーニングを怠ったら、上達の道が閉ざされてしまう。プロを自称する人たちは、基本的なトレーニングを欠かさぬものだ。
 日々四股を踏まぬ相撲取りはいないし、日々包丁を砥がぬ料理人もいない、日々鉋の刃を砥がぬ大工もいない、すべからくプロというのはそういうものだ。
(ビリヤードのプロも日々素振りを欠かさない、欠かせばそれは結果となって現れる。鋭い素振りができるように、鉄製のキューで素振りをするプロすらいる、そうしなければできない技があるからだ。シルクハットはそういう超絶技巧の技の一つ。)

   
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火花

  • 作者: 又吉 直樹
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/03/11
  • メディア: 単行本

ナラタージュ (角川文庫)

  • 作者: 島本 理生
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2008/02
  • メディア: 文庫

Red

  • 作者: 島本 理生
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2014/09/24
  • メディア: 単行本

あなたの呼吸が止まるまで (新潮文庫)

  • 作者: 島本 理生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/02/26
  • メディア: 文庫

 わたしのもっている太宰治全集はとっくに絶版になっているので、文庫のほうを紹介する。
 中学生にお薦めの、ルビが振ってある斉藤孝『音読破2 走れメロス』の巻に「富岳百景」が収載されている、2004年が初版なのにすでに絶版となってしまった。この中にある「駆け込み訴え」はキリストとユダを題材としたものだが、この作品も面白いから、ちくま文庫の全集の中から探して読んだらいい。文庫の全集は安いから、自分の小遣いをはたいて全冊購入して本棚に飾ろう、いつか手にとって読むことになる。

太宰治全集〈9〉 (ちくま文庫)

  • 作者: 太宰 治
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1989/05
  • メディア: 文庫

明治廿五年九月のほととぎす―子規見参

  • 作者: 遠藤 利國
  • 出版社/メーカー: 未知谷
  • 発売日: 2010/03
  • メディア: 単行本