授業で' Gone with the Wind '丸ごと一冊とりあげたのは、英語きらいな生徒とともに文学作品を味わってみたかったからだ。あと1年半、1448ページの大著が読み終わるとは思っていないが、半年もやれば自力で読めるようにはなる。生徒の興味次第でどういう展開になるのかやってみなければわからないから面白い。
 わたしは英語の本は学問や仕事に関係する専門書(経済学・管理会計学・経営学・システム開発・構造言語学・Natur, Science, Oncogeneなどの10種類ほどの医学関係雑誌)を読んできたので、ゆっくり文学作品を読んだことがなかった。還暦を過ぎたのだから、時事英語の授業も「遊び」があっていい。本は好きだが、文学については専門的な学習のバックグラウンドがないことを告白しておく。でも、高校生対象に"Gone with the Wind"の解説ぐらいはできるだろう。

 さて、問題にとりあげた文を再掲する。英語が嫌いでも言葉や文章にセンスのよい生徒がいるのはありがたい。
「なるほど、こういうところがわからないのか、よし、解説しよう」
 こんな調子で『風とともに去りぬ』をテクストに個別指導授業が進む。たった一人の生徒のための贅沢なレッスン、応える先生もとっても楽しい、超たのしい。(笑)
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 Seated with Stuart and Brent Tarleton in the cool shade of the porch of Tara, her father's plantation, that bright April afternoon of 1861, she made a pretty picture.
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  語順の問題から言うと、基本に忠実に並んでいる。必要なだけの小部分に分割すると次のようになる。

(1) (She was) seated with Stuart and Brent Tarleton in the cool shade of the porch of Tara that bright April afternoon of 1861.

(2)  Tara is her father's plantation.

(3)  she made a pretty picture.

  (1)は分詞構文を主語を補い単純な文に置き換えた。前置詞句のあとに場所を表す句と時間を表す句が続いている。このように分割・復元すると英語の語順の基本どおりだから、意味がわかりやすい。生成変形英文法のテクニックだ。ほんとうはもっと細かくて、記号の使い方も違うのだが、実用上はこれで充分だ。ツールは自分が使い勝手がいいと感じる範囲内で使えばいい。

 基本語順:S+V+(Ф、C、O、O+O、O+C)+Place+Time
   
 この文の場合は S+V+PP+Place+Time となっている。PPはPrepositional Phrase(前置詞句)のことで、機能としてはadverbials(副詞相当語句)だ。前置詞句などの副詞相等句が三つもついている第Ⅰ文型です。SとVだけでは文章の意味はわからない、それ以外の要素の情報価値が大きいことがよくわかるでしょう。文型論ですべてを説明することはこういう点で無理がある。だからほどほどにね。
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 すこしだけ脱線させてください。動詞型を25に分けて書いた人がいる。
①『英語の型と正用法』ホンビー、岩崎民平訳 研究社 1962年刊
②『英語の型と語法 第2版』ホンビー、伊藤健三訳注 オックスフォード大学出版1977年刊
 ①は374ページの本ですが、その昔必要があり10日間くらいで急いで読み切ったので、たくさん線を引いて鉛筆で書き込んであります。②はいささか嫌気が差して途中でやめました、こんなに分類を細かくしてどうするのとバカバカしくなったのです。わたしたちは五文型で充分、あとは文法学者にまかせましょう。数学もそういうタイプの参考書があります、高校数学の受験問題を500を超えるパターンに細分して解説しています。佐藤恒雄さんという大学の数学の先生ですが、「日本一わかりやすい」教科書と分野別参考書で11冊わたしはもっていますが、高校生がこんな本で勉強していたら、効率が悪くて三年間数学しか勉強できないでしょうね。500を超えるパターンに分けてどうするの、実用にならぬ、そう思います。わからないところだけ、辞書を引く感じで使うべきなのでしょう。そうした使い方なら便利のよい参考書です。「日本一わかりやすい」というのはパターンを500以上に分割したからでしょうが、その反面「日本一学習効率の悪い」教科書・参考書になっているとはebisuの毒のある批評です。
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 気になったのは一箇所、seatedである。たまたま朝、ベッドのそばにおいてあるMacmillan English Dictionaryを引いたら載っていた。こういうときは米国の辞書がいいようだ。G4にもE-Gateにも載っていなかった。
(「be動詞+過去分詞」で受動態ではなくて、過去分詞の方は「坐っている」という状態を表す形容詞と解釈した方がよさそうだ。こんなことは英文法学者に任せておけばいいことで高校生が気にするひつようはない。)
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phrases: be seated 1 to be sitting down: When she entered the room, they were already seated. 「彼女が部屋に入ってきたときには、ほかのものたちはとっくに坐っていた」
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  なんてことはない、「坐っている」という状態をいっているだけのこと。
 三人が坐っているイメージが浮かんだら、writerの発信した情報が読み手に伝わったということ。あとは日本語表現のセンスの問題となる。肝心なのは日本語のセンスをふだんから磨いておくことで、語彙の豊富な文学作品をとりあえず50冊ほど読んでおくことだ。小学生時代に少年少女世界文学全集50冊(昔はそういうものがあった)のようなものを読破し、繰り返し読んだこどもは大人になったら上手な文章が書けるようになっているものだ。ロシア語通訳で物書きだった米原真理(故人)、数学者の藤原正彦の二人はむさぼるように全集を繰り返し読んだ小学生時代の自らの経験を著書の中で語っている。

 高校生のためにthatの解説もしていた方がいいだろう。that節とか関係代名詞とか勘違いを起こした人がいるかもしれない。時間を表す副詞句である'that bright April afternoon of 1861'を単純化すると、
 ⇒that afternoon(あの午後) : 名詞句=限定詞+名詞
 this afternoon((今日)の午後)と比べたらよくわかる。thatはただの指示代名詞だ。機能上は副詞句であっても前置詞が必要ないことは要点の一つだから注意しておこう。「今日の午後」ではなくて、「1861年のあの輝いていた四月の午後」であり、それはもう二度とないから追憶として甦るthat(あの)がつけられている。南北戦争前夜集ったみんなが幸せだった、二度と帰らぬあの輝いていた四月の午後のことを語っているのである。主人公のスカーレットの運命がどうなるかを暗示しているthat。作者はここで読み手にthis afternoonを対照的に想起させることでそのありさまがまるでことなるものに変わってしまうことを暗示したのだろう。

 Tara, her father's plantation, このようにカンマで挟まれた部分は直前の名詞Taraの説明。タラはスカーレットの父が所有するプランテーション=大農場(広大な綿花畑)である。

 porchは玄関前の屋根のついた部分だが、大農場だから玄関の広い階段に続いてベランダがあり、そこにベンチが置かれているのを想像したらいい。玄関の階段に坐るのはタールトンの双子の兄弟にはできるが、この文の後に続くスカーレットの服装から判断して、スカーレットが階段に坐るのは無理だ。三人がいっしょに坐っていたとあるから、ポーチに置いてあるベンチだろう。玄関の上り階段にベンチが置けるわけはないから、玄関の階段に続く屋根のついたベランダがあるということだ。ずいぶんと豪壮な家が想像できる。
 文学作品を読むということは、選び抜かれちりばめられた言葉を手がかりに自分の頭の中に一つの明確なイメージをつくりあげる作業なのである

 (3)のmadeが問題だ。makeは人間が手で何かを作ることというのが原義だが、何らかの人的な営為があることを示唆している。

 『英語基本動詞辞典』には388語の動詞が載っている。makeの3dを引用する。
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 S make C : S<物>がC<物>になる。
  Wood makes a good fire. WBD2 木はよいたきものになる / This makes pleasant reading. COD6 これは面白い読み物だ

 NB11 一般に次のように<人>を主語にして構文5bに書き換えることができる : The pelt of such an animal makes a good fur piece only if it is taken during the resting period. → One can make a good fur piece of such an animal only if ... ―Huddleeston このような動物の生皮は冬眠期にとったものだけがよい毛皮(製品)になる。
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 'Wood makes a good fire'は人間の営為を想定していないね、参考例としては不適切だったかな。文学作品だからこの当たりも面白いところで、議論があっていい。<人>がmakeで<物>になる面白い用例だと考えたらいい。そう考えると、マーガレット・ミッチェルはなかなかお洒落な表現を試みている
 「16歳のスカーレットが初々しい可愛さと気品を兼ね備え、精一杯着飾って若い男二人にちやほやされまるで絵の中の人物のようになった」ということ。彼女の努力があってのことだということは続く文が解説してくれている。

 Her new green flowered-muslin dress spread it twelve yards of billowing material over her hoops and exactly matched the flat-heeled green morocco slippersher father bought her from Atranta. The dress set off to perfection the seventeen-inch waist, the smallest in three counties, and the tightly fitting basque showed breasts well matured for her sixteen years. 
 
  背が高いからいくらウェストが細くても60cmくらいありそうなのに、さらに締めあげて17インチ(43センチ)に絞っている。腕力のある奴隷の召使女がスカーレットのウェストを締めるシーンが他のところで出てくるが、どんなに苦しいだろう、これだけでもずいぶんな努力と忍耐を要する。12ヤード(11m)もの薄手の花柄のある緑色の絹の生地を波打つように使ったドレスとそれに色を合わせたモロッコ風のぺったんこな上履き、どちらも父親がアトランタから買い求めてきたものだ。三郡でナンバーワンのくびれたウエストのスカーレット。オッパイはしっかり大きくなって成熟した女の魅力を振りまいている。

 大農場の大きな家の玄関前のベランダにスカーレットにホの字の青年が二人、成熟した胸のふくらみを強調したグリーンのすてきなドレスを身にまとい(新潮文庫『風とともに去りぬ 一』の表紙の絵はこの花柄の緑色のドレスをイメージして描いたもの、えらが張って顎の先がとがっている顔の特徴もよく描けている)、色を合わせた上履きを履いた気位の高そうな青い目をしたスカーレット、三人がベンチに腰掛けて談笑している。その背後にはジョージアの赤い土の綿花畑が何マイルも続いており、遠くに山並みが見える。まるで一服の絵のような情景である。こうした情景があなたの頭に浮かべば、それで充分。あとは日本語語彙がどれだけ豊であるかの勝負だ。
  タールトン家の双子の兄弟の身長は6フィート2インチだから、188cm、背の高いがっしりした体躯の19歳の青年である。そこに緑色の絹をふんだんに使ったドレスで着飾った16歳の気品のある娘が並んでベンチに腰掛け、談笑している。背景には広大な綿花畑の畝が何マイルも地平線に飲み込まれるかのごとく続いている。

 翻訳は次のようになっている。
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 1861年四月の、あるかがやかしい午後、父の大農園タラのポーチの涼しい日かげに、タールトン家の双子兄弟スチュアートとブレントとともに腰をおろしている彼女の姿は、一幅の絵のように美しかった。
  『風とともに去りぬ 一』大久保康雄・竹内道之助訳 新潮文庫
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 簡便な訳である、わたしは物足りなさを感じてしまったがみなさんはどうだろう。これで原文のもつ味わいの半分も伝わるだろうかと心配になる。英語が好きな生徒諸君は原文にも眼を通してもらいたい。文学的な素養が欠片(かけら)も感じられない翻訳である。文学作品は翻訳の字数制限を意識しすぎると味気ないものに豹変してしまう。

 ラフカディオハーンの訳が多い翻訳の名人である平井呈一が訳したらどのような日本語になっていただろうと思うと惜しい。日本語語彙が豊かな日本文学の専門家が訳すと翻訳とは思えないような自然な日本語になる。まるでそれは最初から日本語で書かれたと錯覚するほどに見えてしまう。
 平井呈一は永井荷風の異能の弟子であり、師匠に破門もされている。日本橋浜町で育ち浜町小学校に通ったとある。わたしは1979年から5年間日本橋小網町に本社のあった産業用エレクトロニクスの輸入商社に5年ほど勤務していたことがある。仕事をしている場所から100m以内に時代を隔てて平井が住んでいたのではないか、平井は1902年生まれ、わたしは1949年生まれである。
 人形町界隈はお昼に小路を散歩すると三味線の音が聞こえてくるような粋なところである。人形町交差点のトンカツ・牛カツの名店「キラク」、元祖親子丼の玉秀、同年代のご主人がやっていた天麩羅屋さんはもうないのだろうな。同じ小路に芳梅という離れ座敷のある料理屋さんがあり、二日酔いの日はお昼のおかゆ定食が美味しかった。昼休みには先輩社員にせがまれてキャッチボールをして遊んだ。高校時代に野球部だったその人の投げる球は速くてときどき手加減なしで投げるが、コントロールが定まらないので後逸することがよくあった。思いっきり投げたくなるといっていた。「ごめんごめん」、そういいながらグローブの端で受けないと手が痛かった。小学生の平井は時代が違うからキャッチボールなどして遊ばなかっただろう。大雪の日には雪合戦くらいはしたかもしれない。
 平井は訳者としては超一流。昨夜は『仏の畑の落穂他』小泉八雲著 平井呈一訳 恒文社の中の短編「生神」を読んだ。前ふりに1896年六月17日に起こった津波のことが書かれている。115年後の2011年に再び東北はツナミに襲われた。
 「このときは、全長二百マイルにおよぶ高潮が、東北地方の宮城・岩手・青森の諸県を襲って、数百の町村を破壊し、所によっては一村全滅したところもあり、約三万人の人命を失った。これから語る浜口五兵衛の話は明治を去ることほど遠い昔に、日本の国の別の海岸地方に、やはりツナミの災害がおこったときの話である」
 刈り入れたばかりの稲穂に火をつけて村人を津波から救った浜口五兵衛の話である。全財産をすべて灰にした後、五兵衛は貧乏をしたが貧乏を苦にしなかった。助けられた村人はかれを生神として祀った。1854年の安政の大地震のときの話である。日本にはときおり浜口五兵衛のような無私の人が現れる、すごいことだ。
*稲むらの火(ウィキペディアより)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E3%82%80%E3%82%89%E3%81%AE%E7%81%AB

 『風とともに去りぬ』の冒頭シーンはツナミを起こした安政の大地震の7年後、1861年四月である。この年の三月4日に奴隷解放を主張するリンカーンが大統領に就任し、不安に駆り立てられた南部側が四月12日に戦端を開らく。そう、その四月まさしく南北戦争の瞬間の四月のタラ、大農園の最後の平穏で美しい情景が高らかに謳われているのである。短い文ではあるが、南部上流社会崩壊の序曲が聞きとれないだろうか?
 崩壊する瞬間の大農園の美しさをたった三行の文で描き切ったマーガレット・ミッチェル、そしてこの英文に焦点を当てて質問をした女性徒Sのセンスに脱帽、ワガママなところがあるが本を読むときのこの勘のよさはすばらしい。小学生あるいは中学生のうちに日本語の本を濫読しなければこういうセンスを磨くことはなかなかできない。そういう時期を経過した生徒は英文の読みも鋭い。
 解説したイメージを頭の中に浮かべながら原文を何度も口ずさんでほしい。『風とともに去りぬ』の壮大な序曲と主題がありありと浮かんでくる。
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 Seated with Stuart and Brent Tarleton in the cool shade of the porch of Tara, her father's plantation, that bright April afternoon of 1861, she made a pretty picture.
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#2662 英文和訳問題(1) Gone with the Wind より Apr. 28, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-04-28



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仏の畑の落穂―他

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 検索したら引っ掛かってきたので、これはもっていないが、面白そうなので貼り付けておく。14の動詞だけの活用辞典。認知的アプローチ。
 do, get, have, make, takeなどと書いてあった。
 

英語基本動詞活用辞典―認知的アプローチ

  • 作者: 渡辺 美代子
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