ときどき面白いトピックスがあるので、朝の10分間のNHKラジオ番組「社会の見方・わたしの意見」を聞いている。6時42分頃から始まるのでベッドの中、今朝(11/3)は森永卓郎氏の番だった。
 かれは日本のB/S(貸借対照表)を取り上げていた。1100兆円の政府の借金があっても、債権債務を相殺すれば債務超過にはなっていないから健全だというのである。この人はまともなことを言うこともあるのだが、ときにこういうめちゃくちゃなことも言うので、聞き手としては要注意である。
 政府の債務(国債)の増加は国民の債権の増加だから、相殺すればゼロ、いくら国債を発行しても問題ないと主張する人は巷にうようよいる。複式簿記の基本を知らぬたわごとである。

 かれはアナリストを自認しているようだが、元々は経済学者。日本の経済学者は世界中の株式会社が採用している簿記の基本的知識すらないケースがよくある、経済のインフラ技術である複式簿記を知らずしてよく経済が語れるなと思う。今回の主張もそういう類の論だ。

(具体例を二つ挙げておこう。会計基準が変更されただけで、日本の上場株の1/3以上が外資の手に渡った。株式の評価基準が原価法のままだったら、日本の上場株がこれほど大量に外資の手に渡ることはなかっただろう。株価もこんなに高くはなっていないだろう。東芝やソニーがこんなに巨額の赤字を出すことは無かっただろうし、シャープが外資の手に渡ることもあるいは防ぎえたかも知れぬ。
 原子力発電に関する常識を外れた会計基準も原発が生き延びるために役に立っている。事故に対する積立をちゃんとやるような義務を課していたら、東京電力が原発に手を出すことは無かっただろう。コストが高すぎて割に合わないことがはっきりするからである。)

 日銀は370兆円の国債を保有しているが、これを政府の借金と相殺したらどうなるか?日銀は370兆円の損失を損益計算書に計上することになる。平成27年3月期の日銀の純資産は3.5兆円しかないから366.5兆円の債務超過になる。(H27年3月期の日銀B/Sは#3382参照)
 主要国際通貨のひとつである円への信任が失われ、金融市場で円投売りが起き、どれほどの円安になるか誰にも予測できない。中央銀行が債務超過で経営破綻するのである。
 この相殺を簿記取引として見ると、日銀は債権(資産)の減少と損失の発生、政府側は債務の減少と収益の発生となる。根室高校商業科の生徒なら1年生の4月に習う事項だ。
 「債権と債務を相殺すれば問題が無い」論にはあきれてものが言えない。全世界の株式会社が採用している簿記の基礎知識もありませんと公言しているようなもの。

 ネットを検索すれば、この手の戯言を発信しているアナリストや経済学者、中小企業診断士がいる。聞くも愚かな論である。
 
 そうした立論が愚論であるとすれば、これだけ膨らんだ既発行国債はどうやって返済するのか?すでに返済できっこない規模なのである。財務省はそんなこと(返済)はとっくに放棄している。実にイージーな別途の方法があるからだ。物価を10倍にすれば借金は実質1/10にできる、そういうことになるのだろう。つまり国民の負担で贖(あがなう)うことになる。
 政府と日銀は血眼になって通貨発行量を増やしてみたがインフレが起きなかった、日本は縄文時代以来はじめての長期的人口縮小、経済規模の縮小期に入っていて資金需要が無いからだ。

 簡単な話だ。10倍のインフレが起きれば、国民が持っている預金の実質的価値は1/10となる。5000万円の預金が実質500万円になってしまう。年金受給額もいまの計算方式では1/10になる。
 他に、預金封鎖による財産没収という手段も政府はもってる。論より証拠、日本では過去2回預金封鎖が起きている。戦後の預金封鎖では「第二封鎖預金」が切捨てになった。そういうことを政府(財務省)は平気でやるのである。

*預金封鎖 ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%90%E9%87%91%E5%B0%81%E9%8E%96
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日本では1944年日本国債の発行残高が国内総生産の2倍に達したために償還が不可能となり[3]、財産税の新設と共に実施された。
また1946年第二次世界大戦後のインフレの中、幣原内閣において新円切替が施行されると同時に実施された。この封鎖は封鎖預金と呼ばれ、第一封鎖預金と第二封鎖預金に分けられ、引き出しが完全にできなくなるのではなく、預金者による引き出し通貨量の制限や給与の一部が強制的に預金させられるなど、利用条件が設けられた。封鎖預金からの新円での引き出し可能な月額は、世帯主で300円、世帯員は1人各100円であった。1946年の国家公務員大卒初任給が540円であり、それを元に現在の貨幣価値に換算すると、世帯主が約12万〜15万、世帯員が1人各4万弱まで引き出せる。学校の授業料は旧円での支払いが認められていたが、生活費には新円を使うこととなった[4]。最終的に第二封鎖預金は切り捨てられる形となった。
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 借金は返さなければならないものである。政府の借金(国債)と日銀保有の国債を相殺すればいくら国債を発行してもかまわないという説は、トンデモナイ説である。たとえ話をひとつ書けばだれでも理屈は呑み込める。

 あなたが住宅ローンを3000万円抱えているとしよう、銀行は貸付金という債権をもっている。これを相殺処理すれば、あなたの借金が無くなると主張しているようなものだ。相殺処理があったとしよう、実際にはあなたは3000万円得をし、銀行には3000万円の損失が発生する。
 どれくらいばかげた論か、この例で理解できるだろう。どれほどもっともらしく見えようとも、たとえノーベル経済学賞受賞者が言おうとも、インチキ学説はどこまでいってもインチキ。


<自民党国会議員の皆さんへ>
 このように、アベノミクスに浮かれていたらとんでもないことになります。何のために国会議員になったのですか。世のため人のためという初志がどの議員にもあったはずです。
 自分の利害損得は脇にひとまずおいて考えてみてください、あなたたちの子どもや孫のためにいま何をするべきかを。いま国会議員なのですから、どれほどの不利益を被ろうがまっすぐに初志を貫かれたらどうですか?
 全員が生活のために国会議員をやっているなら、反逆者や反骨の人は一人も出てこないでしょう。そのときはもうしかたがありません、国民の財産で贖うことになります。


*#3382 日銀B/S : 発行銀行券勘定を負債区分に計上するのは間違い July 31, 2016
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-07-31


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