文科省初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室・室長補佐武藤さんの基調講演【基礎学力保障論】7回目、小学生の学びで躓(つまづ)き、中学校で救いの手がどこからも差し伸べられず、高校を「形式卒業」した子どもたちが、社会へ出た後どのような苦労をしているか、武藤さんはいくつかの好評統計データを利用して説明しています。
 教育は誰のためにあるのか、何のためにやるのか、基礎学力を育てることのできなかった子どもたちの典型的な未来を直視すれば、プロとしてなすべきことが見えてくるはずです。
 小学校と中学校の先生たちに、そして保護者の皆さんに読んでほしいと思います。

 レジュメ24ページを転載します。
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  基礎学力がないと...
● 消費税の計算ができない
● 預金利息を算出できない
● ガソリンでリッター何km走れるか?
● 役所から来るリーフレットが読めない
● (業務あるいは取り扱い)マニュアルが理解できない
● 1を聞いて...
● 知識の更新ができない
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 武藤さんはマックでアルバイトの店員(非正規雇用)に要求される能力を具体的に上げて説明しました。日本マグドナルドのメニューにはレギュラーメニュー、季節限定メニュー、朝食メニューがあります。レギュラー(19)と朝食メニュー(14)だけで、33商品です。これに季節限定メニューが出たり入ったりします。店員は客のオーダーを復唱します。

 「はい、ありがとうございます、ダブルクォーターパウンダー・チーズ2個とバーベキューポークバーガー3つでございますね」

 40弱の商品を暗記していなければ、オーダーされた商品を復唱できませんから、外食産業ではアルバイトもできません。
 根室高校普通科では毎週「夢単」を使った英単語の暗記の宿題が出されていますが、そういうトレーニングが社会人となって働くときに威力を発揮します。
 子どもたちに暗記の苦手な生徒が増えています。スマホで検索、パソコンで検索、本を読まない、おそらくこういうことが複合して暗記能力を減退させているのでしょう。便利になればなるほど、失うものがあります。それがどうでもいいものなら問題ありませんが、外食産業でのアルバイトもできないほど基礎的な能力に欠陥が生じるようでは看過できません。

*日本マクドナルド・メニュー
http://www.mcdonalds.co.jp/menu/burger/index.html

 暗記が苦手だなんて高校生になっても駄々をこねている生徒は外食産業でアルバイトもできません。
 武藤さんによれば、小学校で4年生程度の「読み・書き・計算」の基礎学力をつけ損なった子どもたちは、中学生になると授業で理解できない箇所が広がり、学力格差が拡大してしまいます。高校生になったらさらに学力格差は拡大します。道内の6割の公立高校で小中学校課程の「学び直し」授業を実施しています
 そういう子どもたちは武藤さんの資料では1割程度ですが、「読み・書き・計算」能力が小学校卒業時点で4年生以下の生徒が根室には2割存在しています。この12年間で着実に増え続けています
 スマホの過度な使用、長時間(4時間以上)ゲームのやりすぎ、テレビの見すぎ(4時間以上)、これらの問題を抱えている生徒数が小中どちらも学力が一番高い秋田県の2倍前後だったことを思い出してください。親が子どもに毅然と注意していない姿が浮かび上がります

 生活習慣がくずれてしまった子どもたちは真夜中まで起きています。小学生でも授業中に居眠りをする生徒がいます。中学校では昼食を食べた後の5時間目6時間目に居眠りをしている生徒が散見されます。先生が注意しても寝不足ですから、我慢できずに眠ってしまいます。
 生活習慣の乱れは学力低下に大きく寄与していますから、親も学校の先生も見過ごしてはいけません。親が真夜中までゲームに夢中になっているようでは、子どもに注意するわけがありません。

 新卒者の離職についてのデータがあげられています。出典は北海道労働局雇用統計資料からです。かいつまんで紹介します。

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 データの並びは(全国、北海道)の順です。
   1年以内に離職    2年以内に離職   3年以内に離職 
  (19.6%、25.7%) (30.8%、42.3%) (39.2%、51.0%)
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 データは年度によってばらつきがありますが、北海道の雇用データによれば過去3年間(H22~24)で1年以内の離職率は25.7~30.1%です。男よりも女の方の離職率が6~9ポイントほど高い。

 レジュメ25ペ-ジに「Q. 高校中退率は?」という表が出ています。H23年度の退学者数は1735人です。学業不振は85人で少ない、そりゃそうでしょう、底辺校では小中学校の学び直しに1年間、その後もレベルを下げた教科書を採用した授業ですから、ほとんどの生徒が標準的な高卒の学力に遠く及ばないまま「形式卒業」します。中退理由の38.6%(670人)は「進路変更」となっています。高校を辞めて、どういう進路へ変更するのかよくわかりませんが、資料にはそうなっています。
 道教委のデータによれば、H23年度の道内の全日制高校生総数は94520人ですから、中退率を計算してみましょう。

 1735人×3年間÷94520人=0.055=5.5%

 小学校で基礎学力をつけ損なった約1割の生徒が中退者の中に混じっているとしても、それはごくわずかで、ほとんど全員が「形式卒業」しています。
 計算してみましょう。

 85人(学業不振による退学)×3年間÷94520人=0.003=0.3%

 「学び直し授業を実施している」高校を底辺校と定義すると、道立高校の6割が底辺校に該当します。学力がいくら低くても、中学レベルの問題の難易度の定期試験や同じ追試問題を繰り返すことで、ほぼ全員が高校を卒業しているという実態が浮かび上がります。
 生徒たちは学校は勉強しなくてもいいところだとなめきっています。これも学力の低い北海道に特有の「隠れたカリキュラム」ではないでしょうか。

 社会に出たらそうは行きません。武藤さんは26ページにある「キャリア類型の分布」表で、学歴別の正社員定着率の数値を挙げています。その中に「中卒・高校中退」が載っていますが、じつに厳しい。

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  【正社員定着率(男性)】
 「中卒・高校中退」: 5.4%
 「高卒」: 26.5%
 「専門・短大・高専卒」: 35.6%
 「大学・大学院卒」: 60.6%

【正社員定着率(女性)】
 「中卒・高校中退」: 2.9%
 「高卒」: 14.2%
 「専門・短大・高専卒」: 34.5%
 「大学・大学院卒」: 58.8%

* 労働政策研究・研修機構「若者のワークスタイル調査」2011年        
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 学歴によって正社員定着率に大きな格差のあることがわかりました。
 それでは、正社員と「非典型一環」(=非正規雇用)でどれくらいの月収格差があるのでしょう、武藤さんは「雇用形態による賃金カーブの違い」表を27ページに載せています。折れ線グラフ上にある数値の半数だけ抜粋します。
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 データの並びは「正社員・正職員」と「非正社員・非正職員」の順、単位は「万円/月」です。
 18-19歳 (16.8、15.2)
 20-24歳 (19.9、17.3)
 30-34歳 (27.7、19.9)
 40-44歳 (37.0、18.9)
 50-54歳 (39.3、18.4)
 60-64歳 (30.6、21.9)

*内閣府「今週の指標」 No.892 データは「平成19年賃金構造基本統計調査」
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 月収格差が年々拡大して行くことがわかります。定年を迎える60歳からは正規雇用でも賃金の見直しがなされるので、格差が縮小しています。
 「同一労働同一賃金」という言葉がありますが、日本の労働実態はそれとは程遠いものです。
(わたしのいた会社でもしばしば非正規雇用の方が仕事の能力が高いケースがありました。1部上場して以降採用された新卒の正規雇用社員の学力レベルが格段に上がったので、事情が変わりました。)

 武藤さんの資料にある2010年の国際統計では、日本はフルタイムと比べてパートタイム賃金が56%と低い。OECDのデータによれば、19カ国中でビリから2番目です。

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【パートタイム賃金の国際比較(2010年)】
 フルタイム賃金に対する比率(時給ベース)
 スイス  96%
 フィンランド  92%
 ニュージーランド  91%
 フランス  88%
 オランダ  85%
 スウェーデン  83%
 ドイツ  82%
 ベルギー  82%
・・・
 カナダ  66%
 ハンガリー  63%
 日本  56%
 米国  31%
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 基礎学力不足による貧困は当人だけではすまないのです、そこが大問題です。貧困の再生産はすでに構造的なものになっています。武藤さんが次に挙げているのは釧路の事例です

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【貧困の再生産(釧路の例)】
★ 生活保護世帯の母親: 1/3は中卒
★ その父親の42.3%は中卒
★ その母親の51.9%は中卒
★ 保護母子世帯の母親の14.6%は保護世帯で育っている

*本田良一『ルポ 生活保護 貧困をなくす新たな取り組み』p.53 (中公新書)より

 親が生活保護を受けていて、娘が結婚して、子どもをつくって離婚。母子家庭になって家に戻り、生活保護を受けているというケースは多い。第二、第三世代が増えている。(釧路職安のベテラン職員)
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 平成12年度の20-39歳のバンドの生活保護者数を100とすると、平成22年は161に急増している。


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【学歴別貧困率】
大卒  7.7%
高卒 14.7%
中卒 28.2%
*社会保障審議会生活困窮者の支援の在り方に冠する特別部会(第9回資料)(2012)より作成
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 学歴が高いほど貧困率が低いという負の相関が認められます。個別的にはさまざまですが、確率論的には基礎学力が低ければ貧困率が高くなるということだけは言えそうです。

 次回は、若年雇用市場で非正規雇用がこのまま拡大し続けたら、あるいは貧困の再生産がこのまま続いたら、日本の未来はどうなるのかということを取り上げます。冬の時代が来るのですから、準備して臨めば、苦難を幾分かは和らげることができます。


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