文科省初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室・室長補佐武藤さんの基調講演【基礎学力保障論】8回目、「(2)基礎学力問題の中長期的インパクト」の最終回です。
 小学生のときに躓(つまづ)き、基礎学力が身につかなかった生徒が、中学生になるとさらに学力格差が拡大する様を詳細に見てきました。高校入試を境に、基礎学力に欠陥を抱えた生徒たちはフィルターにかけられ、底辺校へ進学します。そこでは1年間「学び直し」がなされ、標準的な高校課程に比べると、実質2年以下の教科内容しか習得できません。道内では「学び直し」授業をしている高校は道立高校の6割を占めます。
 標準的な高校課程を消化せずにこうして「形式卒業」した生徒は、いずれ社会人となります。
 #3184で「新規高卒者の離職」「高校中退者の割合」「キャリア類型の分類」「雇用形態による賃金カーブの違い」、そして「フルタイムとパートタイムの賃金格差(OECD19カ国中米国についで2番目に格差が大きい)」「貧困の再生産(釧路の例)」「学歴別貧困率」を見てきました。

 武藤さんは「生活保護者数の伸び率」データを挙げています。平成12年(2000年)を100%として平成22年がどれくらいになるかが示されています。

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A:60歳以上の受給者数 ⇒175%
B:20~39歳の受給者数 ⇒161%
C:総受給者数 ⇒152%
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 平成12年は受給者数が約75万人、平成22年は140万人、平成27年は216万人です。だから、平成12年を100%とすると、平成27年度は288%です。20-39歳の階級はH16~H20年まで130%台を推移してきましたが、H21年から急増して、毎年10ポイント増えています。非正規雇用割合の増大で、20-39歳の貧困化が急速に進んでいることがわかります。若年層の非正規化の進行はすでに大きな社会問題です。

*生活保護受給者数の推移(時事ドットコム)
http://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_soc_general-seikatsuhogo

 30ページには苅谷剛彦『学力と階層』(朝日新聞出版 2008年P21)から、抜粋引用がなされています。
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● 若年雇用市場の非正規化が進んでいるが、学校時代に身に付けるべきことを身に付けないまま、職業に就いてからも十分な職業訓練の機会を与えられないまま若者が増えていく。
● それだけに、訓練可能性(トレイナビリティ)につながる学習能力の格差拡大は深刻な問題となりうる・・・社会的セーフティネットとして義務教育をとらえ直すことが必要・・・。
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 この50年間の提携業務と非定型業務の傾向を眺めると、米国では「非定型対人」業務と「非定型分析」業務へのニーズが増え、「定型単純」業務と「非定型単純」業務、「定型認識」業務のニーズが減少しています。コンピュータとネットワークそして機械が融合することで、多くの専門業務が定型単純業務に変わると同時に大量の定型単純業務がプログラムに取って代わって失われました。この長期的な傾向は今後も変わらないと思われます
 グローバル化が進む中で、学力底辺層の子どもたちは、縮小する単純労働市場で流入する低開発国からの労働者と競い合い、いまよりも安い給料で働くことを余儀なくさせられるのです。

 武藤さんは、お二人の学者の意見を31ページに載せています。

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  子どもたちの未来

今後10~20年程度で約47%の仕事が自動化される可能性が高い
  マイケル・A・オズボーン氏(オックスフォード大学准教授)

子どもたちの65%は、大学卒業後、今は存在していない職業に就く
  キャシー・デビットソン氏(NY私立大学大学院センター教授)
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 過去30年間のコンピュータの性能アップをベースにすれば、100年後には現在の2億倍の性能になります。手のひらに載るサイズの人工知能が生まれます。そのときにはあらゆる生産活動、仕事が人工知能と機械にとってかわります。人工知能から見たら人間は性能の悪い旧型の機械にしか見えませんから、人類は仕事を失うことになります。共産主義は人間が労働から解放されることを究極の目標にしていますが、それは人類の滅亡に他なりません。マルクスは労働からの解放が人類の幸福と信じていましたが、それは人類の滅亡だったのです。
 わたしは「資本論と21世紀の経済学」でコンピュータの性能向上と人間の知能をはるかに超える人工知能の出現に言及していますが、著名な物理学者であるスティーブン・ホーキング博士も、人工知能の開発をやめないと人類滅亡の危機を招来すると警告しています
 人工知能はいずれ自己を再設計し、無限にその性能を高めるようになります。そうなったとき人類にはとめる手立てがありません。
 アダム・スミス『諸国民の富』、デイビッド・リカード『経済学及び課税の原理』、カール・マルクス『資本論』をユークリッド『原論』の体系構成法を用いて根底からひっくり返しました。「労働=苦役」であるというのがヨーロッパの経済学ですが、日本人は仕事が神聖なものであるという感覚で働いてきました。「日本人の伝統的な仕事観」に基づく新しい経済学をぜひお読みいただきたい。
 本欄左側にある「カテゴリー」欄の「資本論と21世紀の経済学」をクリックすると、四百字詰め原稿用紙換算450枚ほどの論文が読めます。人類の未来を救う経済学です。

 ところで、武藤さんは31ページで「企業生存率」という面白いデータを紹介しています。新規企業がどれくらいの確率で生き残るかというデータです。
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10年後の企業生存率 70%
20年後の企業生存率 52%
28年後の企業生存率 45%
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 20年続いたら、30年後も生き残っている確率が高いと読むのか、新規企業の半分が20年後にはなくなっていると読むべきなのか、わたしにはわかりません。
 武藤さんの説明では、20年後には半数の企業がなくなっているから、20年後に新しい職を探さなければならない人が半数いるということでした。そのときに、マニュアルを読んだり、仕事に関係する資格を取得する基礎学力がなければ、再就職が困難になるので、たしかな基礎学力を身に付けておくべきです。
 
 就職するなら、創立してから20年以上の企業を選べば、20年後も同じ企業で働いていることができそうです。日本には200年以上の歴史を誇る企業が3000社あるそうです。世界中で200年以上の歴史を誇る会社は約4000社しかありません。共産主義の国になって多くの民間企業がなくなったこともありますが、だまされるほうが悪いという価値観をベースにした社会である中国には200年を超える歴史を持つ企業が7社しかないそうです。信用第一というのが本来の日本企業のあり方です。

  「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」

 しっかりした商道徳を確立できない企業は早晩消えてなくなるというのが日本という国です。ほうっておいたらよろしい、ブラック企業は自己改革して従業員を大切にする企業に変われなければそのうちに消えてなくなります。人が集まらなくなれば企業はやっていけない、当たり前のことです。
 企業の生存率データは何を語っているのでしょう。しっかりした商道徳をもった経営者がいる歴史の古い企業に就職しなさいというようにわたしには聞こえました

 締めくくりに武藤さんの「まとめ」をそのまま転載します。
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 まとめ

 基礎学力問題のイメージを共有する

● 子どもにとって超切実、自立に直結
● インパクトは中長期的に増大する
● 義務教育制度の根幹問題(格差是正に寄与、格差生成さんの一部か)
● 関係者の努力で相当程度改善できる

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 8回にわたるシリーズ記事をお読みいただきありがとうございます。
 次回は明石要一氏の司会による「教育シンポジウム」をとりあげる予定です。

[追記]11/22朝
 北海道教育文化研究所理事長がブログで、この「基礎学力保障論」は「手前味噌ながら、「釧路の教育を考える会」の主張そのものです」と書いています。その通りだとわたしも思いました。彼は「釧路の教育を考える会」で会長の角田さんを支える三副会長の一人でもあります。

*「教育シンポジウム北海道⑦(2015.11.15)」 ブログ「情熱空間」
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8246669.html

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